prologueⅢ
ガラガラと似つかわしくない音を立てながら、地獄の門が開かれた。
地獄の門と大袈裟に表現してみたけど、深夜営業をしている普通のラーメン屋さんの引き戸です。現在進行形で皇帝陛下の捜索活動は継続中。ここに皇帝陛下がいるのなら、駐屯地の宿舎から叩き起こされた近衛師団と第一機動歩兵師団の将兵達に土下座しろ。欠片も望んでいない、不憫属性が満載になっている可哀想な私に対しても土下座しろ。そして、私は長期休暇と給料アップを皇帝陛下に声高で要求してやる!
私達の来店に気づいたのであろう。成人した臣民の義務である兵役経験(どんな形であれ従軍経験がないと、参政権などの国政に参加する資格を有さない)をしてなさそうな年若いエルフの店員が近寄ってきて、私達の人数を聞いてくる。
「いらっしゃいませー。お客様は三名様ですかー?」
「……いいえ、店内で待ち合わせをしているのですが」
はい、大嘘です。
皇帝陛下におごりを強要しに来た腹ペコの竜王二人と、色々と厄介な事が起こり過ぎて心身ともに燃え尽きそうになっている扶桑皇国の宰相です。
私達はきょろきょろとラーメン屋の店内を見渡して、諸悪の根源である皇帝陛下の姿を探します。
すぐに皇帝陛下を見つけることが出来ました。
グルグルと眠たそうに頭を揺らし続けているプラチナブロンド(白髪と指摘すると怒るので、白銀色で)の少女と、不完全燃焼している時代遅れの機関車のように煙草の煙を延々と吐き出し続けている髪の短い男性。
皇帝陛下は眼鏡を掛けていますが、完全に伊達眼鏡です。
どこかの可愛すぎる妹が「けーちゃんは眼鏡したほうが絶対格好いいと思う!」と言った結果、視力が1・5もあるのに何故か伊達眼鏡着用です。一度でいいので死んでください、この鬼畜眼鏡。日々、関係省庁の各所から大量に上がってくる文字数が異様に多い報告書や稟議書を見すぎて、両目の視力が落ちてしまった私よりも小さな文字を読めるのに伊達眼鏡なんぞ掛けるな。ごらぁ。
灰皿の中に煙草の灰を落とした皇帝陛下も、こちらを認識したようです。
まぁ……店内に入ってきた私達は、不審人物に近いですからね。
ソフィアは赤い色のイブニングドレスの上にファー付きのセミロングコート姿、スフィアはジーンズのパンツと革ジャン、最後の私はフード付きの黒衣を着ている統一感がまったくない謎の三人組です。ガヤガヤと騒がしいラーメン屋さんのTPOを完璧に無視しているので、場違い感が半端ないです。
「主様に忠誠と献身を誓っている可愛い水竜王が、ワンタン麺と蟹炒飯を奢られに来ましたっすよ~。じゃんじゃん、トッピングを追加してもいいっすよね?」
「リリア姉様だけを護衛に選んで外出するなんて、主様も人が悪いですね」
「………………陛下のばかぁ」
はい、最後の小声が私です。
皇帝陛下に殺されたくないので、ボソッと小声で言いました。
性格が捻じ曲がっている皇帝陛下は完全無欠の鬼畜ですから、何度も物理的・精神的に殺されたことがあります。殺され慣れてしまった私は、首ちょんぱや人体両断などの物理的な死は別にどうでもいいのです。痛みを感じる暇もなく、あっさり死ねますからね。それに比べて、激しい痛みを伴う精神的な死は未だに耐えられないのです。声が枯れるまで泣き叫んで許しを請いながら、背の部分が尖っている激痛間違いなしの三角木馬に無理やり乗せられて、バラ鞭で思いっきり背中を叩かれて……げふんげふん。
なんでもありません、きっと気のせいです。
「すみません~、そこに立っているチャラそうな店員さん。私はワンタン麺と蟹炒飯をお願いしま~す。それとワンタン麺のトッピングで、味玉と海苔と叉焼とメンマとネギ追加で。ソフィア姉さん!今日は金銭感覚がない太っ腹な主様のおごりだから、お小遣い関係なしでトッピングし放題っすね!」
「私は野菜坦坦麺の麺大盛りと餃子一人前を。それと焼売と春巻きと枝豆とビールもお願いしますね。スフィア、それは違います。日々、忠勤を励んでいる私達に心優しい主様が報いてくれるのです」
「ソフィア姉さんだって、残り少なくなってきたお小遣いのことを気にしてたじゃないっすか~。私はデリアみたいに小銭しか入っていないお財布の中を覗き込みながら、エグエグ泣いたりしたくないし、お小遣いが尽きたマリアみたいに菜園の茄子を生のままで齧って、飢えを凌ぎたくないっすよ」
「……スフィア。私達にお小遣いを渡してくれている心優しい主様がそろそろお怒りになりそうなので、カウンター席のほうへ移りましょう」
フリーダムです、フリーダム過ぎます。何なんでしょう?両隣にいる二人の言葉の端々から感じる軽さはいったい?扶桑皇国の宰相である私が知らないだけで、この世界のあり方すべてを唾棄している皇帝陛下も、世界そのものを簡単に消滅させることができる竜王も勝手に外出している?そんな疑念が尽きません。
椅子に座るのはいいけど、黒衣の長い裾を踏まれようにしないと……。
「私も御相伴に預かって、よろしいでしょうか?皇帝陛下」
自己嫌悪したくなるほど、嫌味たっぷりの言い方です。
もちろん皇帝陛下の返事を待たないで、椅子を引いて勝手に座ります。
私の目の前の席に座りながら注文を待っている皇帝陛下のせいで、現在の帝都中心部は重大な核兵器紛失事故並みのブロークン・アロー状態。今も何をするか分からない皇帝陛下の身柄が発見されていないため、近隣地域に駐屯している機動歩兵師団と戦車師団が続々と帝都中心部に緊急展開中。何も知らない民衆の安眠妨害どころか、皇国陸軍の反乱を疑われてもいいレベルの騒ぎになっている。
嫌味ぐらい言わせてよ、この馬鹿皇帝。
そういえば、今日の日付は二月二十六日でしたね。このまま、クーデターを起こしたい気分になります。うふふふふっ。まぁ……この帝都の中心部で成功の見込みがないクーデターを起したとしても、資源と時間を費やして完成させたインフラごと即日滅却処分にされるのでしませんけどね。
「同席するのは別に構わないが……。お前はこの店で、何か注文できるのか?」
「私はお冷だけで十分です。私の身体は動物性蛋白質を受け付けませんので」
私の身体は肉類も魚介類も一切受け付けない。
私は自ら望んで菜食主義者になったわけではない。目の前にいる存在によって、穀物と野菜しか食べられない身体に変えられてしまった。本当は豚骨の匂いが漂ってくるラーメン店さんの店内に入ってから、ずっと吐き気が止まらないのだ。
「肉も魚も美味いのにな……」
「生きたままの人間が串刺しになったりする姿を何度も見せられたので」
「それは難儀なこった」
「お米と麦だけの御粥も、野菜だけのスープも美味しいものですよ」
「お客様、お待たせしました。つけ麺の味濃い目です。つけ麺のトッピングは、叉焼と白髪ネギでよろしかったですか?高菜御飯のほうは、もう少しお待ちください」
フリーターっぽい、チャラそうな外見のエルフ店員め。この場の緊迫した空気を少しでいいから読んで欲しかった。私の宰相権限を最大に使って、皇国軍の中でも訓練が一番厳しいと言われている統合陸戦隊の特殊部隊に体験入隊させたくなる。
ちっ、真剣な空気が見事に弛緩してしまっているではないか。
使い古した安っぽいテーブルの上にコトンと置かれたつけ麺を見て、私は思わず目を背けたくなった。つけ麺の上に五枚の大きな叉焼がのっていたのだ。輪切りにされている人体の太ももを連想することができる豚肉……私が一番嫌いな肉。
「相変わらず、肉嫌いなのか?」
「これでも昔は、陛下がお作りになってくれた肉料理が大好きだったんですよ?」
私は感情の赴くままに微笑む。
それは懐かしい記憶だった。
皇帝陛下の隣りの席ですやすやとお眠りになられている、光竜王シュアニーヴェ様――「のじゃ」口調のお馬鹿なリリアと、最後に残った焼肉の肉を争ったり。
今はご自分のお屋敷でお休みになられている、闇竜王べルラァーファ様――口を開くだけで罵詈雑言の嵐のアリアと、陰湿な嫌がらせの方法を相談し合ったり。
私達とは違い、カウンター席に座っておられる火竜王エデルフィア様――竜王の中で一番家庭的なソフィアと、肩を並べて一緒に料理を作ったり。
同じく、カウンター席に座っておられる水竜王アデルフィス様――竜王の中で笑顔が一番多いスフィアと、お風呂場でバシャバシャとお湯のかけ合いをしたり。
今頃は皇城で身柄を確保されているはずの風竜王シュピラーレ様――ヘタレで泣き虫のデリアに性格が悪い皇帝陛下の愚痴を延々と聞かされ続けたり。
同じく、皇城で身柄を確保されているはずの地竜王シュヴァルト様――のんびりしているマリアと家庭菜園の新鮮な野菜を収穫しに行ったり。
私は目の前の座っている皇帝陛下を見詰める。
この異世界に来る前から、心が壊れていた親友。
そして、義理の弟になった大切な家族。
私は皇帝陛下に抱かれたことがある。いいえ、この言い方には少し語弊がありますね。今も夜伽を続けている。強制的に蘇生させているとは言え、何百万、何千万と殺戮を繰り返している狂人に私は抱かれているのだ。最初は無理矢理、次は憐憫を感じて、今は……本当になんなのでしょう。自分でも理解することができません。
「ご注文の高菜御飯でーす。以上でお間違いないでしょうか?」
ですから、このエルフの店員は場の空気を読んでくださいってば!
「……あのっ」
エルフの店員が頬を染めながら言い淀んでいる。注文もしていない私に、何か用でもあるんですか?繊細な精神の持ち主である私は穀物と野菜しか食べられないので、このラーメン屋さんで何も注文できませんよ?タダでお冷を飲んでいて、ごめんなさいね。
「宰相をしている、フランツィスカ様ですよね⁉」
「……ええ、そうですけど」
「僕、外見は小さい子供なのに、国のためにいつも頑張っている貴女のファンなんです‼是非、サインを書いてください‼」
「……色紙とペンは用意されているのでしょうか?」
「用意してあります‼」
人間関係を円滑にするために標準装備されている作り笑いの微笑みから、人には見せられない疲れ切ったレイプ目の真顔に戻りそうだった私は、さらさらと偽ることができない自分の本心を色紙に書き始める。
いい加減、我慢の限界だったのだ。
緊張した面持ちでエルフの店員が書き終わるのを待っているけど、これから奈落のどん底まで突き落としてやる。大人気ない?ふんっ。今日は色々ありすぎて、極限まで疲れ切っているのだ。誰かが私を優しく労ってくれない限り、私も皇帝陛下と同じような極悪非道の鬼畜になってやる。
「書き終わりました……。これで、よろしかったですか?」
「はい‼ ありが……ござい……ます?」
色紙を渡す時、エルフの店員が私の指にさり気なく触れたことも忘れない。
特殊部隊の体験入隊だけじゃ可哀想なので、書かれている色紙の内容を読んで困惑しているエルフの店員は統合陸戦隊に徴兵決定。統合陸戦隊の募兵方法は原則として選抜志願制なんだけど、空気を読まないチャラそうなエルフの店員が選抜試験の試験会場にいても、誰も気にしないでしょうからね。
宰相権限の明らかな乱用ですか?私は知りませんよ、そんな言葉の意味なんて。
『祝。扶桑皇国、統合陸戦隊のご入隊おめでとうございます。召集令状の赤紙はこのお店に郵送いたしますので、その汚い首を綺麗に洗って待っていてくださいね♪貴方の愛しのフランツィスカより』
目指せ、本当に同じ人間かどうか疑いたくなる統合陸戦隊の特殊部隊員。
統合陸戦隊の選抜試験を突破できなかったら、陸戦隊員になれるまで何度でも選抜試験を受けさせ続けてやる。統合陸戦隊の選抜試験に合格できたら、試験初日だけで死亡者が続出する特殊部隊の選抜試験を何度でも受けさせ続けてやる。訓練という名の生き地獄を後悔しながら楽しんできてください。
敵前強襲上陸が基本になっている扶桑皇国統合陸戦隊、その中でも最高の練度を誇る特殊部隊。先陣を切る特殊部隊の練度が異常に高いのは当たり前だ。統合陸戦隊の本隊が上陸する前に、敵地に浸透して偵察や破壊活動をするのが特殊部隊の役割なのだから。流石に味気ない赤紙だけだと可哀想かな?私は鬼畜な陛下と違って優しいから、赤紙と一緒に安っぽい軍手もプレゼントしてあげよう。百m近くある断崖絶壁を命綱なしで登攀する訓練もあるらしいから。それと四十㎏もある装備を背負いながら、六十キロの距離を一日で(ちなみに駆け足で)走破する強行軍の訓練も。
「こ、これは………じょ、冗談ですよね?」
「店員さん、召集令状の色は本当に赤いんですよ?」
ピキリと石像のように硬直してしまった、空気を読まない(読めない?)エルフの店員は完全放置でいいでしょう。
それにしても、なんで外見が一番地味な私だけにサインを求めるのよ!他にも有名な人間が四人もいるでしょうが!そもそも扶桑皇国を統治している皇帝陛下が自分の目の前にいるってことに気づきなさいよ!この帝都を秒単位で消滅させることができる竜王が狭いラーメン屋の店内に三人もいるってことに気づきなさいよ!
「(ロリババアの)フランがモテモテ~」
ズルズルとつけ麺を食べ始めた、副音声付きの皇帝陛下がうるさい。
「あ…あの………フランツィスカ様の前に座っているお客様が、フランツィスカ様の彼氏さんじゃないんですか?そういう噂がチラホラ聞こえてきて」
精神的な復活が早いエルフ店員に殺意を抱きたくなる。このチャラそうなエルフの店員は本当に馬鹿なんじゃないの⁉色紙に書いてある召集のことは、冗談なんかじゃないのに‼
…………もう、我慢することができない。
うず高く積み上げられていく、無視することもできない厄介な仕事の数々。何もしない皇帝陛下に性的な嫌がらせをされる日常。今は不躾なエルフの店員から頓珍漢なことを質問されている。
ぷちっと、何かが切れた。
「あああぁ――!うるさい!うるさい!うるさい!今、私に話しかけないで‼」
勢いに任せて、椅子から立ち上がった私は――――
「私の目の前に座っている男が、この国の皇帝をしている黒江圭吾‼その隣でカニ玉に顔を突っ込んでぐーすか寝ているポンコツ馬鹿が、光竜王リリア・ルークス・シュアニーヴェ!そこのカウンター席で野菜たっぷりの坦坦麺を食べているのが、手作りの料理を少しでも残すとブチ切れる火竜王ソフィア・イグニス・エデルフィア!その隣の席で蟹炒飯を美味しそうに食べているのが、袖の下を渡さないと何もしてくれない水竜王スフィア・グラキエス・アデルフィス!気づいてよ!お願いだから、その正体に気づいてよ!」
四人を指さしながら大声で叫んでいた。
この在り来たりなラーメン屋さんは、きっと扶桑皇国の飲食業界で不動の一位になるのでしょうね。皇帝陛下の来店を宣伝することができれば……。宰相の地位にいる私が宣伝なんてさせませんけどね。全ての飲食店は、店主と店員達が店内の雰囲気と料理の味を創意工夫した結果により、自然と繁盛すべきなのです。どこどこの有名店から実力を認められて、暖簾分けした。高名な食通の評論家が、その料理の味を絶賛した。実に阿呆らしい。資本主義の悪いところは事実と異なることでも、簡単に誤魔化せることです。人々はそれを大衆心理と呼びますが。舌で感じる味覚は人それぞれなのです。ようは自分が好む料理を飽きるまで食べ続ければいいのです。
…………はい、現実逃避終了。
皇帝陛下がいることを自ら暴露してどうするの。ガヤガヤと騒がしかったラーメン屋さんの店内が見事に静まり返りました。感情的になって、いきなり大声を出してしまった私のせいです。本当にごめんなさい。帝都はこれから騒乱に近い状態になっちゃうな……本当に泣きたい気分です。
「……皇帝陛下のことは以前から知っていましたけど?この店が夜間営業になったのは、皇帝陛下の鶴の一声があったからで、そういう店は帝都に多いらしいです」
「俺の舌にあったからな。無理を言って、営業時間を変えさせてもらったんだ」
「僕が言いたいことは、皇帝陛下と宰相閣下が恋人同士なのかってことですよ!」
「タッパーに入っている沢庵が残り少ないぞ?補充しておいてくれ」
「すみません、急いで補充してきます。今日は寒いせいか、お客さんの入りが多いみたいなんで、サービスの沢庵を補充してもすぐに無くなっちゃうんですよ」
コイツラはナニをイッテイルのデスカ?
妙に視界が暈けている……これは涙だ。
私の両目から留めなく零れ落ちている涙だ。
私の目の前の席に座っている男の言動は最低すぎる。私の目の前の席に座っている男は性格が最悪すぎる。この希望に満ちた幸せの象徴――扶桑皇国の為に、心身を削りながら宰相の仕事を続けている私が馬鹿みたいではないか。
遥か昔に同じようなことがあった――――それはソルフィリア王国の滅亡。
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