▽エピローグ

『混沌の渦に呑まれし語り部よ』

『我の言の葉によりて、

 ここに調律を開始せし……』


 都の、かぐや姫の屋敷がある一画には、いつものようにいつものごとく、求婚の意を捧げるために男たちが押し寄せていた。秘める恋、泣き腫らす恋、猛々しく吠える恋。その行動は千変万化ながら、老いも若きも一様に、ある個人に対して胸を焦がしているのだけはよく分かる。

 誰もが他人を気にしていないから、和気藹々という感じはないけれど。だから余計に、初々しい緊張感がはっきりと漂っている。

「調律前に見たときの、老若男女・みんな仲間・一致団結っていうのと、また随分感じが違うのね」

「これから絶世の美女に会えるっていう緊張感。そのうえ本人は、それこそ一世一代の晴れ舞台に臨もうってんだ。そりゃ緊張もするだろうぜ」

 茶屋で受け取った団子を頬張りながら、タオはまるで物見遊山でもしているように人混みを呑気に眺めている。

「結果を知っていても意識しないって…… その先が分からなくて不安になるよりは、いい状態だと思う?」

「便利な面がないとは言いませんが、それは希望も持てないということです。それはあまりに、不公平というものですよ」

 何か考えることがあるのか、レイナもわずかにうわの空で、シェインの突っ込みにも珍しくかみつきもせずに同意している。

「それで? エクス、本当にかぐや姫には会わなくてもいいのか? ここで待つのは思った以上に楽しそうだ、時間は気にしなくてもいいんだぜ?」

 空の湯呑をこねていたエクスが、急に名前を呼ばれて身体を震わせた。小さく笑いながら顔を上げたところで、答える前に勢いよく椅子から飛び上がっていた。

「あーーーーー!」

 ばっ、と自分の口を塞いで慌てて身を伏せるエクス。耳を押さえたレイナ以外、タオもシェインも他の周りも、全然気にしていないことに顔を赤らめ、そしてすぐにそれどころではないと思いなおしたらしい。

 湯呑を席に丁寧に置いたのもつかの間。目の前を塞ぐ一団を強引にかき分けて、あっという間に人ごみに紛れてしまった。

「どうしますか、姉御。追いかけますか?」

「心配すんなって、すぐ戻ってくるさ。……まあ、お嬢が気になるってんなら、追いかけるのはやぶさかではないんだがなっと」

「もう、そんなんじゃないわよ。……でも出発するにはいい時分だものね。合流したところで次の想区に向かいましょうか」

 ごちそうさまと店の奥に声を掛けながら。団子とお茶の代金を席において、一行はのんびりとエクスを追った。


「ちょ、ちょっと待って! ねえ、そこの君! 右大臣だよね!?」

 腕を掴まれて身を強張らせていた相手は、そう呼び止められると足を止めて振り返り、大きく息を吐いた。

「なんだ、人違いか。おかしいと思ったんだ、こんなところで呼び止められるわけがない」

 うんうん、と一人で早合点をするのは、水干に緋袴に烏帽子を被った少年のような出で立ちだ。

 エクスがその顔を覗き込むと、お互いに不思議そうに顔を見合わせてしまう。

「ええと。僕はエクス。君はその…… かぐや姫に会いに来たんじゃないの? 右大臣、だよね?」

「これは丁寧にどうも。でも人違いだよ、ボクは右大臣なんかじゃない」

 得意げに皇子が言い張ったところに、レイナたちも追い付いた。

「ボクは皇子。これから『ほとけのみはち』を探しに天竺を目指して旅立つところさ!」

 一瞬の沈黙の後、3人は一応後ろを向いてから、爆笑した。

「ぜ、全然懲りてねぇ!」

「……というか、味を占めたのかしら?」

「ねえ、姉御。きっちり調律はしたんですよね? お情けて中途半端だったとかないですか?」

 いきなり現れた3人組の奇行に、皇子はあからさまに気分を害してみせた。

「人の顔見ていきなりそれとか。よくないと思わない、人として!」

 同意を求めたエクスはエクスで、お腹を抱えてうずくまっている。肩を震わせるだけでなく笑い声まで漏らしていれば、最初は焦った皇子もとうとう怒り出した。

「まったく、君たちは本当に失礼だな! ボクは忙しいんだ、もう行くからな」

 鼻息荒く歩き出した皇子に、エクスは慌てて立ち上がり、追いかけようとして、そこで止まった。

「行ってらっしゃい! 面倒くさがって近道とかしないでね、そういう突拍子もない行動は本当に危ないから!」

 立ち止まった皇子はそっと振り向く。笑顔のエクスがうなずくと、皇子も機嫌を直したように、大きく手を振ってから走って行ってしまった。

「いいのか? まあ、天竺までお供とか、さすがに無理だと思うけどよ?」

「いいんじゃないかな、冒険好きのかぐや姫がいてもさ。彼女は強い、だから今度は大丈夫なんじゃないかな」

 根拠はないんだけど、と付け足すエクスの頭を、タオはなでくり回してから背中を張った。

「相手を信頼するのも大事だよな! まあ、何かあったら駆けつけてやろうぜ?」

 勝手にすっきりしたエクスとタオの笑顔を見ると。シェインが何かを笑い飛ばし、怒ったレイナが追い回す。

 そうして歩き出した一行は。都の雑踏から人知れず、次の想区へと旅立っていった。

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グリムノーツ ~やらない理由なんてない~ 機月 @lunargadget

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