かたちのないものへの応援コメント
本当に心を満たしてくれるものには、形がない。
本当にその通りだと改めて感じさせられました。
手に入れた瞬間も手からすり抜ける瞬間も気づかないことが多いけれど、今そこにあるということははっきりと感じることができる。
今そこにある幸せに感謝して大切にしていきたいと思いました✨
作者からの返信
不思議ですよね。
形がないけれど、「ある」と感じる。それは、人間の感情に関わるものだから。
だから、どれも目に見えなくて、しかもかけがえのないものなんだと思います。
ちゃんと見つめなければそこにあることに気づかないし、大切にしなければ、気づかないうちに失っているかもしれない。
人間は、ずいぶん扱いの難しいものを宝物にしているんだなあ…そんな気がします。
愛されるへの応援コメント
無償の愛、究極の愛なんだと思う。
他人同士で、そんな思いを向けることも…向けられることも…皆無と言っていいのではないだろうか…。
僕はこんなに愛しているのに…つい、そんな風に考えてしまう。
だから愛は歪なんだと思う。
だから愛は同じ所に居ないのかもしれない…。
作者からの返信
無償の愛。
それはきっと、何もできない赤ん坊か、起き上がることも会話することもできない状態に陥ったひとへ向ける愛…それだけに限られるのではないか、と、私は思います。
心身ともに健やかなのに、相手に「無償の愛」を求める人がいるとしたら…それは大きな勘違いですよね。
お互いに良いバランスで愛を与え合うことができたら、それは最高な相性ですね。そう簡単ではないのが悲しいところですが…
本当に、愛というのも歪で不完全なもの。私も、心底そう思います。
穏やかな場所への応援コメント
こういう風に考えたことは無かった…。
僕の夢にでてくる墓地は虫が這いずる湿った異空間。
それは僕を引きずり込むように誘う入口の様な場所。
僕は墓参りをしない。
死者に思いを馳せない。
僕の願いは『死』
でも…僕の『死』は清々しい場所には辿り着かない。
死して不快な場所こそ僕に相応しい。
きっと、生き様で捉える景色は色を変えるのだろう。
作者からの返信
「死」は、「無」ではないかと…私は思うのです。
きっと、無になるまでは、必死にもがきながら生きるだけ…なのかもしれません。誰でも、例外なく。
自分の死に美しいイメージを抱ける人も、きっといない…私は、そう思います。
生きることも、死ぬことも、決して美しくはなくて…
結局、私達は生まれてから死(=無)まで、泥の中を這うようなものなのでは…?
そう考えるならば…やはり、「無」が、一番穏やか…なのかもしれません。
「無」には、きっと快適か不快かという区別すらない。
……私は、そう思いたいです。
日曜の朝への応援コメント
まさに、我が意を得たり!
と共感するエッセイです
そう、慣れてしまったら全てが面白くないのです
だからこそアクティブに創造する世界にのめり込んでいくのです
アオイちゃんの凄いところは、それを鳥の囀りから連想するところ
やはり、わたくしは一目も二目もおかしていただきます♬
作者からの返信
つばきちゃん、ほんとにそうだよね♪
幼い頃、日曜の朝早起きだったのはなんでかな…というのは昔から何となく考えていたことだったのですが、ふと思い当たり、腑に落ちたことがあって。今回は、そんな部分の話を書いてみました。
そんな朝は、鳥の囀りがいつも爽やかで、静かな空気が清々しくて…そんなことを鮮明に思い出し、懐かしくなりました(*^^*)
新鮮な感動を忘れずにいるって、大切だよね。書きながら、「この前つばきちゃんと話したことに繋がった!」と嬉しくなりました。
そうそう、私の近況ノートに岡崎&吉野のSS(コント?笑)を出そうかな、と思ってます。よかったら遊びに来てね( ^ω^ )♡
川面と記憶への応援コメント
確かに、川面は遠くに流れていった先が陽光を受けて美しくきらめいて見えますね。
思い出というのは、泥のような辛さや悲しみは下に沈んで、上澄みの記憶がきらきらと彼方に輝いて見えているのかも。
時が経てば辛いことも思い出になるのは、そういうことなのかなと思いました。
作者からの返信
本当に、ひまわりちゃんの言う通りですね。
辛さや悲しみ、苦しみは、流れていくに従い少しずつ沈んでぼやけていくから…だから、遠くなるほど痛みは癒え、淡い輝きだけが残る。
時が経てば、幸せも辛いことも全て、静かな「思い出」というものに変わっていく。
時の流れと川の流れは、本当にとてもよく似ていますね。
夏の果への応援コメント
陽を捥ぐ
すごく詩的でぐっとくる言葉ですね…
やっぱりあおいちゃんのセンスは素晴らしすぎます✨
と思ったら、やっぱりつばきちゃんもそこに反応してた(笑)
感性を共にできる方がいるって本当に素敵なことだなと、カクヨムに来てしみじみと思います。
作者からの返信
ひまわりちゃん、そう言っていただけて私も嬉しすぎます!(//∇//)
そうですね。同じものを同じ思いで楽しめる素敵な方々に、私もカクヨムでこんなにたくさん出会えて…本当に、幸せでいっぱいです♡♡
そうそう、岡崎吉野のSS(コント?笑)を私の近況ノートへいたずら書きしてみました。よかったら覗いてやってくださいね( ^ω^ )♡
編集済
日曜の朝への応援コメント
子供のころの休みの日の朝、偶然、目が覚めたときの空気の静けさを思い出す。
思い返すと、とても純粋に平和を感じられた時間だったかもしれないです。
今、こういう時間は得がたいのでしょうけど。
今度、実家に帰った時、朝にこういう時間を味わってみようとするのも、いいかも知れませんね。
作者からの返信
阪木さん、コメントありがとうございます!
私も今回の話を書きながら、幼い日の朝の清々しさを思い出し、何度も深呼吸しました。
大人になるというのは、身体も心も、環境も、いろいろなことが変わっていってしまうものですね…少し寂しい気がします。
でも、久しぶりにご実家の朝の爽やかさを味わってみるアイデア、素敵です!(*^^*)そんなふうに、身の回りの小さな楽しみを見つけることができたら、とても素敵ですね。
男の子の声への応援コメント
そんな風に考えたことが無かった…。
成長の過程で失っていくもののひとつだったのだろう。
声だけじゃない…。
『耳をすませば』は大好きな作品。
でも…観ると今の自分が酷く汚れた存在に思える。
あの2人、中学生ながら、しっかりと未来を見ている…僕はどうだったのだろう。
何も考えてなかった…。
作者からの返信
私も、この作品は大好きなもののひとつです(*^^*)
中学生のはずの彼らは、ふたりともとても大人だなと、観る度に感じます。
それぞれの将来を真剣に見つめ、依存し合うことなく一緒に成長したいと全力で日々を生きる。精神的に成熟したふたりだからこそ心が通い合い、将来を誓い合うというストーリーがリアリティを持ってくる。本当に素敵な物語です。
自分の中学時代…そんなふうに人生を立体的に眺めることなんて、全然できてなかった…恥ずかしくなりますね(笑)
でも…そうありたいと思いながら実現できない美しい生き方だからこそ、素晴らしい物語に映るのかな…そんな気もするのです。
完璧の意味への応援コメント
完璧の追求と憧憬
これもまた手に入らないと分かりつつ、追い求めてしまうものですよね。
あらゆる美術が完璧をもとめ、それに届かないことを知りながら、それでもより近くに近づこうとしている、たとえ到達できなくともほんの1センチでも近づきたい、その様、その姿勢こそが美しいと思えます。
作者からの返信
芸術の世界には、「完璧を目指す」は、なくてはならない行動かもしれませんね。「完璧」というのはとても主観的で、不確かではあるけれど…自分の思い描く完璧、というものを、芸術家はおそらく絶対に持っているのでしょうね。そうやって目指す頂点がなければ、自己の作品を高みに持ち上げることはできない。
思えば、芸術家という存在も、とても特殊で…「神が与えた何か」を感じずにはいられませんね。
言葉という道具への応援コメント
言葉の不確かさは昔からのテーマですよね。
言葉の種類が足りないのか、そもそも言葉が表す心そのものがあやふやなのか。SFではそれを補填するためのテレパシーなんてよく使われますが、これも実際あったら共感が広がるのかは疑問ですね。
作者からの返信
その通りですね。
言葉があって、心があって。その言葉と心をどう繋げるか、そこも人それぞれなんですよね。心に近い言葉を探して選び出せる人もいれば、心と全く違う言葉を選んでしまう人もいて。しかも、心を完全に表現する言葉を探そうと思えば思うほど、見つからなくて(笑)…とても難しい問題ですね(笑)
テレパシーみたいに、心の形がそっくり相手に伝わってしまうような力。よく考えると結構怖いですよね。これはなくてよかったなあ、なんて(笑)
信じるへの応援コメント
自分を信じることはやっぱり難しいことですよね。
私も自分が信用できません。
甘やかすとすぐ楽な方向へ流れる
だから厳しく監視してないとダメみたいです(笑)
作者からの返信
自分自身を信じる。とても難しいことですね。
それができたら、どんなに心安らかに過ごせるだろう…そうわかっているのに、できないんですよね(笑)
完璧でも立派でもない自分が、どうしようもなく見える。これではいけないと感じてしまう。自分に真剣に向き合うほど、そういう思いが強くなる気がします。
でも…そんな風に自分自身を責める自分は、その段階でもう精一杯頑張っている。よく生きようとしている。
それだけで、もう充分。
自分自身をギリギリと痛めつけるほどに、思い悩む必要なない。
自分のために、そう思ってあげてもいいのかもしれない…なんて、時々思うのです。
掌に残るものへの応援コメント
そうそう、最近この物語の楽しみ方が分かってきました。
最初に俳句を読む。
なんかモヤモヤとしているがなんとなくわかった気になる。
エピソードを読む。
うん、人ってそう言うものだよな、自然ってそうだよな
そして最初の俳句を読みなおす
新たな発見、そして言葉の意味するところを理解する
このローテーションがすごく心地いいです
作者からの返信
素敵なコメント、ありがとうございます!(*^o^*)嬉しすぎて、もう踊り出しそうです!(笑)
俳句とエッセイの馴染み具合…これは、毎回神経を使っているところです。大満足な時もあれば、不自然な流れではないかな?と思う時もあり…違和感なくスムーズに流れる感じを意識しながら、句とエッセイを綴っているつもり…ではあります(笑)
そのような方法で楽しんでいただけるなんて、このエッセイも俳句も、最高に幸せものです!
心より、深く感謝いたします♡♡
無意識の輝きへの応援コメント
マフラーは持っていないけど…綺麗に巻いている女性は好きだ。
コーディネイトされているとセンスを感じる。
可愛くも、ミステリアスさも演出するような気がする。
僕にはハイセンスすぎて手をだしにくいものなのだろう。
作者からの返信
マフラーを素敵に巻く。結構難しいですね。常に気を遣わないと、形が崩れたり、かっこ良く巻けてなかったり(笑)だから尚更、良く似合っている人は男女ともとても魅力的に映る気がします。…高校生など若い子たちの初々しいマフラー姿は無条件に好きというゲンキンな私(笑)
私も、自分がすごくセンス良く巻けてるかと聞かれたら…どうなんだろう?似合ってるといいな、とは思うんですけどね(笑)
林檎と愛への応援コメント
林檎ってなんとなくいろんな感情を連想させますね。
風邪を引いたときに母がすりおろしてくれた林檎には母の愛と懐かしさを感じますし、アダムとイブの話を思えば魅惑的な愛の果実になりますし、白雪姫の林檎を思えば危険な香りのするかじつとなりますし。
初老の男性、確かに自分のためには林檎は買わなさそうですね(^^)
スーパーのレジかごの中にも案外その人の物語を連想させるものが入っていそうです♪
作者からの返信
林檎は、何とも魅惑的な果物ですね。母性的な愛、男女の愛、危険な美しさの象徴としての愛…あの艶やかな紅色や甘酸っぱい美味しさと相まって、人間と切り離せない果実ですよね。
買い物をする姿って、その人の生活をよく物語っている気がします。特に私が好きなのは、仲良さそうに買い物をする老夫婦の姿を眺めること(笑)いつまでも変わらないお互いの愛情が漂うところが、見ていて何とも言えず幸せなのです(*^^*)
星の営みへの応援コメント
三月ということもあり、震災を思い出しました。
地球にとってはくしゃみ一つ程度の動きだったのかもしれないけれど、多くの人が命を落とし、家を失い、人間の営みは破壊された。
それでも、数年という地球からすればほんの一瞬の間に人間は前を向き、同じ土地に再び営みを取り戻そうとしている。
小さいけれど、小さいなりに健気に一生懸命生きている。
人間の力って案外侮れないのかもしれませんね。
作者からの返信
本当にそうですね。
私達が、必死に餌を運ぶ蟻を見つめ、健気さや生命力を感じるように…地球の外側にいるもっと大きな存在がいるとしたら、人間の生きる姿もまた同じように映るのかもしれませんね。
それぞれが真剣に生きているはずなのに、人間同士の戦いやいがみ合いはなくならず…悩ましい部分もありますが…
やはり、人間もまた、地球上で必死に生きている生物のひとつなのですよね。
絶対と相対への応援コメント
関川さんのコメントを開く前に、私も仏教の「無常」を思いました。
「絶対」というものはない。「常」というものはない。
だから固執せずに、執着せずに、あるがままを受け入れる。
高く澄んだ青空を見ながら、そんなふうに悠然とした気持ちになれるといいですね(^^)
作者からの返信
こだわらない。これができたら、生きることはどんなに楽になるだろう…そう思いますね。でも、人間は常に何かに執着せずにはいられない。「絶対」が欲しくてたまらない。…だからこそ、人間社会の進歩があった、とも言えるかもしれないですよね。
けれど、ひとが生きる上では、「絶対」に拘ることが利益を生まない場面もたくさんある。人間が穏やかな心で生きるには、いろいろな考え方や見方を知り、幅広く受け入れる柔軟性は欠かせない。
そんな気もします。
偏りすぎず、バランスよく…っていうことが、心地よく生きるポイントかもしれませんね(*^^*)
恋への応援コメント
恋にも慣れないし…別れにも慣れはしない…。
「またどうせ…」
そう思いながら過ごしているのに…僕はまた恋に堕ち…失う不安を抱える。
陰陽表裏一体…それが恋なのかもしれません。
作者からの返信
恋を得る喜び。それはきっと、人生において最高とも言えるほど幸せな瞬間ですね。
一方で、その喜びもまた永続的なものではなく…どうしてもその形は変わっていく。
でも、それが「愛」だったり、「絆」だったり…別の物に変わっていくならば、そこにまた別の、より長く続く喜びがあるかもしれません。
その形だって、きっと完璧な幸せをもたらしてはくれないのでしょうけれど…ほどほどに暖かいなら…まあいいか。なんて(*^^*)
優しい仕組みへの応援コメント
うーん。わけもなく泣いてしまうっていうのは情緒不安定なのかな? わたくしは愛猫を亡くしたとき、夜中に突然びりびりっとした感覚に襲われて、怒涛の波にさらわれるような痛みをおぼえました。いろいろ考えたけれど、ペットロスだとしか心当たりがありませんでした。
aoiaoiさんは、心当たりはなかったんですか?
作者からの返信
きっとそれは、感受性の強さの違いかもしれませんね。
あずささんは、私より鋭い感受性をお持ちなのでしょう。
私も、昨年の辛い時期には、心の大きな穴に風がすうすうと通り抜けるように虚しく、朝起きるのが嫌で仕方ありませんでした。生きているって何だろう…そんなことばかり考えていました。
けれど…心が潰れるほどに嘆き悲しむことは、周囲の人をも悲しませるかもしれない…そんなことを思いながら、何とか自分を立て直しつつ日々を過ごしています。
容姿への応援コメント
美しさに対する感覚は人それぞれで、変な話ですが、小学生低学年までは、自分の母親はなんてきれいなんだろうと思っていました(ははは)。やがて、参観日などでよその家の親を見る機会が増えてくると、友だちのお母さんできれいな人もいたりして、だんだん「お!」っと思うわけです^^
美しいというだけでは心が魅かれない、僕の場合は、声と喋り方、つまり聴覚で感じる何かに敏感に反応します。
すみません、他愛もないコメントでした~^^
作者からの返信
そうですね、人間の印象って、いろいろなものを組み合わせてできあがりますね。
素敵なものを自然に外部に発している人。そして、自分の良さを外部に出せていない人、そういうことが苦手な人。
いろいろな人がいると思います。
表面的で気づきやすい要素ばかりを眺めてしまうと、見落としてしまうもの。その人のもっと奥にある味わいみたいなもの。
そういう部分を感じ取れるといいな…なんて思ったのが、今回の話のきっかけでした(*^^*)
優しい仕組みへの応援コメント
涙は感情を外に押し出すような気がします。
抑えようと思っても、なかなか込み上げる感情は抑えられません。
抑える必要すら、本当はないのかもしれないんですけど…。
それでも、抑えようとするのは、なぜなんでしょうか。
素直に泣くことすらできないなんて悲しいことなのかも知れませんね。
作者からの返信
その辺に、男女の差はあるのかな…と、ちょっと考えました。
「男は泣くな」みたいなことを、子供の頃からずっと言われますよね、男性って。
それは、もしかしたら結構強力なストッパーになってしまうのかもしれない…そんなことを思いました。
悲しむことに、性別なんて全く関係ないのに…なぜ、「男は泣くな」なんでしょうね。
よく考えると、とても不思議です。しかも完全に差別用語ですし…(笑)
夜風の匂いへの応援コメント
心と体に休息を。それは旅行しなくても出来ることですよね。
何気ない風景、何気ない光景、これからだった桜の花を愛でる一瞬とか、そのときにその美しさだけに心を澄ませる。それだけでも効果的ですよね。
私もいつもいろんなものを見て通勤してます。
燕の巣をみつけて、毎日歩きながらそれを観察したり。
作者からの返信
歩きながら、いろいろなものを見る。とても楽しいですね。特にどこかへ出かけなくても、そういうことで心を満たすって充分できると思います。いいですね、ツバメの巣の観察。すごく楽しそう!(笑)
そういう身の回りのことを楽しめる感覚をお持ちでしたら、俳句を作ることも楽しくなるかもしれません…17音にまとめる面白さにはまったら、抜け出せませんよ!(*^o^*)(笑)
容姿への応援コメント
もちろん見た目が全てではないし
第一印象は往々にして裏切られる
好感度という言葉に置換してみる
最低限の清潔さとマナーを伴えば
その先は好みとか個性とか趣味で
誰にでもモテるとか人気は嘘です。
ある程度の大人なら身綺麗にして
一般的な礼儀と言葉遣いと教養で
態度とか雰囲気とか小物とか表情
完全な悪意で詐欺師を別にすれば
髪型とか服装とか印象づけの問題
容姿とは全体のバランスかなあと
センスの良さとか良い人そうとか
醸し出す雰囲気は変えられますね。
※それでも内面が滲みだすもので
作者からの返信
そうそう、その人の醸し出す全体的な雰囲気。それ全体がその人を作りますよね。顔立ちやスタイル云々だけではなく。
でも、その辺にすごく無頓着でボサボサ髪のセンスない服を着た、味わい深い人…というのも、中にはいるかも?(笑)
身だしなみや礼儀、言葉遣い、小物などをきちんと自分のためにコーディネートできる人は、その段階でモテる人に入ってくるかと思うのです。そんなセンスの持ち合わせがない場合も結構たくさんあるような気がして…そんな感じの人をよく知ろうともしないのはどうなの?なんていう(笑)
愛するへの応援コメント
『恋』には下心があり、『愛』には真心(真ん中に心)がある。
そんな言葉を聞いたことがあります。
愛されたい…愛したい…とても難しい。
だから…僕は全てを手放したくなる…幾度も繰り返す…。
恋して、愛して、絶望する…壊れたワルツのような人生。
もういいや…そう思っても…また人の温もりを求めてしまう。
相手も傷つけることになるのに…。
作者からの返信
変なことを書いているようだったら、ごめんなさい。
でも…もしかしたら、特に「男と女の愛」は、もうどこかが壊れてるようなものなのかな…なんて思うこともあるのです。
なんだか、少しも完璧じゃなくて。あちこちボロボロ崩れそうになってて。お互いの不満やら文句やらがたくさん詰まってて。よく見たら嫌になってしまうような部分が、たくさんあって。お互いにあちこち傷つけあって。
それでも、まあいいや、なんて思う。
そう思うから、保てる。
——見つめすぎて、考えすぎたら、壊れちゃうのかもしれない。
そんなおかしな気持ちになることがあります。
容姿への応援コメント
この句が生み出された背景が、とてもよく伝わります
外見、見てくれにお金を投資するように、関連産業もしくは美容業界が暗躍する時代
内側を、真の姿を見抜ける力が必要ですね
心を養うこと
すなわち良い書物を読んで、心を磨くことが最低条件ですね♬
作者からの返信
つばきちゃん、コメント嬉しいです(*^^*)♡
この句は、いろんな意味に取れる句かもしれませんね。
エッセイとワンセットで読むと、外見を作って内側を隠そうとする人物の、割とダークな姿が見えそうな。
この句だけで独立させて読むと、春の物思いを装いで包み隠そうとする女性…みたいな様子にもなるかもですね(o^^o)
本当にそうですね。真の姿を見抜ける力。…自分自身の心の目のようなものがしっかりしていなければ、相手の内面を見抜くこともきっとできない。
内面同士で感じ合うというのは、とてもハイレベルな関わり合いなのかもしれません。
良い書物、音楽、絵画…心を動かされる何かに、たくさん触れる。そんな風に、自分の心に磨きをかけていきたいですね。
かたちのないものへの応援コメント
本当に心を満たしてくれるものには、形がない
の一文が残りますね、心に。
これはまた心そのものにも形というものはない、とも読めますね。
腹を満たすのはご飯だけ。
ということでもありますね、なんて考えました。
作者からの返信
不思議ですよね。本当に大切なものは、目に見えない。そばにあるのかどうか、目では確認できない。
だからこそ、そこにあると信じて…手からすり抜けていかないように、大切にしなければいけないんですよね。
物質的ないろいろを満たすより、心が満ち足りていることの方が、人間が幸せを感じるためには重要かもしれません。ご飯とお金は、ちゃんと生活できる分くらいあればいい、みたいな(笑)
絶対と相対への応援コメント
アインシュタインの登場で科学の絶対はことごとく崩壊しました。
そこで大事になったのは相対の考え方、つかみ取り方。そこで東洋の禅思想なんかが流行ったようですね。
まぁ偏ったとらえ方かもしれませんが、これもまた相対的という……
作者からの返信
なるほど!アインシュタインの理論で禅が注目される…すごく面白いですね。
自分を絶対と思い込まない。さまざまな捉え方、考え方を受け入れる…禅の教えって、そういう柔らかさがありますね。人間が生きている世界は、そう考えた方がうまくいくことも多いのかもしれません。
だからといってそちら一辺倒になることなく…なんていうバランスなのかな?結局大切なのは(笑)
心を新たにへの応援コメント
リセット。
いい意味でも…悪い意味でも…『0』から始められる。
実際は、そんなことはないのだが、気持ちを引き締める、あるいは、悪しきを引きずらない、そんな仕切り直しなのだろう。
たぶん、人間にはそういう区切りが必要なのだと思う。生きていくために。
作者からの返信
そうですね。そんな節目をきっかけに、自分自身の中の何かを切り替える。切り替えようと努める。大切なことだと思います。
自分ひとりで区切りを決めたり、その境目から変わろうとしたりすることは、なかなか難しいかもしれませんが…季節の変化などに合わせて、皆が一斉に新たな思いで仕切り直せるというのは、とても優れた知恵である気がしますね。
雲を見る時間への応援コメント
雲を眺める時間……いいですよね、この雰囲気。
私もよく眺めてます。通勤電車の待ち時間、トタン屋根の隙間からわずかにのぞく青空に雲を捜したりします。
ちなみに雲が空に浮いている理由、いまだによく分からないそうです。水滴のようなものだから、本来は落ちるはず、だけど宙に浮いているその理由。
作者からの返信
空を仰ぐって、いいですよね。ビルに切り取られた小さな空などでも、上を向いて深呼吸するだけで気分が切り替わります。
え、そうなんですか!毎日なんということもなく眺めているあの雲に、まだ解明されてないことが隠されてるなんて…不思議すぎる!今までより更にじっと見つめたくなります(笑)
言葉のないものへの応援コメント
例えば恋人と二人で、お互いに本を読んだり勉強したり、自分の好きなことをやりながら何時間も過ごす時、僕はとても安定した気持ちになります。
言葉など要らない、だけどすぐそばにお互いがいる安心感。
知識やデータではなく、五感で感じると言うのは、生きていることを感じ取るそのもののような大切なことかもしれないですね。
作者からの返信
Keiさん、コメント嬉しいです♪♪
恋人のそばで、言葉のいらない時間を過ごす。むっつりと押し黙っているのではなくて、お互いが同じ安らかさや心地よさを感じながらいる時間。これはもう、何といっても最高に幸せな時間ではないでしょうか♡(笑)
脳を使うことと、五感を使うこと。現代の私たちは、脳を使う時間が生活のほとんどを占めているような気がします。もっと、感覚を遊ばせたり、気持ちよくしてあげたり…そんなことって、大事なんじゃないかなと思うのです。
意識してやってあげないと、なかなか気持ちがそっちに向いていかないから…時にはその辺をほぐさないと、心身のバランスが崩れていってしまいそうな気がします。
言葉のないものへの応援コメント
なんて素晴らしいエッセイなのでしょう!
極限まで削った言葉の俳句とは対照的に、想いの丈を丁寧に綴られたエッセイ
この言葉によって、どれだけ活力をいただけるのでしょう!
書籍化にして、未来ある子どもたちに読ませてあげたい♡
作者からの返信
つばきちゃん、コメントありがとう♡♡
楽しんでいただけて、嬉しいです!
句はとても単純なものだけど、その分のびのび生き生きした感じが出ればいいな、と思いました(*^^*)
結構スマホばっかり見て、空を見上げたりしないものだなあ。こんなに気持ちいいのにな…なんて改めて感じて。そんな思いを書いてみました。
書籍…キラキラ感満点な言葉を…最高に嬉しいです!ありがとう!(*≧∀≦*)♡♡
言葉のないものへの応援コメント
吸うものでまず思ったのがタバコと花粉(笑)
7年前に禁煙以来一度も吸いたくならないし
逆に隣で座れると咳き込むので良いですが
いつからか酷くなった花粉症のせいでキツイ。
春は嫌いではありませんがマスクができずに
実務でクシャミが止まらないのが困りますね。
動物嫌いでもないけどアレルギーで天敵やし
世の中はままならないと思わないでもないw
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます!
禁煙、成功したのですね。それ以来癖が戻らないのは素晴らしい!
それにしても、アレルギーっていうのは本当に厄介で鬱陶しいものですよね。マスクも肌に合わないって仰ってましたね?…桜はあんなにさっさと散ってしまうのに。迷惑なものに限ってしつこいのは世の習いですかね?(笑)
言葉のないものへの応援コメント
お家の中でずっと籠って何か書いているのも至福なのだけど
一歩外に出て、ほんの少し陽の光を浴びて歩くだけで、
なんだかきらきらしたものを受け取れる気がします。
あれは、何にも敵わない、言葉も立ち向かえない、自然からの贈り物ですね。
作者からの返信
六月さん、コメント嬉しいです♡
そうですね。私もお家の中でもわもわ妄想&ごそごそ書いてるのが大好きで♡実は出不精なのです(笑)
でも、外に出かけると、自分の中になかったものが得られますね。今まで気づかなかったちょっとした感動って、外で見つかるなあ……なんて思います。
そして、空気の心地よさや季節ごとの美しさなどは、やっぱり肌とかで感じないといけないなあ…そんな気がするのです(*^^*)
どの道もへの応援コメント
これから始まるエッセイの決意表明にも聞こえますね。
つばきさんの一押しなのが分かりました。
作者からの返信
関川様、作品をお読みいただき、とても嬉しいです。ありがとうございます!
心に浮かんだことをぽつぽつとマイペースに綴っております。よろしければ、どうぞのんびりお付き合いください。
私も、久しぶりに第一話を読み返しました。
それほど意気込んで書いたわけでもなかったのですが…今読んでみると、決意のようなものがあって、不思議です。無意識に、そんな思いが働いたのかもしれません。
つばきちゃんには、いつも作品をお読みいただき、応援していただいて、心から嬉しく思っています(*^^*)
拭えぬかなしみへの応援コメント
泣くと楽になる…そうだ。
僕は子供の頃から、それを我慢してしまう。
泣くことすらできない…。
悲しみが川ならば…この悲しみを向こうへ流してくれるのかもしれない。
でも川ならば、とめどなく悲しみを運んでくるのだろう。
素直に泣く、それもまた勇気のいることなのだろうか。
作者からの返信
人間は、分泌物を体外に放出するとき、快感を得られる脳をしているのだそうです。汗などもそうですし、涙もそうなんですね。
悲しい時に涙が出る理由は、自分が悲しんでいることを周囲に知らせるため、という説をどこかで読んだ気がしますが…私は、脳が安らぎを求めて涙を流すのではないかと思うのです。
脳が悲しみに潰され、負けてしまわないように…少しでもその負担を軽減するために、涙を分泌するのではないかと。
涙も、きっと脳がそうしたいと感じて、求めているもの。
そうだとしたら…泣くのを我慢することは、一層自分に負担を強いることになるのかな…そんなことを感じます。
性別や年齢や、そんなこと関係なく。
泣きたい、と思ったら、涙を流してあげる。自分自身のために。
悲しみという川が、心に流れているのだから。
常にそばから離れない悲しみを、どこかでやり過ごす方法がなければ…きっと人間は、苦しすぎます。
泣くことを責める人間は、きっと誰もいないと思うのです。
だから、自分自身にも、許してしまっていいのではないかな…自分にこそ、許してあげたいもの…思い切り泣くって、いいことなんじゃないかと思います。
愛を生かし続ける方法への応援コメント
生まれたばかりの赤ちゃんが、言葉を少しずつ覚えて行くみたいに、愛情の形やスタイルも時間をかけてゆっくりとお互いに浸透して行くものなのかもしれませんね。
お互いがお互いの色に少しずつ染まり、言葉や仕草に共鳴し、振動し、絆が生まれる。
そんなことをふと思いました^^
Kei
作者からの返信
とても素敵ですね。お互いの愛情の色に染まり合う…それがお互いにとって心地よい色になっていけば、こんなに幸せなことはないですね。
そんなふうに、自然に馴染み合って、何気なく優しい毎日が積み重なる…最高に素敵な愛情の姿だと思います(*^^*)
光を味方にへの応援コメント
陽が遠い…言葉にすると変なんだけど、僕は今、そんな気がしている。
そしてソレが続いている。
数値にすれば先端も末端も点に過ぎない。
でも…その点が頂点は儚く、末端は永遠に…。
前を向く…上を向くことは難しく、下を見ることは簡単だ。
僕の顔はイツ前を…上を視るのだろうか。
作者からの返信
なんとかして上を向かなければ……きっと、無理にそんな風には思わなくても、いいのかもしれません。
上を向いてみたくなったら…その時でいいのかもしれません。
力ずくで捻じ曲げようと思わなくても…今、そのままの自分に、自分が優しく接することができれば…そのままの自分でいいのだと、認めてあげることができたら。
自分自身を愛し、いたわる時間が、自分に前向きな力をくれるのかもしれません。
そんな時間を増やすことができたら…上を見たくなる時が、きっとくる。……そんな気がします。
自分の力でへの応援コメント
地面を這いまわることしかできない…。
僕は、自分をミミズに例える。
僕が最も嫌悪感を抱く生き物。
土の下で生きて…気まぐれに陽の下に出れば、その身を焼かれる。
雨の日は溺れる…。
何も望まなければ…救われる必要もない。
どちらが幸せか…救われたいともがくこと…何も願わず望まぬこと。
今は解らなくなってしまった。
作者からの返信
私も、そんなふうに思ったことがあります。
深い森の奥で、横たわったままではいけないのか?
クラシック音楽はお聴きになりますか?
もしよろしければ、ベートーヴェンの『悲愴』第2楽章を是非お聴きになってみてください。(Sound Musicというアプリでたくさんの曲が無料で聴けます(*^^*))私、この曲すごく好きなんです。
この旋律には、「そのままでいい」という穏やかさが満ちています。——むしろ「諦め」にも近い、悲しみと安らぎ。
深い森の底で、沈んだままでいても構わない…そう言ってくれているような気がするのです。
この曲は、ベートーヴェンが自分の難聴を自覚し始めた頃に作曲されたものだそうです。
深い絶望の底にいた彼の思いが、そのまま形を得たものなのでしょう。
作曲家が、聴力を奪われる…それは、神をも呪いたいほど苦しい地獄だったに違いありません。
彼は、いつでも自殺できるように、机の引き出しに常にピストルを潜ませていたそうです。
それでも彼は、苦しみを越えて人生の喜びを歌う傑作「交響曲第9番」を作り上げるのですが——
深い悲しみを湛えた旋律が、心を癒してくれる……とても不思議です。
恋する感触への応援コメント
うんうん(*´艸`*)
こんな経験ありました!
地元のお祭りもかなりの人出なんだけれど、友達と歩いているときも視線をあちこちに泳がせながら、人混みの向こうに彼の笑顔を見つけた途端にものすごく緊張したりして…
学校では普通に話せるくせに、すれ違うときはお互い照れくさくて「よう」としか言葉を交わせなかったり。
裸電球のオレンジのぼやけた光は甘酸っぱいノスタルジーを感じさせますね。
作者からの返信
どうして、お祭りですれ違う瞬間の好きな人っていうのは、あんなに特別なんでしょうね…苦しいくらい、切なくなります。
お祭りの空気が醸し出す高揚感、なのでしょうか…きちんと調べて論文でも書いてみたくなります(*^^*)(笑)
編集済
雲を見る時間への応援コメント
すごく心に沁みました。
確かに自分が満足する形をずっと留めていることなんてできない(そもそも完璧に満足する形になることもないのだけれど)
刻刻と形を変えていくものならば、その流れに身を任せながらも好きな形になれればいい
そう思えたら気持ちが楽になれる気がします
( *´꒳`* )
作者からの返信
本当に、その通りですね。
こうでなければならない、と自分自身を縛り付けるのは、自分のためになるような錯覚をしてしまいがちなのですが…結局、自分を苦しめているだけなのかもしれません。
自分の「好きだ」と思えること、「心地いい」と思えることに、もっと近寄っていってもいいのかもしれない、と思います。その気持ちは、間違いなく自分を幸せにしてくれますもんね( ^ω^ )
愛を生かし続ける方法への応援コメント
あえてお歳を召された男女を主役にされた、この句
年輪を重ねた夫婦の、何気ない会話
この感性はもはや天性の才
だから触れたいのです
「掬い上げるもの」を通じて
凡人には感ずることのできない、アオイちゃんの才に
作者からの返信
つばきちゃん、いつもありがとう!!♡
そういう風に深く味わってもらえるたびに、書いてよかったな…って、心から嬉しくなります。
やはり、こうして読んで、応援してくださる方がいるおかげで、私は書き続けられるんだなあ…つくづく、そう思います。
愛を生かし続ける方法への応援コメント
えらく私的な詩的な指摘になりますが ←ネタ
小さき雛ではダメなのかと考える理系脳な文章書き。
形のないモノは壊れませんが崩れやすいのかなんて
閃きのままに綴っています。壊れないモノはない?
逆にいえば愛は積み上げて築くものかもしれません。
※建築物ではありません(笑)
作者からの返信
そうなんです。小さき雛(ちいさきひな)で普通に中七はできちゃうんですけどね…背も少し丸くなったような老夫婦と合わせようと思った時に、ひらがなと古風な読み方を使うことで、年月を経た優しさみたいなものを出したいと思いました。
愛は積み重ねる。うん、それも考えていました。…でも、積み重ねるには、土台がいりますよね。しっかりした台ができれば、積み重なる。でも、脆い台には、重ねたくても重ならない。——その土台の部分で、結構みんな悩む気もします。
積み重なり始めたら、その愛はとてもしっかりしたものになりそうですね。
バイバイへの応援コメント
あおいちゃんとノートでお話したこともあり、間をすっ飛ばしてこの時期ならではの句を先に覗いてしまいました(*´艸`*)
私は「またね」と言ってお別れすることにしています。
たとえ物理的にすごく離れてしまうとしても、交わることのない人生を歩もうとしている相手でも、いつか会いたいと思う人には「またね」と言ってお別れします。
「さよなら」
悲しい言葉だけれど、中原中也の詩は切なく美しくて大好きです。
*****
さよなら、さよなら!
いろいろお世話になりました
いろいろお世話になりましたねえ
いろいろお世話になりました
さよなら、さよなら!
こんなに良いお天気の日に
お別れしてゆくのかと思うとほんとに辛い
こんなに良いお天気の日に
さよなら、さよなら!
僕、午睡(ひるね)から覚(さ)めてみると
みなさん家を空けておいでだった
あの時を妙に思い出します
さよなら、さよなら!
そして明日の今頃は
長の年月見馴れてる
故郷の土をば見ているのです
さよなら、さよなら!
あなたはそんなにパラソルを振る
僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
あなたはそんなにパラソルを振る
さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!
作者からの返信
ひまわりちゃん、コメントありがとう!♡♡
そうですね。「またね」は最強の別れの挨拶だと、私も気づきました!(笑)
中原中也の詩…泣きました。
子供の言葉のように、優しく素直で、余分な言葉が一つもなくて…だからなおさらに、さよならの悲しさがまっすぐ心に響いてきます。胸が痛いほど。
涙が出る…。
素敵な詩を、ありがとう(o^^o)繰り返し読みたいと思います。
魔法の呪文への応援コメント
「ありがとう」…改めて問われると言えてるのかな?と思いました。
言ってるつもりで…言ってないような気もする。
言われて嫌な人はいない言葉って数少ないのかもしれない。
関係が薄くても、2度と会わないであろう人でも、何かしてもらえば「ありがとう」って言えるのだから…考えてみれば凄い言葉なんだろうと思う。
こういうことに気付ける人になりたい。
気付く人って、優しい人なんだろうと思う。
作者からの返信
桜雪さん、コメント嬉しいです!
心が苦しい時に、「ありがとう」って呟くと、すーっと心が安らぎますね。羨みや妬み、自分だけ何も持っていない…そんな卑屈な思いが頭をもたげた時に、この言葉を浮かべると、「それは違うんだな」というのがよくわかる。不思議で、素敵な感覚です。
誰かのために頑張っても、何も帰ってこない…というのは、頑張った側にとっては虚しさがずしっと感じられたりすることがありますね。たったひとことでも、言ってもらった時の幸福感がとても大きい言葉だと思います。
言えば言うほど幸せが生まれる言葉ですよね、間違いなく(*^^*)
人との関わりへの応援コメント
人との関わり、難しいテーマだと思う。
すべての人とは…自分の人生で何人の人と繋がれるのだろう。
友人・家族・恋人…その関係は様々だろう、悲しい別れも、ツライ繋がりもあるかもしれない。
全てを受け入れることができないように、全てを無視することもできない。
選べたらいいのに…でも…繋がった人達は幸せでいてもらいたい。
それができないから、僕は人との繋がりを拒むのかもしれない。
作者からの返信
桜雪さん、コメントありがとうございます!
人間関係、器用にやるのが苦手みたいです、私。昔はもっと一つ一つのことに細かく気を遣ったり、くよくよ気を揉んだりしていたんです。そしたら、逆にそれを鬱陶しがられたりして…なんだこれは?って、わからなくなりました。
そんな経験などから、こんなふうに自分を守る方法を身につけた…そんな感じです。
桜雪さんは、きっと誰よりも優しく、細やかな心を持っているのでしょうね。私は、桜雪さんのように相手を想うことより、自分を守ることを先にした、ということなのかもしれません…。
バイバイへの応援コメント
さようなら、さよなら、言えません。言いたくなくて。
バイバイも音声に出せずに、黙って手を振るかもしれない。
作品の中に、さよなら。を出してしまうと、さみしくて仕方なくなる。
お話の中ですら、使いたくないなぁって思います。なんでだろうね?
作者からの返信
六月さん、コメントありがとうございます!♡♡
私も、六月さんの気持ちと本当に一緒です。
さよなら。さようなら。
どうしてこんなに、寂しい響きなんでしょうね…。
別れの言葉に、寂しい響きを持って欲しくない。だって、もうその出来事そのものが、耐え難く辛いのだから。…そう思うます。
突然思い出しましたが、アフリカ(だった気がする)のどこかの地域では、人々が集まってお祭りのように賑やかに葬儀を行うところがあるそうです。そうやって、亡き人を明るい思いで天国へ送る。それは、とても素敵な別れの方法なのかもしれませんね。
バイバイへの応援コメント
さよならは別れの言葉じゃなく再び会うための約束
これ以上詳細に記すとハイエナが現れるので以下略
映画の主題歌で原作は言わずと知れた大作家の先生。
奇しくも今日KADOKAWAメディアミックス発展の
きっかけになる昭和の名作だったのかもしれません。
話は変わりますが大阪は広いようで狭い街なのです。
人口が日本で二番目の巨大な街なんですが現在まで
何度となく市内を動いていると古い知人に出会った。
いきなり声をかけられたり挨拶したりスルーしたり
数十年ぶりの再会もあれば数日の場合もありました。
なんでしょう? 出会うべき人間同士は例え別れても
道を違えてもいつかどこか別タイミングで邂逅する。
それは夢でも妄想でも願望でもなく真実なんですよ。
※魂が呼び合い共鳴する人間同士知らずに求め合う
さて(笑)
こんな戯言を深夜に目覚めて記したロマンチストは
大阪のど真ん中で半分以上引きこもりのオジサンw
はっはっはっはっはー(溜息を吐く)
作者からの返信
うっちーさん、コメントありがとうございます!♪
薬師丸ひろ子ですよね…うん、そう思いたい。さよならは、また会う日までの遠い約束。でも、「さよなら」って、寂しい響きですよね?また会える、とは思えなくて。
素敵ですね。また出会うべきひと同士は、たとえ別れてもまたどこかで出会う。…そんな可能性を考えると、どこかが明るくなりますね。
うっちーさん、ロマンチストなのですね!今まで気付かず…いや、これまでも作品のあちこちで、感じていた気もします。
野良猫と幸せへの応援コメント
その猫の姿、想像してほっこりしました(❁´ω`❁)
満ち足りているかどうかは、結局自分自身の基準しかありませんよね。
飽くなき向上心が必要なこともありますが、ハードルを下げてまっったりと幸せに浸ることも人生には必要な気がします。
作者からの返信
向上心と、こだわらない心。
正反対のような心かもしれませんが、人間にとって、どちらもとても大切ですね。
一番大事なのは、どちらかに偏り過ぎず、必要に応じてそのどちらの心も使える、「柔軟性」なのかもしれません(o^^o)