洗いたての髪への応援コメント
女性が髪を洗う仕草には色気を感じる。
日本人の美意識は世界に誇っても良いと思う。
洗い髪の香りから、その美を感じさせてくれる女性がいたのなら…容姿ではなく、その鮮麗さに息を飲むなんて、在り得るのかもしれない。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます!(o^^o)
本当にそうですね。「髪洗ふ」、「洗ひ髪」は、夏の季語にもなっているんです。そういえば夏と洗い髪っていうのはとても似つかわしい、風情のある関わりなんだなあ、と改めて感じます。
洗い髪の香りや表情、立ち居振る舞いなど、醸し出す雰囲気でその人の美しさを感じる…容姿からは窺えないその人の内面をはっきりとそこに見るような、不思議な気持ちになりますね。やはり、人間の持つ美しさは、ぱっと見て簡単に測れるものではないのかもしれません。
洗いたての髪への応援コメント
髪を洗うのが面倒でショート推進派のボクは――風情なしだ_」 ̄乙(、ン、)_
でも、風情のある方の存在を五感で感じるのはキライじゃない。
五感の一つが失われると、他の四つの感覚が鋭くなるの。
だから、目を瞑って、嗅覚を使って情景を形作るのは結構楽しいかも❤
それって、PCの前で、誰かが書く文章からその人をイメージするのと似ているかも……。
作者からの返信
RAYちゃん、コメントありがとうございます!♪( ´▽`)
RAYちゃんが風情なしなんて、ないない!髪についてはショート推進、っていうだけですよね、きっと(*^^*)私は逆に、切りに行くのが面倒なので万年長いんです^^;(笑)
確かに、目を閉じると、音の奥行きや匂いなんかの情報が急に感覚に入ってきますね。何かを書くときも、そういう感覚面を利用すると新鮮な場面になるなあ…なんて、最近感じます。嗅覚で情景を描く。思わずグッと引き込まれる、面白い場面になりますね!
文章から出るイメージって、それぞれ違いますね。カクヨムでも、直接皆さんとはお会いできないから…文章のイメージのその人と話してるんだなあ、なんてふと思いました(o^^o)(笑)
そばにいてほしい人への応援コメント
あおいさんお疲れさまです♪
そばにいてほしいひとかぁ。
そうですね。
まわりを見渡して考えてみると、確かに居ます。
意識してなくって、自然とそのひとの近くに居ようとしてる。
なんだかそのひとのそばに行けば、答えがあるような気がする。
嬉しい時でも、哀しい時でも、楽しくても、悩んでても、
そのひとが居てくれるだけで、気の重みがぜんぜん変わっちゃう。
恋愛とか、親愛とかじゃぁないんですよね。
ほうぅ…。 って息をつけるひと。
何なんでしょうね?不思議なひとです。まったく。
冒頭のうた。
すっごい好きです♪
でもでも、俺、実は闇は好きなんですよね。
おそらく一般的とは逆に、安心感すら持ってます。
ガキん頃の影響なんだと思いますけどね。闇に乗じて親父から逃げてたりしてたので。
ちらっと俺の「ミューズの森のフェンリルのうた」の中に書いてますけど。
それに、夜の闇は、月や星たちを輝かせるためにあると信じています。
昼間の人工的な喧騒が静まり、世界の支配者はみんな家路について、
夜の門が開くと、世界のもともとあった音が一斉に聴こえてきます。
それが「闇」ですよね。
その音が聴こえて来たら、すっごい安心するんです。
俺、変ですね。笑 ごめんなさい。
長くなりましてすみません。
これからも更新楽しみに待ってます♪
お邪魔は出来るだけしませんので。
頑張って下さいね♪
作者からの返信
finfenさん、おはようございます♪コメントありがとうございます!(*^^*)なんだか、このコメントがもう一つの作品のように素敵で…深呼吸したくなるような澄んだ空気を感じました。
まさに、その通りの感じなんです!ほおっとしてしまう人、いますよね。…何なんでしょう、不思議ですよね。今回の話も、そんな人の秘密を探ったつもりなんですけどね…なんだか、まだ探り足りない気もしてきます(笑)
夜の闇に安心感を覚える。この感覚は、もしかしたら人それぞれなのかもしれませんね。
お父様から逃げる、とは…何があったのか、ちょっと気になります…そちらの作品へも、今度お邪魔しますね。
月や星を輝かせる闇。人が寝静まる闇に初めて戻ってくる、本来あった密やかな音。…夜の闇には、昼間には決して感じられない魅力が詰まっているのですね。finfenさんに改めて教えて頂いた気がします(*^^*)
心のふっと安らぐような素敵な時間を、ありがとうございます!
作品をお読みいただき、本当に嬉しいです!更新は、思いついた時にぽつぽつとほんとにマイペースなのですが^^;…よろしければ、どうぞのんびりお付き合いください♬
皆様からの応援やコメントは、エッセイを続ける上でとても大きな励みになっています。気が向きましたら、これからもぜひお立ち寄りださいね。
心より、お待ちしております!♪( ´▽`)
そばにいてほしい人への応援コメント
僕にもいましたね、小児科の先生、なぜか安心できるんですよね。
大事な要素なのかもしれませんね。
なんで、逢いたくなるのか解らないけど…これも解ります。
逢ってイライラさせられることもあるのに、不思議と逢いたくなる。
僕の彼女が、そんな感じです。
我儘でマイペースで、でも…すぐに逢いたくなる。
反対もいますけどね、死んでも逢いたくないって人も…。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます!
そうですね。私もこの話を書きながら思っていましたが、「相性」というのも、きっとあるのかもしれませんね。すごく引き合う相性と、なんという理由もないのに同極同士のように避け合う相性…人はそれぞれ違うから、相性がそれぞれなのも当然なのかもしれません。
桜雪さんと彼女さんは、きっとお互いを同じように強く引き合う相性なんでしょうね(*^^*)
一方で、今回の話のように、多くの人を惹きつけてやまない存在っていうのも、ありますね。…自分にはとても無理、なんて心のどこかで呟きながら綴りました(笑)
そばにいてほしい人への応援コメント
ボクも素晴らしい医師を3人知っています。
3人に共通するのは、いつまでも少年のような瞳と心を持っていること。
普段は覚めたクールガイで、それはそれで「仕事ができる男」って言う感じでgoodなのですが、やはり少年のような瞳は魅力です。
1人は弟子が育ったことで引退し、1人は医師をやめて恋と夢に生き、1人はノーベル賞を受賞して有名人になってしまいました。
あっ、これ、ボクの書いたフィクションのお話ね。
訳あって今は非公開になっていますが、機会があれば公開にします。
そうそう、3人ともクールガイだけどすごく温かいの。
「医師たるもの、どんなときも冷静であれ。そして、愛情を持って非情であれ」
これが老先生のモットーなの(ボクが考えたんだけど(笑))
勝手にいろいろしゃべってごめんなさい・゜゚(>ω<。人)ゴメンチャィ
あおいちゃんの文章はイマジネーションを掻き立てるね。
それってスゴイと思う。そんな文章を書きたいと思うボクでした❤
ナイスなエッセイ、どうもありがとう(*╹◡╹*)アリガト
作者からの返信
RAYちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
ああ、なんて素敵なドクター達♡♡…と思ったら、RAYちゃんの作品のキャラクターさんだったんですね!
うあ〜…これはぜひとも読まねばならないモノではないでしょうか…(//∇//)もし可能であれば、ぜひ公開をっっ!!m(_ _)m
「医師たるもの、どんなときも冷静であれ。そして、愛情を持って非情であれ」
この言葉…脳みそをグラグラと揺さぶられました。これ、素晴らしい医師を一文でズバリ言い切っていますよね…すごいです。RAYちゃん、すごすぎます…。゚(゚´ω`゚)゚。
いえいえ!私こそ、とっても素敵で、最高に嬉しいコメントを、ありがとうございます!♪( ´▽`)
そばにいてほしい人への応援コメント
まず、俳句
さらさら、などという表現は凄いと思います!
どう逆立ちしたって、出来ません
その音は言い得て妙♩
そして、先生♡
医は算術でなく、仁術
だから子どもたちにもわかるのですね☆
今回もとても良い句とエッセイを、ありがとうございます♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
句を味わっていただけて、嬉しいです♡「さりげなく、何気なく」という感覚を表す5文字が入れたくて…「やはらかに」にしてみたけど、なんとなく春めいちゃう?どこか夏らしくなくて。…なんていうあれこれの結果、「さらさらと」になりました。夏が近い爽やかさが出せていたらいいなと思います♬
本当にそうですね。子供はそういう感覚がとても鋭いなあと、いつも思います。一見ぶっきらぼうなのに、滲み出す温かい何かをしっかり感じるのでしょうね。
いつもエッセイをお読み頂き、温かな応援コメント、本当に嬉しいです!
つばきちゃん、ありがとう!!(*^o^*)
愛するへの応援コメント
「探梅」風雅で素敵な言葉ですね。
同じ形は留めて置けないのに、人は永遠の愛を求めるという矛盾。
ふと感じたのは、もともと恋は愛を築くためにつくられた感情なのではないか、ということです。
恋はいつかは覚めるもの。相手に求めてしまうもの。
けれども恋のような初動のエネルギーの強さが愛を育むきっかけになる。
恋して、結ばれて、家族ができる。
親の愛、子の愛は男女の恋愛よりも形が変わりにくく、永遠に近い持続性があります(不幸にもそれが得られない親子も時折いますけれど)。
夫婦の愛はそれよりも脆いけれども、苦楽を共に乗り越えていくことで安定してくる気がします。
家族の中で愛を築き、心の安住を得るために、人間は恋をするようになったんじゃないのかな、と、恋の儚さに理由を見つけたくなりました。
作者からの返信
ひまわりちゃんの奥の深いコメントに、ため息が出ました……とても素敵ですね(*^^*)
恋って、狂おしくて、激しくて、切ないですね。与えるとかそういう考え方がなかなかできなくて、自分勝手になったり、相手を悩ませたり、泣かせたり。
でも、そういう辛さや苦しみを与え合いながら、それでも共に生きたいと努力をする。そこに、愛という感情が生まれるのかもしれませんね。
…すごく深くて、なんだか目がさめるようです…ひまわりちゃんに感謝です♡
愛が生まれたら、恋の仕事は、一旦おしまい…なのかもしれませんね。でも、人間って我儘だから、あの胸が痛いような恋の苦しさをまた味わいたくなってしまうんですけどね(笑)
高速の乗り物への応援コメント
時の過ぎ去る早さを高速の乗り物に乗っているようだと表現したあおいちゃんの言葉で気になり、ちょっと調べました。
日本にいる私たちは、地球の自転に従っておよそ時速1400キロの速さで動いているようです!
まさに、超高速の乗り物に乗っているかのようで、今体験したばかりの時間があっという間に彼方に置いていかれてしまうのもなんとなく頷けてしまいました。
私たちは時間的にも絶対的な位置としても、一瞬たりとて同じ場所に留まることはできない。
元の場所や過去にこだわることに意味がないとは思わないけれど、否応なしに進んでい未来をより良いものにしていきたいと思いました(^^)
作者からの返信
えっ!!
そんなスピードで……
これは、単に気分的な話ではなかったんですね!本当に、物理的なそういうことも関係しているのかもしれませんね。
「時間よ止まれ」という言葉がよくありますが、本当にそんなことができたらいいのに……と思うこと、ありますよね。
でも実際は、たった一秒すら、私たちには止めることができない。過ぎ去ったら、もうそこには戻れない。
なんということもなく過ごしている時間が、どれほど大切なものなのか。そう意識してみると、ひしひしと感じたりします。
この一分一秒を、自分にとって充実したものにしたい。意味のあるものにしたい。
常にそう意識し続けることは、とても難しいですが……そうありたいな、と思います。
心を新たにへの応援コメント
以前富士山頂からご来光を見たことがあります。
日の出のエネルギー、そこからまた全てが始まると感じさせる神秘的で荘厳で力強い美しさに心の底から打ち震えました。
新しい一年の始まりにそのエネルギーを感じる。
初日の出を見る風習も先人の知恵なのでしょうね✨
それにしても、日や季節の巡りが空の太陽、月、星と関係していると気づくまでに、一体どれだけの年月と知恵と経験が重ねられたのか、ちっぽけな人類の小さな積み重ねで今の生活が成り立っているというのは感動と感謝を感じずにはいられませんね。
作者からの返信
本当にそうですね。
私も、しっかりと初日の出を見たのは今年が初めてだったのですが、こんなにも心が震え、何かが洗い流されるような感覚が訪れることを初めて知りました。
本当に、先人の知恵というのはすごいものですね。
私も、すごくそれを思います。天文学者とか。自分の立っている地面が実は球体だ、なんていきなり聞いたら「こいつおかしい!」としか思えませんよね…でも、それは正しかった。本当にわずかずつ、そういう血の滲むような研究が積み重なって、今の知識や技術があるんですよね。
人間の持っている力って、やっぱり計り知れないものがありますね。たゆまぬ努力でそれを積み上げてきた偉大な先人たちに感謝し、自分たちの能力を誇りたい。そんな気がします。
良い年をへの応援コメント
もうすでに今年も半分が過ぎようとしていますが……
私も昨年は小説を書き始め、カクヨムに出会って、ここにいる皆さんに出会えました。
そしてあおいちゃんと同じように、物語をつくる楽しさと難しさ、読んで感想をもらえる喜び、心で繋がれる喜びを経験できたことがとても大きな収穫となった一年でした✨
今年もまた、ここで沢山の宝物に出会えていることに感謝しつつ、次の去年今年も幸せな気持ちでまたげるといいなぁと思っています(❁´ω`❁)
作者からの返信
ひまわりちゃん、コメントありがとうございます!
本当にそうですね!もう半分終わり!?早すぎますね…怖いくらいに(笑)
私も、このカクヨムに出会えて、自分の世界がこんなにも変わるなんて……本当に、思ってもいませんでした。
言葉を綴る楽しさと難しさ、苦労したものを多くの方に読んでいただける充実感。たくさんの素晴らしい方々と交流することができる幸せ。こんな喜びや幸福感に満ちた場所に出会えた幸運を、改めて思わずにいられません。
これからも、この場所に居られることを幸せに思いつつ……そして、苦しみにならないように無理はしすぎず(笑)、皆さんと一緒にたくさん書き、読み、楽しんでいけたらと心から思います。
今後とも、どうぞよろしくお付き合いくださいませ!!m(_ _)m
ただの動物への応援コメント
動物を見ていると、ふと思います。
血統書付きの動物なんて区別しているのは人間だけで、動物同士は無関係に遊んでいるのです。
当たり前のことなのに…恥ずかしくなるのです。
区別しているつもりで差別しているのかもしれません、いや…区別すら必要ないのかもしれませんね。
ウチの猫は、僕を区別も差別もしませんからね。
互いのテリトリーを犯さずに、共存出来たら世界は素敵なのでしょうね。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます!(*^^*)
そうですね。人間は、随分勝手にこの地球上のものを支配して生きてますよね。他の生物の様々なものを搾取して、自分達さえ快適ならいい…当たり前のように、そうやって繁栄してきた気がします。
人間が、動物的な感覚に逆戻りするのは無理なのでしょうけれど…動物の一種類に過ぎない、ということだけは忘れてはいけないですね。傲慢な感覚のままでいては、きっといつかツケが回ってくる…そんな気がして仕方ありません。
ただの動物への応援コメント
力がみなぎるような
拳を握りしめるような
自然の仕打ちに対して嘆き悲しむのではなく、迎え討とうとする意思
恰好よい句です♩
「せっかく賢いのだから……」
この言葉で救われるのです☆
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
少し前、脳に酸素補給してた時、外に出て風を浴びてるうちに、人間も自然の一部なんだよなー…なんて改めて感じて。じっと見ていると、木々の葉がざわざわとなびいていく姿は、そのまま風の姿なのかもしれない…そんなことをふと思い、詠んだ句です。
脳が発達すると、身体の機能をストップさせることを無意識に避けてしまうのかもしれませんね。本当は、とても大切なことなのに…。
ただの動物への応援コメント
若い頃から単車好きで日中は設計職。
左腓骨折から頭蓋骨折やら後遺症で
歩かない太陽を浴びない三十路半ば
会社がなくなった後は逆転的な生活。
今は週末に歩いて平日は引きこもり
若い時代の不摂生からの帳尻合わせ。
社会的地位や役割などを失ってから
昔ながらの日本人が辿った健康的な
生活習慣や質素な食生活で改善した。
中学時代の体型に戻り貯金も皆無の
正しくない社会人で孤独ながら幸せ。
一言も話さない日が週の半分あるも
精神的な負担が少なく自然体ですね。
幸せの定義について普通でなくても
自己満足している限りは問題なし?
※一般論で問題ありまくりですねw
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます(*^^*)!
骨折…頭蓋骨折って、大怪我ですよね…?後遺症も…
それだけでも大変なのに…
勤務されてた会社がなくなり…?
文章もコメントも、いつも明るい力が溢れている気がして…そんな苦しい経験をされたとは、少しも感じずにおりました。
いろいろ知らなくて…ごめんなさい。
もし、これまでに何か失礼な言動がありましたら、どうぞお許しください…。
うっちーさんの今のお気持ちが、穏やかに満ちているのなら、良かったです…本当に。
いつも一番最初にエッセイをお読みいただき、嬉しいコメントをありがとうございます!うっちーさんの温かさに、いつも励まされ、支えられています。
なんだか、変に眼がじわじわしてきて…困ります(笑)
いっつも天然ボケで仕方のない人間ですが、これからも何かしら私なりに綴っていければと思っています。
今後とも、どうぞよろしくお付き合いください!m(_ _)m
命の在処への応援コメント
あおいちゃんも知ってる人だった。濁ってしまったビー玉。
私も、少しずつ瞳が白く濁っていくのを見たことがある。
世界が閉ざされていくのを、じっと見ていた時が。
あれは、あまりにわかりやすい、命の消える瞬間。
いつか死にゆく時に、自分もそんな瞳をして消えていくのかなって思う。
作者からの返信
六月さん、コメントありがとうございます!(*^o^*)♡
六月さんも、ご存知なのですね。
瞳が濁っていく様子を見守る…これ以上の悲しみは、他にないかもしれません…。
医師に見守られたりしないで逝ってしまう、愛するペットの死、というのは、ある意味で強烈なものがある気がします。「死」がむき出しのまま、というのか…
瞳の色もそうです。そして、もう身体全体が、毛布とか何か、そのような「物の塊」に変わってしまうのですね…
そこにあるのは、愛していたものの「抜け殻」でした。
ありありと、そう感じさせられました。
自分の瞳も、例外ではないのでしょうね、きっと。
でも、それは「抜け殻」でしかなくて。
セミが皮を脱いでいくように。
抜け殻は——置き去りにしてしまっていいんだと思います。抜けた後がどうなったか、なんて、振り返らずに。
セミだって、自分の抜け殻のことなどは忘れて、空へ飛び立っていくのでしょうから…。
命の在処への応援コメント
ホントにそう。
「死んだ魚の目」なんて表現は一般的に使いますが、光が宿っているのといないのとでは全くの別ものです。生きているのに光が宿っていない人もいます――生きている環境がそうしているのかもしれません。そんな人の場合は「生きている」じゃなくて「生かされている」が正しいかな。「植物人間」に近いかもね……光が宿っていないなら植物じゃないのかな(おいおい)
閑話休題
夏は好きです。
寒いのが苦手なのもありますが「夏の幻」って好きかも。
いろんな情景を見せてくれるんです。夏って。
でも、そのツケが秋に来て涙することよくあります。
晩夏に「楽しい日々は幻だった」って。
フィクションのネタとしてはいいけど……リアルだとつらい……でも、刹那の心地良さが魅力かも(笑)
終わりそうにないからこのへんで(*´・ω・)ノ~~ オヤスミ☆
作者からの返信
RAYちゃん、コメントありがとう!(*^^*)♡
本当にそうですね。私も書きながら思いました。生き生きとした光を湛えた瞳は、もしかしたら当たり前に手に入るものではないのかもしれない、と。
人生には、さまざまな苦労や困難がつきものですね。でも、生きようとする力は、いつも絶やさずにいたい…心から、そう思います。
私も、夏が大好きです。あらゆる生命力が湧き出し、大気に満ちているあの感じ…自分自身の心も大らかに解放してくれる気がします。
そして、夏が去る寂しさは、その分だけ辛いですね…。
共に陽を捥いで別れる夏の果
このエッセイの「夏の果」の話で詠んだ、夏の終わりの句です。うあぁ、切ない…(;ω;)(自分の句だろ!笑)
夏から秋への移り変わりは、なんとも言えない寂寥感と、秋風が穏やかに心を癒していくあの感じがたまりませんね…毎年経験してるのに、少しもその感覚に慣れないから不思議です^^;(笑)
…私も話が終わらなくなっちゃいそうです(笑)おやすみなさい♪(o^^o)
編集済
拙い言葉への応援コメント
すこしずつ拝読し、先日ようやく追いつきました。
成長し、語彙がなまじ増えてしまうと、妙に言葉を飾ったりしがちです(例えば私……)
でも、それって却ってひとの心の中でつるつると滑ってしまうのですよね、きっと。
純粋で剥き出しの言葉は、人の心を深く動かします。
子供が放つ「ママだいすき」の言葉があれば、なんでも乗り越えられる気がします。
作者からの返信
眞実さん、コメントありがとうござます!そして、作品を通してお読みいただき、本当に嬉しいです!
そうですね!おっしゃる通りだと思います。つるつると滑って、ひっかかりがなくなってしまうようなその感覚。綺麗だけれど、流れていってしまうんですよね。
子供の言葉の力は、本当にすごいです。たった一言で心から幸せになれたり、涙が止まらなくなったり。心の底から出てくる本心だということが明らかだからこそ、そんなパワーを持つのかもしれませんね。
温かい飲み物への応援コメント
私は猫舌なのとめんどくさがりなのとで、つい温かいものより常温の水や冷蔵庫に入れたお茶なんかを飲んじゃいます💦
今ハマってるのはラテベースだけど、これも温めずに飲んじゃう(苦笑)
でもたまに温かいものでほうっとひと息つきたくなるときは確かにあります。
意識的にその時間を作れば、心にもっとゆとりができる気がしますね。
作者からの返信
ひまわりちゃんは、猫舌なんですね!かわいい〜♡♡(笑)
私は熱くないと飲んだ気がしなくて(笑)真夏でも汗かいてあっついのを啜ってます(^_^;)(笑)
「あ、あれ飲もう!」って思った瞬間、心が幸せで明るくなる。そんな気持ちにさせてくれる飲み物の存在は、嬉しいものですよね。それは温かくても冷たくてもいいのかも。自分の一番好きな温度がきっと一番ですね♬(笑)
拭えぬかなしみへの応援コメント
この俳句を詠んだときのあおいちゃんの時雨のように続く静かな悲しみを想像しました。
どうしようもなく悲しいとき、自分の心から悲しみを追い出そうとするのではなく、心をその悲しみにどっぷりと浸からせることも必要な時がありますね。
深く沈んで、沈んで、沈みきったある時にふと重りの糸が切れて、少しずつゆるゆると上へ向かっていく。
そのときはいつか自然に訪れるものだから、その時までは心の重みに任せて沈んでもいいと思います。
作者からの返信
ひまわりちゃん、コメント嬉しいです!(*^^*)
この話を読み直して、思い出しました…この時のやりきれない物悲しさを。
人間の心は、悲しみが常に奥底に流れている。それを覗き込まないように、上を向く。…そんなふうに思うことがあります。
嬉しい時の喜びの分量より、悲しい時の辛さの分量の方がずっと勝っている気がして…生きることは、そんな気持ちに負けないことかもしれない、と思ったり。
でも、仕方のない時は、その悲しみに勝とうなんて思わなくてもいい。そのまま、疲れるまで流れていって…力が戻るのを待つ。そんな方法を選ぶことがあってもいい。
「悲しみに勝とう」と思っては、上手くいかないのかもしれませんね。そこに浸りきって初めて癒される。
……人間の心は、複雑で不思議ですね。
字幕の魅力への応援コメント
あおいちゃん……何気ない一言に見えて、イイとこ衝くね❤
なかなか気付かない……と言うか、考えちゃったよ(♥ó㉨ò)(♥→㉨ฺ←)ウン
確かに、サイレントのC.チャップリンなんかは台詞抜きで観客に伝わるような演技をしていたと思うけれど、それ以降は「台詞込み」の演技だもんね。
ボクも洋画は字幕派です。学生の頃は日常会話+αぐらいはヒアリング(リスニングかな(笑))できたからは、表情やトーンと併せて楽しめたけれど、最近は英語力がめっきり衰えて字幕なしではNG。でも、吹き替えはイヤーー違う作品になるみたいだから。主役が台詞をしゃべる人間以外のホラーやSFならイイのかもしれないけど、人間ドラマや恋愛物は、やっぱり俳優の表情に字幕を合わせて「楽しみたい」と思います――リスニングできなくても楽しめる意味。あおいちゃんのエッセイで分かった気がします。
良い物読ませてもらったわ(♥ó㉨ò)(♥→㉨ฺ←)ウン
じゃあ、これから晩ご飯の支度します……と言っても、半額シールの貼られたお刺身買ってきたから、お味噌汁とサラダ作るぐらいだけどね☆彡
作者からの返信
RAYちゃん、とっても楽しいコメントをありがとう!♡(*^^*)
字幕独特の言葉遣いが、昔から好きだった、というか気になってたんです、すごく♡(笑)で、吹き替えを観た時に言葉の多さに改めてびっくり。なんか違う…って思わずにいられませんでした。
字幕のおかげで、登場人物達の魅力を最大限に感じられていたのかも?…と、ふと思い至り、なるほどーなんて妙に納得しました^^;(笑)
お刺身とサラダとお味噌汁。これからの季節、そんな食事が一番美味しくなりますね♡そして今日もなかなかに暑い…昼ビール飲みたいっ!!(笑)
字幕の魅力への応援コメント
僕は吹き替えが、あまり好きじゃない。
でも…僕の周りには、吹き替えしか観ないという人もいる。
字幕を追うのに精いっぱいで内容が、まったく入ってこないのだそうだ。
きっと、それも文字に対して視覚的に処理せずに、言葉を解釈しようとしているのだと思う。
文字を追うというのは慣れなのだと思う。
翻訳とは、やはりセンスが重要だと思った。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます!(*^^*)
桜雪さんのコメントで、ハッとしました(こういうことが多いですね!笑)。翻訳者の腕前の良さっていうものも、大きく関係しているのでしょうね。そして、私がもうその字幕版を何度も観ていることも深く関係している気がします。
でも、字幕版を観ることで、その文字以上のたくさんのイメージが自分の中に出来上がっている感覚は、やっぱり不思議で面白いものだなあ、と思います。
字幕の魅力への応援コメント
特にタランティーノの映画等での字幕と吹き替えの違和感が凄かったのを思い出しました。吹き替えって余分な台詞で何故か飾っていますよね。アクション映画等はそれで良いかも知れないですが、じっくりと見たいような、例えば大いなる遺産とかは字幕が良いですね。字を追いながら、後で色々と考えられるので(^^♪
作者からの返信
さつきまるさん、コメントありがとうございます!(*^^*)
本当にそうだと思います。吹き替え版を初めて観たときのギャップ的なものは、結構大きくて…憧れのトラップ大佐はあんなふうに喋らない!とか文句言ったりして^^;(笑)
特に、感情の動きなどに重点が置かれる作品などは、あまり多くの人の手が加わらない状態で観たい気がしますね。字幕の文字だけ情報提供し、後は全部観る者にお任せにしてもらう方が、ずっと深く作品を味わえる気がします。
字幕の魅力への応援コメント
戸田奈津子先生の字幕が在りし日の洋画(笑)
自分的にTV放送は違和感ありまくりでした。
知人のえろやかイケメン作家(年齢性別不詳)
とにかく長文を書きまくり短編は書けないと
豪語する人気者ですが真似する気は毛頭なく
応援しているけれど共感はしていない小説家。
自分は古いタイプの偏屈な地方人で大衆には
迎合せず「独自スタイルを貫く唯一無二」な
碧いウサギさんは尊敬して見習うべき対象?
数や力が正義でなく「自由」自己を貫く精神
それこそが大和魂で守るべき基本かなぁとw
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます!♬
私はへそ曲がりなところがあるのかもしれません(笑)ひとと少しずれた部分に興味を感じる、というか…(^^;
多くの人の支持を得るために興味のない物を上手く書くのは、私にはちょっと無理な気もして。
なので、好きなことを好きなようにしかやれない人間を、こうして応援してくださる方がいらっしゃることは、本当に幸せなことだと、心から思うのです。
いつもありがとうございます!!m(_ _)m
自分の力でへの応援コメント
求めよ、さらば与えられん
Ask, and it shall be given you.
アクションを起こして頑張りたいときに座右の銘にする言葉です。
どちらもキリスト教の教えから来ているんでしょうけれど、どちらもまずは自分の力で行動することを求めていますよね。
厳しい自然環境と闘ってきたという民族性もあるのでしょうか。
自然と共生しようと生きてきた日本人の根元にあるものとは違う気はしますが、時にはこのように自ら立ち上がる強さや勇気が必要なときもありますよね。
作者からの返信
そうですね。自分で動き出そうとしなければ何も始まらず…動き出した瞬間、必ず何らかの道が開けていく。そう言ってもいいかもしれませんね。
執着せず、流れに任せる…日本の文化は、そんな感覚と馴染みが深いような気もしますが、時には流されずにぐっと足を踏ん張ることもきっと大切ですね(*^^*)
心の仕組みへの応援コメント
「足るを知る」私もいい言葉だと思います。
今が幸せであると感じる一方で、全てに満足しているかというとそうは言えず、なかなか「これで十分だ」とは思えない。
大切なものも、失って改めてその存在の大きさに気づくことはよくありますね。
もっとこうしておけばよかった、と後悔してしまう。
なくそうと思っても人間である以上はきっとなくすことのできない心なのだろうと思います。
作者からの返信
「足るを知る」という言葉はきっと、その境地に至るのが人間にとって難しいからこそ生まれた言葉なのでしょうね。
心が完全に満たされることって、人間にはやはりないのかもしれなくて…欠けていると感じる何かを探して歩くのが、人生なのかもしれませんね。
魔法の呪文への応援コメント
すごく心に沁みますね。
私もなるべく「ありがとう」は言うようにしています。
店員さんから買い物袋を受け取ったとき、飲食店では会計の後に「ごちそうさま」
仕事としてやってくれていて、やってもらって当然のことだとしても、この一言がお互いをすごく気持ちよくしてくれます。
よく年配の方で店員さんに横柄な方がいらっしゃいますが、きちんとお礼を言っている方を見るといい人生を送ってるんだなぁと見習いたい気持ちになります(´∀`*)
作者からの返信
ひまわりちゃん、コメントありがとうございます!(*^^*)
本当にそうですね。明瞭な声で、笑顔の挨拶を誰にでもできる人って、その人自身が幸せで満たされている人なんじゃないかな、と思います。こういう挨拶をできる人に、無条件に憧れます。自分で実践したくても、なかなか難しいのですよね…(^^;;
拙い言葉への応援コメント
何の為に言葉を用いるか?ということを考えさせられました。
人を傷つけるため…想いを伝えるため…様々なのでしょうが、言葉とは相手在りきだということです。
伝える側の気持ちを無視していては、使う価値のないものなのかもしれませんね。
作者からの返信
桜雪さん、素敵なコメントをありがとうございます!
いただいたコメントで、私もはっとしました…
本当にそうですね。言葉は本来、自分の持つ情報や思いを正確に伝達するための道具。自分自身や相手を騙したり、ごまかしたりするためのものではなく…。
人間は、ともすればそれを忘れ、自分勝手に言葉を乱用してる…
言葉とは道具であり、それを操る人間の心は決して澄み切っているとは言い難いのだから…これは仕方ないことなのかもしれませんね…
拙い言葉への応援コメント
我が意を得たり!
そんな今回のエッセイです
特に言葉を操ることを趣味といたしておりますと、ややもすると難しい言葉を気取って使うことがしばしばございます。
それでは本心は絶対に伝わりません
髪を洗う
こんな発想から導き出すアオイちゃんの発想力はすごいなあ♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとう!♡♡
実は、今回のお話は、ある作家さんの物語に出てきた女の子の拙い言葉にじーんときたのと、つばきちゃんの今回の新作に強く心を動かされて書いたものなんです!(*^^*)
キラキラする言葉は美しいけれど、何かをしっかりと伝えたい時には、表情が薄いものなんだ…そんな気がします。
物語も、表面的な美しさだけでは、伝えるものの「中身」が無表情になるんですよね。ダイレクトでまっすぐな言葉ほど、心の奥深くまで届く。そこの部分は、ものを書く時にも知っていなければならない非常に重要なポイントだと思いました。
このお話を書くきっかけをくれて、心より感謝です!(*^^*)♡♡
つばきちゃん、ありがとう!!
人との関わりへの応援コメント
困ったことに、親しい人、大好きな人にほど自分と同じ気持ちでいてほしい、自分の思うことを理解してほしいと願ってしまいますね💦
全て欲しいとは思わない──
どんな近しい人に対しても、この距離感をすぐに思い出せるようにしたいと思います。
作者からの返信
そうですね。読み直して、そうそう!なんて頷きました(笑)
この考え方をすると、人との関わりがとても楽になるんです。相手との摩擦も減らせるし、お互い不要な不快感を抱かずに済む。
人はみな違うのが当たり前。こんなシンプルなことを、自分自身に引き寄せると見えづらくなったりするんだな…なんて思います。
ひまわりちゃん、いつも大切に読んでくださって、嬉しい応援コメントをありがとうございます!
心より、深く感謝いたします( ^ω^ )♡♡!
雲と空想への応援コメント
心は自分が永く住み続けるもの──
こんな風に考えたことはなかったのでなんだかとても新鮮でした✨
自分のお気に入りの風景を心に置いて、そこにいる自分を想像して、時々模様替えなんかもしたりして。
心の中もそんな風に自由に彩ることができたら、自分の心の中に素敵な居場所ができますね。
作者からの返信
これは、自分自身でも割と難しいことだと思ったりはするのですが(^^;…どうしても、時にはイラついたり、なぜか落ち込んだり…心の中ってきちんとコントロールできない時がたくさんあって。
でも、最高に心地よくはなかなかできなくても、そうイメージしてあげることは、自分自身を労ったり励ましたりしたい時に、それなりに役立つような気がするのです…(o^^o)
陽射しの降る道への応援コメント
正しいか正しくないかはすぐに答えが出ないこともある。
何年か経って、ようやく判断がつくことだってざらです。
答えが出ないことも、そもそも答えが重要でないことも。
「自分に真剣に向き合っているかどうか」これは自分自身ですぐにわかることですね。
できるだけ悔いなく生きるためには、そちらの方が大切な気がします(^^)
作者からの返信
ひまわりちゃん、コメント嬉しいです♡♡
そうなんですよね…それが正しかったかどうかの判断って、その時々で変わったりもしますね。あれでよかった、と思える時もあれば、後悔を感じる時もあったりして。
そうやって心は定まらずにグラグラするとしても…その時に真剣だったかどうかは、はっきりしていると思うのです。
その時々で真剣に向き合った結果であれば、「それで良かった」と思ってあげてもいいのかもしれない。頑張った自分自身のために。
そんなふうに思ったりします(*^^*)
雨に濡れて歩くへの応援コメント
雨に濡れることにより得る快感――それは古今東西変わらない感覚なのかもしれません。
I'm singing in the rain.
Just singing in the rain.
What a glorious feelin' I'm happy again.
I'm laughing at clouds.Singing In The Rain――
なんて、さっき小雨の中で口ずさんじゃったもの❤
クリーニング屋さんに洗濯物持って行くとき(雰囲気ダイナシ(泣))
作者からの返信
RAYちゃん(とお呼びしてもいいでしょうか?(*^^*)嫌だったら言ってくださいね笑)、コメントありがとうございます♬
書きながら、私もあの歌と場面が心に浮かびました。
雨に濡れることも、また楽しい。…同じひとつの事柄も、心の捉え方次第で、悲しくも、楽しくもなるのかもしれませんね(*^^*)
お洗濯物を抱えて、雨の中をハミング…台無しどころか、そんな様子もとってもキュートです!♡
雨に濡れて歩くへの応援コメント
あ!
夏の句、ですわね♪
アオイちゃんのこの観点が、たまらなく好きなのです♡
静かにそぼ降る雨
傘をさそうかと、ふと視界に入る鳥
鳥は軽やかに雨を降らす空に向かって羽ばたいていく
いいわねえ
情景が浮かびます
子どものころは、雨でできた水たまりに、ワザと長靴をはいた足元でジャンプなどしたり
今それをしたら、これも「おかしな人」になりますわね
素敵な句を、ありがとうございます♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとう(*^^*)!とっても嬉しいです♬
うん、爽やかな若葉を感じるお話にしてみました♡
大人になると、できることがどんどん少なくなる気がしますね。話の中でも書いた、「堅い壁」がどんどん狭まってくるというか…「これはダメ、こうでなくてはいけない」っていうものの中で、私たちは暮らしてて。そんな壁が、時には息苦しかったり…。
そう!長靴でわざと大きな水たまりに入ってバシャバシャ蹴ったりね!楽しいよね♪( ´▽`)…でも、それも今やったら、やっぱり「おかしな人」で…絶対楽しいのに!(笑)
いつも読んでくれて、ありがとう!
心より、感謝いたします(*^^*)♡
雨に濡れて歩くへの応援コメント
雨がついて回る自分は昔から「雨男」
あまりに酷い豪雨は別にして基本は
傘を持つのが面倒なので梅雨であれ
無手にボディバッグだけで外出です。
※実務は利用者さん用に折畳み傘
昨日は午後から雨で早めに帰宅して
今日もひきこもりカクヨム三昧です。
読後感と余韻が素晴らしい短編小説?
読了直後に一番乗りできたかな(笑)
後ろから外に出なさいと声が聴こえた
(碧いウサギさんから)気がするので
夕方までフラフラ出かけるつもりです。
※今日は良い天気なのでw
作者からの返信
うっちーさん、とても素敵なコメントありがとうございます!(//∇//)♡
はい、速攻の一番乗りです!(笑)
いつも本当に嬉しいです(*^^*)ありがとうございます♬
え、ということは、結構濡れながら歩いてしまうのでしょうか…?
どうぞ風邪などを召されぬように…!
うっちーさんのお住まいの方は、今日はお天気良いんですね。私も積極的に外の空気を吸わねば!思いつつ…腰が重くて困ります(^^;(笑)
今、緑が一番綺麗な時期ですね。身体いっぱいに緑を浴びると、体内が浄化されるような気持ち良さがありますね。GWではあまりできなかったけど…どこか山奥に森林浴に出かけたいなあ…(笑)
キスへの応援コメント
おすすめどおり、間を飛ばして先に読んじゃいました(*´艸`*)
そして……う~ん、素敵(//∇//)
本当に、なんでだろう、想いを重ねたキスは美しいですね。
ちなみに、犬も親愛の情を示す時に人間の口(とか鼻の下とか)を舐めようとします🐶
わびすけは口が臭いのでガードしますけど(笑)
やっぱり本能的にインプットされた親愛の行為なのかもしれません。
作者からの返信
ひまわりちゃん、お読みいただいたんですね♬素敵なコメントを、ありがとうございます!(*^^*)♡
そうなんですよね…本当に美しい。キスフェチか!?(そんなのあるのか??)と自分自身を疑うくらい、あの美しさに惹かれます(笑)
わびちゃんはちょっと臭くてかわいそうだけど(笑)…もしかしたら、口と口で親愛の思いを伝えるって、やはり本能的なものなのかもしれませんね。人間の脳で考えても、唇って、他の皮膚よりも温かくて、潤ってて、気持ちいい気がします。…もっと深く触れてみたい、と思ってしまう部分かもしれませんね(//∇//)♡(笑)
キスへの応援コメント
最近、好きというのはどこからどこまでなのか?
みたいな変な事をよく考えるようになったのですが、
なんだかこの作品を読んで一つのヒントを得た気がします(^^♪
作者からの返信
さつきまる様、『掬い上げるもの』をお読み頂き、ありがとうございます!高い評価☆をいただき、とても嬉しいです!!(*^^*)
後ほど改めて、さつきまる様のページへお伺いしますね♬
誰かを好きな気持ち。気づいた時にはすでに心の中でどんどん膨らんでて、やがて自分でもコントロールができなくなって…どうにも手に負えない感情ですね。でも、その他のどんな感情とも違う、舞い上がるような幸福感があって…とても特殊な精神状態だなあ、なんて思います。
キスって、そういう感情を胸には納めきれなくなって、「深く触れ合いたい」と思う本能が溢れ出した瞬間、なのかもしれません。
私のふとした思いつきのような話ですが(笑)何かさつきまる様のお役に立てたのでしたら、とても嬉しいです(*^^*)♡♡
キスへの応援コメント
まず、タイトルを見てドキッといたしました♡
そして、句を読み、さらにドキドキいたしました♡♡
なんて官能的な句なのでしょう
一度ではなく、「二度目」という表現で、エッセイの意味が深まります
う〜ん、こんなにも爽やかで艶のある句を詠まれるアオイちゃん、良いですわあ♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメント嬉しいです♡ありがとうございます♬
実は…この句、岡崎吉野のSS『春の雨』に続けて読んでいただくと「なにっ!?(//∇//)♡」的なドキドキも味わえる感じになってます…(笑)
わざとそうしたわけではないんですけどね(笑)なんとなく…今回のお話は、彼らの春バージョンを書いている間ずっと思ってたことを形にしたようなものなので(//∇//)彼らの思いと重なる部分が何気に多くなってしまいました(笑)
彼らの切ない思いを叶えてあげられたら…的な気持ちが漂ってます(^^;;(笑)
編集済
キスへの応援コメント
さて(笑)
前回の修正できないまま更新されていました。
タブレットから入力すると問題が多いなぁと
取り急ぎ(明日から早出発3連勤)コメント
(やはり女性を待たせて泣かすのが許せず)
春雨は自分的に食べ物ですが男女相合傘的な
肩を濡らしながら寄り添い歩くイメージかな。
キスは愛情表現で(実際は)子供に虫歯菌を
移したりピロリ菌を移動させるよろしくない
行為でもありますね(笑)←身も蓋もないw
自分は古のフランス映画やハリウッド映画が
好きなので(自作小説で)男の痩せ我慢とか
葛藤させるために据え膳食わぬシーンを多用
三代目怪盗がクラリス相手に悩む場面が最高
(陽のあたる場所で少女を幸せにするため)
やはり最後まで責任を取れない言動は大人
(精神的に)以外は慎むべきと考える古い
タイプの人間ですね(リアルタイム返信?)
メールが届いたようでここら辺で終了?w
※またオチが納得いきませんが仕方なし
作者からの返信
おお…またお忙しいうっちーさんを慌てさせてしまった…何度繰り返せばいいんだ!?(゚o゚;;本当に度々、申し訳ありません!!
なんだか、自分では気づかない大ヒンシュクものを書いちゃったのか??なんて急に怖くなり…^^;自信なくてダメですね(笑)
おお、いいですよね♡ルパンとクラリス!あの清らかな、でも固い絆。清らかだからこそ固い絆で結ばれてる、とも言えそうな…。
「そういうのは大事な時にとっておけ!!」って、年上の渋い男性が若い女の子に言うあのセリフ、その通りだ!とつくづく思いますね(*^^*)
いつも本当にごめんなさい!ありがとうございます…(´;Д;`)
情報化への応援コメント
アオイちゃんのエッセイは、まさしく的を得ていると思われます
小説も、原稿用紙に万年筆で書くかたより、こうしてweb媒体にキーを打って紡ぐかたのほうが多いですわね
初めて鉛筆を握り書いた「あ」の文字
やはり「打つ」より「書く」ほうがよいのかしら
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとうございます!♡
小学一年生の一生懸命書く文字というのは、本当に愛おしいですね。でも、大人になればなるほど、文字は書かなくなって。今や漢字なんかも、自分の手で書こうとすると「あれ!?」ってなっちゃう^^;(笑)「ん、これやばくない?そのうち書けなくなるんじゃ?」なんて焦る瞬間も…。
でも、「作品を全部手書き!」って言われたら、間違いなく「げっ!」ってなるでしょうし…一旦便利を覚えると、人間は逆戻りできませんね(^_^;)(笑)
情報化への応援コメント
ロゼッタストーン、レプリカの小さな置物を持ってます。
昔の書物には、部数の限界があるために丈夫で長く保管ができる紙、インクを使用したのでしょう。
僕も、書籍は紙媒体派なのです。
本というものに愛着があり、電子媒体ではちょっと物足りない。
前職で海外に行くことがあった時は、海外の本屋で『不思議な国のアリス』『海底2万マイル』を各国Verを購入してました。
絵本から限定版まで挿絵の違いなども含めコレクションとして楽しんでます。
文字は伝えたい想いが産んだ文化なんだと思います。
それは…想い人…まだ見ぬ未来へ…誰かに伝える、残すための想いの文化。
電子媒体は優れた技術だ。
だけど…想いは伝えてくれるのだろうか…内容ではない。
伝えたいという想いは…残したいという想いは…。
そんなことを思いました。
作者からの返信
わ、いいですね!ロゼッタストーンのレプリカ。私も欲しい!(笑)
そのコレクションも本当に素敵ですね。桜雪さんのその思いが、とてもよくわかります。目の前にその現物がある幸福感というか、充実感…というか。Kindleでめくっていくのって、どうしても味気なくて。目の前に品物がないあの感じが、やっぱり物足りないんですよね(笑)
その通りだと思います。メッセージを相手に伝達するだけではない何かが、「書いた文字」にはあると思うのです。そこに込めた思いが、文字から溢れ出るような気がしますね。
「込める思い」という重要なものを削ぎ落としたやりとりが当然になる…これも、何とも味気ないことですね…。
情報化への応援コメント
今日からGW突入で楽しく過ごされますよう
実務の準備が整い短めですが応援コメント?
長期間保存する意味で紙や書物は適格でない。
昔話ですが役所から請負契約実務の終了後は
一定期間の原本(設計書、図面)保管義務が
設けられ青焼きとマイクロフィルム撮影して
膨大な量が書庫に保管されている時代でした。
保存して維持管理するだけで本当に大変です。
美術館、博物館、図書館、他にもありますが
やはりデータ保存が一番お手軽で安価に済む。
話は変わり「ほんとうの死」は記憶している
人間なりデータが消滅した瞬間とされますが
どこかで誰かが覚えている限りは生きている
記憶も記録も上書きされて変容するものです。
絶対とか正義も価値観の違いでしかないよねw
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます♪
そうですね、きっと「いや〜違うよ」と思いつつ読まれる方もいらっしゃるだろうなと予想をしつつ(笑)今回のお話は、アナログ人間の脳みそ的に「〜という気がする」で書かせてもらってます(笑)
エッセイにも書いてますが、そのメリットはもう手放せないものでしょうね。
大切なものが、しっかり残っていけばいいですね。それはどんな形でもいいから。知らず知らずのうちに、気づいたらもう誰も覚えてなかった。何も残っていなかった…人間のせっかく作り上げて来たものが、そんな風に次々と絶滅したりしないように。
温かい初雪への応援コメント
愛情は最も大切な感情。
深く同意します。
元々は種の遺伝子を次代に受け継ぐためにインプットされたプログラムなのでしょうが、様々な感情を手に入れてしまった人間には「愛」という感情はとりわけ大切で、救いでもあるように思えます。
たくさんの愛に囲まれ、またたくさんの愛を周りに与えることができる。
人間にとってこれ以上の幸福はないのだと思いますね(❁´ω`❁)
作者からの返信
深い愛を、たくさんの大切な人たちへ惜しみなく与える。
こういってしまうと簡単な気がしますが…実は、とても難しいことですね。
自分が誰かに与える、誰かのために行う…そういう行動を起こすことは、とても努力を要する気がするのです。
見返りや報酬を考えず、自然にそういう行いができる…それこそが、「愛情」の本当の姿かもしれませんね。
消えない火への応援コメント
明けない夜はない。
止まない雨はない。
よく聞く言葉ですが、辛い時には自分のこの苦しみはいつまで続くのだろうと思ってしまいますよね。
自分の半生を振り返り、辛い時を思い返してみると、案外雨は早く上がっていたなぁと思ったりもします。
濡れていた感覚は覚えていても、指先が凍るほど冷えていたことは記憶していても、その事実を記憶しているだけで、その感覚が持続するわけではない。
次に冬の雨の中を歩くことになっても、人生の積み重ねで得たこの真実を拠り所にして歩き続けていこうと思いました。
作者からの返信
そうですね。ある程度生きると、いろいろな経験が増えていきますね。
どんなことも、時間が少しずつその鋭い痛みを丸くしてくれる。どんなことも、いつかは遠くなる。
倒れずに、歩くことさえできれば…心さえ、倒れなければ。必ず、また少しずつ明るくなり、暖かくなっていく。
そう信じる心を支えにして、ひたすら歩くだけ…かもしれませんね。
裕福な家の猫への応援コメント
人間以外の動物は自らの境遇を幸だとも不幸だとも断じない。
確かにその通りですが、とりわけ猫は苦悩という言葉から最も遠く離れたところを生きている生き物のように思えますね。
車のボンネットの上とか、温まったコンクリートの上とか、気持ち良い場所を見つけてはまどろんでいる感じがします(´∀`*)
……けど、最近は家猫が多くなったし野良猫は少なくなったしで、そういう猫の気ままな姿を見ることがすっかりなくなった気がします。
たまには自分が猫になってみよう。
普段から自分に甘い私は余計に怠惰になりそうだけど(笑)
作者からの返信
猫は、行動がもう面白すぎますよね!本当に、何を考えてるのかさっぱりわからない(笑)そんな行動が平気な動物に、そもそも悩みなんて生ずるはずがないのかもしれませんね…(笑)
ひたすら微笑ましく、滑稽で、愛らしい。もう、人間を和ませるために存在するとしか思えない…!(笑)
そして、苦悩を山ほど抱えた人間が真似してみたくてたまらなくなる、不思議な魅力を持つ動物でもある気がします。
利き手への応援コメント
利き手で飲む方が美味い…そうなのか…普段、どちらの手で飲んでいるかなんて気にしたこともなかった…。
でも…ペットボトルのキャップはたぶん、利き手で外して、そのまま飲んでいるような…意識すると変な感じですね。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます(*^^*)
そうですね、きっと普通は考えないことかもしれませんね(笑)そして、味の違いなどをあまり意識してしまうと、その微妙な変化が感じられないかもしれず…(笑)
もしも、私だけが感じるような差異だとしたら…あんな風に自信を持って書いてしまって、ちょっとまずかったかな?とも思ったり。あまり違わないなあ、と思ったら、どうぞお許しくださいね(^^;(笑)
利き手への応援コメント
利き手ですか?
フッフッフッフ(笑)
先ずは利き目ネタ話から始めるかな?
鼻の前に指を立てて片眼で見た残像と
両眼で見た残像が同じ側が利き目です。
さて(笑)
自分は右目が利き目ですが
幼い頃の利き手は左でした。
碧いウサギさんと同じです。
右手に矯正されたので現在
ハサミだけがなぜか左使用
右肩少し弱くボウリングは
左で投げるかもしれません。
他は基本的に右を使います。
手描きで製図版に作図して
機械設計製図した時代ネタ
右手でシャーペン左手には
ステッドラーを両刀で使用
古い記憶を思い出しました。
利き目は銃の照準をつける
どちらの掌で銃を握るかと
結構大事な要素なんですが
日本で暮らす限りは無関係。
※自分は狙撃手に非ず(笑)
作者からの返信
おお、なるほど!!うっちーさんも左利きですか!でも、今はほぼ右ということは、だいぶ矯正されたということでしょうか?でも、設計で両手を使うって、文句なしにかっこいいですね…
利き目、というのもあるんですね。初めて知った感じです。…どうやら、私は利き目も左目なのかな?左で銃を握り、左目で狙う…でいいんでしょうか?(笑)
私、結構射撃上手いんですよ♪そういうのありますよね、玩具の的と銃みたいの。昔ビシビシ当ててたような気がする(笑)
利き手への応援コメント
あおいちゃん、左利きなんだっ。ほぉー。
今ちょうど珈琲入れたから、右手、左手、交代で飲んでみたよ。
多分、意識しすぎて、同じ味だった。笑
でも、利き手は自然に、反対の手は不自然でぎこちないから
脳への持って行き方が違うのはわかった!
あ、そうだ。きっとビールじゃないとわかんないんだ! 爆
美しい春の宵の頃、また試してみよう。うふ。
作者からの返信
六月さん、コメントありがとうございます!(*^^*)
そうですね!意識しちゃうと、違いがわからなくなってしまうかもしれませんね(笑)
おそらく、その不自然さのところに秘密がある気がするのです。握った感じに安心感があるか、違和感があるか…そこで微妙に違うのかも。
美味しさが違うと感じるのが、私だけじゃなければいいんですが(^^;(笑)
利き手への応援コメント
なるほど!
まさしくおっしゃる通りですわ!
わたくしは右利きなれど、お札の勘定とトランプは、なぜか左利きなのでございます
お札は縦読みと横読みの二種類がございますけど(あ、バンカーではございませんのよ)、右手にお札を持って左手で数えますでしょ
ところが書くときは右手でございますので、いちいちお札を持ち替えて書かねばなりませんの
銭勘定は、わたくしのささやかな趣味でございます♩
アオイちゃんは、そんなところにまで目をつけられるなんて、さすがでございます♡
さて、今日はどちらの手でビールをいただこうかしら?
作者からの返信
椿ちゃん、いつもコメントをありがとう!!♪( ´▽`)
お金の勘定…縦読みや横読みできるほどのお金に触ったことがない私…(゚´Д`゚)゚触って初めて生ずるつばきちゃんの悩み、なんとも羨ましいっ(笑)
何はともあれビールは最高ですよね〜〜♡(笑)
平和の陰にへの応援コメント
その通りですね。人を殺しても犯罪にならない、それが戦争です。
たった70年前の女性が夫や息子を「お国のために立派に死んできなさい」と送り出したなんて想像を絶します。
忘れるべきではない。
なんとしても脳裏に刻み込まないと。
心からそう思います。
作者からの返信
本当にそうですね。
まだ若い数えきれない命が、一瞬で消えていく。それが当たり前。兵士となる者も送り出す方も、生きたい、生きて戻って欲しい、というその言葉さえ口にすることができず。…なんという異常な状況なのか。
決して繰り返してはならない。
現実に起こったその悲惨な事実を、格好いいものや美しいものに決して変化させずに、子孫へ引き継いでいかなければならない。そう心から思いますね。
窓が切り取るものへの応援コメント
タイトル、これにまず魅かれます
主役が、窓
そこから見て取れる風景ではなく、窓が主役
絵画の額縁を想像しがちだけど、窓は脇役ではない
絵画は額縁がなくても鑑賞できるけど、部屋に窓がなければ風景はけっして見ることができない
そんな印象を受けました♬
違ってたら、ゴメンなさい!
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとう(*^^*)!
つばきちゃんのコメントで、私もはっとさせられました。
絵のように風景を切り取る、という発想は、京都の寺社などでもありますよね。けど、窓って、本来的にはもっとすごく重要な役割をしている。光や空気を、室内に導く。締め切りでは窒息してしまう空間を外とつなぐ。外の様子を室内から窺う。景色を眺め、楽しむ。
窓を考え出した最初の人って、実はとても優れた人だったのかも……そんな気がしてきます。
普段あまりにも当たり前で、全く意識しない窓の大切さ。その存在を、もっと愛おしんでもいいのかもしれませんね。
窓が切り取るものへの応援コメント
建築学的に窓は採光と換気のために
法的な基準に沿って設置されている。
窓が切り取るというユニークな表現。
こちらは号数の決まった絵画の木枠
絵画を展示するための部品を含めて
完成した作品だろうと少しだけ過去
油絵を描き建築を学び土木構造物を
設計作図した文章も書く介護福祉士。
『暢気なオタクで独り者オジサン』
属性で表現するとこんな感じですが
外見と中身は現実と仮想世界同様に
似て非なる存在なのかも知れません。
明日は造幣局桜の通り抜けで車椅子
利用者さんとのんびり巡る予定です。
さて(笑) 真実は如何なる物でしょう。
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます!
なるほどですね…私も、建築って学んでみたかったな〜なんて今さらながら思うのです。でも、物理が必要みたいですね?やっぱり無理かな…(笑)
油絵、設計、小説…多彩ですね!素晴らしいです。でも、明日は車椅子を押してお花見…それもまた、とてもいいですね。
人を支える仕事というのは、大変さも半端じゃないですが、温かさとか血の通った何かがある。結局、社会の中のどんな仕事よりも大切なものだと思います。
愚かな自分を抱きしめるへの応援コメント
私は普段あまり孤独感に苛まされることがありません。
根本的にお気楽成分が多いのかも(´・ω・`)
小説という人の内面を描くことを趣味としている人間として、そういう資質は必ずしも良いとは言えないのかもしれませんが…。
それでも、思い悩む時はあります。
その気持ちをそっくりそのまま理解し共感できる人間は存在しません。
だったら日差しや風、海、そういったものに心を宥めてもらい、包み込んでもらう。
そんな風に自分を慰めてもいいのかな、と思いました。
作者からの返信
孤独感に苛まれない。それは、ひまわりちゃんが持って生まれた、最高に幸せな宝物ですね!ひまわりちゃんの作品の持っているふんわりした明るさは、そういう部分が言葉や文に現れるからかもしれませんね。
自分が愚かで、情けなく思えて仕方ない。
時には、誰もが苦しむことではないかと思います。
自分を責める時間というのは、本当に辛いものですよね。
けど…そんな苦しみから自分を救うのは、結局自分自身以外にいない。どんなに酷く自分を責めても、それはますます自分を傷めつけるだけで…。
自分を反省することが必要な時は確かにある。けれど、自分自身の不完全さをいつまでも責め立てることは、決して自分のためにはならない。
そんなことを、強く思うのです。
身の内の安らぎへの応援コメント
冬のイヤーマフは確かに暖かくていいですよね( *´꒳`* )
耳を覆うこと、普段は全然してません。
今ちょっと試してみました。
自分の手の温もりがじんわりして、人肌の安心感のようなものが広がりました。
日中はなかなか音を遮断してじっとするという機会がないんですが、時にはそんな時間があってもいいですね✨
知らず知らずに洪水のように渦巻いていた思考が穏やかな水量になる気がします。
作者からの返信
耳を塞ぐと、暖かく静かで安全な場所にすっぽり収まっているような気持ちになりますね。冬眠してる動物の気持ちがわかるような
…その感じ、とても好きなんです(笑)
情報っていうのはとても大切だけど、ストレスも同時にたくさん引き連れてくる気がします。完全に遮断しては暮らせない。でも、時にはそんな情報の届いてこない、静かで暖かい場所でぬくぬくと丸くなるのもいい。…そんなことを思います。
祈りへの応援コメント
Ave Verum Corpus バーンスタインのをYouTubeで見つけて聞きました。
本当に、厚く暗い雲が途切れてそこから優しい光が注いでくるような、雨粒がついたすべてのものを優しく輝かせるような、そんな慈愛に満ちた荘厳な雰囲気でした。
死の間際、人間はすべてを許され、解放され、その光の一部となっていくのかもしれない。
年老いた時、自分にまだ死の恐怖が残っているのなら、この曲を聞いてそう感じられたら…と思いました。
作者からの返信
この話は、曲を聴くとその感じをとてもよく感じていただけると思います。慈愛に満ちた、優しく美しい旋律ですよね。
ひまわりちゃんのコメント、あの旋律の美しさをよく表現していて、本当に素敵です(*^^*)
死の恐怖。それは、人間の生と決して切り離すことのできないものかもしれませんね。
けれど、その間際は、きっと何か輝くような開放感に包まれるのではないか…生きている間の悩みや苦しみを手離す瞬間というのは、そんな幸福感があるに違いない。
…この曲を聴くと、それを信じられる気がしてきます。
いらなくなったラジカセへの応援コメント
ラジカセについてもそうなのですが、長年所有しつつも使わなくなって、捨てないといけなくなって。
その別れの時に。
それに手を当てて、「長い間ありがとう」と思いを込めるのですよ。
感傷深い儀式と思われるでしょうが、今回の句を読んだことで、それは決して間違いではないと、胸を張れる気がします。
作者からの返信
阪木さん、コメントありがとうございます!
命や感情のないもののはずなのに、別れが切ない。不思議ですね…人間は、本当に豊かな感情を持った生き物だと思います。
そんな、長年自分のために働いてくれたものへの感謝の気持ちや、離れがたいその思いを、別れの時にそのものへ込める。何も返事をしてはくれないけれど…それを使った私たちにとっては、とても大切な儀式な気がします。
そうやってたくさんの思い出を共有したもののことは、忘れたくないですもんね。
私も、これからは阪木さんのようにしてみたくなりました。
命の色への応援コメント
わたしね、実はぺんぺん草が、こどもの頃だーいすきで
いっつも、学校帰りに摘んでは、少し茎をひっぱってはがして
でんでん太鼓みたいに、くるくる回して、ぺんぺん、言わせていたよ。
それは、まるでおもちゃにするみたいだったけど、葉っぱの♡の形や
ほんとにさりげない白い花がかわいくて仕方なかった。
桜は、たしかに特別なの。心を打つ花だから。でも時に哀しさを持ってくる。
心の中をあったかくしてくれるのは、ナズナの方かもしれないよ。
作者からの返信
六月さん、コメントありがとうございます♡
うん、確かにそうですね!
思い出や懐かしさが漂う花は…という質問だったら、間違いなくナズナが先に浮かびますね(*^^*)
金子みすゞが詩にしたように…みんなちがって、みんないい。
そのはずなのに、そうやって静かな心で命を眺められない人間の心が、とても悲しい…そう思う時があるのです。
いらなくなったラジカセへの応援コメント
さて(笑) 何かを望まれているようですが?
ラジオ+カセット=ラジカセ(デッキ)です。
どちらを主にしてネタとして語るべきか?
ラジオは音声データのみ配信する放送局で
カセットテープは音声データアナログ保存。
ラジオはradikoがネット社会隅で生き残り
地上波のアナログ放送も続けられています。
カセットテープはオープンリールデッキが
コンパクトカセットテープからマイクロへ。
ミニディスクがデジタルオーディオテープ。
この辺りで音声記録装置として役割を終え
捨てられていたラジカセも使用が可能でも
必要がなくなっただけの品物しれませんね。
実はコンパクトカセットテープには三種類
音声ポジションの違いがあったのです(笑)
ノーマルとハイファイとメタルなんですが
ドルビーノイズサラウンド機能と併用させ
高音域と重低音に拘るオーディオマニアが
アナログレコード音声データを残すために
昨今耳にしなくなったレンタルビデオ店が
貸しレコード屋として機能していた時代の
今は失った古き良き昭和時代の名残ですね。
音声データの記録装置として役割を終えて
子供時代アニメ番組を見ながら無言になり
ボタンを押して録音した記憶がありますが
これも古き良き時代の郷愁なんでしょうか。
作者からの返信
実は私も、近寄ってじーっと観察したわけではないのです(笑)形状的にラジカセっていう大づかみなアレで…(笑)
書きながら、そういえばカセットテープみたいのなんて今はもはや全く見かけないし、どんなタイプのプレーヤーだったのかな…なんて。
ただ、CD再生機能は間違いなくあったはずで。そんな音を届けていたのは間違いないだろう…などと想像しながら書きました。(あっ、もしかしてカセットテープ再生機能がないやつはラジカセとは呼ばないとか!?マズイ!笑笑)
まあまあ、なにぶん大づかみなエッセイですので…どうぞ大目に見てやってくださいませ(^^;;
でも、人に寄り添うような仕事をする機械製品って、ありますよね。こういうプレーヤーとか、あとは自動車とか。
いつも黙って一生懸命働いてくれるせいか、気づくと離れがたいような思いがそこにあって…ちょっと切ないような気がします。
機械に切なくなるなんて、間違いなく人間の片想いなんですけどね(笑)
催促をしてしまうような形になってしまい、本当にごめんなさい。以後このようなことのないように、充分気をつけます。おもろない場合はどうぞスルーしてやってくださいね!m(_ _)m
いらなくなったラジカセへの応援コメント
モノ言わぬ物に思いを馳せるのは、きっと自分の心に何か想いがあるときではないだろうか…。
思い出とは、必ずしも生あるものと共有するとは限らない。
一方的かもしれないが…ソレは確かに己の心に在り続けるのだ。
作者からの返信
本当にそうですね。
ラジカセとか、車とか…人の生に寄り添うような仕事をする機械製品って、ありますね。
そういうものとはやはり別れ難く、たくさんの思い出が蘇ってきたりして…人のために誠実に働いてくれるせいでしょうか。深い愛着が湧くものだなあ…なんてしみじみ思います。
間違いなく一方的な感情なんですけどね。人間の心の愛おしい一面な気がします。
いらなくなったラジカセへの応援コメント
なにひとつ文句も言わず、主人のために音楽を奏でていた
部品を組み合わせただけのラジカセなのに、そんな健気な姿が浮かびます
それを感じさせてくれるアオイちゃんの俳句
その目線、大好きです♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとう!♪( ´▽`)
ゴミ置場に置き去りにされている寂しそうなラジカセを見て、ちょっと胸がキュンとしちゃいました。そういえばラジカセって、なんだか持ち主に寄り添うような仕事をする電化製品だなあ…なんて。どこか切ないような気持ちになりました。
そんな気持ちを感じ取ってもらえて、とても嬉しいです(*^^*)♡
幸せの距離への応援コメント
悲しみは遠くへ、幸せはこちらへ。
身勝手かもしれないけれど、変に抗うことをせず時に身を任せていれば、いつかはそんな心境に辿り着ける気がします。
悲しみは記憶と共に遠ざかっていきますし、新たな悲しみもいずれは波の向こうへと遠ざかる。
手元に残った大切なものを抱き続けれていれば、そこに幸せが見つかる。
そんな気がします(^^)
作者からの返信
ああ、本当にそうですね。…ひまわりちゃんのコメント、心にしみました。
時間という流れに、自然に選り分けられるように…心を満たしてくれる幸せは、いつも自分のそばにあり…過去の悲しみは、だんだんと沖へ遠ざかっていく。
今、手の中にある喜びや幸せが、いかに大切なものか…そんなことを、考えずにはいられませんね。
陽射しの下への応援コメント
今回は切ないお話でしたね。
コメントしたら、またあおいちゃんに悲しい思い出を呼び起こしてしまうかも(><)💦
でも、叶わなかったその時は鋭利で固くて、少し触れただけでも傷から血が流れてきそうな辛さを抱くけど、時が経つと陽射しのフィルターがかかったように、その辛い思いも角が取れて少し和らぐ感じはしますよね。ところどころキラキラッと輝く部分も見えるようになったりして…。
切ない思い、苦しい痛み、全部忘れることはできないけれど、心に抱えて生きていくことができる。
それが自分という存在の糧になっていくところも、人間の不器用で素敵な部分だなぁって思いました( *´꒳`* )
作者からの返信
ひまわりちゃん、暖かいお気遣いをありがとう!とても嬉しいです(*^^*)
そうですね。掴みたいと願っても決して叶わないこと。それを見送るしかなかった悲しさ…生きていると、そんな経験も増えてきますね。
けれど、手に入らなかったからこそ輝き続ける…もしかしたら、そんなことも言えてしまうのかもしれない。
手の中に入ったものは、馴染んでくるほどに「当たり前」になっていく。それは間違いなく幸せではあるのだけれど…手の届かないところにある輝きとは、少し違ってくるのかもしれない。
思い出すたびに、切ないような甘いような輝きを伴う。そういうものや人が心の中に存在するのも——時間が経てば、幸せなことの一つなのかもしれません。
なぜへの応援コメント
意味を求めすぎることで肩に力が入って凝り固まってしまうこと、確かにありますよね。
雲のように風に吹かれて形を自由に変えながら肩の力を抜いて生きていけたら、見上げる雲のように気持ちよくゆるゆると流れていけるのかなぁと思いました。
私もこれからはもう少し空を見上げる機会を作ろう✨
作者からの返信
そうですね。人間って、その理由を突き止めれば、何かいい答えが出てきそうな錯覚を起こしてしまうところがありますね。
でも、考えれば考えるほどもつれて、答えが出なくて、迷路に入り込む。…結局、「なぜ」と考える必要がない場面もいっぱいある…そんな気がするんです。
もっと、目の前のことをそのまま眺めるような気持ちでいてもいいのかもしれない。その意味などは考えずに。
ちょっと動物に近いのかもしれませんが…時にはそんなふうに、もっと自然な心の持ち方をしてみてもいい。そう思います。
手の届かぬ輝きへの応援コメント
地球という、宇宙から見れば本当に小さな星の中にも沢山の生命が溢れていて、日々生き死にを繰り返している。
その尺度をどこまでもどこまでも広げていくと、やっぱり広い宇宙の中で悠久の時間をかけて星の生き死にがあって──
本当に、この世界って不思議だなぁとしみじみ思いました。
人間は宇宙の神秘を知ろうと一生懸命に道具を作り、知る方法を考えますが、それだって宇宙から見れば人が働き蟻に見る努力よりも小さなものなんでしょうね、きっと。
作者からの返信
本当にそうですね。何億光年なんて、本当に想像もつかない…そんな宇宙のサイズから見たら、人間なんて微生物にも満たないくらいに小さな生き物かもしれないですね。
でも、逆に言えば…どんなに小さく見える生き物も、きっとそのどれもが全力で、必死にその生を営んでいる。
巨大に見える星の命も、微生物のような生命体の命も、皆同じ。命に大きさは関係ないのだ。そんな不思議な気持ちにもさせられますね。
編集済
風の層への応援コメント
風の層──とても素敵な表現だと思いました!
とんぼのスイっと飛ぶ感じは、まさに一層一層の風にのっている感じがします。
時々ふっ、っと一層上に上がったり、下に下がったりしながら。
とんぼは小さな頃のトラウマがあって虫の中でもかなり苦手な部類ですが、想像の世界でなら気持ちよく風景を楽しめます(笑)
作者からの返信
トンボにトラウマが…噛まれちゃった、とかでしょうか?結構虫って、怖いですよね。じっと見るとちょっとグロテスクだったりもして…
でも、トンボが空を気持ちよく滑るように飛ぶ様は、いつ見ても本当に気持ちよさそうで、なんの悩みもないように見えて。羨ましくなります(笑)
風の層。この表現は、私もとても気に入っているのです(*^^*)
命の色への応援コメント
人間以外の動植物は、厳しい自然環境のなかで、弱いものは淘汰されていきます
たとえ生まれたばかりの我が子であっても、弱ければ自力で生きていけない子は見捨てます
でもね、人間だけはなんとか救おうとする
知恵を駆使して生き延びさせようとする
だから医学は発展してきました
たしかに優劣をつけたがります、人間は
それでも人間の持つ優しさや強さも忘れちゃダメかも
作者からの返信
つばきちゃん、素晴らしいコメントをありがとう(o^^o)!
そうですね。人間は、自然界の他の生物が持っていないいろいろな面を持っていますね。その突出した知能と感情の豊かさゆえに、数え切れない良い面と同時に、その逆の一面も持ってしまう。
良くも悪くも、そういう濃度の濃さを持っているからこそ、人間は地球上でこれほど繁栄を極めた生物になり得たのでしょうね。
そして、命を比較したり差別することとは全く別に、桜は本当に美しい。一年に僅かの期間しか見られないこの美しさを、存分に味わいたいですね(*^^*)
命の色への応援コメント
そうですね。
人間だけなんですよね…。
例えば、猫同士は相手が野良ネコでも血統書付でも気にしませんからね。
自分たちの価値観を全てに押し付ける…エゴです。
でも…僕だって無意識に区別していると思うのです。
せめて差別だけはしないように意識して暮らしたい。
そう思います。
作者からの返信
そうですね。人間は、他の生き物が持たない豊かな感情を持つからこそ、美しさなどに心を動かされ、どうしても平等に考えられないような一面を持ってしまう…。
それが絶対である、間違いない判断だと捉えてしまうと、人間のエゴ…というふうになってしまいますね。
でも、区別する力というのは、人間にとって欠かせない。例えば、善悪の区別、判断というような…。
そして、美しさや可愛らしさなどを愛でる、という感情は、人間だからこそ持ち得る素敵なものですね。差別や軽視とは全く別に、そんな自分の心を楽しませる部分は持ち続けたい。
命の無意味なランク付けや軽視、差別というような感情は、人間の都合で抱いてしまいがちな心の欠点ですよね。そんな無益な色をつけずに、周囲の命を見つめたい。そんな気がします。
命の色への応援コメント
満足感でなく優越感?
自分より劣った存在を目にして喜ぶにせよ
施しを与えるにせよ分かち合う的に崇高な
世界最大派閥の唯一神教の精神にせよ(笑)
古くからの日本人的な唯物論的な価値観?
助け合い支え合う精神と異なる気がする。
困った時に黙って傍にいる存在がおそらく
家族
そんな血を分けた存在がいてこその幸せ。
※半世紀独身で今後も続く自分ですがw
作者からの返信
桜が美しいことには、全く文句がないのですが…(笑)
よく聞くじゃないですか、マウンティングっていうやつ…あれですね、ああいう寒い格付け…それが、いかにもその人の価値を決めるかのように力を持ったりするじゃないですか?
「天は人の上に人を造らず…」と、諭吉さんも敢えて本に書かねばならないほど…人間は、どうしてもそんなことをせずにはいられない生き物なのかなあ…なんて思ったりしました。
完璧の意味への応援コメント
その人にとっての「完璧」は、別の人にとっては綻びのあるものかもしれない。
絶対美と言われるものであっても、見る人によっては絶賛するほどのものには思えなかったりするわけで、本当に不確かなものを各々が追求しているわけですね。
一見無駄と思えるようなことだけれど、そこを目指す過程に成長や発見、達成感などがある。
完璧な状態そのものよりも、そこを目指す過程を得るために精進というものがあるのかなぁと思いました。
作者からの返信
そうですね!
「完璧」を必死に追うのではなく、自分の思う頂点を目指す。その行為そのものが、自己を高めることに繋がるんですね。
無意味な完璧主義と、自分自身を高めるために頂点を目指す行為は、似ているようだけれど実は正反対の位置にある…そんな気もしてきます。
言葉という道具への応援コメント
グラデーションのように境界が曖昧で、マーブル模様のように複雑に混じり合う感情を言葉にするのがいかに難しいか、小説を書くようになってつくづくそう思います。
結局シンプルな言葉が一番ストレートに伝わるのですが、小説はそういう言葉だけでは書けないのが悩ましいですね(笑)
それだけに、なかなか上手く表現できた時の喜びはひとしおです
(❁´ω`❁)
作者からの返信
私も、すごくそうそう思います!
小説は、どうやったらその心情や情景を細やかに読者に伝えるかが、とても難しく、また面白いところですよね。
文字を使って絵を描く、というのでしょうか…自分が頭の中に描いたイメージをどういう言葉にすれば、思い通りの情景が出来上がっていくか…そんなことを考えてるうちに、つい時間を忘れてしまったり(^_^;)(笑)
信じるへの応援コメント
「かたちなきもの」とも共通してますね。
大切なものこそ、目に見えない。
けれどもそれを信じなければ幸福は得られない。
大切なことを改めて教えてもらいました✨
作者からの返信
そうですね。ずっと書いてると、重複というか、前も同じようなことを書いたかも?なんていう時があったりで…(笑)でも、それってそれだけ自分が大切に思ってることなのかもしれない…なんて、大目に見たりしてます(笑)
形がないものほど大切。…このことは、私が無意識に強く感じていることなのかもしれません。見えないから、目を凝らす。そこにあると信じる。もしそこにないならば、なんとかして作り出す努力をする。
幸せって、やっぱり気持ち次第…なんですね、きっと。
掌に残るものへの応援コメント
時も環境も、自分の心も形を変えながら流れて行く中で、手のひらに当たるもの、すりぬけていくもの、ずっと残るもの。
すべてに感謝して、手元にあるものを大切にしていきたいなぁと思いました✨
もちろんその中には、カクヨムで出会えたあおいちゃんやつばきちゃん達との繋がりもあります
(❁´ω`❁)
作者からの返信
私も、本当にそう思います!
時が経っても、自分の手の中にあり続ける宝物。無理してたくさん抱えなくてもいいから、そんな宝物をずっと大切にしていきたい。
私も、カクヨムに来られたこと、ひまわりちゃんやつばきちゃん、たくさんの素敵な方々に出会えたこと、文章を綴る楽しさや喜びを得られたこと…どれもずっと変わらず大切にしていきたい、かけがえのない宝物です(o^^o)
無表情な雨への応援コメント
秋霖──
初めて聞いた言葉ですが、美しく趣の深い言葉ですね。
ただ、秋の静かな長雨の鬱々とした雰囲気もわかります。
夏の開放的な明るさから季節が移っていくことをしみじみと感じさせますよね。
まるで季節の変わり目と共に、こちらの気持ちも切り替えるように促しているようです。
作者からの返信
秋霖。その響きだけで、冷たい雨に空気がすっと冷えるような感覚を覚えますね。
この雨に長く閉じ込められると、あの暑く明るい陽射しが、本当に幻だったような錯覚に陥ります。
出口のない憂鬱…なかなか辛いものですよね…
秋は最高に心地よい日がある一方、憂鬱で物悲しくてたまらない日もあり…美しいだけではなく、私達の心をひどく揺らす、悩ましい季節でもある気がします。
何気ない時間への応援コメント
なぜ、嫌な記憶しか残らないのか…それはきっと自分のせい。
それだけじゃないんだろうに…大切なことを当たり前に流してしまって、嫌なことを掬うように溜めてしまう。
こういう風に時間を切り取れるようになるには、きっとツライ時間を過ごしてソレを流せたからではないか…そんな気がした。
作者からの返信
私も、嫌なことしか記憶に残らない…そう思うこと、よくあります。
人間は誰でも、そんな傾向があるんじゃないか、と思うのです。
もしかしたら…何もしないでおくと、自分の脳にはストレスフルなことばかりが残るから…
だから、写真や言葉、文章などにその時々の気持ちを留めておくことは、振り返った時に大きな輝きを放つのかもしれません。
満月の色への応援コメント
なるほど。月が平面的に見えるのにもちゃんと理由があるのですね(^^)
夜空に貼り付けたような満月を見ると思うこと。
かぐや姫の物語って、姫は月の住人ということですが、昔の人はこの月を見て、自分達の暮らす世界と同じような世界が、あの平面的で美しく光る満月の中に広がっていると考えたわけですよね。
ガリレオもびっくりの認識をもっていたのかなぁと思ったりして(笑)
作者からの返信
本当にそうですね!
私も、月を見上げていると、あの光は窓の明かりで、その奥には想像もつかないほど高貴な人が座っているような…そんな気持ちになったりするんです。あれは天体で、太陽の光を反射して輝いている…それを知っていてもなおそんなことを思う(笑)
こう考えると、月の光は、日本人の想像力を掻き立てる情緒に満ちた光なのかもしれませんね。
何気ない時間への応援コメント
自分は過去を「記憶」するもので
「記録」することは好まないのですが
亡き父親が映るビデオ映像を母が
喜んで何度も繰り返して再生していた
忘れないと忘れたくないの間には
見えない触れない何かがあるのかな?
作者からの返信
うっちーさん、とても素敵なコメントありがとうございます!
お父様とお母様は、仲の良いご夫婦だったのですね。たった一文から、そのことが窺える気がして…心にとても深く沁みました。
私も、積極的に写真を撮ったりする人間ではないのですが(笑)何気ない一場面を残すのがこんなに後からいろいろなことを思い出させるんだ、ということを、改めて感じた気がします。
忘れない…忘れたくない…。忘れたくないことも、時間とともにだんだんと薄くなっていきますね。その点では、両方ともとても良く似ているのでしょうね。
形にして留められれば、より長く手元に残ってくれる。そうやって形にするのも愛おしいものだな、なんて思ったりしました。
夜風の匂いへの応援コメント
休肝日があるのと同じように、脳と心を休める日があってもいい。
確かにそのとおりだなと思いました(^^)
ただ、人間は一日何にも考えずにいるわけにもいかないので、風の匂いを感じたり、木々の葉に陽が透けて揺れるのを眺めたり、雨の音をぼんやりと聞いたり…といったひとときがあるといいのかなと思います。
たった5分でもそういう時間をもてた日は、一日をとてもゆったりと豊かに過ごしているような気になれますね(^^)
作者からの返信
本当にそうですね。自然の中に身を置く。「人間」ではなく、地球上の生物の一個体になって、自然と同化する。そんな感覚になることも、時には大切なことじゃないかな…なんて思います。心が深呼吸する、というんでしょうか。「人間」というせせこましい枠から抜け出せたような、優しい気持ちが味わえるんですよね。
私たちは、そんな幸福感からずいぶん遠ざかってしまった気がします。
何気ない時間への応援コメント
素敵‼︎
もう何度もこの「掬い上げるもの」は拝読いたしておりますが、いつもアオイちゃんの俳句とそれに関わるエッセイ、詞に感銘を受けます♡
何気なく過ぎていく時間
ほんの少しだけでいいから、心の印画紙に写しておきたいものです
はあっ、とても良かった♬
作者からの返信
つばきちゃん、いつも温かい応援コメントをいただき、ありがとうございます!本当に嬉しいです♡(*^^*)♡
何気なく撮った写真が、後からなぜか懐かしい。気合いを入れて撮った写真よりも、むしろじんわりと温かい感じがして。…人間の心って、とても微妙で不思議ですね。
どんどん流れていくこの時間も、何かの形に切り取って残しておけたら…それはきっと、時を経るほど懐かしく、愛おしいものになるんだろうなあ…そんなことを思いながら書きました。
本当に毎回何の変哲もないこんな話を、いつも読み味わってくれるつばきちゃんの存在が、私とこのエッセイを支えてくれています。
心より、幸せを感じます。本当にありがとう!!(*^o^*)
容姿への応援コメント
容姿は要素のひとつだとは思います。
美しさの基準は様々です。
人は、その外見で、その人を決めつけてしまいます。
だからこそ、中身との違いに落胆し別れてしまうのでしょう。
逆に、印象の悪かった人の内面を知り恋をするということもあるでしょう。
結局、最後に結ばれる要因も人それぞれなのかもしれません。
外見だけで判断する場合、大概、後悔してしまいますけどね。
作者からの返信
恋をしたり、結ばれたりというのは、その段階でお互いに強く引き合う何かを感じるから…なのでしょうね、きっと。惹かれる理由もまた人それぞれで。
相手のどこに惹かれるか、何に惹かれるか。それによって、その人が相手から得られる幸せは変わってくる。外見や表面的な条件をあまり重視してしまうと、その先がどうなるのか…少し不安ですね。
言葉のないものへの応援コメント
空気を吸い込むって生きているって気がします。
それが、新鮮に身体を満たしてくれるなら…それは気持ちも浄化してくれるのでしょう。
僕は吐き出してばかりで…。
ベッドから起き上がれない…そんな日々です。
いつか窓の外の空気を思いっきり吸い込んでみたい。
作者からの返信
今、ご気分が優れないのでしょうか…?
いつも通りに物事をできない時が、誰にでもありますよね。私も、今少しそんな自分を感じます。春って、そんな季節なんでしょうか。ゆるりと緩んでしまいたいような…。
ロボットじゃないんだから、それもきっと自然なことですね。
今すぐやりたいことができなくても…無理することなく自分自身と付き合ってあげられたら、明るい外に自然に出ていける時が、きっと来る。
私は、そう思います。
愛を生かし続ける方法への応援コメント
正直なところ…事切れる直前にどう思うのかだろう。
人の生き様なんて評価するべきものじゃないし、自分にしか解らない。
もし…一緒に歩いてくれる人がいて、その人に幸せでしたと言われたなら…その人も幸せなんだろうと思う。
軽い言葉ではないと感じた。
作者からの返信
確かに…自分が幸せだったかどうかって、全てが終わるその時に感じるものかもしれませんね。
どんなにいろんなものを持っていても、幸せを感じられない人。特に何も持っていなくても、心が満たされている人。
感じ方は、人それぞれ。他人が評価できるものでは、決してないのでしょうね。
お互いが、満たされた気持ちで人生を歩き終える。これ以上の幸せは、結局ないのかもしれません。
穏やかな場所への応援コメント
あおいさんお疲れさまです♪
実は俺、19年と9カ月、大きな石材店の施工総括をしてました♪
簡単に言えば、墓地でお墓を建てたり、ビルの外壁や床に板石を貼ったりするんです。
要はドカチンですね。
夏は炎天下の中、若い子でも毎日熱中症にかかって平気で倒れるし、冬は氷点下の極寒の中、雪かきしながらかじかむ手で、重い重い石碑を運んで据え付ける仕事です。
石碑をスポンジで拭くと、拭いたそばからみるみる凍っていくんですよ?びっくりするくらい辛い仕事です。
大体3人ひとチームで動くんですが、うちは7チームあったので、総監督としては毎日毎日トラブルの連続。毎日誰かがケガしたり、倒れたりもぉぉ大変でした。
石の加工は中国の福建省や、黒竜江省が主体なので、本場中国人の技術者を研修生として常時6人雇っていて、その中国人技術者に、ノミの使い方や加工技術を学んで、石材加工の技能士章も取得しました。
辞めた今では、親戚や友人のお墓を市場の十分の一ほどの値段で建ててあげたりしてます。
と、そこまでが前フリです。本題はここから。笑
まぁ20年も色んな墓地で色んなお墓を建てて来ましたんで、それなりに色んな体験をしましたよ。
ウチは3日で一件ってノルマで、しかも残業制度があったので、投光器使って、山奥の墓地だろうと霊園の中だろうと、建てて終わるまでは会社に戻れないんです。
早くあがれて20時、一番遅い時で夜中の3時くらいまでは墓地で過ごすんです。
ほんと、いろいろありました…
怖いでしょうから書きませんけどね。笑
でもでも、
そんな過酷でしんどくてヘルニアを三段がまえで引きずってでも、ウチの若い子たちは毎日墓地に向かい、施主のおじいちゃんやおばあちゃんに笑顔で元気に挨拶して、一生懸命お墓を建てるんです。
約20年の間で辞めた子は、ヘルニアの悪化で歩けなくなる寸前で辞めてったたった3人だけなんです。
なんでだか分かりますか?
みんな、最後の家だって分かってるからなんです。
ひとの終の住処。
俺たち施工者は、お骨を手にするんです。
家族親族が大事に大切に持ってこられた遺骨を預かって、70キロほどある重い水鉢を横によけて、おじいちゃんやおばあちゃんの代わりにお墓に納骨してあげるんですね。
お墓の建て替えの時でもそう。
俺らは素手でお骨を拾います。
真っ白なサラシにひと欠片も残さない様に拾いあげてから、お墓を建て替えます。
誰ひとりとして、手袋したり、バッチいもんを触るような事はしません。
これが、仏徳、仏縁だとみんな分かっているんです。
みんな、献身と尊敬を持って、自分のしている事の徳の深さを分かってるから、誰も辞めようとしないんです。
長くなって本当にすみません。
あおいさんの素敵なお考え読んだら、嬉しくなって書いちゃいました。
あおいさんもちゃんと解ってる側のひとなんだなぁって。
ごめんなさい。お邪魔しましたー。
作者からの返信
finfenさん、深く心に響く素敵なコメントを、ありがとうございます!(*^^*)
そうなんですね…職歴約20年。もうその道のプロの域ですよね。
実際にそのような仕事に携わったり、墓地に立たないと気づかない感覚かも知れないですね。恐れより、安らかという言葉の方が相応しい、ということに。
昨年、父が亡くなりました。
大切な人がこの世を去る悲しみや、深い祈りを捧げることの静けさ…そのようなものを、しみじみと感じた時間でした。
こういうことから、墓地というものへの感覚が、以前よりも大きく改まったのかも知れません。
深夜、本当に眠っている最中にすっと逝ってしまった父ですが…最期まで穏やかだった父が、そんな安らかさをも教えてくれた気がしています。
すみません…あー、泣きそうです…(笑)
素敵なコメント、本当にありがとうございました!(o^^o)