第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる

第19話「反抗期とようじょ」

 僕は今、空中庭園ディオ・ドラーゴと呼ばれる伝説の遺跡へと向かう馬車に揺られていた。

 膝の上ではりんちゃんが、唄を歌いながらクレヨンでお絵描きをしている。

 馬車の動きに合わせるように少し頭を揺らしながらお絵かきするりんちゃんは、本当に楽しそうだった。


 僕の視線に気づいたりんちゃんがこちらを見上げ、大輪のひまわりが花咲くような笑顔を見せた。


 僕は笑顔を返し、りんちゃんはまたお絵描きへと視線を戻す。

 遠くに見える入道雲と深い青色の空を見上げた僕は、小さくため息をついた。



  ◇  ◇  ◇



 事の発端は数日前。

 クリスティアーノと二人のビール祭りの後、僕の能力チートの一つである水晶の使い方を二人でああでもないこうでもないと試行錯誤した末に、数千年前に神が住んでいたと言われる遺跡の情報を見つけるに至った事だった。


「神へ恩を売り、その見返りにりんちゃんを元の世界へ戻してもらう」


 その目的のための、初めての大きな手がかりとなるこの情報を得て、酔った勢いもあった僕はその場で出発を決め、クリスティアーノに馬車や荷物の手配をお願いした。

 クリスティアーノもノリノリで水晶の情報を確認しながら行程を決め、小アルカナの小姓に全ての手配を言いつける。

 その後「旅の成功を祈って」などとジョッキを重ね、僕の記憶はスカーフをバンダナのように頭に巻いたクリスティアーノの顔で終わっていた。


 次の日、頭の中で踊り続けるクリスティアーノのせいでガンガンと痛む頭を抱えながら、前日の空中庭園の話をチコラへ説明する。


「ええやんか。で? 何人で行くんや?」


「クリスティアーノが探してくれる道案内の人と二人か三人で行く事になると思う。……本当はチコラにも一緒に来てほしいけど、今回はここでりんちゃんの面倒を見ていてほしいと思ってるんだ」


「ワイはええけど……一人で大丈夫なんか?」


 チコラが心配そうに苦笑いを浮かべて確認する。「一人で」と言うのはもちろん比喩的な意味で、僕のコミュ障を心配してのことだ。

 当然、僕自身にも心配は尽きない。

 空中庭園はかなり遠い山間にあり、馬車でも片道10日ほどの距離がある。

 途中、いくつかの集落に立ち寄って、よそ者に厳しい山の民から情報を聞き、宿をとったり買い物をしたりする必要もある。

 冒険者でもあり、貴族でもある僕の身分証があれば、そう無碍にされることはないはずだけど、初対面の人と一か月ほどの冒険をすると言うのは、コミュ障の僕には大きすぎるハードルではあった。


「りんちゃんのためだもの、がんばるよ」


「ほうか、ならええ」


「うん、クリスティアーノの話だと、水晶の情報で正確な位置が分かるまでは神話の中だけの存在だと思われていたような場所だからね。りんちゃんを連れて行くわけにはいかないから、チコラには残ってもらうことにするよ」


 チコラと僕は無意識に庭で遊んでいるりんちゃんへと目を向ける。

 二人の視線の先、庭に作った小さなブランコは、そこに乗って居たはずの人影もなく、ただゆらゆらと揺れていた。


「りんちゃんもいく!」


 いつの間にかテーブルのそばまで駆け寄ってきたりんちゃんが、氷の入ったぶどうジュースのコップを両手で抱え、ごくごくと飲み干して一息つくと元気よく、高らかに宣言した。


「え? だめだよ」


「あかんあかん、あぶないんやで。りんちゃんはワイとお留守番や」


 不意をつかれた僕らは、何も考えるまもなくバッサリと否定する。

 即座に否定され、りんちゃんの頬は見る見るうちに不機嫌さで膨れあがった。

 背伸びをしてコップをテーブルに戻すと、水滴でぬれた両手を腰に当てて、りんちゃんは僕らを見上げる。


 たぶん怖い顔、怒っている顔なんだろうけど、眉を寄せて頬を膨らまし、睨むようにこちらを見る彼女の姿は、申し訳ないけどとてもかわいらしかった。


「いーくーの! ぜーったい! いっしょに! いくの!」


「ダメだってば、ほんとに危ないんだから――」


「いくのー! いくのいくのいくのー!」


「りんちゃん――」


「ぜーったいなのー!」


 これが……反抗期というやつだろうか?

 今までいつもききわけの良かったりんちゃんの突然の反抗に、僕とチコラは顔を見合わせた。

 何も言えないでいる僕のローブを両手でつかんで、りんちゃんは「いくのいくのいくのー!」と連呼している。

 そのあまりの声の大きさに、ファンテたちや使用人、奥の部屋にいたルーチェとルカまで何事かと庭に顔を出した。


「……わーったわーった。あっくん、これはもう連れて行くしかないやろ」


「え? ダメだよそんな、今回はほんとに危ないんだから。ホブゴブリンの時とは違って何が出てくるかも分からないんだよ?」


「ワイとあっくんが全力で守ればええんや。まぁ何とかなるやろ」


「なんとかって……うーん……」


 納得はできないが、これ以上りんちゃんが叫び続けたら倒れちゃうんじゃないかと、それはそれで心配な僕はしぶしぶ頷いた。

 それを見て、真っ赤な顔で涙をぽろぽろとこぼしていたりんちゃんの表情がたちまち笑顔に変わる。


「いいの?!」


「……うん、そのかわり、冒険中も大人の言うことをちゃんと聞いて、……勉強もするんだよ?」


「うん! やったー!! あっくんだーいすき!」


 りんちゃんが僕の腰に勢い良く抱きつく。

 ぐりぐりと顔をこすり付けるりんちゃんを見て、彼女を連れて行く事を説得した形になったチコラは少し不機嫌そうな顔をした。


「りんちゃん、ワイは?」


「チコラちゃんもだーいすき!」


 僕とチコラを次々にぎゅっと抱きしめて笑うりんちゃんに僕らは思わず笑顔になる。

 りんちゃんにしてやられた感は満載だったけど、もともと一人で行くことに多大な不安があった僕は、結局のところ彼女を許してしまったのだった。



  ◇  ◇  ◇



 ふと視線を下げると、りんちゃんはクレヨンを握ったままうつらうつらしている。

 僕は彼女の小さな体をそっと抱き上げ、馬車の中へと向かった。

 小さな寝床にりんちゃんをそっと下して、オレンジ色の表紙のスケッチブック――りんちゃん用に特別に作ってもらった紙製のお絵描きノート――をちらりと見ると、そこには黒い服を着たじゃがいもと白い羽根をはやしたじゃがいもが、小さなじゃがいもと手をつないでいるような絵が描かれていた。

 その横に書かれた文字――この世界では使う者のいない「日本語」で書かれた文字は「か」「ぞ」「〉」と並んでいる。


「……くの字が逆やな」


「う……うん、でも上手だよ」


「せやな」


 いつの間にか僕の頭の上にやってきたチコラが笑う。

 僕はあわてて溢れそうになっていた涙を拭いた。


 ルカやルーチェがまだ家族の中に入っていないのはちょっと残念な気もするけど、でもちょっと優越感のようなものを感じる自分も居る。

 今回の冒険も結局のところ治療に専念すると言う理由で、ルカたちは置いてきた。

 うん、家族だもん。そんなに急には本当の家族にはなれない。

 僕たちだって少しずつ家族になっていこうとしている真っ最中なんだ、ルカにもルーチェにも同じように少しずつ家族になってもらえればいい。

 だから、今は最初の家族、僕たちはなるべくたくさん一緒に居なければ……。


「……りんちゃんは小さいなりに家族のことを思っとるんや。あっくんも人の親になるなら、独りよがりな幸せの押しつけばかりではあかんで」


「うん、でも……うん、そうだね。……あぁ、親って難しいなぁ」


「なんも難しい事なんかあらへんやんか。りんちゃんにどうしたいかを聞いて、じっくり相談して決めればええんや。それだけや」


 子供と相談して子供の幸せを考える。

 それは僕の考えていた「すべてを包み込む包容力を持った尊敬される親」とはぜんぜん違うんだけど、もう一度りんちゃんの顔を見たら、それが正しいような気がした。


「アクナレート、街道を外れる。そろそろモンスターを警戒してくれ」


「あ、うん。わかった。ありがとう、オルコ」


 幌馬車の外から馬に乗ったオルコの声が聞こえる。

 御者や野営の準備、荷物運びなどの雑用をする荷物運びポーターとして、山岳に住む少数民族の若者を2人雇った他に、クリスティアーノが僕につけてくれたのは探索者シーフのオルコだった。

 クリスティアーノ曰く、戦闘については僕のランクSSS+++の武器と精霊であるチコラの力があれば、何とでもなる。むしろそれでなんともならない状況であれば、(クリスティアーノを除く)誰を連れて行っても状況は変わらないだろうと言うことだ。

 そこで彼が心配したのは、遺跡に沢山あるであろう盗賊避けの罠や隠し扉で、そういうものに関しては探索者シーフが必須だ。

 そう考えた所で、クリスティアーノが知る中で最も能力的に好ましいのがオルコだったと言うことだ。


 まぁここで初対面の探索者を連れてこられるよりは、僕としても全然いい。

 トリスターノやルーチェと比べれば会話も少ないけど、他の人と比べれば、オルコと一緒に居ることは全然苦にならなかった。


 馬車を出た僕は、オルコに引かれた馬の背中に飛び移る。

 驚いたことに、僕は馬に乗るのが結構どころじゃなく上手いようだった。


 オルコと僕が左右を警戒する形で、山岳地帯へと続く草原を幌馬車が走る。

 僕は背中の死神の鎌デスサイズを背負い直すと、馬の脇腹を蹴って速度を上げた。

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