●2日目 05 昼前『増える仲間』
「光沢眞人はいる?」
第一校舎三階の教室に入るや否や、教室内の生徒たちの視線が一気に沙希へ集まり、蜘蛛の子を散らすように彼女から距離を取られるのを見て、不満と満足感が入り交じった妙な気分になってしまう。この狭い学校内では沙希の歩くスピードよりも噂の伝達速度の方が早いようだ。
やがて一人の女子生徒が恐る恐る指した先はベランダだった。見ればそこから外を眺めている男子が一人いる。背後からでもわかるそのきっちりとした姿にあれが目的の人物であるとすぐにわかった。
沙希がベランダに出て彼の前に立つと、にっこりとスマイル――自然なものではなく作られたとわかる営業的な――を浮かべた。
「やあどうも生徒会長。僕に何か用ですか?」
こんな状況にもかかわらず軽快な受け答えだった。細い顔立ちにスマートな長身の体躯。直に接したのは初めてだが、噂通りの美形だ。
沙希にとって女子への対応が必要だった。男子は力任せにやればいいが女子はそう簡単にはいかない。彼女への不信が募った場合、光沢を頼る声が大きくなる可能性があると考え、そうなる前に生徒会側へつかせてしまった方が良いと考えたのだ。
それに……「あの」状況での判断力もある。
ただ正直光沢は傍から見てその存在を知っていただけで、話したことは一度もない。そんな人を仲間に引き入れられるのかわからなかった。
しかし、それでもやるしか無い。
沙希は決意を固めて口を開く。
「協力して」
「僕を、ですか? なぜでしょう」
光沢は意外だという表情を浮かべる。沙希は今後やろうとしていることを端的に伝えて、
「あなたの力が必要なの。といっても何かをやってもらおうという訳じゃない。ただ普段あたしの後ろについていてくれればいい。こんな状況で家族のこととか、いろいろ思うこととかあるだろうけど――」
「ああ、家庭のことならご心配なく。僕には両親と兄がいますが、幸いなことに両親は県外へ毎日働きに行っていますし、兄は大学へ通うために遠くで一人暮らししています。よっぽど運が悪くない限りはこの騒動に巻き込まれていることはないでしょう」
淡々と――あくまでも淡々と営業的なスマイルを浮かべて答えた。
ずいぶん余裕のある態度だな、沙希は真っ先にそんな印象を受けた。助けもない、生き延びる宛てもないこんな状況だというのに、まるで隠居してしまった老人のように達観しているような感じだ。
これが本当にあの危機的な状況であの判断をした人物なのか?
念のために確認してみることにする。
「ちょっと話は変わるんだけど、もしかして外の連中が学校に入り込んだ時に、シャッター降ろせって言ってなかった?」
この指摘に光沢は一旦言葉を失った後、少し困った顔になってから、
「生徒会長に聞かれていましたか。その通りです。前に避難訓練でシャッターを下ろしていたのを見ていたのをとっさに思い出しまして」
「なんで黙っていた?」
「……その理由は生徒会長が一番理解できるんじゃないでしょうか」
自分の胸に聞いてみろといわんばかりの回答だ。ただ、その表情はさっきまでの営業スマイルとは違い、どこか退屈――いや失望した表情を浮かべている。
八幡の予想通りだったと言うことか。あの場で少しでも出来る奴アピールすればたちまち祭り上げられていただろう。つまり、この光沢という人物。八幡のように積極的に前に出てやるべき事をやるようなタイプではないと言うことだ。
沙希は疑問に思う。この表情は誰に対してだ。誰に失望しているのか。生徒会長である沙希に向けているのか。
……いや違う。沙希は直感でそれが向けられている先に気がついた。光沢が自分自身に失望している。なんでだ?
もう少し話をしてみることにする。
「確かにあの状況じゃ黙るしかないわね。女子から人気があって人望もある。男子からは嫉妬という視線を常に浴びていた。善意的にも悪意的にも祭り上げられる恐れがあった」
「まあ……そういうことですよ。この状況、目立つことは禁物です」
また失望した顔を浮かべた。今度こそ確信を得た。彼は自分自身に失望している。
その理由は何だろう。絶望しているならわかるが、失望する理由がわからない。そもそも思い出してみれば、シャッターを下ろせと叫んだときはあんなに――
ここで沙希ははっと気がついた。ああそうか。そういうことか。
沙希は少し口元が緩んだのを自覚する。突破口は見えたからだ。
「生徒会長?」
黙ったままニヤついている沙希に訝しがる光沢。沙希は口元を引き締めると、
「話を戻すわよ。私はあなたの力を借りたい。目的はこの学校で効率よい秩序の確立と運営を実現するため」
その言葉に光沢はふうっと溜息を付いてから、
「先ほども言いましたが、あまり目立つことはしたくないんですよ。この状況を何とかしろと言われても正直僕の能力を遙かに超えてしまって――」
「楽しませてやる」
「……はい?」
唐突に出てきた沙希の言葉の意味がわからなかったのか、光沢は頭にクエスチョンマークを浮かべてしまう。そんな彼を沙希はびしっと勢いよく指さし、
「あたしと一緒に来ると退屈させないわよ。巻き込むつもりはない。あんたはあたしの後ろに立って、起きていく騒動をただ見ていればいいだけ。楽しそうでしょ?」
沙希の言葉の意味が理解できなかったのか、光沢は口を開けて唖然としてしまう。
シャッターを降ろせと叫んでいたときの光沢の口調は興奮していた。まるで台風がやってきたときの子供みたいにはしゃいでいた感じだった。
沙希も悪ガキだった時代は、学校にテロリストが攻めてきたりとか、突然の大地震で町中パニックとかそんな妄想ばかりしていた。自分がヒーローになれるようなそんなシチュエーションを望んでいたのだ。
また昔を思い出してムズムズしてくるが堪える。
光沢もそれと同じく、普段から退屈を感じていて何かすごいことが起きないかと願っていたに違いない。そんな中、変質者が学校に乱入してきて願ったり叶ったりになった。
だが、妄想が本当になった後に訪れるのはつまらない現実でしかない。沙希が生徒会長としての役割を押しつけられるのを見て、気がついた。こんなの役回りやりたくないと。
それが失望につながったのだろう。望んでいた展開になったのに、自分は何も出来ないし、したくもない。そんな自分自身に。
それは沙希が家庭の崩壊を止められず自分が無力だと思い知ったときと同じものはずだ。
なら答えは簡単だ。
光沢はただ見ているだけのポジションを提供すればいいのだ。それも今後誰からも責任を押しつけられることもない立場に据え付けて。あとは天から見下ろすようにこの騒動を見守っていれば良い。
沙希は女子対策として早い段階で光沢を仲間にしておきたい。光沢は騒動を楽しめてなおかつ安全なポジションがほしい。二人の利害は一致している。
光沢はしばらく唖然として目を丸くしていた。やがて笑いを抑えようと方を震わせ始めるが、結局我慢できず、この美青年ファンがみたら失望してしまいそうなほど大きな笑い声を上げてしまった。
ここで沙希は強烈な殺気を感じて、すぐさま手だけを背後へ振り制止させる。そこには振り返らなくてもわかるぐらい不快感をあらわにした梶原がいた。原因は光沢の態度に間違いない。
「落ち着きなさいって」
「だがよ」
「いいから黙れ」
今にも吠えだしそうな飼い犬を諫めておく。こいつこんなに短気だったか?と沙希は疑問に思うが、今はどうでも良い。
ほどなくして光沢もようやく笑い声も収まり、しばらく目に浮かんでいた笑い涙を拭っていたが、
「まさかこの状況を楽しませてやる、と言われるとは思いませんでしたよ」
「元々あなたが必要なのは存在だけよ。何かしてもらったり責任を取ってもらうことは絶対にしない。ただあたしの後ろに立っていれば良いだけ。悪くないポジションだと思うけど?」
沙希の提案に光沢は笑い声がやや残る喉を絞りつつ、
「いいでしょう、確かにあなたについていった方が退屈せずに済みそうだ」
そう営業スマイルで了承した。
説得終了。これで最初にやるべき事は完了した。
「ありがと。じゃあ生徒会室に案内するわ」
そう言って沙希は二人を引き連れて歩き出した。
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