05-11 檀道済     

 海塩かいえん城の中庭、特に敷きモンもねェとこで、寄奴きどらァあてがわれた飯と酒をかっこんでく。

 とにもかくにも腹ごしらえだ。いざ五斗米道ごとべいどうどもを前に、腹ペコで動けねェなんざ、笑い話にもなんねェ。

「なぁ、大将」

 えれェ勢いで飯をかっこんでも、孟龍符もうりゅうふァちいとももごもごもしねェでくっちゃべってくる。ったく、もうちょい噛んで食えって思ったね。己がどんだけ先生に叱られたと思ってんだ。

「何だよ」

「いいのかよ、あの坊っちゃんたちほっといて」

 ぎょろりとした目つきだけで、中庭の北に張り出された台の上を指す。

 その台に立ちゃ、中庭を見渡せそうじゃあった。言ってみりゃ、この城でいちばんエバれる奴におあつらえ向きの場所、ってェ感じだったんだろう。

 そんなとこに謝混しゃこんと、弟の謝晦しゃかいが、いた。

 城主らしき野郎が、へこへこしながら二人に酌して回る。まったく、元服してもねェガキどもに、ずいぶんな御大尽だ。

 寄奴ァちらりと奴らを見ると、すぐ目の前の飯と酒に向きなおる。

「やらせとけ。殺し合いにしゃしゃって来やがったら知らねえがよ」

 孟龍符にも負けねェ勢いで、寄奴ァ豚だの鶏だのにかぶりついてく。

「動ける程度にしておけよ」

 虞丘進ぐきゅうしんが、苦笑いしながら呟く。

 戦う前だからこそ、飲み、食い、笑う。次ンときにどいつがいなくなっちまうかも分かったもんじゃねェ。寄奴ァちょくちょく言ってた。ケンカなら、生き延びたあとにやれ。今は、笑え。恨みつらみを忘れろ、たァ言わねェが。

 笑いながら、寄奴ん中にも、ちらりとあいつの沈んだ顔、そいつのふてくされた顔が浮かぶ。どいつも、次の顔ァ、無、だ。アイツらを思い出せる顔が、せめて笑ってたなら。

「ういっと、ちょっとしょんべん行ってくらあ」

 赤ら顔の諸葛長民しょかつちょうみんが立ち上がった。と、檀道済だんどうさいがソイツに従おうとする。

「おいおい、ガキかよ俺りゃ」

 檀道済を手で制すると、いくぶん危うい足取りで、城壁の方に歩いてく。ゲロにしょんべん、うんこの類ァ立派な肥やしだ。城壁の片隅に穴を掘り、そこに集めるようにしてる。

 中腰の檀道済ァ、しばらくすると腰を下ろした。所在なさげに、手もとの酒を飲む。

「おいおい、捨て犬かよ」

 孟龍符がからかうように言う。

 この頃の檀道済ァ、実際ンとこ、諸葛長民が引き連れてるってよりゃ、自分からついて回ってるってェのが近かった。

 孟龍符に対しても、ちら、って目を向けるくれェだ。だから「張り合いねぇな、おい」って孟龍符がぶーたれることになる。

 寄奴ァまっすぐに檀道済を見た。手にした徳利を突き出す。

「道済、そういや気になっちゃいたんだがよ。お前、なんで戦ってんだ?」

 檀道済ァ盃に酒を受けると、ちびりとだけそいつを舐め、すぐさま置いた。

「出来るのは、戦い、だけだ」

 初めてまともに聞く、檀道済の声。孟龍符すらへえ、と感心する。

「諸葛は、戦いを、くれる」

「だから、従うって?」

 檀道済がうなずいた。

 改めて盃を手にする。いちいち危なっかしく、おぼつかねェ。戦いんときとで、こうも違うもんかね。

「逆に、聞きたい。貴様らは、なぜ、戦う?」

 まさかの逆質問。

 寄奴らァ思わず互いを見合った。っが、わるいこっちゃねェ。むしろ大歓迎だ。

「何故って? 龍符はどうよ」

「あ? そりゃ飯がうめえからだ」

 ひでえ理由だ、寄奴ァ笑う。

「丘進は?」

「食い扶持だな。実入りがいい、死にさえしなければ――そう言う、劉裕りゅうゆうよ。貴様はどうなのだ。何が楽しくて、戦いに身を投じる?」

 このあたりゃ丘進のうめェとこだな。はぐらかそうとした寄奴を、決して逃そうたァしねェ。

 いちいちそういうのを語んのが、寄奴ァとにかく苦手だ。なのに、ついつい好奇心に負けて聞いちまった。

 なら、語るっかねェ。

「楽しかねえさ。戦いに出りゃ誰かが死ぬ。お前らだけじゃねえ、敵もだ。そんな見てて、気分がいいわきゃねえ」

 一度、酒をあおる。

「っが、ほっときゃ、もっと死ぬ。なら、少しでも早く、上に行く。少しでも、どいつもが死なねえで済むように。死ぬんでも、少しでもマシな思いでいられるように」

 できるだけ、言葉少なになるようにしたつもりじゃあった。なにせデカデカと掲げられるもんじゃねェ、っつーかそもそも今が守れてねェ。どの口が言ってんだ、って話じゃある。

 案の定、孟龍符ァ少しぽかんとしたあと爆笑。虞丘進だって、苦笑いを隠せちゃいねェ。

 っが、檀道済だきゃ、違った。

「……死なせずに、済むのか?」

「どうだかな。だが、やんなきゃ見えてこねえ。だから、やる。そんだけだ」

 いにしえの王様たちが見てきたモンと、寄奴が目の当たりにしてきてるモンと。右も左もわかんねェ中で、どうすりゃふたつを繋ぎ合わせられんのか。

 そのためにも、やる。

 やって、やり直す。

 そいつを繰り返すっきゃねェ。

 檀道済が、うつむく。

「戦いを、楽しい、などと。思った、事は、ない」

 絞り出すような声。そいつを聞き、孟龍符も、虞丘進も、笑いを引っ込める。

「殺されぬために、殺す。その、才が、あった、らしい。なので、諸葛に、買われた。おれは、殺すために、あるのだ、と」

 特に、何らかの思いがこもってるわけじゃねェ。ただ、平板に。

 なるほど、好きでむっつりしてるわけでもねェらしい。気持ちってやつを、戦場かどっかに落としてきたんだろう。

「劉よ」

「おう」

「おれに、何ができる?」

 見つめ合うこと、しばし。

 言葉が重くなり過ぎねェよう注意しながら、寄奴ァ口にする。

「変わんねえよ。殺せ。飛んでくる恨みつらみゃ、己に引っかぶせりゃいい。綺麗事抜かす積もりゃねえ。その代わり、」

 拳を、檀道済の胸元に押し付ける。

「より、殺せるようになれ。武器で、だけじゃねえ。その頭で、声でだ。より多くを殺せるやつが、より多くを守れるやつだ」

 その眼差しに、初めて力が宿ったように感じた。

 ――が、

「おー、出た出た! 快便、快便!」

 ご満悦の諸葛長民が戻ってくると、檀道済のまなこにあった光が消えた。

 そいつを見届けたあと、寄奴ァ言う。

「おう、長民! いいとこに戻ってきた、お前、なんで戦ってんだ?」

 なんだよいきなり、諸葛長民ァ面食らったみてェだが、すぐにニヤリと笑い、言った。


「決まってんだろ。のし上がってやる、それだけよ」

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