四日目――其ノ一
音衣が帰らない。連絡も着かない。それで皆は憂いに沈む。かく言う私もその一人。
彼女と私は正反対。彼女の行動は、私にとって予測不可。そのため、大抵の奇態な行動は気にしない。しかし、今回ばかりは少し違う。私の主観的統計データには、彼女と長時間連絡が取れない状況は存在しない。いつも忽然と消える彼女だが、すぐにまた戻って来る。連絡をすればすぐに繋がる。それがいつもの振る舞い。しかし、今回のそれは今までの経験則とは違う特殊な振る舞い。
自分たちだけではどうにもならない。そう悟った私たちは、管理人に協力を煽る事にした。
「静ちゃん。道案内よろしく」
「分かったわ」
私と一は管理人室へと足を運ぶ。
夏にもかかわらず冷たい夜風が吹き抜ける。
「管理人室ってどっち?」
「向こうよ。この道を下った所」
私は胸元で小さく指を刺す。
道は急な坂と平坦な場所が交互に現れる。山の木々は、ループするかのように永遠と続く。その様子は私たちの行く手をはばかろうとしているかに思える。
静寂。それは脆くもあり、私にとってはとても強固。そのような見えない壁が私を取り囲む。それを何とか彼が破る。
「静ちゃん。寒くないか?」
「別に」
今までの雰囲気に釣られて、返答が素っ気なくなる。
「上着、貸そうか?」
彼は顎を少し上げ、流し目で視線を向ける。
「いい」
「そっか」
間が訪れる。長期的な間。自信家な間。
「この状況。何か、あの時を思い出すな」
遠くを見つめる彼。
「あの時?」
「そう。小学生の頃。確かあの時は音衣じゃなくて静ちゃんだったよな」
行先の見えない話。彼の主旨が見えてこない。
「何の話?」
「静ちゃんが迷子になった時の話」
「そんな事あったかしら?」
「あった。俺の記憶にはしっかり残ってる。あの時は大変だったからな」
私は記憶を辿る。朧げに揺らめくその残像。微妙な距離がもどかしい。
「三人で動物園に行ったことあったじゃん。音衣がまだいなかった頃。その時の事。覚えてない?」
一は私を一瞥する。そして彼は語りだす。
「俺たちだけで動物園に行くって話になって。そのときまだ静ちゃんと華ちゃんは小一で何も分かってなかったから『中学年の俺がしっかりしなきゃって』思ってすごい気使ってた。二人とも自由に動き回るから面倒見るのすごい大変で。でも何とか回り終って。それで帰ろうとしたら静ちゃんがいないわけ。もう俺すごい慌てっちゃってさ。それで従業員の人と一緒に必死で探し回って、園内放送までしてもらって。それでもなかなか見つからなくて。で、仕舞いには華ちゃんが泣き出すわけ。『しずちゃんともうあえないよぉ』って。俺もう参っちゃて。それでしばらく探してたら静ちゃんが従業員に手を引かれて戻ってきた。目は少し赤かったかな。その従業員に話聞くと『トイレで泣いてた』って。すごく辛かったんだろうなと思って、俺が『どこにいたの?』『大丈夫だった?』『怖くなかった?』って聞いたら『別に』『何も』『大したことない』って明らかに動揺しながら言うわけ。頻りに肘を触りながら。それで何か力抜けっちゃって。ほっとしたと言うか疲れたと言うか」
記憶は少し色を取り戻す。自分の失敗を掘り返されるのはあまり好きではない。
「それ今話す事かしら?」
「いや。これは俺なりの気遣い。ちょっとでも空気、明るくしようと思ってな」
「それならもっと面白い話をした方がいいんじゃない。全く笑えないわ」
少し突き放すように、悟らせるようにそう吐き出す。
「そう? じゃあ静ちゃん的には六年前の遊園地の話の方がよかった?」
そんな気持ちも口に出さなければ届かない。
「もういい」
私は軽く駆け出す。
「ちょっと待って。冗談だって。」
そうこうしていると目的の物が見えてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます