第41話 弱肉強食の世界

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「それから魔獣にはレベルがあるんだってよ。レベルが上がるごとに魔獣の見た目もカッコ良くなるんだろうな。オレも1回でいいから見てみたいぜ」


「私は嫌よ。まだ死にたくないもん」


 教室に戻ると、オレの机の周りで武藤を中心に何やら盛り上がりをみせていた。

 というよりはいつもよりテンションがやや高い武藤が、一方的に魔獣について話しているだけのようだった。

 過去に魔獣狩者イビルキラーによって命を救われている武藤にとって魔獣狩者イビルキラーは憧れの存在で、魔獣に対しても興味が尽きないのだろう。


「おう奈津、蜂須賀はどこに行ったんや?」


 和井場が、蜂須賀の姿が見えないことに疑問を持ったようだ。一緒に出て行ってオレしか戻って来なかったのだからそれは気になるか。


「蜂須賀は教室に戻ったよ。それより何の話をしてたんだ?」


「武藤くんがね、最近流行ってる匿名掲示板サイトについて教えてくれてたんだよっ」


 なるほど。北柳町の何者かが立てた匿名掲示板サイトか。

 突如現れた神の親友と名乗る何者かが、掲示板上で魔獣について事細かに記載し始めたことから注目度が高まっているあれか。

 神の親友の書き込みが正しいかどうかをコメントで議論したり、自分なりの意見を書き込んだりと、この北柳高等学校でも連日話題に上がっている。


 感覚的には漫画の考察サイトに少し似ている気がする。

 漫画であれば、続きの展開は作者とアシスタント、編集など、ごく一部の人間しか知ることは出来ない。

 だからこそ先の展開を予想する読者が出てくるし、考察スレ等で自分の考えを書き込んだり、他人の意見を否定したりする。

 そうやって読者は楽しんでいるのだ。


 今回盛り上がっている匿名掲示板サイトについても同じだ。

 魔獣について知っているのは、魔獣をその目で見ることが出来る魔獣狩者イビルキラーと神の親友。

 掲示板に書き込んでいるのはそれ以外の人間だろう。実際に見ることが出来ないからこそ魔獣というものに対して想像が膨らむ。


 オレも1度掲示板の全てに目を通したが、神の親友の書き込みは魔獣狩者イビルキラーのオレでさえ知らなかったことが多々見受けられた。

 神の親友の文面を見る限り嘘をついているようには見えない。

 だが真実だと言い切ることもできない。

 ただ単に未だ謎に包まれている魔獣について盛り上げたかっただけなのかもしれない。目的は不明だ。


 結局のところ神の親友の書き込みが正しいかどうかは、直接会って話を聞くほかないだろう。


「三刀屋も戻ってきたことだし帰りますか。話は帰りながらってことで」


 武藤の魔獣熱はまだ冷めないようだ。帰り道も話す気満々だ。

 各自帰りの用意を済ませると廊下に出た。


「うげっ」


「どうしたの三刀屋くん?」


「いや、なんでもない」


 橘が変な声を出したオレを見てから、すれ違った2人、霧崎と玉城を見た。

 2人は手を繋ぎ、密着して歩いていた。


「霧崎くんと玉城さん仲良いよね。憧れちゃうなー」


 霧崎と玉城が付き合っていることは1年生の間では結構有名だ。

 というのも学校内で隠すことなく堂々としているので、こうやって目にすることは少なくない。


「橘は気になっている人とかいないのか?」


「えっ、そうだなー。カッコいいと思う人は何人かいるんだけどね、なかなか恋愛をする時間が無くてね」


 交友関係が広い橘のことだから同学年に限らずカッコいい先輩との繋がりもあるはずだ。

 今時の女子高生は年上に憧れるものだとどこかで聞いたことがある。


「カッコいい人と言えば三刀屋くんもカッコいいよねっ」


「えっ?」


 うおっ、なんだこの笑顔は。破壊力が凄すぎる。

 さすがみんなの天使、橘だ。久し振りに胸がドキッとした。


「もう冗談だよ冗談。三刀屋くん、本気にしないでよっ」


「そ、そうだよな」


 いったん上げてから落とす。ここまででワンセット。お決まりだ。

 下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出て校門を抜ける。

 すると、再び武藤の魔獣語りが始まった。


「さっきは三刀屋がいなかったからな。もう1回話すぞ。掲示板には魔獣のレベル、種類、魔獣結晶イビルクリスタルについて書かれてたんだけど、何か聞きたいのはあるか?」


「じゃあ種類で」


 聞かないという選択肢は無さそうなので適当にそう答えた。

 武藤は待ってましたとばかりに目を輝かせる。


「現在、確認されてる魔獣は、陸地を拠点に活動する4足歩行の魔獣。それと2足歩行の魔獣。空を飛ぶ魔獣。水辺を拠点にする魔獣の4種類だってよ。意外と少ないよな。それとも4足歩行の魔獣でも見た目が違うやつとかいるのかな?」


 前を歩く武藤が後ろ歩きで話していると、オレは隣を歩く橘に一瞬視線を向けた。

 橘もオレと同じ魔獣狩者イビルキラーだ。この中でそれを知っているのはオレだけだ。

 今まで何体もその目で魔獣を見てきたはずだ。何か反応があるかもしれない。

 だが、武藤の説明中も橘は特に表情を変えることなくニコニコ歩いていた。


「三刀屋くんは気になる魔獣とかいるの?」


 武藤の隣を歩いている江村から質問が飛んできた。江村はあまり魔獣に興味が無いらしい。

 終始退屈そうに話を聞いていたが、この話題が途切れることがないと分かり、会話を回すことに切り替えたようだ。


「そうだな。その中で気になると言えば、水辺を拠点にする魔獣かな。どういう姿か想像もつかない」


 その魔獣以外は全て戦ったことがある。4足歩行の魔獣はウルフ。オレのペットでもあるクロと同じ種類だ。

 2足歩行の魔獣は、ボーンとオレが勝手に呼んでいる。見た目は骸骨で、体長は小学校低学年ぐらい。手にはバットのサイズと同じぐらいの骨を持っている。

 空飛ぶ魔獣は学校の屋上に出たプテラのことだろう。


 どれも厄介な相手だが、神の親友の書き込みによるところのレベル1の魔獣に分類されそうだ。

 魔獣のレベルは最大5まである。レベル1であの強さなら、レベル5になると恐らく1人で倒すことは難しいかもしれない。

 白川や南條が使っていた武器があれば話は変わってくるんだが。


「和井場は何か魔獣で気になることはないのか?」


 魔獣の話題になってからずっとだんまりだった和井場にパスを回した。

 魔獣のことをこの中の誰よりも知っているオレがペラペラ喋っていたら、途中でぼろが出そうだからリスクを回避する為でもある。


 江村と和井場はオレが魔獣狩者イビルキラーだと知らない。すでに多くの人に知られている為、隠す必要もないのだが、今それを話せばこの会話の中心になることは容易に想像がつく。

 はっきり言ってそれは面倒くさい。


「そうやな、魔獣はなんで人間を襲うんやろな」


「それは掲示板にも書いてないな」


 武藤がスマホを見て呟く。

 魔獣はなぜ人間を襲うのか。今の今まで深く考えたことは無かったな。

 オレたち魔獣狩者イビルキラーは、1000個集めると願いが叶うと言われている魔獣結晶イビルクリスタルが目的で町に現れた魔獣を倒している。

 もちろん町や人を守る為に活動している人もいる。そして戦わずに無視する人もいる。


 魔獣が人を襲うことに理由はあるのか?

 魔獣に関してはまだまだ謎が多い。どこから来てなぜ人間を喰らうのか。そしてどこに帰るのか。


 人間が空腹になったら食事をするように、魔獣も腹を満たす為に人間を襲い、喰らうのか。

 魔獣に聞いても答えてはくれない。会話ができる魔獣でもいたら謎に包まれている部分も明らかになるんだが。

 オレが飼っているクロは、オレの言葉を理解することが出来るが話すことは出来ない。


 意思疎通が可能な魔獣が現れてもそれはそれで脅威だな。


「魔獣なんていなくなればいいのに。今は平和だけどさ、私たちが小さかった頃は毎日のように避難指示が出て大変だったじゃん。怖かったし」


 江村の言葉はこの場にいる全員が思っていることだろう。

 いつ何時なんどき魔獣狩者イビルキラーが対処できない魔獣が出現してもおかしくない。今この瞬間に出現する可能性だって十分ありえる。


 叶えたい願いがあるとは言っても、町や国のことを考えたら魔獣がいないに越したことは無い。

 欲を言えば、願いを叶えた後に魔獣という存在が消えて無くなってくれればいいと思う。


 しかし、この場で1人、和井場だけはオレたちと違う考えを持っていた。


「江村さんが魔獣だったとしても同じことが言えるんか?」


「私が魔獣だったらって……それはその時になってみないと分からないし」


 言葉を詰まらせながらも江村はそう答えた。


「この世は弱肉強食の世界やとわいは習った。事実そうやと思う。その頂点に立つのが人間や。だけど魔獣の出現によってそのバランスが崩れた。頂点にいた人間は捕食される側に回ったんや。魔獣狩者イビルキラーっちゅう唯一魔獣に対抗できる人間もいるが、それもいつまで互角に戦えるかは分からん」


 和井場は静かに淡々と話し続けた。落ち着いたトーンに思わず聞き入ってしまう。

 そしてさらに続けた。


「すまん。わいとしたことが話が逸れたわ。つまりや、あの動物がいなくなればいいのにとか、あの虫なんていなくればいいのになんて軽々しく言わない方がいいと思うってことや。そういう動物がいるから人間だって生きていけるわけやし、命は巡り巡ってるんや。まあ魔獣においては人間に危害を加えるだけやから何とも言えんが、魔獣が生きているのにも何か意味があるんやとわいは思うぞ」


 歩くペースを変えず、和井場が長々と話し終えた。

 和井場の言い分も分からなくはない。

 しかし、現段階では研究で何も成果を上げられていないので、魔獣は害、排除すべき対象という世間の認識は変わらないだろう。


「なんかごめん」


 和井場が話し終えてから数秒の沈黙があり江村が謝った。


「いや、わいこそ長々とすまんかったな。忘れてくれ」


 和井場がここまで自分の考えを話したのは初めてだ。

 魔獣が生きている意味、か。

 魔獣は人間を襲う悪であり、オレの妹を殺した相手だ。そこに生きている意味があったとしてもオレがやることは恐らく変わらない。


「何か変な空気になったし、責任取って和井場が全員のアイス奢りだな。俺はハイパーカップのバニラな!」


 武藤が数メートル先に見えているコンビニに向かって走り出す。


「和井場くん、私はチョコ棒でいいよっ」


 橘も乗り気のようだ。和井場の後を追うように駆け出した。


「オレたちも早く行って選ぶか」


「うん」


 橘に続いてオレと江村も武藤の背中を追いかける。

 7月も中旬。日中は30度を優に超えている。帰り道だけでもすでに滝のような汗が噴き出している。

 そうなれば体も自然と冷たいものを求めるというものだ。


「おいっ、まだ奢るって言ってないんやけど!」


 取り残された和井場がそう叫び、全力で追いかけてきた。

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