第6話 好きだ

―1—


 昼休みが終わり、校庭に集められたオレたちは、適度に広がり準備運動をしていた。

 予想通り気温も高くなったので、大半の生徒が学校指定の半袖半ズボンのジャージだ。上が白色で下は紺色。どこにでも売っているような動きやすいものだった。


「スポーツテストは種目が多いから毎年何回かに分けて行ってる。4月いっぱいはスポーツテストだな」


「えー、そりゃねぇーぜ先生」


 武藤をはじめ数人からブーイングが起こる。

 どうやら武藤たちは、とっととスポーツテストを終わらせて他の競技をやりたいみたいだ。

 まあスポーツテストを進んでやりたい奴なんていないだろうな。面倒なだけだし。

 瀧川先生がまあまあと言って手を上下に振り、場を収める。


「お前たちがテキパキやれば予定よりも早く終わる。今日はハンドボール投げと短距離走、時間が余れば長距離持久走だ。ハンドボール投げと短距離走は、2箇所で同時に始めるから誰か協力してくれ」


 瀧川先生がストップウォッチを全員に見えるように上にあげるが、誰も名乗り出なかった。

 スポーツテストを早く終わらせたいのなら武藤がすぐに名乗り出ればいいものを。武藤は先生から目を逸らしていた。

 これ以上沈黙が続くぐらいならオレが手を挙げるかと思ったその時、


「先生、私やりますっ!」


 橘が立候補した。

 瀧川先生からストップウォッチを笑顔で受け取ると、女子の半分を率いて短距離走を行う場所まで移動を始めた。

 残された半分の女子は、ハンドボール投げをするべく校庭の隅に向かった。


「ほら、男子はどうするんだ?」


「はい! 俺、俺がやります!」


 先程までだんまりだった武藤が急に態度を変え勢いよく手を挙げた。

 橘が立候補したからだろう。

 武藤はストップウォッチを握りしめるとソフィーちゃーんと叫び、橘の後を追った。


―2―


 ハンドボール投げ。ソフトボール投げとは違って、ボールを手で握ることが出来ない。手の大きい人は握れるかもしれないが、オレには無理だった。


「10メートル! 次」


 瀧川先生の声が校庭に響く。

 ハンドボール投げは出席番号順で行うため、最後の方のオレは脇に立ち順番待ちをしていた。

 遠目に見える短距離走、50メートル走の記録係に立候補した橘と武藤の2人は、仲良さそうに話している。

 武藤は、昨日今日で橘との距離を随分と縮めたみたいだ。傍目から見るオレにでもそれが分かる。


「次、白川!」


 白川が名前を呼ばれて白線の円の中に入る。ボールを二度三度バウンドさせると振りかぶった。

 ここまでの女子の平均は12メートル。

 白川がボールを投げるとそれを見ていた男子から驚きの声が上がった。


「25メートル! 凄いじゃないか白川!」


 瀧川先生も驚いている様子だった。

 白川は、さぞ当然だというように自分が投げたボールを片付けると短距離走の場所に向かって歩き出した。


 それもそのはず。自己紹介で自身が魔獣狩者イビルキラーだと告白した白川にとってこれは普通なのだ。

 魔獣狩者イビルキラーは唯一魔獣に対抗できる存在。その為、一般人と比べて運動能力も大幅に高いことが多い。

 ただ、全員の運動能力が高いという訳ではない。


「塩見、16メートル」


 その証拠に今投げた塩見は平均よりやや高かったものの、白川のようにずば抜けて高いという訳ではなかった。

 魔獣狩者イビルキラーも千差万別。人それぞれなのだ。


「ねえねえ、三刀屋くんっ」


 肩をトントンと2回叩かれたので振り返ると金髪美少女の姿が。橘の姿がそこにあった。

 かなり近い距離だったことに驚いたが、甘い香りが鼻をくすぐり、つい顔が緩んでしまう。シャンプーの匂いだろうか。

 こんなところを武藤が見ていたらきっと怒るだろうな。

 そう思い、短距離走の方に目をやると武藤がこちらを睨んでいた。おー怖い怖い。


「ソフィーですっ。分かるかな?」


 上目遣いで首を傾げる橘。好きだ。おっと、声に出てたら死んでいたところだった。


「ああ、自己紹介が印象的だったから覚えてるよ。橘がオレのことを覚えててくれた方が意外だった」


「もうっ、覚えてるよ。一応クラス全員の名前と顔は頭に入ってるつもり」


 橘がオレの腕をやだなぁーと言って叩いた。橘は仕草までいちいち可愛いな。


「それで、オレに何か用か?」


「あ、そうだった。さっきすごい遠くまでハンドボールを投げてた人がいたでしょ? あれって白川さんだった?」


 橘が声を掛けてきた目当てはオレではなかった様だ。少し残念だな。


「ああ、そうだよ」


「やっぱりね。昨日からクラスのみんなには色々声を掛けて回ってるんだけど白川さんはまだだったから。それと塩見さんもまだだったかなっ」


 白川も塩見もクラスの人と話しているところをあまり見ていない。塩見は人見知りだから仕方ないと思うけど。

 そういうオレも話した人数は片手で収まるくらいだ。

 橘は白川と塩見以外とはもう話したということか。さすが人当たりがいいだけあるな。

 オレなんかが想像するよりもずっと早く人脈を広げていっているようだ。


「女子同士なんだから話す機会もあるだろ。この体育の時間なんてそういうタイミングも多いだろうし」


「うん。そうだねっ。頑張ってみる。三刀屋くんもこれからよろしくね!」


「……よろしく」


 ひょこっと差し出された両手にコンマ数秒の間をおいてから手を差し出した。

 それを橘は自分に引き寄せるように強く握った。


「次、三刀屋!」


 オレはまだ手に残る柔らかい感触を残したまま白線の円の中に入り、ハンドボールを受け取った。

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