筒六ルート5話 どんな距離?

「誠ちゃん?」

昼休み、弁当を食べながら、三原と喋っていた紗智が俺に話しかけてくる。

「なんだ?」

「『なんだ?』じゃないよ」

三原も俺を、なんだか心配そうな目で見ているが、どうかしたのか。

「鷲宮さん、なんだか心ここに在らずといった感じでしたよ?」

「え? そんなだったか?」

「うん、もうなんかボケ~って感じだった」

「その言い方、腹立つな」

「なにか考え事ですか?」

「うーん、まあ……」

仲野のこと、大丈夫だろうとか思ってたけど、やっぱり引っかかる。

「なんだよー、悩みがあるんなら言っちゃいなよ?」

「水くさいですよ、鷲宮さん」

「悩みってわけじゃないけど……仲野ってさ――」

「筒六ちゃんがどうかしたの?」

「最近なにかあったとか聞いてないか?」

「そういう話は聞きませんね」

「水泳部で揉め事があったとかは?」

「そんな話も聞かないよ。あ、でも――」

「なんだ?」

「水泳部の友達が筒六ちゃんのこと、褒めてたよ」

「なにをだ?」

「水泳部にエースが来たって。この学園に入学する前から、水泳では有名だったみたいだし、練習も真面目に取り組んで、実力も伴ってるから部内でも信頼があるみたい」

「へえ……」

そんなにすごいのか。

「だから、筒六ちゃんがなにか問題や揉め事を起こすとは思えないよ?」

「その話を聞く限り、そうなんだろうな」

「筒六さん、なにかあったのですか?」

「それがわかんねえんだよ」

「どういうこと?」

「なにか悩んでいるような気はするんだけど、本人はなんでもないようなこと言うからさ。なにか知らないかと思ってな」

「そうだったんですか」

「筒六ちゃん、人当たりはいいけど、自分のことはあまり積極的じゃないもんね」

「言われてみればそうだな」

親のことや兄妹のことも、俺が聞いて知ったもんな。

「あたしから筒六ちゃんに聞いてみようか?」

「それなら、私も――」

「いや多分、仲野本人に聞いたところで、はぐらかされて終わりだと思うぞ」

「そうだよねえ……」

「なにか手はないんでしょうか……」

本当になにか手はないものか。

「あ、そうだ」

「なになに? なにか思いついた?」

「あ、いや別に……」

「なにか閃いたのでは?」

「なんでもない。気にするな」

「はあ……」

1つ思いついたけど、こんなところで言えるわけないし、この2人にも言えない。放課後まで待つか。


放課後になり、俺は真っ先にある場所へ向かった。

「よし、スタンバイ完了」

校舎裏のこの場所からなら、プールを覗くことが出来る。それで仲野の様子を観察してみよう。なにかわかるかもしれないからな。こんなこと、紗智と三原に言えるわけがない。2人には適当な理由をつけて先に帰ってもらった。

「さーて、いざ……」

俺はプールの方へ、目を向けた。仲野いるかな?

「…………」

いたいた。ちゃんと練習しているな。

「…………」

水着だから、体のラインがもろに出てわかるけど、マジで細いな。きちんと飯食べてるのか?

「…………」

いや食べてないと、運動系の部活はやれないか。

「…………」

無駄な肉は一切ないんだろうな。それこそ筋肉すら必要分しかないかもしれない。なんかで聞いたことあるけど、筋肉は3種類あって、その中でもピンク筋ってのが1番良いらしいな。仲野の筋肉は全部それじゃねえのか。

「…………」

あれ? こっち見てる?

「…………」

もしかして気づいたか?

「…………」

仲野はまたそっぽを向く。なんだ気のせいか。

「…………」

「!?」

笑ってる! こっちを見て、笑ってるぞ!? 周りから話しかけられてとかじゃなさそうだし、かと言って思い出し笑いしているようでもない。

「…………」

確実に俺へ微笑みかけている。あの目は発見されている目だ。

「…………」

こ、ここは一旦退散しよう。


俺は帰宅し、一時の安息を得る。

「ふう……」

放課後は焦ったな……。まさかあそこにいる俺を見つけるとは……仲野恐るべし。今日は逃げ帰ったからいいものの、次に仲野に会ったとき、どんな顔をすればいいのか。仲野と出会ったときもプール覗いているところを見られて、そのときは紗智と三原を言い訳に出来たけど、今度はそんな大義名分なんてないし……。

「どうしよ……」

考えてもしょうがないか……。明日、昼休みにでも謝りに行こう。


翌日の昼休み、俺は紗智と三原に断りを入れて、中庭へ向かった。仲野は昼休み、ここにいると思うんだけど――

「お、いた。よお、仲野」

「鷲宮先輩、どうかしました?」

「そのな、仲野――」

「待ってください、鷲宮先輩の思惑、わかりましたよ?」

やっぱり、バレてたか……。

「そ、そうか……なら――」

「私の手作り弁当が狙いですね?」

「へ?」

「普段、昼休みは教室で紗智先輩の手作り弁当を食べているはずの鷲宮先輩が、パンの1つも持たず、ここへ来るのは明らかに不自然」

「待て、なぜ俺が紗智の作った弁当を食べていると知ってる?」

「紗智先輩に聞きました」

「やつめ、言わんでいいことを……俺が料理の1つも出来んみたいに思われるだろうが」

「ちなみに鷲宮先輩がカップ麺しか作れないことも聞いてますので、その辺りもご心配なく」

「そうか、ならよかっ――くねえよ」

「ともあれ、なにかの原因で紗智先輩の手作り弁当を食べられなかった鷲宮先輩は、女の子の手作り弁当を飢えた狼のように求めて、私のところへ来た……それでOK?」

「なにもOKじゃねえよ」

紗智が作った弁当は、俺の学園生活で培われた早弁のための早食いスキルですでに平らげている。

「そういうことなら仕方ありません」

仲野は箸で切り取った弁当のおかずを俺に差し出してくる。

「なんのマネだ?」

「見てわかりませんか?」

「俺の目の前におかずが差し出されているようだが?」

「ええ、そうです。鷲宮先輩も男なら、これがどういう状況かわかりませんか?」

いわゆる、お口アーンのようだが……。

「悪い予感しかしない」

「失礼ですね。女の子にここまでさせておいて」

「別に頼んでないんだが……そこまで言うならいただこう」

「はい、どうぞ」

「じゃ、いただきまーす」

開いた口を閉じたが、俺の口には空気しか入ってこなかった。

「あむ、あむ……んー、自分で言うのも変ですが、美味しいです」

「だろうな。どうだ? 俺の虚しさをおかずに、おかずを食べた感想は?」

「おかずをおかずにって、鷲宮先輩も妙なことを言いますね?」

「ああ、俺も自分でなにを言ってるのか、わからなくなってきた」

「妙繋がりで、もう1つ」

「なんだ?」

「鷲宮先輩って、口から匂いを嗅ぐんですね?」

「そんな奴がいるんなら、俺が見てみたいわ」

「私の目の前にいますが?」

「そうかー、俺には見えないから残念だわー」

「自覚ないんですね、かわいそうに……。いくら、口と鼻は繋がってるからって、それは無理が――」

「ええい! その話はもういい! 仲野が差し出してくるから、食べようとしたんだろうが! それがなんで匂いの話になる?」

「え!? 食べないでくださいよ! やだなあ……」

「やだなってなんだよ。じゃあ差し出すなよ」

「匂いだけに決まってるじゃないですか」

「匂い嗅いで、なにをさせたかったんだ?」

「食べられるのはあれだったんですけど、でもお腹空いてるであろう鷲宮先輩のことを思って、せめて匂いだけでもおかずにさせてあげようかと」

「そんなのいらんわ。匂いをおかずにとか、猛者もいいところだぞ」

「鷲宮先輩なら始末の極意もマスターしているかと思ってたのですが」

「なんだそれは? そんなものマスターした覚えはない」

「残念です」

「それに言い忘れたが、俺はもう昼食を食べ終わっている」

「それならそうと早く言ってくださいよ。私が1人で盛り上がってたみたいじゃないですか」

「仲野が間髪入れずにまくし立てるからだろ」

「では、鷲宮先輩はなにをしに来たんですか?」

「それはだな……」

「はい」

あれ? もしかしてこの反応、昨日のこと気づいてないのか?

「えーと……」

「なんですか?」

「き、昨日は部活あったのか?」

「ありましたけど?」

「そ、そうか」

「もしかして、そんなことを聞くためにわざわざ来たんですか?」

「え、あーなんだ……部活のとき、なにか変わったこととかなかったか?」

「とくにありませんでしたけど?」

「そうか」

遠まわしに言えば気づくかと思ったけど、本当に気づいてないみたいだな。

「なにかあったんですか?」

「いやなんでもないぞ」

「まさか鷲宮先輩、プールを覗いてたんじゃないでしょうね?」

「げほっ、ごほっ、そんなことするわけねえだろ」

「本当ですか~? 私が気づいてないか、探りに来たんじゃないですか?」

「何を言う、そんなことするわけないだろ」

「そうですね~、そういうことにしておきますよ」

「あ、ありがとう」

図星な以上、あまり踏み込まないでおこう。。

「元から変ですけど、やっぱり変な鷲宮先輩ですね」

「どういう意味だ?」

「いえ、単にそう思っただけです」

「失礼だな」

「私、思ったことは正直に言ってしまうタイプなので」

「それはもう十二分に理解してるよ」

「でも、鷲宮先輩――」

「なんだ?」

「人間って、正直に言える間柄のほうが距離が近いって思いません?」

「そ、そうかもな」

「私と鷲宮先輩はどれぐらい距離が近いんでしょうか?」

「し、知らねーよ」

「ふふっ、近くだといいですね」

「その言葉から察するに近くないんだろうな」

「わかりませんよ? 案外、キス出来るぐらい近いかも……」

「な、おまっ……」

「鷲宮先輩って、照れ屋さんなんですね? 顔、真っ赤ですよ?」

「からかうんじゃねえよ、ったく……」

「ふふっ、では私は教室に戻りますね」

「お、おう」

「鷲宮先輩、くれぐれもプール覗きはダメですよ?」

「わ、わかってるよ」

「ふふっ、それじゃ」

全く仲野は……なに考えてんのか、わかりゃしねえ。キス出来るぐらい近いか……。仲野とキス……。

「いかんいかん! こんなこと考えてたら、また仲野のいいネタにされるだけだ」

うーむ、忠告受けちゃったし、今日は素直に帰るか。


夜、俺は1人、自室で考え事をしていた。

「…………」

昼休みの仲野は普段通りだった。なにか悩んでるかと思ったけど、俺の思いすごしだったのかな。

『私は……ちゃんとやれてるでしょうか?』

『私は……ちゃんとやれるでしょうか?』

「俺が荷物持ちをしたあの日、なんで仲野は別れ際にあんなこと聞いてきたんだろ……」

わからん……わからんが、仲野だって気持ちが揺らいだり、不安になることだってあるだろう。多分、あの時はそんな気分だったんだ。一時だけ、そんな気持ちになるときもある。あの日の仲野はそれだったんだろう。今日の態度を見る限り、今は大丈夫そうだが、念のため明日も昼休みに話をしてみよう。その代わりってわけじゃないけど、プール覗きは控えておこう。

「仲野の水着姿が見れないのが少し残念だが……」

って、こんなこと言ってたら本当に変態じゃねえか。下半身が元気になる前に寝てしまおう。

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