真実はシュレディンガーの猫で確定されてもなお定点は定まっていない

 原子電子のレベルの話になると、なんだったかの量子力学での実験で、なんだったかの粒子は霧状にぼやけて存在し、観測者が観測した時に初めて姿を現すそうな。よく解かる話でスミマセン、ほんと。


 量子力学やってる人、ならびにシュレディンガーの猫の話を知ってる人なら、「ああ、あれか。」とすぐに解かる話なのですよ。ミクロの世界で、電子は観測されるまではどこにあるか確定されない、というあの有名な現象です。

 科学の話は文系のオハナシのように、「かもしれない」というような曖昧な可能性の話などしないのですね。実際に定まっていない現象であるから、確定されないと断言しているので、文系の曖昧とはまったく違うわけで。確実な曖昧。


 この話はそもそも量子力学でいう、「現象の重なり合い」という問題で、生きている猫という観測結果も死んでいる猫という観測結果も他の観測結果も蓋を開ける前には重なり合っていて、観測した瞬間に出現するという話だそう。

 けれど、観測する人間もまた多重に重なった状態で存在しているので、その結末はやっぱりどれかが選ばれるというんじゃないかも知れないし、観測不能だから推論しか組めないという。

 いやぁ、SFだなぁ。大好き。


 ここにもう一つ、「願えば叶う」という現象を放り込んでみれば面白いよね。


 観測されるまでは無限に可能性が重なり合っていて、それは宇宙の全体像がそうであるとも言えるわけで、この宇宙という存在は「可能性の塊」であるという。

 そうして、そこに存在するあらゆる物が、人間も含めてただ可能性の存在として確定されずに無限数が重なっている。


 シュレディンガーの猫の箱。猫が死んでいるか、生きているか、観測者がどちらの箱を手にするか、それはかも知れない。


 量子力学は語る。


 可能性は無限大。そして、観測する者が決定付ける。


 生きた猫を得たいのか、死んだ猫を得たいのか。


 それは選択肢だ。


 夢への切符があるのか、ないのか。


 蓋を開ける者の選択に委ねられている。


 

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