きぬルート11話 交わる想い

「行こう、鷲宮君。面倒なことになる前にな」

「え、でも――」

「ひとまず、私の家で落ち着こう。話はそれからだ」

「わかりました」

俺はまだちゃんと言うことを聞いてくれない足を、会長の助けでなんとか奮い立たせ、店を後にした。


「ふう……」

俺は会長の部屋で一息ついてから、喫茶店での出来事を思い出していた。

「少しは落ち着いたか?」

会長はお茶を出しながら、心配そうな声で問いかける。

「ありがとうございます。さっきよりはマシです」

「それはよかった。驚かせてすまなかったな」

「いえ、会長はなにも悪くありません。悪いのはあいつらですから」

「うむ、あの者たち、少し前から気になってたんだ」

「少し前?」

「外から窓越しに、店内の様子を見てたからな。それも欲深い目つきで」

そっか。だから、食事をする前に店の外を見てたのか。

「でも、会長があいつらに向かっていったときは驚きましたよ」

「金銭を巻き上げるだけなら警察に任せようと思ったが、さすがに人質は見過ごせなかった。それにわざとあのような幸せな家族の母親を連れ去ろうなど、言語道断。あのような悪は、私自らが成敗してくれる」

「あんまり無茶しないでください」

「あんな下等な者共に遅れを取ることはない。私なら大丈夫だ」

「大丈夫じゃないですよ!」

「鷲宮君?」

「俺、すっごく怖かったんですから……。もし会長の身になにかあったら……俺……」

「鷲宮君……」

「会長がすごいのは十二分にわかってるつもりです。だからって、あんな危険な真似はもうしないでください。大事になってからじゃ、遅いんですよ……」

「すまない、鷲宮君……」

会長の両腕が俺を包み込んでくれる。

「会長、俺は――」

「君に心配をかけてしまって、本当にすまない。しかし、私も君には危険な真似をさせたくなかったんだ」

「え?」

「君もあの時、強盗に向かおうとしていたろう?」

「いえ……俺なんて足が震えて、そんなことは――」

「気持ちは嘘をついてないじゃないか。その気持ちが大事なんだよ」

「会長……」

「君は本当に優しいんだな。それだけで私は救われるよ」

「当たり前ですよ! だって、俺……俺は会長のことが好きなんですから!」

「え……」

「あ……」

やべえ、つい言っちゃった……。

「それは一体……」

会長は思わず、両腕から俺を解放し、真っ直ぐ見つめる。ここまで来たんだ。もう素直に気持ちを伝えよう。

「俺は会長が――きぬさんが好きなんです」

「それって……」

「御守学園生徒会長としてではなく、先輩としてではなく、きぬさんという1人の女性として好きなんです」

「…………」

「思えば知り合ったときから、少し惹かれているところがありました。それから、きぬさんと関わりが深くなっていくほど、その気持ちに確信が持てました。俺はこれからも、きぬさんと水族館にも、喫茶店にも行きたいです。こんな俺ですけど、付き合ってください!」

言った。ついに言っちまった。成り行きっぽくなっちゃったけど、もう後に引けない。ここまで来れば、後悔なんてあるもんか。

「…………」

きぬさん、ずっと黙ったままだ。いきなりこんなこと言われて驚かせてしまったのか。

「きぬさん……?」

「あ、すまない、鷲宮君……」

「俺のほうこそ、すみません。急にこんなことを……困りますよね、はは」

「鷲宮君……?」

「は、はい」

「君は……私のこと、愛してくれるか?」

「はい、もちろんです!」

「私はすごく幼稚で、嫉妬する面倒な女だぞ?」

「俺はきぬさんの全てが好きですから」

「本当に私でいいのか?」

「俺にはきぬさん以外には考えられません」

「しかし、私は君の愛を受け止め切れる自信がない……」

「どうしてですか?」

「怖いのだ……」

「怖い……?」

「別れが怖いのだ……」

「別れって……なんでそんなこと――」

そっか、そうだった。

「…………」

きぬさんは3年生。今年度で卒業してしまう。卒業したらこの町を出て、別の場所へ行くってことか。もう卒業まで半年もないんだ。せっかく結ばれても、楽しくいられるのは残り少ない。だから、この前――風呂場での一件が間違いだと言ったのはそれか。一定の距離を置かなければ、別れが辛くなる。まして、恋人なんて友人関係の比じゃない。

「鷲宮君……私は……」

見ただけで、体が震えているのがわかる。喫茶店での威勢がまるで嘘のように、縮こまっている。今まで――今まで、その姿からは勇ましさや堂々とした態度、みんなを引っ張るリーダー性。そんなところばかりが目立って、ある種、超人のように思っていた。でも、今の彼女を見て気づいた。この人も1人の人間なんだ。今日のデートだって、そうだ。知らないことにはしゃいだり、楽しいことがあれば笑う。そして、別れを恐れる。そういうところをきちんと見れていないのに、好きだとか告白だとか、俺は馬鹿だ。自分の気持ち、押し付けてるだけだろ。この人は人並み以上に強く、人並み以上に弱い。その全てを含んだ上で、認め、支えていく覚悟がないと恋人になる資格なんてないんだ。

「きぬさん……」

「…………」

「大丈夫です、きぬさん」

「…………」

「俺は絶対にきぬさんから離れたりしません! きぬさんと別れたりしません!」

「鷲宮君……」

「俺が絶対にきぬさんを守ります! だから、安心してください」

「よいのか……?」

「…………」

「安心してもよいのか?」

「俺はきぬさんが好きです。好きな人を安心させるのは当然じゃないですか」

「そうか……そうだな」

体の震えが止まる。

「鷲宮君……いや、誠君」

名前呼ばれ、少しドキっとする。

「なんですか?」

「私も君のことが好きだよ」

「きぬさん……」

「きぬと……私のことはきぬと呼んでくれ」

「でも――」

「私のこと、愛してくれているのだろう。だったら、そんな他人行儀な態度をしないでくれ」

「きぬ……愛してくるよ」

「私も誠君のこと、愛してるよ」

目をつぶり、口づけを交わす。すごく熱っぽくて、柔らかいきぬの唇。全てを忘れさせてくれるほど、気持ちの良い感触は数秒続いた後、離れた。

「気持ちの良いものだな」

「うん」

「私の初めてを奪ったのだ。責任は取ってもらうぞ?」

「もちろん」

「茶が冷めてしまったな。新しく沸かしてこよう」

「ありがとう、きぬ」

「少し待っておれ」

きぬは台所へ向かっていった。いつもの調子に戻ってくれたようだ。でも、きぬはそれだけじゃない。また、きぬが弱っていたら、ちゃんと俺が支えてやらないとな。

「ふう~……ん?」

部屋にある本棚に目が止まる。なんだか同じ色の本ばかりがずらりと並んでいるな。なに読んでるんだろ……?

「……え?」

目を凝らし、本に刻まれている文字を見る。

「卒業……アルバム?」

本棚に並んだ本は全て卒業アルバムだった。100冊近くはあるように見える。しかも、その全てが御守学園のものだということだ。去年のから遡って……創設まで!?なんで、ここにこんなものがズラリと並んでいるんだ。

「待たせたな、お茶が入っ――」

「あ……」

無意識に、本棚に並んだ卒業アルバムに手を伸ばしていた。

「ご、ごめん! ちょっと気になって……」

「……すまないが、それは手に取らないでもらえないか?」

「ああ、でも、なんで――」

「借り物なのでな。丁重に扱わねばならない」

「そうなんだ。なんで、そんなものを?」

「少し御守学園の歴史を学ぼうと思ってな」

「そ、そっか」

「お茶にしよう、誠君」

「ああ」

いっけねえ、いくら興味が惹かれたからって、勝手に見るのはダメだよな。担任の研究資料のときもそうだったし、理性を養わなくては。それから1時間ほど、きぬと雑談をして、お茶をいただいた。

「ごちそうさま」

「もう帰るのか?」

「ああ、明日からまた学園だし、帰って寝るよ」

「そうか」

「きぬ、帰る前に少しいいか?」

「なんだ?」

俺はとある提案、というか俺の考えをきぬに伝えた。

「本当に良いのか?」

「ああ」

「しかし――」

「俺が愛しているのはきぬだけだ。そのためにも、やらなきゃいけないことだと思う」

「ありがとう、誠君」

「だから、明日だけは――」

「うん、辛い思いをさせてすまない」

「ありがとう、きぬ」

「よろしく頼むよ」

「きぬ……」

「誠君……んっ……」

帰る前に一度だけ唇を交わす。

「じゃあ、また学園で」

「おやすみ、誠君」


帰宅した俺は自室で腰を下ろす。

「よっこいせ」

俺、ついにきぬと結ばれたんだよな。知り合ったときには想像も出来なかったよ。雲の上にいるような存在だと感じてたから。でも、そうじゃないってわかった。きぬの隣にいても恥ずかしくないような、そんな人間にならないとな。

「…………」

ふと紗智の部屋を見ると、すでに明かりは消えていた。いつも通り、早い就寝だな。

「紗智……」

変わらないといけないんだ、俺たち……。

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