第993話 結婚式の準備で九尾なのじゃ

 八月某日。

 お盆をちょっと過ぎたくらいに予定された俺と加代の結婚披露宴。

 それに向けて、俺と加代は目下日程を大急ぎで調整していた。


 そう、妊娠発覚したのが六月の終わり頃。二ヶ月もあったのに何をしていたのかと言われるかもしれないが――結婚の準備とは意外にかかるものなのだ。

 というか、俺も加代さんもはじめてのこと過ぎて、何をどうしていいのやら、どうやって結婚式の準備を進めたらいいのやら分からなかったのだ。


 そらそうだわ。

 逆になんでそんなことを、軽く見積もっていたのか。

 結婚に望む意識の低さというか、甘い見積もりには今更ではあるけれども、ちょっと自分でもどうかと思った。


 なんにしても、いざ結婚式場に相談に行ったら、二ヶ月で準備なんてたいへんですよ、スピード結婚も良いところですと驚かれてしまって、俺たちは自分たちの考えの甘さに気がついた。てっきりお金さえあれば、この手の話はするすると決まっていくなんて思っていたが、全然そんなことはない。結果、このザマと相成ったわけだ。


 ほんと、無知っていうのは怖いよね。

 逆にこんなになんにも知らないのに、結婚したもんだと感心するよ。


 ぶっちゃけ籍は入れてしまっているので、後は気持ちの問題。

 気持ちの問題なので、そんなに漁る必要なんて何もない。

 もっと半年くらいかけてじっくりと決めれば良かったのではないか――とは俺も思ったし、加代さんも思った。


 けれども。


「のじゃ、籍は入れておるのだから、別にそんなに焦らなくても。というか、別に結婚式にそんなにお金をかけなくてもいいと思うのじゃが」


「加代さん、一生に一度のことなんだぞ? それでいいのか?」


「いやいや、何を言っておるのじゃ。わらわは三千年を生きた狐ぞ。たった一日のことではないか、そんなもの誤差のようなものなのじゃ」


「けど、俺はこれから先、加代さんと別れるつもりはないし、ずっと君を幸せにし続けるつもりだぞ。流石にずっと働き続けるのは精神病むだろうし、君みたいに戸籍が作れなくてまともな職に就けないかもしれない。これから先、宇宙が滅ぶまで続くかもしれない俺たちの人生で、結婚式なんてできるのは今だけだぞ?」


 この機会を逃すと、一生やりそうにない空気を出す嫁狐に、俺はちょっと焦っていた。なので、鉄は熱いうちに打てとばかりに、俺は結婚式を当初の予定通り、二ヶ月で行うことにこだわっていた。


 ほんと、加代さんの貧乏性というか、この手のことに対する遠慮しいな所は、美徳を通り過ぎてるよね。


 そんな遠慮することなんてないのに。


 なんて思っていると、目の前の奥さんが不満顔。

 そんな言い方はちょっとないのじゃとしょぼくれる俺の嫁狐。

 そうね、俺もちょっと言葉の選び方が、いささか素直じゃなかったかもしれない。そこは反省して、俺はもう一度、結婚式に対して及び腰な加代さんを説得した。


 言いたいのはこんなことじゃない。

 俺も加代さんのことをとやかく言えない。遠慮しいというか、まわりくどいというか、素直じゃなさ過ぎる。


 本当は俺だって、ちゃんと結婚式をあげたいんだ。


 だってさ――。


「加代さん。君にとってこの結婚は、本当の本当に人生で最初で最後の結婚式なんだ。その結婚式を祝わないなんてことできるかよ」


「……桜」


「俺は君を祝福してあげたい。多くの友人や家族に祝福されて、そして妻としてちゃんと迎えてあげたい。ウェディングドレスだって着せてあげたいし、お金に余力があれば白無垢だって着て欲しい。愛の誓約も、三三九度も、もっとマニアックな奴だっていい。とにかく、君の人生にふさわしい儀式をちゃんとしたいんだ」


 世の中にはそんなのどうだっていいって言う人はいるだろう。

 俺もどちらかというとそういう儀式にはおざなりな人間だ。

 加代さんが、もし、そんなのやっぱりいいのじゃと強く言うなら、きっとその提案をあっさり受け止めていたに違いない。


 けれども結婚式の話をする時、彼女はいつだって目を輝かせていた。

 まるで少女のように頬を紅潮させて、結婚式場の職員さんの話に相づちを打っていた。彼女は口では遠慮するが、誰よりもそれをする自分の姿を、ありありとその心に描いていたのだ。


 それを見てしまったら、俺にはもう彼女の夢を見て見ぬ振りなど出来ない。


 三千年の時を生きてきて、これまで人と同じ営みから遠い生活を送ってきた加代さんが、強く望んでいるそれを――俺は自分の持てる限りの力で実現してあげたい。

 ようやく彼女の手に届きそうになった彼女の望む幸せを、できる限り俺の力で叶えてあげたい。


 できないことじゃないんだ。

 これはもう俺たちの気持ちの問題なんだ。


 だったらなおのこと、やらないなんて選択肢はない。

 彼女の気持ちを見てみない振りなんてできなかった。


「けど、けどのう桜よ。なんじゃ言うても、わらわはやっぱり九尾じゃからのう。本来であれば、結婚式だのなんだのそういうことは」


「そんなことはないよ加代さん。九尾だって、なんだって、やりたいならやればいいのさ。結婚式をしちゃいけないなんてことは誰も言ってない。ウェディングドレスを着ちゃいけないなんて、誰も言っていないんだから。君がしたいなら、そうすればいいんだ」


「けど、けど」


「……俺は死なないし、これから加代さんを一人残してどっかに消えたりもしない。ずっと君の隣で、未来永劫運命を共にする。だからさ、自分のようなのがみたいなことを言うのはやめてよ。君にだってちゃんと、望むのならば人と同じように、結婚式をする権利はあるんだから」


 いいのかのう、そう言って、おずおずと俺の手を握る加代さん。

 いいに決まっているだろうと、俺は彼女のか細い手を握りしめる。


 どんな時でも強気で、活き活きとしていて、人間としての魅力に満ちている。

 そんな加代さんはこんな風に落ち込んでいても――やっぱり素敵だ。


 けれども、いつもみたいに笑っていてくれるほうが俺はやっぱり好きだ。


 のじゃと力強く笑って、俺の大切な嫁狐が顔を上げる。

 分かったのじゃとようやく快諾の笑顔をみせると、彼女はほんの少し目の端に滲んでいた涙を指先で拭った。


「のじゃ!! そこまでお主が言うなら仕方ない!! ウェディングドレスでもなんでも着てやるのじゃ!! ほんに桜はそういうの好きじゃのう!!」


「……ちょっと、それは今は関係ないでしょうよ。真面目な話を」


「のじゃぁ!! 照れ隠しくらいスルーしてくりゃれ!! この唐変木!!」


 かくして結婚前のナーバスな時期を俺たちは乗り越えて、いよいよ――結婚式当日を無事に迎えることになったのだった。

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