第7話 三刀屋奈津の実力

―1—


「よーし、前半のハンドボール投げの1位は三刀屋の55メートルだ」


 オレの記録をメモした瀧川先生が、ハンドボール投げの場所に集まっていた人たちにそう言った。

 55メートルという記録を聞き、三刀屋とは一体誰だという声があちこちから聞こえてきた。オレってそんなに影が薄いのか。


 ちなみに男子の平均は24メートルだった。だから倍近い記録が出たことになる。

 橘が近くで見ていたこともあって少し力を入れてしまった。可愛い女子の効果たるや恐ろしい。


「凄いやんか奈津なつ。中学の時、何かやってたんか?」


「いいや。特には何もやってなかったな。帰宅部だったし」


 和井場が肩を組んできて興味津々に聞いてきた。

 そして、オレが帰宅部だったと分かると、ほんまかいなと言いさらに食いついてきた。

 和井場のフレンドリー感は人よりも数倍強いな。何度か話はしたけれどまだほぼ初対面に近い。それなのにこの短い時間で一気に距離を詰めてくる。

 うん。悪い気はしないからこの肩に組まれている腕の力が強くなっているのは許そう。


「和井場だって51メートルで2位だろ。オレとほぼ変わらないって」


「わいは運動全般が好きやから。それに元帰宅部に負けるくらいやから全然やって」


 このイケメンは、イケメンでありながらコミュ力も高く、さらに運動までできるらしい。欠点が全く見当たらない。

 和井場は短距離走のところに近づくと女子数人に声を掛けられ、次は負けへんと言って白い歯を見せると女子の輪の中に入って行った。


「おい、お前。さっきはよくも俺のソフィーちゃんと仲良さそうにしてくれたな。誰だか知らねえけど調子乗るなよ」


 鬼のような形相をした武藤に声を掛けられた。

 橘と話したことを怒っているみたいだ。というか、武藤もオレの名前を覚えてないんだな。

 ちょっと、これにはオレのメンタルゲージが音を立てて下がっていく。


「三刀屋だ。それに話し掛けてきたのは橘の方からだ」


「くっそ、頭きたわ。三刀屋、俺と勝負しろ! どっちがソフィーちゃんに相応しいか50メートル走で勝負だ」


「なんでそうなるんだ」


 50メートル走は2人同時に測定を行う。

 オレの隣に武藤が並ぶと武藤はハンドボール投げの方に視線を向けた。武藤の視線の先を追うと、ちょうど橘が投げるところだった。本当に好きなんだな。

 一人、またひとりと順番が進みオレの番がやってきた。


「絶対勝ってやる。ソフィーちゃんは誰にも渡さない」


 スタート直前、武藤に横目で睨まれた。

 勘違いとは怖いものだ。オレがいつ橘のことが好きだと言った? そしていつから橘が武藤のものになったんだ?

 武藤の中ではオレが橘のことを武藤から奪おうとしているように映ったらしい。

 そんなことだと橘と話した男子がもれなく武藤の怒りを買うことになる。

 そんなの橘も可哀想だ。


 ピストルが鳴り、オレと武藤が同時にスタートする。

 武藤は野球部というだけあって足腰がしっかりしている。フォームにも無駄が無くぐんぐん前に進んで行く。


「武藤くんが6秒5。三刀屋くんが6秒8」


「おっし、勝った。これでソフィーちゃんは俺のものだ!」


「誰が俺のものだって?」


「ソ、ソフィーちゃん!?」


 振り返ると橘が頬をぷくっと膨らませ仁王立ちしていた。


「武藤くん、私は誰のものでもないよっ」


「ソフィーちゃん、俺は、その、ソフィーちゃんが三刀屋と仲良さそうにしてたから、つい……」


 さっきまでの威勢は何処へやら。武藤はこの予想外の状況にあわあわと慌てていた。


「三刀屋くんには、白川さんについて少し聞いてただけだよ。武藤くんの考えてるようなことは何も無いよっ」


「そ、そうだったのか。三刀屋、悪かった」


「ああ、分かってくれればそれでいい」


 橘のおかげで武藤の誤解は晴れたようだ。一件落着。めでたしめでたし。


「どっちも終わった人はトラックで待機しててって瀧川先生が言ってたから移動しよっ」


「うん。そうだね」


 武藤と橘がトラックの方に歩き出したので、オレもそれに後ろからついて行く。

 すると、くるっと橘が振り返り、オレにウインクをした。

 これにはさっきまでだだ下がりだったオレのメンタルゲージが一瞬で全回復した。


―2―


 瀧川先生が当初予定していた時刻より10分以上余ったということで、長距離持久走が行われることになった。

 全体的に見ればスポーツテストの種目をここで1つ消費できるからいいのだが、体力的に考えると少しキツイというのが本音だろう。


 男子は1500メートル、女子が1000メートル。この学校のトラックは1周200メートルらしいので、男子は7周半も走らなくてはならない。


 体育会系の武藤や運動全般が好きだと言っていた和井場はいいかもしれないが、普段運動をあまりしない人にとって避けられるのなら避けたいところだ。

 がり勉タイプの小林、おとなしいイメージの塩見は顔が死んでいた。


「無理して今日やらなくてもいいのにな」


「うわ! み、三刀屋くん」


 心配になり塩見に声を掛けるとビクッと震えた。その反応にこっちまでビックリした。


「あ、すいません」


「塩見は運動得意なのか?」


「どちらかといえば苦手な方に入りますかね。で、でも普通の人よりはできる方だと思います……」


 魔獣狩者イビルキラーの中では苦手な方ということだろう。人並みには動けるのなら何ら問題は無さそうだ。


「平均以上にできるなら大丈夫だろ。もっと自信を持っていいと思うぞ」


「あ、ありがとうございます」


「女子から始めるから横に1列に並べ!」


 瀧川先生が白線を引き、並ぶように指示を出す。

 塩見も移動し、1番外側に並んだ。女子は12人。先生の合図で一斉にスタートした。


「なあ、小林はどうなんだよ?」


「僕? 僕は塩見がいいな。小さいし、よく見たら可愛いんだよ」


 武藤と小林がクラスの女子で誰が自分のタイプか調査を始めた。人気投票ってやつだな。

 武藤と小林がというよりは、武藤が男子に片っ端から聞き回っている。オレも気になるし少し盗み聞きさせてもらうことにしよう。


「わい? わいは1人には選べんなー。みんなそれぞれ違った良いところがあるし、魅力もそれぞれやろ。だから選べんわ。すまん」


「なんだよつまんねーな」


 和井場は言うこともイケメンだった。

 そんな和井場に興味は無いと、武藤は男子の集団に入っていった。


「俺は玉城たまきが良いな。うちのクラスでは唯一ギャルって感じだろ。俺、ギャル好きなんだよ。Sっぽさそうだしドストライクだね」


「俺はソフィーちゃん」


「俺もー、可愛いしおっぱい大きいしマジ天使だよなー。他のクラスでソフィーちゃんのファンクラブも出来てるらしいぜ」


 男子の話に武藤はイラっとした表情になりかけたが、なんとか踏みとどまったようだ。

 橘が可愛いだの、マジ天使だの、一通り聞き終えた武藤がオレの元に来た。


「三刀屋、お前は気になってる人いるのかよ? まあいるはずないか」


 なんでそんなに上から目線なんだよ。


「オレはまだ話したことない人がほとんどだし、そういうレベルまで達してないかな。でも可愛い人が多いなとは思う」


「そうか。白川さんなんかどうなんだ? 隣の席だろ」


「白川か。まだ2日目だから何とも言えないな。悪い奴ではないと思うぞ。それなりに話は合うし」


 自分で話していてオレと白川って、話しが合ってたっけと思ったが武藤の興味が別な方へ向いたから良しとしよう。

 武藤を含む男子の面々はトラックを走る女子に釘付けになっていた。


「うおー!」


 橘推しの集団は、揺れるおっぱいに夢中だった。

 人気投票の結果は、橘が6票。玉城が3票。白川が2票。塩見が1票だったそうだ。

 入学して2日目なのでほぼ見た目だけによる票だろう。こんなこと女子に知れたらただでは済まされないな。

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