四品目:ワイバーンの唐揚げ定食(中編)

 【悪角のリドルゥ】は、悠然と空を舞っていた。

 その姿を見上げる討伐チームの面々が息を呑む。【黒鉄の蹄】も【三賢者】も、圧倒的な存在感の前に身をすくませていた。


「……あれが、【悪角のリドルゥ】……」

「気を引き締めろ!」

「絶対に一人になるな! 確実に狩られるぞ!」


 次の瞬間、【悪角のリドルゥ】が甲高い鳴き声を上げた。

 その合図に応じ、周囲のワイバーンたちが一斉に襲いかかる。【三賢者】の二人が杖を掲げ、魔法を放つ。直撃を受けたワイバーンは墜ちていくが、それでも数は減らない。


 【黒鉄の蹄】の盾兵たちが防御態勢を取る。爪が、翼が、鎧を叩く。防毒加工がされているとはいえ、衝撃は確実にダメージを与えていた。


「どうする、【孤高の鉄剣士】! このままじゃ押し潰されるぞ!」

「……閃光弾を投げる。怯んだ隙に退避だ」

「了解!」


 オスカーは腰のポーチから閃光弾を取り出し、空へと放る。

 しかし、【悪角のリドルゥ】が翼を広げて再び鳴くと、ワイバーンたちはその周囲に群れ、ひとつの塊のように身を寄せ合った。


 閃光が炸裂する。

 だが、群れの中心にいたワイバーンたちは互いの体を盾にして、光を避けていた。


「なっ……!」


 オスカーの額に冷や汗が流れる。

 ――まさか、閃光の効果を理解して、顔を隠したのか。


「ダメだ……俺が囮になる! みんな、逃げろ!」

「おい、【孤高の鉄剣士】!」

「全滅するよりマシだ!」


 そう言い残し、オスカーは群れに突っ込んだ。


「オックスさん、どうしますか……!」

「くっ……退却だ!!」


 オックスの号令で全員が撤退を開始。

 負傷した【三賢者】の一人をオックスが背負い、草原を駆ける。オスカーはそれを見届け、バスタードソードを構えて吠えるように叫んだ。


「来いよ……相手になってやる!」


 だが、【悪角のリドルゥ】は彼に目もくれず、退却するチームの方を見つめていた。

 そして三度、甲高い咆哮を放つ。

 その瞬間、遠くの地平線で土煙が上がる――。


「……あれは……クリムゾンブルの群れ!?」


 草食モンスター、クリムゾンブル。普段は温厚だが、突進の威力は岩を砕く。

 だが、その群れの上空には数体のワイバーンがいた。追い立てられている――。


「退路を読んで、先回りしてたのか……!」


 オスカーが【悪角のリドルゥ】を睨むと、その瞳が合い、嘲るように笑った。


「クソッ……!」


 討伐隊が迫る群れに気付き、立ち止まる。

 【黒鉄の蹄】の面々が盾を構えた瞬間、轟音とともに衝突。

 土煙の向こうで悲鳴が響き渡った。

 やがて煙が晴れると、倒れ伏す仲間たちの姿があった。唯一、オックスだけが立っていたが、満身創痍だった。


「……どうする……」


 【悪角のリドルゥ】が咆哮を上げ、残存のワイバーンたちが一斉に襲い掛かる。

 オスカーは止めようと前に出るが、群れに囲まれ、爪が鎧の隙間を貫いた。


「しまっ――!」


 麻痺毒が体を巡り、全身が硬直する。

 地に伏したまま、オスカーは討伐隊を見やる。

 絶望が胸を締めつける。


 ――ここまでか。


 その時だった。突風が草原を切り裂く。


「……!?」

「大丈夫ですか!」


 白い光が視界を覆い、オスカーは見上げた。

 そこに立つのは、純白の鎧に身を包んだ青年――レオンだった。

 手に握られているのは、氷を宿す【竜剣サバートラム】。


 彼が一閃する。風が唸りを上げ、ワイバーンたちを吹き飛ばした。


「レ、レオン……」

「オスカーさん、無理に動かないで。麻痺毒が回ってる」


 レオンは背後に指示を飛ばす。


「ネイト、治療班を。ガイ、クロロ、掃討を頼む」

「了解!」

「任せて、リーダー」

「……ふん、報酬分は働くわ」


 白き狼騎士ベオウルフの仲間たちが動き出す。


 ネイトが展開した結界が光を放ち、倒れた仲間を包み込む。

 クロロが地を蹴り、呪樹の根がワイバーンを貫いた。

 ガイの槍が風を裂き、空を貫通する。

 瞬く間に周囲のワイバーンは壊滅していった。


「……助かったな」


 オスカーは苦笑しながら息を吐く。


「今から治癒魔法をかけます。少し我慢してくださいね」

「頼む……俺は、あいつを討つ」


 レオンが前に出た。

 【悪角のリドルゥ】が再び鳴き、残ったワイバーンを呼び寄せる。

 氷と風が交錯し、草原が一瞬で凍結する。ワイバーンたちは氷像と化した。


「――終わりだ!」


 レオンが跳躍。だが、【悪角のリドルゥ】は翼を翻して空へ逃れる。

 鳴き声が、嘲りのように響いた。


「しまった……!」


 その時、風が逆巻く。

 オスカーが走っていた。


「オスカーさん!?」

「レオン、俺に風を撃て!」

「えっ!?」

「早くしろ!!」

「ちょ、ちょっと!? ――あぁ、知りませんよ!」


 レオンが風刃を放つ。

 衝撃波に乗り、オスカーは空へと吹き飛んだ。

 その勢いのまま、【悪角のリドルゥ】に肉薄する。


「随分、世話になったな……」


 バスタードソードを振り上げる。


「これは――その礼だ!」


 剣が閃き、【悪角のリドルゥ】の右目を切り裂いた。

 悲鳴とともに、竜は雲の中へ姿を消す。

 オスカーは力尽きて落下し、オックスがその身体を受け止めた。


「助かったぜ、【孤高の鉄剣士】。……そして、【白き狼騎士】の皆もな」

「いや……間に合わなかった命もある。すまない」

「いいさ……皆、覚悟はしてた」


 草原に静寂が戻る。

 戦いの終わりとともに、風だけが吹き抜けた。


 ――だがその頃、雲の上。

 【悪角のリドルゥ】は右目の痛みに耐えながら、静かに空を漂っていた。

 脳裏に浮かぶのは、レオンとオスカーの姿。

 左目には、憎悪の光が宿っていた。

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