第4話 際限のない換言

ヤブカ社長の諫言に、大統領はすぐには肯(がえ)んじられず、政策実行が後日の桎梏となることの、更なる説明を求められました。やれやれ、カブデトカシタン国の最大の禁忌(taboo)、「二つのドグマ(dogma)」を、投資会社の社長さんが説明するはめに。


アメリカの哲学者、クワイン(W. V. O. Quine)は、かつて、「いかなる言明についても、もしわれわれが、体系の他の部分に抜本的な変更を加えるならば、何が起ころうとも、当の言明を真と見なし続けることができる」と述べました。


良いではないか、これが正しいと言挙げした事を、ずっと守り通せるのだ。


それでは、話があべこべです、それこそが、地獄への入口なのです。ある国のことでした、過去の統治で採られることのなかった、破調の経済政策を採用されました。必ず、うまく行くと主宰者は言明し、それを実行に移した。


しかしながら、思惑に反して、経世済民は相変わらずぱっとせず、そればかりか、投資家は政策不発と見てとり、マーケットが弱含んできた。その時点で、主宰者は、二つの選択が可能です。一つは、過去の統治が踏みとどまったことに学び、破調の政策を取り下げる。


いま一つは、現行の経済政策は正しいのだと断じ、指標が現実を反映していないと釈明し、資金を大量に投じて、株高を演出する。まあ、言って見れば、成績の良くない生徒さんが、親御さんに成績表を渡す前に、書き換えるようなものでしょうか。


後者の手法の最大の問題は、過去に行った言明と、それを取り巻く経験との間で、関係性が失われてしまう点にあります。ひとたび、その道に足を踏み入れれば、そこから先は、白を黒と言い包める様な換言を、際限なく続けてゆかねばなりません。いずれは、言っている本人ですら、リアリティーを感じられなくなる時が来る、それでは、統治の主宰者か、はたまた、道化(fool)か、区別がつかない。


念のため申し添えますが、経済ブレーンのラダンホア先生には、何の落ち度もありません。専門家には、職業能力と、それが前提とする結構を守ろうと、心理機制が常に働きます。総ての責任は、献策を採用した側に存する、そう考えねばなりません。


【謹告】カブデトカシタン共和国は架空の国であり、ヤブカ社長、ラダンホア先生はどちらも虚構です。

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カブデトカシタン共和国調査報告  @uri_toge_ishi

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