きぬルート10話 非道許さず
「水族館、なんとも素晴らしい施設であった」
俺と会長は十分に水族館を楽しみ、商店街へと戻ってきていた。
「会長のあんなにはしゃぐ姿が見れて、連れて行った甲斐がありましたよ」
「ぬう……そのように意地の悪い顔で言うんじゃない」
「ははは、すみません」
「しかし、楽しい時はあっという間だな」
「そうですね」
商店街の通りに夕日の光が綺麗に差し込んでいる。
「では、そろそろ帰宅するか」
「ちょっと待ってください!」
「ん? まだどこか寄るところがあるのか?」
「はい、まだ今日の予定は終わっていません」
そう、これこそ俺が学んだ最後の百の法その3『外食を奢り、余裕と豪快さを見せる』。その1もその2も成功とは言えなかったが、これならば失敗することはない。今度こそ、会長は俺にメロメロになるはずだ。
「それでどこへ行くのだ?」
「喫茶店です」
「きっさてん?」
「……なんで、あんたたちがいるのよ?」
俺は会長を連れて、鈴下が働く喫茶店へ入店した。そして、注文をするために店員を呼ぶと、鈴下が登場。俺を睨みつけている目が怖いが無視だ、無視。
「偶然、通りかかってさ」
「うそつけ!」
「ここが話に聞いていた鈴さんが働いている場か。その衣装、似合ってるよ」
「そんなこと、どうでもいいっての。それで注文は?」
「俺はディナーセットAで……会長は?」
「すまない、私は不慣れ故、鷲宮君に任せてもよいだろうか?」
「それじゃ、会長も俺と同じやつで」
「はいはい」
鈴下は不機嫌そうにだが、きちんと仕事をこなし、厨房へ去っていった。
「ここが喫茶店というところか。なかなか煌びやかな場所だな。それに、ここは憩いの場、心を落ち着かせる場でもあるようだ」
「そうですか?」
「家族で食事している者もいれば、食事の傍ら、勉学に勤しむ者もいる。自由な場で良いところじゃないか」
「普通ですよ。学園祭のときもそうでしたけど、本当に外食なんかとは無縁なんですね」
「自宅で食事するのが当たり前だからな。外観は見たことあったが、どういう店かは知らなかった」
「システム的には模擬店とほぼ一緒ですよ」
「そのようだな。今日は鷲宮君のおかげで、初めての体験ばかりだ。非常に勉強になる」
「大げさですよ。でも、そう思ってもらえて素直に嬉しいです」
「しかし、やはり少し慣れないな」
「喫茶店がですか?」
「食事は1人でするのが当たり前だったから、大勢の人がいる空間で食べるのに慣れていないのだ」
「昼休みは自分のクラスで食べないんですか?」
「うむ、生徒会の仕事するために使っている教室があるのだが、いつもそこで食べている。食べ終わってから、すぐに仕事も出来るから便利なのだ」
「学園祭で会長を手伝ったとき――あのときは気になりませんでしたけど、今思い出すとなんで生徒会室じゃないんですか? あそこじゃダメなんですか?」
「そんなことはないが、他の生徒会役員も来るからな。会長の私が近くにいたのでは、心穏やかでない者もいるかもしれんだろう?」
「緊張したりするかもしれませんもんね」
「そんな負担を自分が強いているのは解せぬからな。ならば、私1人が移動するほうがよいだろう」
「なるほど」
「はーい、おまたせ」
注文商品を持ってきた鈴下を見て、会長は少し驚いている。
「すごいな、鈴さん」
「は? なにが?」
鈴下は両手に持っている注文商品をテーブルに置きながら、疑問を投げかける。
「こんなに多くの皿を両手だけで抱えるのに感心したのだ」
「まっ、こんなの楽勝よ」
「きちんと仕事に従事してるだけでなく、技量もあるとは素晴らしいな」
「そんな真面目な見解はいいから、冷めないうちに食べなさい」
「ああ、ありがたくいただくとしよう」
「ごゆっくり~」
鈴下は静かに去っていった。
「食べましょうか、会長」
「…………」
「会長?」
なんだ険しい顔で、窓の外をじっと見て……。
「ああ……すまない。いただこうか、鷲宮君」
「はい……いただきます」
「いただきます」
なに見てたんだろ、会長。窓の外を見るが一見変わったところはないように見える。カラスか野良猫の動きでも見てたのかな。
「どうですか、会長?」
「うむ、美味しいな。普段、自分が食べないような味付けがなされているから、とても新鮮に感じているよ」
「それはよかったです。連れてきたはいいものの、口に合わなかったらどうしようかと思っていたんです」
「鷲宮君が連れてきてくれる場所なら、そんな心配は不要だ」
「会長……」
「私はそれほどに、君のことを信頼しているのだからな」
なんか俺、勘違いしてたのかな。会長をメロメロにさせるとか、惚れさせるとか、そんなことばっかり考えてた。それで自分を偽って、会長を失望させてしまうところだったかもしれないのに、それも見えなかったなんて。もうそういうのはやめだ。ありのままの自分で、会長と接するのが1番いいんだ。そうしてきたから、俺と会長は今の関係がある。それを忘れないよう、心に刻んでおこう。
「それで会長――」
「伏せろ、鷲宮君!」
「!?」
会長に頭を抑えられ、地に伏せられる。
「!!」
瞬間、グラスの割れる音が店内に鳴り響く。
「おとなしくしろ、てめえら!」
同時に、男たちの大声が聞こえてくる。
「動くな!」
「声、出すなよ!」
「会長、これは――」
「しっ!」
なんだなんだ!? なにが起こってるんだ? 床から入口付近に目をやると、男が3人。おいおい、マジかよ……。3人とも手にナイフを持ってやがる。もしかして、強盗か? こんなことするやつが現実にいるんだな。
「おい、お前!」
強盗の1人が店員である鈴下にナイフを突きつけながら、指図する。
「あ?」
やめとけ、強盗! そいつ、マジでやばいから! お前のほうがやられるぞ!
「レジの金、この袋に入れろ! 全部だ!」
「めんどくさ。自分でやりなさいよ」
「お前、状況わかってんのか?」
「こんなとこで人生終わらせたくねえだろ?」
「いいわ、かかって――」
鈴下が言葉を続けようとしたとき、厨房にいた店長らしき人間が慌てて飛び出し、強盗の言う通りにレジのお金を袋に詰める。鈴下は他の店員に抑えられ、厨房へ。店長、素晴らしいほどのスライディング土下座。制服ズボン膝部分の光沢が輝いてるぜ。いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ。金だけ盗って、去ってくれればいいけど……。
「よし、金は全部だな」
「次に人質だ」
人質だと……?
「なにキョトンとしてんだ、てめえら?」
「このまま、のこのこ出て行っても、すぐに捕まるに決まってるだろ?」
「人質は2人だ! お前! こっちに来い!」
強盗の1人が4人家族の母親らしき人物を連れて行こうと腕を掴む。
「へへへ、お前には人質だけじゃなく、俺たちの慰めもやってもらうぜ」
くそ! なんて最低な奴らだ! 家族の子供や父親も懇願するが聞く耳持たねえし、店長の言葉もまるで聞こうともしてない。本当にクズ野郎だ! それなのに、俺の足は震えてる。頭ではあんな奴ら、ぶっ飛ばしてやりたいと思ってる。でも、体が身の危険を感知して、言うことを聞いてくれない。くそったれ! 見過ごすしかないのかよ!
「待て、きさまら!」
「!?」
会長!?
「会長、危ないですよ!」
「今すぐここから、立ち去るがよい! このような心安らぐ場に、きさまら下劣な連中は百害あって一利なし!」
だめだ、聞こえてない。会長の性格を考えれば、その可能性はあったけど、いくらなんでも危ない。
「おいおい、嬢ちゃん? 自分が今、なにやってるのか理解してるのか?」
「無論だ」
「さっきの嬢ちゃんもそうだが、若者は血気盛んだねえ」
「でもな、勇気と無謀は違うということを知っておかないとな」
「…………」
毅然とした態度の会長を、強盗たちは舐めるように見る。
「よく見るとすげえ美人だな。それに体も……ぐふふ」
「なんだ乗り換えるのか?」
「ああ、気が強うそうだし、こっちのほうが虐め甲斐がある」
「持ち帰っても、ほどほどにしとけよ?」
会長は強盗たちの下品な会話にも、全く顔色を変えない。
「愚劣極まりないな。きさまらのような連中はいつの世も蔓延っている。非常に嘆かわしいよ」
「へっ、その純粋さもそそるねえ~」
「君、少し借りるよ?」
会長は勉強中だった若者のテーブルに置いてある定規を手に取り、それを強盗に向ける。いくら剣道部の主将だからって、相手はナイフ――しかも、3人もいるんだぞ。くそ、会長が危ないっていうのに動けよ、俺の足!
「ぷっ、ははは! 冗談きついぜ、嬢ちゃん!」
「自分が持ってるものが、なにかわかってるのか?」
「ヒーロー気取りも、その辺にしておけよな」
「戯言は不要だ。かかってこい。それとも、その刃物は虚勢を張るためのまやかしか?」
「はあ~あ、楽しむためにあんまり傷つけたくなかったけど――」
「…………」
「少し現実ってのを教えてやらねえとな!」
「――!」
危ない!
「へ?」
今どうした? 強盗が襲ってきたと思ってたのに、その当人はいつの間にか、泡ふいて倒れてる?
「…………」
「…………」
強盗だけでなく、店内全ての人間が沈黙せざるを得なかった。
「どうした? 現実を教えてくれるのではなかったのか?」
「このガキャー!」
「――!」
「ふふぇ?」
また1人、強盗が倒れる。
「さあ、最後は貴様だ。その手にしているものがどれだけ重いものか、教えてやる」
「この野郎!」
「はっ!」
「いってーー!」
会長は、強盗がナイフを持っていた手首を定規で叩き、それを落とさせる。
「やっ!」
「ぐっえっ……」
最後の1人が地に膝をつき、うつぶせで倒れる。
「すげえ……」
俺は会長の姿に、ただただ感嘆していた。
「私がいる以上、この町で悪事は許さん……」
そんなことがあった後でも、悠然と立ち尽くす会長の姿はとても神々しく見えた。
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