にゃんばハウス

卯月 幾哉

本文

 私はこの家の主である。

 そんな私にとって、このところ許せないと思っていることが一つある。


 二週間ほど前のことだ。

 私の世話係の召使いが、私に何の断りもなく妙な生き物を連れて帰ってきた。それだけなら、まだいい。が、話は続く。


 その生き物は、ふだんは生意気なまいきにも専用の台座で眠りこけている。動き出すタイミングは、決まって召使いが軽くヤツの背中を小突こづいた後だ。

 その動きがなんとも奇妙なのである。まっすぐ進んだかと思えば、急に立ち止まり、向きを変える。前が見えていないのか、ヤツはよく椅子の足などにぶつかっては、その度に方向転換する。――まったく、バカにもほどがあるというものだ。


 あるときには、おろかにもこの私に向かって突進してきたことさえあった。

 私は声を荒げて注意したが、ヤツは耳が悪いのか、全く意にかいさなかった。また、ヤツはあまりに背が低すぎて、私の自慢じまんこぶしも上手く届かなかった。

 ……そのときの私は、戦術的撤退てったい余儀よぎなくされた。

 全く、腹立たしい。私を何だと思っているのだ。


 だが、私がこの二週間ヤツを観察してきて、わかったことがある。

 ヤツはべない。

 前後左右、ランダムに動くヤツだが、上方にだけは無頓着むとんちゃくだ。きっと、上方が死角に違いない。

 そこで、私は考えた。この私の素晴らしい跳躍力ちょうやくりょくを活かし、上空からヤツの首根っこを押さえつけてやろう、と。

 今こそが、この計画を実行に移すときだった。


 ――食らえっ。


 私は四つ足で床を強くって跳び上がり、眠っているヤツの背中に乗りかかった。


 どうだ。見たか。

 ヤツは観念した様子で、うんともすんとも言わない。

 やったぞ。――私は、勝利を確信した。


 と、そのとき、世話係の召使いがやってきた。何用だというのだろう。メシなら、さきほど食べたところだが。

 すると、召使いはいつものように、私の足の下にいるヤツの背中を一突きした。

 ヴーンと奇怪なうなり声を上げて、ヤツが動き出した。私を背中に乗せたまま。


 ……ハハッ。これはいい。さしづめ、この私の馬といったところか。

 ヤツはいつものように、きびきびと床を走り回っている。

 私は満足し、ヤツの背中に腰を下ろした。



    †



「ママ、見て見て! リズがルンバに乗ってるよ!」


 リズという、我が家の愛猫が動きだしたルンバに乗っているのを見つけて、娘が歓声かんせいを上げた。


「まあ、可愛い! ちょっと、パパ。早くカメラ持ってきて!」


 妻が私に言う。人を小間使こまづかいか何かと思ってないか。一応、この家の主人は私のはずなのだが。

 内心の思いは口に出さず、「ハイハイ」と返事をして、私はビデオカメラを取りに向かうのだった。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

にゃんばハウス 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ