第3話 リスクを冒す度胸

投資銀行のヤブカ社長は、大統領への念押しが済んだあとで、綱渡りに近い政策運営について、執政者御本人に、その認識がおありですかと、尋ねられました。


大統領は、来年、所得税引き上げ予定であったのを、国際経済の悪化を理由に、2020年からに延期しました。先月、大統領府で記者会見をおこない、金融ショックが世界的に波及して、景況感がRiemann面を形成した、2008年頃の経済状況に酷似している事を理由に、所得増税が実施できる状況にないと、共和国民に理解を求めました。


事前に、メディア関係者に因果を含めておいたので、会見内容自体は、共和国内の世論に受け入れられました。政権関係者は、うまくいったと考えているのですが、金融セクターの受け止めは違っていました。あれで、相場に穴が開くかもしれぬ、気が気でなかったと。


一体どういうことですか、大統領は気色ばみました。その顔色をみて、ヤブカ社長は、ああ、やっぱりそうかい、相場にしこたま放りこんでおいて、あんな事を言ってのけた、リスクを冒す度胸でもあるのかと思っていたが、知らなんだかと、呆れるのでした。


株価を下方硬直的にするために、弊社のサービスPolitical Derivativeをご採用いただき、まことにありがたく存じます。政府資金を運用させていただき、期中報告の様に、所期の目標を達成できました。ただ、万事如意と参らぬのが、この世の常。かなりの資金を相場に投じることで、それが成し遂げられているのです。


既に大玉(たいぎょく)を投じている基幹投資家が、景気は相当悪いのだと言えば、投資判断の矛盾は顕わではありませんか。おまけに、政策遂行者自身が、そう言明するのですから、バックアップは、全くない。不意を突かれたら、いったいどうするおつもりですか。


いや、経済ブレーンのラダンホア先生は、そうは言ってなかった、折角の景気浮揚の機会を、増税で腰折れさせては、元も子もありません、所得増税の延期はやむを得ないのだと。


いやあ、それは正しいのです、ただ、語られざる条件文が前置されていて、目下、執行中の経済政策が無謬であればという前提のことですよ。これは、権力の宿命でしょうねえ、政策実行するたびに、後日、それらすべてが桎梏となって、権力を縛りつけてゆくのです、想起してください、歴代の大統領の政権運営が、みな、用心深いものであったことを。


【謹告】カブデトカシタン国は架空で、ヤブカ社長、ラダンホア先生どちらも虚構です。

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