小川桜子

「よお、桜子」


 友人の少ない史郎の、数少ないダチの一人だ。逢原と同じように、史郎とは高校に通っている。


「あれれ、史郎っち。いつものメガネはどっしたの? もしかしてコンタクトデビュー?」


 相変わらず騒がしい女だ。


 コンタクトか、そういやコンタクトやサングラスを着けた時も、史郎に戻るのか? 俺はそんなことを考えながら、メガネの無い理由を桜子に話す。


「違ぇよ。ちょっと修理に出してるだけだ」


 メガネは壊れて修理中というありきたりな理由にしておいた。


「そーなんだ。ふふ、今の史郎っち、ちょっとイケメンだよ」

「そうか?」


 俺は頬を掻く。イケメンと言われて悪い気はしないな。少し照れるぜ。


「うん、三割くらい増し増しで」


 それって上がってんのか? 


「あ、裸眼だと、歩くの辛いよね。私が先導してあげようか?」


 桜子は繋げと言わんばかりに、右手をぶらぶらとさせている。俺は魚じゃねえよ。


「遠慮しておく。全く見えないわけじゃねえから。俺一人でも歩ける」


 実際、俺の視界はとてもはっきりしていた。史郎はメガネをかけてそこそこの視力だが、俺は三十メートル先を歩く通学生の顔まではっきり見えている。どうやら運動能力だけでなく、視力も向上しているらしい。


「……」

「どうした、桜子?」


 桜子が妙な眼差しで、俺の顔を見てくる。


「今日の史郎っち、なんか変……」

「何を言っている、俺は俺だ」

「ほら、それ!」


 唐突に桜子が叫ぶ。鼓膜が痛い。史郎が起きるんじゃないかって思うくらいデカい声だ。でも史郎は起きなかった。


「いつもの史郎っちは自分のことを『僕』っていうのに、今日は『俺』って言ってる!」


 やべ、つい「俺」って言っちまった。


「まさか……」


 疑いの眼差しが桜子から向けられる。まるで刑事が取り調べ中の容疑者に向けるような鋭い目。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る