第12話 眠れない夜はミステリーを語ろう
今夜は眠れない。おいらは極度の不眠症だ。いつもは薬で眠れるけれど、脳が興奮した時には薬も効かない。こんな時は大好きなミステリーを問わず語りで述べていこう。
おいらは四年前まで書店で働いていた。病気で解雇されるまで(詳しくは『狂気の夏〜僕の躁鬱病体験記・苦しさが伝わらない〜』をぜひ読んでほしいの)雑誌、文庫、文芸書、学習参考書と様々なジャンルを担当していた。今だって、半端な書店アルバイトには知識で負けない自信がある。でも、もう書店で働くことはできないんだ。自分の力を社会で活かせない。おいらはそのことを考えると泣きたくなる。いけねえ、今回のお題はそんな話じゃなかった。
書店員十年目で、おいらは文芸書の担当になった。前任者が他の店に異動したからだ。文芸書の担当になるのは正直嫌だった。おいらの本の読み方は偏っていて好きな作家の本しか読まなかった。筆頭は小林信彦。今の人は、小林氏を週刊文春でコラムというかエッセイを書いている偏屈な老人としか思わないだろうが、おいらの中学、高校時代はすげー面白い小説を書く人気作家だった。その代表作は『オヨヨ大統領シリーズ』だ。最初の三冊はジュブナイルとして書かれたんだが、四作目以降は大人向けのギャグミステリーとして出された。出版元は当時の角川書店。角川文庫から出されていたんだ。おいらのオススメは最終巻の『オヨヨ大統領の悪夢』本作の不条理感がたまらない。でも、今は絶版。古本屋を探すしかない。今の時代に読んでも絶対面白いと思う。まあ、見つからないと思うが、諦めずに古本屋を探してみてほしい。
次は中島らも。この人のエッセイ集は抜群に面白い。まだアル中やヤク中になる前の本は爆笑必至。でもだんだん、アル中がひどくなって、同じ話の繰り返しになってつまらなくなっていったのが寂しい。そして大麻で逮捕。酒に酔って階段からコケてなくなるという最期はおいらに衝撃を与えた。そんな彼が残した『ガダラの豚』は傑作だ。上中下と三巻もので読みでがあるが、そんなこと感じさせずに一気読みできるだろう。
そんな風に好きな作家だけを読んでいたので、おいらは文芸書の知識、作家の知識がなかった。だから相当苦労したぜ。作家の名前とジャンルを覚えるのに必死だった。何せ、加納朋子をミステリーじゃなくて女性作家に置いちゃったり、大倉崇裕の『七度狐』を表紙だけ見て、時代小説の棚に差しちゃったりして、怒られたなあ。ああちょっとマニアックすぎる話だったね。
そんなおいらを根本的に変える事件が起こる。十二月のことだった。毎年恒例の『このミステリーがすごい』が発売になったのだ。前年まではそんなもの気にも留めていなかったけれど、文芸書担当者だ。一位くらいは読んでおこうと買ったのが『葉桜の季節に君を想うということ』だった。まだ読んでいない人のために内容は伏せるが、おいらがこの本から受けた衝撃はビッグバンに相当する。「ミステリーってこんなにすごいものだったのか」おいらは思った。それからおいらはミステリーばかり読んだ。セカンドインパクトは伊坂幸太郎の『オーデュボンの祈り』だ。新潮文庫で新刊で出た時に飛びつくように買った。新潮社は初めて新潮文庫から本を出す作家の背表紙を基本的に白と決めているんだ。だから白い背表紙の『オーデュボンの祈り』を持っている人は目利きかもしれない。今はライトブルーっていうのかな? 青い背表紙である。もっと目利きの人は単行本の『オーデュボンの祈り』を持っている人だ。これはかなり自慢していい。それはともかく、おいらは伊坂幸太郎のトリコになった。その時、単行本やノベルスになっていた本をまとめて全部買った。中でも一番面白かったのは『重力ピエロ』だ。これを読み終わって「ああ、この驚きをもう体験できないのか」とロス状態になった。
次にはまったのは恩田陸だ。彼女の本も文庫で出たものをまとめて買った。あの頃は羽振りが良かったなあ。恩田作品で一番素敵だったのは『光の帝国』だ。決してスペースオペラじゃないよ。でも特殊能力を持った人々が主人公だからミステリーじゃなくてSFに分類されるのかもしれない。でも『横浜駅SF』みたいに難解じゃないから安心して。これの最終話はね、めったに泣かないおいらの涙腺が開いたよ。好みがあるからなんとも言えないけれど、絶対読むべし。
あとはねえ、ちょっと時が流れるけど、乾くるみの『イニシエーションラブ』これにも驚かされたねえ。帯の惹句に『必ず二度読みたくなる』とかなんとか書かれていて、どうなんだと思ったけれど、本当に二度読んだ。でもあのトリック、分からない人が多くて、おいら説明してやったことがなんどもあったよ。トリックが分からなきゃこれ、ただの恋愛小説だよ。
興奮して、いっぱい書いちゃった。でもおいらの好きな作家はまだまだたくさんいるから、眠れない夜に書き溜めていこう。そうしよう。
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