●2日目 03 朝『昔の自分とあいつ』
「…………」
第一校舎二階廊下の隅で沙希は彼と対峙する。梶原冬弥。どうしようもない不良で乱暴者。小学校時代は一緒に悪さをし、そして中学以降両者の家庭の不和がきっかけで話すらしないぐらいに疎遠になっていた微妙な関係。こうして間近にあって声をかけるのは二年以上のブランクがある。
沙希はこうやって会話するのが久々だったため。口がうまく動かせずにいると、先に梶原が口を開いた。
「……おまえから会いに来るのは久しぶりだな。なんか用か?」
久しぶりに聞いた声はすっかり男の野太い声に変わっていた。時間の流れを感じる。
懐かしんでいる場合じゃない。沙希は眉に力を入れ、
「……わからないの? あたしが何しに来たかくらい」
そう言い放った。
昔に戻る。狂犬コンビとして暴れまわり、自分はなんでもできる、自分は偉いと勘違いし続けていた時代に戻る。思い出せば顔面が沸騰しそうなほど忘れたい時代だが、この最悪な状況ではそうなるしかなかった。
梶原はポリポリと後頭部をかいて、
「なんでだ?」
「え?」
沙希が問いかけの意味がわからずにきょとんとするが、梶原は続けて、
「俺はお前がここを飛び出していくと思っていた。自分勝手の権化みたいな奴なんだから、生徒たちのお守りなんてまっぴらだって言ってな。だが、お前は残って助けようとしている。なんでだ?」
強い口調でそう言う。沙希にはその言葉に怒気――感情的なものを感じ取る。さらに、
「昔のお前ならそうしたはずだ」
そう付け加えた。
沙希は思い出す。昔の自分なら本当にそうしたのだろうか。何でもできると勘違いしていたときの自分ならすぐさま学校から逃げ出したんだろうか。
いや違う。生徒会室で副会長を追い出した時の感覚を思い出せ。あれは間違いなく昔の自分に戻った感じがした。
だから答えはこうだ。
「あたしの犬をやっていたかったブランクが長かったせいで忘れた? あたしは一番偉くないと気が済まない。だからバカな生徒たちを自分の思い通りに動かせないと気が済まない。救うんじゃない、支配したい。昔の私がこの状況に陥ったのならこう答えたわよ。それに……」
――一旦息を吸って――
「実際今もそう考えてる」
この返しに梶原はただ沙希の瞳を見つめていたが、やがてすっと視線を外し、
「……そうか。そうだったな」
そうつぶやいた後、
「わかった。何でも言ってくれ、昔みたいにな」
そう沙希のそばに立った。
沙希は内心で安堵の溜息を吐いた。完全に自分のことを忘れているのではないかと不安だったが、意外とあっさり昔のように彼女に付き添ってくれる意思を見せてくれている。
家庭崩壊以降ずっと自分の中の時間が止まっている感じがあった。もしかしたら、同じように家庭崩壊で疎遠になっていた梶原も時間が止まっていたのかもしれない。
沙希が彼の隣に立った時にふと気がつく。一緒にいたときと比べて頭二つ分ぐらいの身長差がある。最後にまともに話したときは大して身長は変わらなかったのを思い出すと、自分の中で時間が止まっても世界の時間までは止まってないと感じた。
沙希は梶原を従えるように歩き出すと、
「あんたはあたしの言うことを実行してくれればいい。あまり無茶なことを言うつもりはないから安心して。その後の始末はあたしの方でやる。あとあたしの体制下ではできるだけ良い待遇を約束する」
「いらねえよ」
「え?」
梶原の言葉に疑問符を浮かべたが、すぐに続けた。
「昔通りならそれでいい」
梶原はぶっきらぼうに言って彼女の後ろについてくる。
そうだった。昔もこういう関係だった。
何となく昔に戻った気分になる。毎日引き連れ腹の立つことがあっては子供だろうが大人だろうが年下だろうが年上だろうが食って掛かり、たまに巧くやれない梶原の尻をけっ飛ばしたりしていた。優等生癖がついたせいか、今考えれば想像を絶する悪ガキで寒気すらする
。
とりあえず沙希は梶原という『暴力装置』を手に入れたことを知らしめるために校内を一周するかと思ったが、
「生徒会長!」
そう叫びながら二人の女子生徒が息を切らせて走ってきた。そして、
「三階で男子三人が暴れているの! 八幡君たちに助けてもらおうと思ったんだけど忙しいから生徒会長に言ってくれって言われちゃって! お願い何とかして!」
沙希は都合の良い状況だと思い、
「そこに案内して――いや」
言い直して女子たちに導かれて現場へと向かった。
「そこに案内しろ」
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