第40話 相良、動く

 後半は相良が予測していたより静かな出だしとなっていた。


「てっきり初っ端からエンジン全開でくるものと思っとったが」


 肩透かしを食らった気分でぽりぽりと頭を掻く。

 鬼島中学サイドが少しでも早い時間帯に追いつきたいのは当然の流れだ。戦術的に榛名暁平へと多大な負担がかかっていることを考慮すればなおさらだろう。

 その負担を減らすべく鬼島中学は手を打ってきた。人の並びとしては3―4―2―1、畠山大がワントップとなり、その後方に五味裕之と筧拓真の二人。榛名暁平はこれまでのところセンターハーフとしてプレーしている。


 鬼島中学の奇策によって姫ヶ瀬FCは前半の長い時間、劣勢を強いられていた。もちろん相良としては対処のしようはあった。榛名暁平がポジションを定めず動き回るのが向こうの戦い方ならば、こちらもそんな彼にどこまでもしつこくつきまとうマンマークを張りつければいい。封じこめられれば御の字だが、そうでなくともマークを振り切ろうとして運動量が増えてしまうため、間違いなくガス欠は早められる。

 相良はその対抗手段をとらなかった。もしこれがタイトルのかかった試合なら話はまた別だ。榛名暁平にマンマークを付けるなりして潰しにいき、ひたすら勝利にこだわった采配を振るっただろう。

 けれどもこのゲームにおける相良にとっての最優先事項はあくまでチームの成長である。榛名暁平のような怪物の圧力をまともに受ける機会などそうあるものではない。

 日本だけでなく世界も視野に入れている志の高い子たちには、少しでも多くそういった経験を積ませてやりたかった。


 ピッチ上では中盤をめぐる一進一退の攻防が続いている。後半に入ってからシュートはまだ両チームあわせて1本、久我が放ったミドルシュートのみだ。

 鋭い立ち足の踏み込みから体重を乗せた、強烈なシュートだった。彼のシュートはインパクトの音がとても心地いい。

 きれいにミートされたシュートはゴール枠内へと飛んだものの、すんでのところで体を投げだした矢野政信によってクリアされていた。榛名暁平の影に隠れているが、彼も相当の実力者であることは相良だって承知している。

 常にポーカーフェイスで沈着冷静、ここぞという場面では激しいボディコンタクトも辞さない。試合開始からずっと旧知の間柄である久我と火花の散るようなポジション争いを繰り広げている彼こそ、ディフェンダーに求められている資質をその若さで備えている逸材といってよかった。

 のみならず鬼島中学スリーバックの他の二人、安永弘造と佐木川湊もレベルが高い。榛名暁平がおらずとも、最終ラインの陣容は鬼島中学のほうが残念ながら上だ。口にこそ出さないが相良は客観的にそう分析していた。

 おまけに現在の状況では榛名暁平が最終ラインの前でにらみをきかせている。

 久我かジュリオの一発、ないし2点目と同じく兵藤頼みのセットプレーでもないと得点の確率は低い。そうみてとった相良は、後半がはじまってまだ10分も経たないうちに動くことを決断した。


「牧瀬ぇ!」


 相良がアップするよう命じたのは一年生フォワードの牧瀬龍。

 これまで公式戦への出場機会がなかった金髪のやんちゃ坊主を、相良はあえてこの厳しい局面で投入するつもりだった。

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