第20話「苦難とようじょ」
最初の2週間は順調な旅路だった。
しかし、二つの村と三つの集落を超え、断崖の岩肌にこびり付くような道を進むようになると、旅は一気に困難になる。
山岳の少数民族からクリスティアーノが雇ったポーターは良くやってくれたが、それでも命の危険を感じたことは一度や二度ではない。
明確な敵意を受けているのにもかかわらず、大自然が相手では、僕の
……いや、嘘だ。役には立っている。
行く手をふさぐ木々をなぎ倒して道を作り、倒木を粉々にして薪を作るのにはものすごく役立っていたはずだ。
でもそれは、鎌としては正しい使い道なのかもしれないけど、ランクSSS+++のチート武器としては何とも情けない役に立ち方だと僕は思った。
「……ふぅ」
「なんや、疲れたんならかわったろか?」
野営のための広場を伐採しながら思わず出た僕のため息を聞きとがめ、チコラがすいっと僕の横まで飛んでくる。
元気にふるまってはいるが、チコラだって疲れているはずだ。
今日などは馬車がわたる場所の無い峡谷を馬ごと宙に浮かばせて移動したりしたのだ。いくらチートの
特に通常の
オルコだってポーターの二人だって常に何らかの作業をしている。
りんちゃんは言わずもがな、こんな環境でも弱音もはかずにみんなに笑顔を振りまいていたが、体は参っているだろう。
今このパーティーの中で、一番疲れていないのは僕であるはずだった。
「ううん、大丈夫。チコラは魔法使いまくったんだから休んでてよ」
「なめんなや。
チコラはいつものように僕の頭の上に着地する。
この辺は使役できる精霊の力が少ない。呼吸するように精霊力を集めることのできるチコラといえども、普段何気なくやっている「自分自身が空を飛ぶ」と言う行為でさえ、まるで高山での運動のように体力を削っているのだった。
そんな話を聞いた後だからだろうか、いつも感じるチコラの重さが、少し軽くなっているように僕には感じられた。
「……うん、そうして。あれ? ところで、りんちゃんは?」
「よっぽど疲れたんやろな、まだお昼寝しとるわ」
「そっか」
ある程度の広さを確保して、僕は鎌を止める。
薪にも使えない生木を広場の端の方へ移動させると、ポーターが集めてきた薪に火をつける。
夕闇の中に灯る炎で辺りがぼんやりとオレンジ色に色づくと、僕らはやっと一息つくことができた。
偵察がてら食料の調達に向かっていたオルコが木々の間から姿を現し、血抜きしたウサギを2羽とキジのような鳥を1羽、ポーターへ渡す。
ポーターが料理をしてくれている間、水晶の地図とオルコの持っている地図とを比べ合わせながら、僕らはこの先の旅程を打ち合わせた。
「この先に人一人がやっと渡れるような朽ちかけた吊り橋がある。そこを超えれば
「ほんと?! やった! すごい! もう少しじゃない!」
思わず声を上げて立ち上がった僕は、オルコもチコラもあまり嬉しそうな顔をしていないことに気づいてゆっくりと腰を下ろした。
オルコの言葉を頭の中でもう一度再生し、僕は二人が不機嫌そうな顔をしている理由に思い当たった。
「……朽ちかけた吊り橋?」
「あぁ」
「人一人がやっと渡れるような?」
「ようやっと両岸にしがみついていると言った方が良さそうな代物だ。荷物を最小限にして、一人ずつ渡れば……或いは朽ちずに渡り切れるかもしれない程度の」
「つまり、馬車は置いていくしかないってこと?」
僕の間抜けな質問にだまって頷いたオルコに向かって、難しい顔をしたチコラが質問を続けた。
「谷の幅はなんぼある?」
「霧で向こう岸は確認できなかったが、少なくとも今日の昼に渡った谷の5倍以上」
「吊り橋を超えてから半日っちゅうのんは徒歩の行程か?」
「いや、徒歩なら……荷物の量と移動速度にもよるが、一泊は覚悟すべきだろう」
「……迂回したらなんぼかかる?」
「地図が正しければ、迂回路はない」
即答するオルコに僕らは言葉を失った。
何度も確認した地図には、確かに橋が架かっているという情報が書いてある。
仮にも神様が住んでいたという空中庭園へ向かう道が、そんな朽ちかけた吊り橋だなんて想像できるわけないじゃないか。
いや、「遺跡」なんだから老朽化している可能性は確かにあるだろうとは思う。でもなに、その「人一人がやっと渡れるような」吊り橋って。無いでしょ。無いよ。
今日の峡谷を渡るだけでも精一杯だったチコラに、2日連続で、さらに5倍以上の距離を運んでもらうことなんかたぶん出来ない。
でも荷物を持った本当の登山を、しかも1泊2日の行程を、りんちゃんに強いるのも酷と言うものだ。
ここは二手に分かれて行動するしかないかもしれない。
りんちゃんと、その護衛のチコラがポーター1人とここに残り、僕とオルコともう1人のポーターで
本当なら空を飛べるチコラに来てほしいけど、僕かチコラかどちらかはりんちゃんを守らなければならないのだから、水晶の地図を使える僕が行く以上チコラが残ることになるのは仕方なかった。
「しかたない、明日は僕とオルコが――」
「しゃあないな! 明日もワイがちょちょいと馬車運んだろか!」
僕の言葉を遮るようにチコラが胸を反らす。
機先を制されて僕は息を呑んだ。
「出来るのか?」
言葉を失った僕の代わりにオルコがチコラに詰め寄る。
チコラはニヤッと笑い反らした胸をドンっと叩いた。
「オルコお前、ワイを誰やと思とるんや? 世界にただ一人、魔法も使える精霊、
きっと嘘だ。
今日の距離だってギリギリっぽかったのに、5倍以上の距離なんて行ける気がしない。精霊魔法は命を削るような作業だというチコラの身も、もちろん心配だけど、無理して飛ぼうとした結果谷底へ落ちてしまったら、りんちゃんも死んでしまうのだ。
そんな危ない賭けに乗る気は僕にはなかった。
「やっぱり無理だよ。明日は僕とオルコで
「はっ! そんなんりんちゃんが承知すると思とるんか? それに、神に恩を売るんだか契約するんだか知らんけど、直接会うたもんしか願いを叶えられんかったらどないすんねん。行くなら全員や。それが嫌なら引き返すで」
僕はまた口を閉じた。
引き返す。
確かに本当ならそれが一番現実的な選択肢だ。
僕はローブの袖の中で水晶をもぞもぞと探り、チコラの顔を見つめた。
「……5倍以上だよ? 勝算はあるの?」
「せやからイケる言うとるやろ。真面目な話、明日の朝まできっちり
「命を削るような作業なんじゃないの?」
「命を削らんで済むように前もって
しばらく睨むように視線を合わせた僕らは、どちらからともなく頷き合う。
ここから引き返すという選択肢は僕にはない。
だったら結局のところ、チコラにすべてを託すのが一番勝算が高そうだった。
「……わかった。頼むよチコラ」
「まかしとき。何しろワイはあっくんのお兄ちゃんやからな」
以前のりんちゃんの言葉を蒸し返してチコラは笑う。
オルコも黙って頷き、僕らは食事を摂るために立ち上がった。
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