第42話 魔獣空間《イビルエリア》
—1—
明日からは待ちに待った夏休み。
オレは夏休みなんてなくても構わないのだが、さすがにこのクソ熱い真夏に冷房設備が整っていない教室で授業を受けるのは気が進まない。
それだったらエアコンが効いた自分の部屋でゴロゴロ過ごしていた方がマシだ。
それはここにいる1年1組の生徒24人、全員が思っているだろう。
教卓の前に立っている担任の瀧川先生は、今日も上下共に青のジャージに身を包まれている。瀧川先生といったら青のジャージというイメージがすっかり定着した。
そんな瀧川先生は、夏休みの注意事項が書かれているプリントを隅から隅まで声に出して読んでいた。
先生の話によると毎年のように問題を起こしたり、巻き込まれたりする生徒がいるらから注意するようにとのことだった。
その問題を起こしそうな生徒の1人である武藤は、坊主頭を前後にカクカクさせていた。どうやら睡魔と戦っているようだ。
数日前、武藤と和井場を中心に、夏休みに行きたい所ややりたいことを話し合った結果、海と山に行くことが決まった。
メンバーはオレ、和井場、武藤、江村、橘の5人。中間テストの時に結成した勉強会組のメンバーだ。
このメンバーは、学校の放課後にヤナギモールに行って遊んだり、コンビニで買い食いをしたり、こぐまのキッチンで雑談をしたりと割と一緒に過ごしている時間が長い。
とある事情から他人と関わることを避けてきたオレでも居心地が良いと感じるほどに打ち解けた。
今年の夏休みは魔獣関係で色々忙しくなることは容易に想像できるが、海と山に行くことは楽しみだ。THE・青春って感じだな。
「三刀屋くん」
「どうした白川?」
隣の席の赤髪の少女、
「放っておこうと思ったんだけれど、あまりにも不快だったから言ってもいいかしら?」
「そう言われるとつい身構えてしまうが、なんだ?」
「入学してすぐにも言った覚えがあるのだけれど、その、三刀屋くんの笑顔? が不気味で気持ち悪いわ。隣だから嫌でも視界に入ってくるし、何とかならないの?」
入学式当日の自己紹介の時にもそんなことがあったな。
笑顔が気持ち悪いと言われても直しようがない。これがオレの素のスマイルなのだから。
「そんなに気持ち悪いか?」
「ええ」
「そうはっきり言わなくてもよくないか? まあ悪かった。次から気を付ける」
白川は、この言葉を言ったら相手がどう思うかということをあまり考えず、自分の思ったことをストレートに伝える。
今だってオレじゃなかったら喧嘩に発展するか、今後永遠に無視される未来しか待っていない。
相手に思ったことを素直に伝えることは悪いことじゃないが、時と場合による。
白川に友達ができない理由もなんとなく分かる気がする。
「白川、夏休みのどこかで時間貰えるか?」
「急にどうしたの? 遊びの誘いだったら忙しいから断るけれど」
今日の白川はいつにも増してとげとげしい。七夕の時とは大違いだ。これだから女子の心は分からない。
「
「そう。それなら時間が無いこともないわ。日にちは今すぐには分からないから後でメールするわね」
「分かった」
案外あっさり白川との約束を取り付けることに成功した。
オレが夏休みの注意事項が書かれたプリントに目を落としたのと、瀧川先生が説明を終えたのがほぼ同時だった。
—2—
夏休み前最後のホームルームが終わった放課後。
教室には多くの生徒が残っていた。夏休みの計画を立てたり、部活までの時間を潰したりと人それぞれ過ごし方は異なる。
オレは教室をぐるりと見回してから鞄を背負って立ち上がった。いつもなら勉強会組の誰かしらと合流してどこかに行くのだが今日は違う。
珍しく全員用事があるらしい。まあ夏休みに入ったら会えなくなる人もいるだろうからそっちを優先したのだろう。
それに比べてすでに海や山に遊びに行く約束をしている勉強会組の優先順位は下がる。集まろうと思えばいつでも連絡を取り合える仲だからな。今日くらいはいいだろう。
武藤は部活があるらしくグラウンドに向かい、和井場は瀧川先生に呼ばれて職員室へ。
江村は仲の良い女子メンバーでヤナギモールに行くらしい。橘はクラスの男女に囲まれて楽しそうに話している。
白川は多分兄の星夜がいる病院だろう。
よって今日は単独行動が決まった。
ここから後1カ月入ることはないであろう教室を後にして、とある人物を探して校門を抜けた。
ホームルームが終わってすぐに帰ったところを見たが、そんなに遠くには行っていないはずだ。
帰り道を小走りで進むと探していた人物をすぐに見つけることが出来た。
視線は地面に向けられていて、とぼとぼと歩く歩幅は小さい。黒髪のショートカットで背が低く小柄の少女。
容姿は良いのだが、人見知りで恥ずかしがり屋の為、人と接することをやや苦手としている。
「塩見!」
「み、三刀屋くん」
中間考査期間中、白川と南條が病院の敷地内で戦っている際にスナイパーとして白川のピンチを救った
あれ以来塩見と話すことはほとんど無くなっていた。というのも接触しようとしても露骨に避けられていたからだ。
「一緒に帰ってもいいか?」
「は、はい」
やはり目は合わせてくれない。だが多少強引にでもいかないとまた逃げられてしまう。
「塩見はクラスで仲が良い人とかいるのか?」
「え、1番話しているのは三刀屋くんですね」
「オレ以外だとどうだ? 例えば白川とか」
「紅葉ちゃんですか……」
学校で塩見と白川の接点は無いに等しい。それなのに名前で呼んでいるということはやはり塩見と白川は繋がっているということだ。
オレの見間違いではなかった。
「三刀屋くん、やっぱりあの時私のことが見えてたんですね」
何かを察したのか塩見から例の件を切り出してきた。
どうやら塩見も病院の屋上からオレのことが見えていたようだ。それならもう回りくどい聞き方をしなくてもいい。
「一瞬だけだったけどな。やっぱり塩見だったか。白川とはどういう関係なんだ?」
無言のまま数歩歩く塩見とオレ。家の近くの公園が見えてきた。
「紅葉ちゃんは凄いんですよ。一生懸命で、お兄さんのことを治そうと努力して。それに比べたら私なんか」
「っ!?」
久し振りのこの痛み。何度経験していても慣れない。
最近は魔獣の出現も無くて平和ボケしていたのかもしれない。
思い出さなくてはならない。オレたちはこの町に住んでいる限り、いつ魔獣に命を奪われるか分からないということを。
和井場も言っていた。この世は弱肉強食。強者しか生き残ることは出来ないと。
「三刀屋くん、三刀屋くん、大丈夫ですか?」
オレの背中を優しく擦ってくれる塩見。
オレは右手で頭を押さえ、左手で首にかけていた青色の石が付いているペンダントを制服の内側から取り出し、握り締めた。
ペンダントを握り締めることで不思議と頭痛が和らぐのだ。
「
塩見がかすれた声でそうつぶやく。
顔を上げると塩見が公園の方を見つめていた。
オレも視線をそちらに向ける。塩見の言う通り公園を中心に黒霧が発生していた。その霧は魔獣が出現する際に発生する霧だ。
霧は見る見る広がり、あっという間に周囲の民家を飲み込んでいった。
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