きぬルート9話 秘策をもちて、デートに臨む
「…………」
休み当日。ついにやってきたこの時。今日は絶対に会長への想いを告げるんだ。
「男、鷲宮誠! 行くぜい!」
約束の地『SHOTENGAI』へ到着。
「会長もう来てるかな?」
前日に取り決めておいた集合時間5分前だけど、会長のことだから少なくても30分前には来てそうだ。
「ありゃまだいない」
時間に厳格そうだから、絶対もういると思ってたのに。休日くらいはゆっくりしてるのかな。
「おはよう、鷲宮君」
と思ってたら、すぐさま現れた。
「会長、おはようございます」
「おはよう。遅れてすまなかったね」
「いえ、時間4分前です。でも、まさか俺のほうが早いとは思いませんでした。てっきり、会長はもう待ってると思っていたので」
「なかなか決まらなかったのでな」
「なにがですか?」
「服装だ」
「服?」
「ああ。普段、休日に出かけることも少ないし、まして誰かとなんて皆無だからな。それで、どのような服装で来ればよいか迷っていたら、予定時間よりも出発が遅れてしまった」
「そうだったんですか」
「せっかく君が誘ってくれたのだ。それに君と一緒に行くのだから、どうせなら格好の良いものにしたかったのだ。どうだろうか? 似合うだろうか?」
「それはもうすっごく似合ってますよ!」
「世辞でも、そう言ってもらえて満足だ」
「お世辞なんかじゃなくて、本当に似合ってますし、可愛いですよ」
「わかった。わかったから、あまり可愛いなどと言うでない」
照れた会長……さらに可愛いなあ……。
「それで、今日はどのような場所へ行くのだ?」
「それは着いてからのお楽しみですよ」
「そう言うからには、期待してもよいのだな?」
「はい、お任せあれ」
「ふむ、では行こうか」
さあ、デート開始だ。このデートで俺は会長に告白する。しかし、ただ告白するだけでは拒否されるのは目に見えている。そこで俺が昨日までに会得した技を披露して、会長をメロメロにするのだ。俺の部屋で眠っていた書物『女性を惚れさせる百の法』がついに役立つときがきたようだ。とは言ったものの、熟読しすぎて覚えれたのは3つぐらいだけど……。
早速、実行だ。いや、すでに実行中なのだ。それは今、俺が会長の後ろを付いて歩いていることが証拠だ。
「鷲宮君?」
「なんですか?」
「君が前を歩いてくれなければ、困るぞ。どこへ向かうのかもわからないのに」
「ちゃんと指示は出しますから、このままでお願いします」
「だが――」
「それに休日だから、人ごみで立ち位置を入れ替わると他の人にぶつかりそうですし」
「むう……致し方なしか」
「あ、そこ右です」
「うむ、ちゃんとついてきてくれよ?」
「わかってますって」
ふふふ、会長は俺の術中にハマってるとも知らずに疑いなく歩いていくな。
「次を左です」
「うむ」
「次は右です」
「なあ、鷲宮君?」
「どうしました?」
「気のせいだと思うが、さきほどから道が外れているような気がする」
「気のせいですって。そんなわけないじゃないですか」
「そうか、ならよいのだが」
「そのまま、奥です」
「う、うむ」
俺と会長はえ路地裏の狭い道に入っていく。この町は俺の庭みたいなもんだ。これも計算通り。もう少しで――
「鷲宮君……?」
「はい?」
「その……行き止まりなのだが」
「そうですね」
「もしやからかっているのか? 早く表に――」
「!」
ここだ!
「?!」
ふふっ、百の法その1『壁ドン』。なにやら今、巷で流行っているようだ。これで迫って落ちない女性はいないと書かれていたんだ。いくら会長でも、これにはたじたじであろう。
「鷲宮君、これは――」
「じっとしているんだ、ベイビー」
「べいびー?」
「突然、こんなことをして怖がらせてしまってソーリーだ」
「ここにはソリもなければ、私は怖がってなどいないぞ?」
「オーケー、マドモワゼル。泣いてはいけないよ」
「まどもわ? 私は泣いてないぞ?」
「君の瞳から落ちるひと滴の宝石も美しいが、真に君が美しくなるのは泣き顔じゃなく、笑顔のほうだよ」
「瞳から宝石など、そのようなおとぎ話みたいなこと――それに私は別に美しいわけではない」
「そんなことはないさ。君の瞳は燃えるように情熱的で、君の髪は川の流れより綺麗で、淡い桃色をした君の唇もなんとも可愛らしい」
「だから、可愛いというのはよさぬか。恥ずかしいと言っているだろう」
「ふふ、照れた君もまた格別だ」
「なんだそれは? それよりも、なぜこんなところに? 目的地はここなのか?」
「目的地? ああ、失敬。忘れていたよ」
「忘れていた? 君が案内すると言ったのにか?」
「ああ、すまない。君を見ていたら、つい頭から離れていってしまったよ」
「どういうことだ?」
「君の美しさに見惚れていたのさ。そのことで頭がいっぱいになってしまった」
「そんなことないと言っているだろう」
「そのせいで、ついつい目的地よりも、君とふたりっきりになりたいという気持ちが強くなって、知らずうちにこんなところへ来てしまっていたよ」
「ふたりっきり、か。それは良いのだが、君はさっきからどうしたのだ? なにやら態度も言葉遣いも、普段とは似ても似つかぬようだが?」
「そんなことはないさ。僕はいつもこんな感じだよ」
「そうか? 私には到底、同じに見えない」
「そう感じるのなら、もしかしたら、それは君の可愛さのせいで、僕の性格も狂ってしまったのかもしれないね」
「可愛いと言うなと言っているだろう」
うーむ、なぜだ? さっきから甘い言葉で会長を翻弄しているはずなのに、一向にその気配を見せない。
「鷲宮君……」
「な、なんだい、ハニー?」
「やはり、その話し方は変だ」
「うぐっ……」
「普段通りの君のほうが良いと、私は感じる」
これ以上は厳しいか。
「それにこんな狭い場所で立ち尽くしてるのも、時間の無駄だと思うのだが?」
会長の言う通りだな。なぜか会長には通じてないみたいだし、この辺りが潮時か。
「あ、あはは、やっぱり変でした?」
「それはもう」
「たまには趣向を凝らすのもいいかなと思いまして」
「そうか」
「ま、失敗しましたけどね」
「鷲宮君の様子はおかしかったが……少し嬉しかったよ」
「嬉しかった? なぜですか?」
「それ以上は言えぬ。早く目的地へ行こうじゃないか」
会長は俺から顔を背け、スタスタと歩き出した。
「あ、ちょっと! 嬉しいってどういうことなんですか? 行く前に教えてくださいよー」
うーん、失敗したような成功したような。ともかくまだ今日は始まったばかりだ。いくらでもチャンスはあるさ。俺は会長の後を追って、路地裏から出た。
「鷲宮君、今度こそはきちんと案内してくれるのだろうか?」
「大丈夫ですって。今度はちゃんと行きますから」
「では、君が前を歩いてくれるね?」
「疑り深いですね」
「前科があるのでな」
「ごもっともです。行きましょう」
「頼むよ」
会長を後ろに従え、目的地へと歩き出した。
「ここが目的地か?」
俺は会長を水族館へと連れてきた。近場でデート気分を味わうとするなら、ここがいいだろう。
「はい、ここが最適かと思いまして」
「魚がいっぱい……鷲宮君、ここは漁業組合の集会場かなにかか?」
「え?」
「しかし、それにしては綺麗な場所だ。それに案内板のようなものまで……」
「会長、水族館知らないんですか?」
「それはなんだ?」
「ほんっとうに知らないんですか?」
「なぜ疑う?」
「さっきの仕返しとかじゃないですよね?」
「そのようなことするわけなかろう」
「じゃあ、本当に知らないんですね」
「ああ、このような場所があることも知らなかった。それで水族館とはなんだ? 見たところ、魚類に溢れているみたいだ」
「水族館っていうのは名前の通り、水の中――多くは海に住む生き物を鑑賞するための施設です」
「鑑賞か」
「はい、普通は水の中の生物ってあまり見る機会がないじゃないですか。だから、こういう施設で可愛い生き物や珍しい生き物を鑑賞するんです」
「いわゆる娯楽施設もしくは慰安施設といったところか」
「だいたいあってます」
「鷲宮君はよく来るのか?」
「いえ、小さい頃に来たっきりで俺も久しぶりです」
「そうか、では2人で楽しむとしよう」
「あそこの水槽に行きましょうよ」
「大きな水槽だ。それに多くの様々な魚がいる」
「そうですね」
百の法その2『ムードのある場で手をつなぐ』。これなら自然に手をつなぐことも出来るし、されたほうもドキっとすること間違いなしだ。館内は少し暗めの照明ながら、巨大水槽の水面から差し込む日光がいい具合の雰囲気を作り出している。やるならここしかない。俺はそーっと、会長の手を取ろうと、自分の手を伸ばす。
「鷲宮君」
「は、はい?」
まずい、バレたか……。
「ここは美しいな。まるで本当に海の中にいるようだ」
「そうですね」
気づいてないようだな。では、気を取り直して――
「あそこを見ろ、鷲宮君。魚が群れをなして泳いでいる」
「すごいで――」
「エイもいるぞ。あまり得意でなかったが、こうやって見ると優雅なものだな」
「確かに海のダンサーって感じですね」
「鷲宮君、イルカだ。可愛いものだ。他の魚と戯れているように見える」
「イルカは水族館の定番のようなものですからね」
くっそー、手をつなぎたいのに、なんだか会長はハマってるみたいで出だしを見失った。どうすれば――
「あっちも見てみよう、鷲宮君」
「え、あ、ちょっと――」
会長が俺の手を取り、他の水槽へ引っ張る。これは成功したと言っていいのだろうか?
「これは綺麗で色鮮やかな魚だ。こんな魚もいるのだな」
「熱帯魚っていう種類らしいですよ」
「ほう、海にはこんな魚もいるのだな」
「このクマノミって魚は、よく見るやつですね」
「ほう、そうなのか?」
「俺は熱帯魚って言ったら、この魚のイメージが強いです」
「このような魚がいるとは今まで知らなかった。なるほど、このような施設が出来るのも納得だ」
「知ってても飼うかといったら、そうでもないですしね」
「これは家庭用でも飼育が可能なのか?」
「多いと思いますよ。熱帯魚は魚類ペットの代表じゃないですかね」
「ほう、めだかぐらいしか知識がなかったよ。あそこも見てみよう、鷲宮君」
「ちょっと、会長――」
そんなに引っ張られたら、こけちまう。
「可愛いな」
「タツノオトシゴですね」
「ああ、小さくて可愛らしい容姿をしているな」
「オスが妊娠するって知ってます?」
「なに? それはメスではないのか?」
「俺も前にテレビで見た知識なんで詳しくないんですけど、オスの腹に袋があるみたいです。そこにメスが産卵して、孵化するまでオスが守るみたいですよ。そのときにお腹が膨れるから、オスが妊娠するって言われてるみたいです」
「ほう、そうなのか。それは感心だ。博識だな、鷲宮君」
「テレビの受け売りですよ」
「しかし、外敵の多い自然界だ。そのように工夫して、多くの子孫を残しているのだな」
「でも、そういうのはメスがするイメージが強いんで、オスがするのは珍しいですよね」
「言われてみたら、大抵はメスが子供を守っているな」
「あ、でも――ほらあれ」
俺は愛くるしい生物であるペンギンを指差す。
「あの生き物は知らないな」
「え、ペンギン知らないんですか!?」
「ああ、しかし、なんとも可愛い生き物だろうか。近くで見よう、鷲宮君!」
「会長、引っ張られたら~――」
会長の部屋には可愛いものなんて1つもなかったけど、案外そういうの好きなのか。
「ふああ……見ろ鷲宮君! なんともつぶらな瞳で……ああ……ちまちま歩いて愛らしいな」
「そっスね」
すげえ、目キラキラさせてる。
「こっちに歩いてきたぞ! しかも、列をなして……他に類を見ない可愛さだ」
「それで、さっきの話なんですけど――」
「メスが子供を守っているという話か?」
「はい、なぜメスが守っていると思いますか?」
「それは動物界は大抵、一夫多妻制。オスは他のメスとの関係もあるし、群れの長でもあるからだろう」
「そうです。でも、あのペンギンはパートナーを変えないそうですよ」
「なに? そのようなことが――」
「例えば、つがいのペンギンを別々の場所にしてしまうと、ショックで死ぬこともあるそうです」
「あのように愛らしい姿をしていながら、その誠実さ……なんとも感服だ。ん……あれは――」
「っと、会長――」
会長に手を取られたまま、後をついていく。
「…………」
会長は目の前の水槽の中で泳いでいる生物を凝視していた。
「ん? リュウグウノツカイ?」
「この生き物……」
「なんだかすごい魚ですね。蛇みたいだ」
「そうか、魚であったのか」
「知ってるんですか?」
「ああ、随分と前に見たことがあってな。そのときはなにかと思ったが……そうか、もう調査されていたのだな」
「それにしても、威圧感がありますよね。白というか銀というか、そこに赤のヒレが加わって、神秘的に見えます。でも……顔はいかついですね」
「名に恥じぬ姿だ。リュウグウノツカイとはよく言ったものだ」
「リュウグウって、浦島太郎の竜宮城からとってるんですかね?」
「そうだろうな。説明板にも深海魚と記されているから、この神秘的な姿と棲家から、そう名付けられたのだろう」
「竜宮城といえば、やっぱりあの生物じゃないですか?」
「ん? ああ――」
俺が指さした方向を見て、会長は納得する。
「大きな亀だな」
「真ん中にいるのが特別大きいですね」
「亀は個体によっては100年以上生きるものもいるぐらい長寿だからな」
「そうなんですか!? じゃあ、あれも100歳ぐらいなんですかね?」
「どうだろうか。50年は確実に生きていそうだがな」
「そんなに長生きだと、なにを思って生きていくんでしょうね?」
「……どうだろうか」
さっきまで子供みたいに騒いでたのに、えらくトーンが落ちたな。
「そういえば、さっきの竜宮城の話に戻りますけど、いじめられていた亀を助けて、深海にある城へ行くんですよね」
「そこで少年はもてなしを受けて、永久とも思える時の中で酒池肉林の宴を繰り返した」
「でも、実は時間の流れが違ってて、陸では数百年が経ってた。それを土産にもらった玉手箱を開けて、知ることになる」
「要するに竜宮城は時間閉鎖空間とも言うべき場所なのだろう」
「そんなの嫌ですよね」
「そんなのとは?」
「自分が知らない間に数百年の時間が経ってて、戻ってきたらなにもかも別世界になってるってことでしょ? 自分が知ってるはずの世界が全然知らない世界になってるって、なんか悲しさというより、やるせなさを感じます」
「本当にそうだろうか?」
「え?」
「例えば、竜宮城は時間閉鎖空間のままだったとしよう。もしその状態で外の世界を見ることができたら、どう思う?」
「どうって……」
「自分の時間は止まっている。しかし、周りはそうじゃない。常に変化し続け、自分の身内も親友も老い、やがて亡骸となる。その様を見続けなければならないのだ。それならばいっそのこと、なにも知らずに数百年の時間が経っていた、というほうが幸せではないだろうか」
「そう言われたら、そうですけど……」
「それに彼は玉手箱を開けたことで、数百年の年月が降りかかり、急激な老化で死に絶えた。自分が絶望した世界で生き続けるより、幸せだとは思わないか?」
「確かに自分の世界とは似ても似つかない世界で生きるよりはいいかもしれません。でも外の世界を見ることが出来るのなら、そこからすぐに抜け出せば済む話じゃないですか。知らなかったから、あの話は成り立つと思います」
「……そうだな。そもそも外の世界を見れるのなら、あの場に留まる選択肢は取らないか。出来上がっている物語に付加することが、そもそも間違いだったな」
「なんか話が大きくなっちゃいましたね」
「そうだな。せっかくの楽しい場であるのに、申し訳ない」
「気を取り直して、もう少し見ていきましょうよ」
「ああ。とりあえず、もう一度ペンギンは見ておこう」
「わかりましたから、あまり引っ張らないでくださいよ~」
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