●2日目 04 朝『反撃開始』

「ううっ……」

「ちくしょういてえよ……」


 第二校舎三階の小部屋で三人の柄の悪い男子が苦悶のうめきを上げてうずくまっている。沙希はただ冷酷な視線でそいつらを見下ろす。

 さっきまでここで気の弱そうな男子をねちねちと痛めつけていた連中だ。どうやらイライラ気分を解消するために八つ当たり気味に暴力を振るっていたらしい。


 その現場にやってきた沙希はしばらくそれを眺めていたが、やがてたった一言だけつぶやいた。


「梶原」


 それだけで十分だった。梶原はそのガラの悪い三人の男子生徒に近づき、相手とコミュニケーションを取るそぶりもなく、あっという間に全員叩きのめす。彼が再び沙希の背後に戻った時には、三人ともまともな言葉も発せないほどもだえていた。


 名前を叫ぶだけでまるで狂暴で忠実な飼い犬のように相手に噛みつく。昔と変わっていない梶原との「関係」に沙希は少し意識が高揚するのを感じる。


 沙希はじっと床にうずくまって悶えている三人を見下ろしながら、梶原の腕が落ちていないことに安堵した。彼は特別なスポーツをやっていた訳じゃなかったが、普段から身体を動かすのが好きで野生じみた勘もありケンカには恐るべき強さを発揮していた。彼女の記憶の中では同年代では力勝負で負けたことがない。さすがに高校生にちょっかい出した時にはやり返されていたが。


 周囲には異様な沈黙が広がっていた。最初こそ助けが来たと周りにいて――ただ見ていただけの生徒たちは喜んでいたが、執拗なまでにその三人に暴行を続ける梶原に次第に言葉を失っていった。


 沙希の「生徒たちに自分の言うことを聴かせるプラン」。それは自分に逆らうものを梶原で叩きのめすという方法だった。暴力を使って屈服させる。平時にそれをやれば犯罪行為にほかならないが、今は非常事態でありそんなこと気にする必要はない。自分に逆らったらどうなるのか生徒たちに示すのだ。


 説得してわかってもらおうとした結果、たくさんの離反者がでた。それは自分の理屈に不備があったのは間違いないが、それ以上に相手に聞かせるだけの力がなかったからだ。だから黙ってついてこいという姿勢を生徒に見せつけてやる必要がある。


 しばらくして周りの生徒たちが自主的にその三名をビニールテープなどで手足を縛り上げ拘束し始める。

 ここで梶原が沙希を見て言う。


「……これで昔と同じだな」


 その言葉は最初単なる確認かと思ったが、表情を見て何か別の意図を感じた――そして、彼女も気がつく。ここまでは昔と同じだが、今の状況はあの時みたいに好きかってやって終わりという訳にはいかない。

その続き――昔以上のことをやらなければならないのだ。


 ほどなくして完全に縛り上げられた三人の内一人が、芋虫のように身体をくねらせて沙希のところに近づく。どうやらようやく痛みが和らいできたらしい。


「てめぇ、こんなことしてただで済むと思ってんのかよ! 生徒会長が生徒に暴力とか許されるわけねぇだろっ!」


 訳のわからないその芋虫男の言い分を聞き流し、沙希は梶原に対して次の指示を出す。


「梶原」

「おい、聞いてんのかよっ」

「そいつを窓から突き落とせ」

「だからこっちの話を……は?」


 唐突な沙希の指示に、芋虫男がきょとんとしてしまった。一方、梶原は表情ひとつ変えず、無言で答えた。


 この指示に周りにいた野次馬たちはざわめく。ここは三階でありそこから落とされれば最悪死ぬかも知れない。仮に死ななくても拘束されたまま外に放り出されれば外の変質者たちの餌食になるだろう。


 梶原はその芋虫男を担ぎ上げると教室の窓に向かってゆっくりと歩き出す。しばらく意味がわからないというように茫然としていた芋虫男だったが、はっとようやく状況を理解し、


「おいおいおい! どういうことだよ! 殺す気かよ! 冗談にもほどがあるぞ!」

「冗談? いや普通にあんたは不要だから学校から放り出すだけ」


 そう軽く突っぱねる沙希に、だんだん焦り始める芋虫男。


「ざけんじゃねーぞっ! 生徒会長だろっ! みんなを助けるのが仕事だろっ! やっていることが間違っているじゃねぇか!」

「そうね、みんなを助けるためにあんたは邪魔だから片付けるだけ」

「人の命をなんだと思って――」

「どうでもいいからそんなの。命のなかでも必要なのは使える命だけ」」


 まるで相手にしようとしない沙希。

 最初こそ威勢よく叫んでいた芋虫男だったが、少しずつ近づいていく窓を見てやがて表情が恐怖で酷く歪み、目と鼻からはだらしなく体液が流れ出し始める。


「頼むっ――お願いします! もういうことは何でも聞くから許してください! もう悪いことはしないから!」

「そういう問題じゃないからこれ。あんたは不要と判断した。だから捨てる。それだけの話なのよ」

「ちょっと本気なのかよ!?」


 今度は別の抗議の声が上がった。野次馬たちの一人がやりすぎだと言い始めている。が、沙希はそれに対してにらみ返し、


「生徒会長であるあたしの言うことに異議を出すことは許さないわよ。あいつと同じ事になりたくなかったら」


 ぎろりと声の主を睨みつけ、


「黙ってろ」


 ドスのきいた言葉を返した。それに野次馬たちは顔を青ざめ、全員だまってしまった。


 ふと、沙希は野次馬の中に八幡の姿があることに気がつく。教室の外から廊下の壁に背中を預けて俯いている。それは今から起ろうとしている惨劇から目を伏せようとしているのではなく、見て見ぬふりをするから好きにしろという意志を感じ取った。


 ……あいつ。


 自分であえて虐められている生徒を助けず沙希を動かせ、さらに生徒の一人を窓から突き落とすという暴挙を見て見ぬふり。八幡は優しく不正や横暴を許さないタイプだと考えていたが、どうやらそれだけではなく、さらに頭も働くとんだ食わせ物だと理解した。


「お願いしますっ……もうやりません……だから、だから助けてお願いだから……」


 必死の懇願も虚しく、梶原はその芋虫男を窓から放り投げた。一斉に野次馬たちから短い悲鳴が上がる。


「梶原、待て」


 唐突に沙希の声がかかった。同時に梶原が一度放り投げた芋虫男の制服の襟首を掴む。

 その後、勢いよく引き上げられて教室の中に乱暴に引き戻される。


 再び床に転がった芋虫男は一瞬味わった落下感と絶望で、ひどく怯えた表情でガタガタと身体を震わせていた。口は半開きになり、もう失神寸前な状態だ。

 沙希はその前にゆっくりとしゃがみ、一発軽くほおを叩いてから、チッと周りに聞こえるぐらい大きな舌打ちをする。

 芋虫男は半泣き状態のまま、


「あり……ありが……」

「あんたに感謝される謂われはないわよ。あたしは自分の中で賭けをしていたわ。最初は梶原が放り投げたあんたをもう一度捕まえられるか、その次は掴んだあんたの服の一部が破けるか。見事にあたしの希望とは逆になったのはあんた自身の悪運が強かっただけの話」

「あ……ああ……」


 もうまともに口もきけない不良を睨みつける。


「今回はこれで一応楽しめたから終わりにしてやるけど、次にやったら今度はよりあんたが死ぬ確率が高い方法で遊ばさせてもらうから。それが嫌ならここで大人しくしてろ」


 ここで芋虫男の頬をもう一発軽く叩くと、


「あるいはあたしにとって使える命になれ。そうすれば使ってやる」


 その言葉にこくこくと必死に頷く芋虫男。


 沙希はもう彼が次に悪さをすることはないだろうと判断し、その場から立ち上がり教室を出る。出入り口付近に溜っていた野次馬たちも勝手に道を空けていき、梶原も黙って彼女の後ろについてきる。


 しばらく黙って歩いていた沙希だったが、やがて人気の少ない校舎隅につくと、


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 壁に手をついて大きく息を吐いた。緊張感が解け全身に疲労感がのしかかってくる。

 なんとか昔のことを思い出し再現してみたが、よくもまああんな暴虐ぶりをやっていたなと自分自身に呆れてしまった。若気の至りという言葉で済ませたくないレベルだ。

 そんな彼女に、梶原は背中をポンと叩くと


「昔以上だったぞ。安心しろ」

「ああ……そりゃどうも」


 褒めているつもりなのだろうが、沙希は逆に凹んでしまった。平時だったというのにこんなことを毎日やっていたとか思い出したくもない痛い記憶だ。ああ痛い痛い痛い。


 一方で梶原は昔と変わっていないと感じる。実は芋虫男を突き落とせと指示した時、投げた後に芋虫男をつかんで教室に戻すことは伝えてなかった。しかし、梶原は唐突な指示を簡単にやってのけた。恐らくある程度予想はしていたのだろう。。こういうところで目だけで意思疎通していた頃を思い出し、懐かしくもこそばゆい感じになる。


 ふと、ここで沙希は視線を感じて振り返る。そこには壁に寄りかかっていつもの幼い顔で彼女を見ている八幡がいた。


 沙希は気を取り直してから、


「やってくれたわね」

「悪い。ただ僕もいっぱいいっぱいってのは本当だよ。それを解消するためにはこういうこともしないとダメだと思ってさ」


 八幡のあどけなさの残る表情とは裏腹に強い大人びた意志を感じる。


「おい」


 そんな彼の態度が癪に障ったのか梶原が詰め寄るが、沙希は手で制止し、


「とりあえず今回のことはどうでもいい。どのみちやることは変わらなかったし。で、次にあんたがやるべきことはわかっているわよね?」

「たぶんもう何も出来ないだろうけど、あの三人は僕たちの方で一応監視しておくよ。その後のことについてなら――まあ生徒会長の指示があり次第ってことで」

「一時間後ぐらいに掲示板に張り紙を出す。それを読んでおいて」

「了解」


 八幡はまたさっきの教室へと戻っていった。

 その後ろ姿を見ていた梶原は、


「いいのか? あいつはお前より遥かに出来る奴だぞ」


 暗に自分の出来が悪いと言われた気がしてむっとしてしまう――昔からこういう無神経なことを平気で言うやつだと思い出す――が、表情には出さず、


「うっさい。出来る人間だったらこっちに引き込めばいい。どのみちあたし一人だけじゃどうしようもないんだから」


 沙希の答えに梶原はまだ不満があるようだったが、それ以上は言わず、


「で、次は何をすればいいんだ」


 梶原の問いに、沙希は少し思案した後、前に八幡と話したことを思い出し、


「……もう一人こっち側につけておきたい奴がいる」

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