〇夏休み前!
第40話 過去を知る者
—1―
「夏休みといったらやっぱり海だろ」
「海もいいんやけど、わいは山に行きたいな」
「あー、山もいいな。こう、自然の力を感じたいよな」
よく分からないが、武藤が両手で自分のことを仰いでいた。これが武藤の言う自然の力のイメージなのだろうか。
夏休みまであと1週間と迫ったオレたち勉強会組の面々は、夏休みにどこに遊びに行くかを話し合っていた。
オレの机を中心にして武藤や和井場から色々と意見が出されているが、2人の熱量が高すぎて入り込む隙間がない。
なのでオレは割と序盤から聞き役に徹していた。
武藤と和井場は元々同じ派閥にいたが、補習会を通して一段と関係を深めたようだ。
補習会で出された課題プリントを2人で解いている所なんかも教室でよく見かける。
「それならさ、海も山もどっちも行けばいいじゃん」
スマホをいじりながら会話を聞いていた江村が、武藤と和井場にさらりとそう言ってのけた。
玉城派閥に属している江村は、スクールカーストの上位に位置している。
最近ではあまり玉城と話している所を見ないが、別に仲が悪い訳ではないらしい。女子特有の距離感というものがあるのだそうだ。
スマホを鞄にしまい、胸元をパタパタと上下させ暑いと口にする江村。制服を今時風に着崩している彼女は、普段よりボタンを1つ多く開けていた。
暑いからそうしたいのも分からなくないが、見えちゃいけないものが見えてしまいそうで内心気が気じゃない。
「じゃあどっちも行こうぜ。ナイス江村」
親指を立てて白い歯を江村に見せる武藤。
「こんなこと普通に思いつくでしょ」
それは武藤と和井場を普通じゃないと言っているのと同じだぞ江村。
江村は度々武藤に対してツンツンした部分が強く出ている気がする。
「後はソフィーに確認を取って日にちを合わせれば終わりやな」
「そういえば橘はどこに行ってるんだ?」
ずっと気にはなっていたが、なかなか切り出せなかったのでようやくこのタイミングで聞くことが出来た。
「3組に用事があるってよ。すぐに戻るから先に始めててって」
「そうか」
武藤がそう答えてくれた。
やはり交友関係が広いと色々な場所に顔を出さなくてはならないらしい。
以前、橘に疲れないのかと聞いたことがある。
それに対して橘は、楽しいことの方が多いから疲れも吹き飛ぶし、得ることもたくさんあると言っていた。
オレにはとても無理だ。神経が疲れてしまいそうだ。
だからオレは橘と和井場を尊敬している。2人は入学してからすぐに大勢とコミュニケーションを取り、その地位を確立した。
曲がった考え方かもしれないが、情報収集しなくてはいけないしオレももう少し頑張らなくては。
「みんな遅れてごめんねっ」
今日も最高に可愛い金髪蒼眼の美少女、橘が最高の笑顔を向けて現れた。
どうやったらこんなに可愛い少女が生まれるのだろうか。見ているだけで癒しになる。橘を生んでくれた母親に感謝しよう。
「ソフィーちゃん、用事は終わったの?」
「えっとねそれが、三刀屋くん、三刀屋くんに会いたいって人がいるんだけど会ってくれるかな?」
オレに会いたい人?
イケメンの和井場になら分かるがなぜオレになんだ?
「ああ、いいけど」
「ありがとっ。それじゃあちょっと待っててね」
橘が廊下に出て、すぐに戻ってきた。
橘の後ろを歩く長身の男。すらりとしていて和井場に負けず劣らずのイケメン。
悔しいが橘とカップルだと言われても違和感が無い完璧なルックスだ。
そんな男と目が合った。
「
武藤が男に声を掛ける。どうやら知り合いのようだ。
「武藤、この前は時間を取らせて悪かったな。和井場も」
「あれくらいええよ」
「武藤くんと和井場くんは知り合いだったんだ。あっ、補習会で一緒だもんねっ。彼は3組の
「蜂須賀だ。よろしく」
短くそう名乗った蜂須賀。クールで落ち着きがある印象だ。
「私は
大人しかった江村をここまで興奮させるなんて。イケメン恐るべし。
「江村さんだね。よろしく」
蜂須賀が差し出した手を江村が握る。もう江村の目がハートになっている。
「それでね、蜂須賀くんは三刀屋くんと話がしたいんだって」
「ちょっといいかな?」
「分かった」
廊下を指差した蜂須賀に頷いて応じた。
「なんだよ、話ならここですればいいだろ。ここでできない話なのかよ?」
「武藤くんの気持ちも分かるけど2人がそれでいいって言うならそうさせてあげよう。ねっ?」
「まあ、ソフィーちゃんが言うなら仕方ないか」
「それで、夏休みどこに行くことになったの?」
和井場と武藤は橘に夏休みの行先について説明を始めた。
—2―
廊下に出たオレは窓の前に立った。窓から僅かに入ってくる風は熱風だ。
人が密集している教室よりかはまだマシだが、暑いことに変わりはない。
ただ立っているだけで汗が噴き出してくる。
「それで話ってなんだ? 蜂須賀」
廊下の真ん中に立っていた蜂須賀がオレの姿をまじまじと見ると口を開いた。
「腕を組むということは、相手が自分の領域に入って欲しくないから防御する際に無意識にするものだ」
そう指摘され、組んでいた腕を解いて体の横に下ろした。
「中学の時、誰とも群れようとしなかったお前が今では友達に囲まれている。どういう心境の変化だ?」
「話ってのはそれだけか?」
蜂須賀の話を聞くに値しないと判断したオレはドアの方へ足を進める。
「あいつらに警告しといた方がいいかもな。三刀屋奈津は人殺しだ。付き合うのはやめろって」
すれ違いざまに蜂須賀はそう囁いてきた。
「おー、怖い怖い。そんな目で見るなよ。冗談に決まってるだろ。まあ少なくとも今は、だけどな」
蜂須賀は3組の方へ歩き出し、オレに背を向けたまま右手を上げた。
オレはその背中を見送ってから教室に入った。蜂須賀はできれば会いたくなかった人物の1人だった。
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