第35話リタイア

 演劇教室には新しい人が入りました。


 前にいた人で残っているのは、桜と、劇団に入った人達だけでした。


 誰とも仲良くできないまま、日々は過ぎていきます。


 前の時が、仲良し過ぎたのね、きっと。


 寂しさがないわけではありません。


 以前のように先生が桜を助けてくれない分、皆についていくことが大変でした。


 桜の中にある他者への疑念は高まるばかり。誰も、信用することはできません。


 そんな中、再び発表公演をすることが決まり、稽古が始まりました。


 今回は台本のない劇でした。


 桜は、台詞どころか決まった動きを覚えることができません。


 もう助けてくれる人はいないし、自力でがんばらなくちゃ。


 桜はいつもメモを持ち歩いていました。


 でも、メモする時間もないくらいに稽古の進行が速く、桜は全体を止めてばかりいました。


 皆の態度は冷たくなるばかり。


 桜は、皆の敵なんだ。


 人を疑うばかりに、桜の妄想はエスカレートしていきます。


 皆、死んじゃえばいいのに!


 帰り道、よく大声で泣きながら叫びました。


 テレビで悲しい場面を見ると、おかしさがこみ上げてきます。


 皆、皆、桜の敵!


 ちらちら、私のことを見張って、笑い者にして!


 悔しさを堪えきれず、家に帰ると、地団駄を踏んで近所中に聞こえる声で泣き叫びました。


 どれくらい時間が経ったのでしょうか。桜の部屋にお母さんが入ってきて、鏡を投げました。パリンと鏡は割れ、その上に桜を倒し、押しつけました。


「うるさいって、静かにしろって言ったでしょう!!」


 桜の顔に鏡の破片が刺さりました。


 血が出ています。


「顔に傷がついたら、演技なんてできない! お母さんのせいだからね!」


 再びうるさく泣く桜でしたが、傷は小さなものでした。


 そのすぐ後、桜は演劇教室を辞めました。

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