05-12 謝晦      

 謝混しゃこんと、謝晦しゃかい。ふたりのボンボンにへーこらしてやがったんなァ、海塩かいえん城のあるじ、鮑陋ほうろう寄奴きどが近づきゃ、とたんにえらそーな顔つきになりやがる。

「なんだ、山猿! 明日の準備は整ったのか!」

 言いながら、ちらりと目が謝混のほうに向く。おーおー、べったりでいやがる。

「あぁ、寝かすやつは寝かした。あとは、城主どの。こっから先のことを打ち合わせときてえ」

 はん、と鮑陋が鼻で笑う。

「貴様なんぞの手はいらん。わしらは、わしらで十分戦える。大人しく後ろで、わしの息子が賊徒共を攻め滅ぼすさまを見届けるがいい」

 そう言って、隣に控えてた小僧を引き合いに出してくる。母親似なのか、目鼻立ちゃさほど似てるとも言えねェ感じだったが、見下すような笑いを浮かべると、これが不思議なほどに似てやがった。

 おろしたてでピッカピカの甲冑に身を包み、背格好に比べて、やや刀は長く太てェ。おおかた城内じゃ剛力に並ぶものなし、ならば初陣で一騎当千の大活躍を、ってとこか。

 寄奴ァ、ふっと笑う。

「わかった、助かる。なら己らぁ、――ええと、鮑嗣之ほうしし殿、だったか。あんたの後ろにつく」

 あんまりにもあっさり寄奴に引き下がられたせいか、奴らァ思いっきし間抜けなツラを浮かべた。ややあって、取り繕うように、息子のほう、鮑嗣之が言う。

「なっ、き、貴様の助力など……っ!」

 あとの言葉ァ、続かねェ。それでいて、寄奴ァしれーっとしてんだからな。ったく、タチ悪ィこと、この上ねェ。

 と、そのやり取りを見て。

「……り、劉将軍。意地悪も、そのあたりになさっては?」

 傍らで、小刻みに震えるガキが、ひとり。

 謝晦だった。

 思いもかけねェほうからの声に、鮑嗣之ァ目ん玉ひんむいて、謝晦をにらみつける。

「御曹司、聞き捨てなりませんな。この私が、山猿に、何をされておられると?」

 兄貴のほう、謝混を見りゃ、盃を傾けたまま無関心を貫いてやがる。どうやらいつものこと、みてェだ。

「ご存知ですか? 初陣の者は、二回目、三回目に比べ、より死にやすいのだそうですよ。それをまさか、劉将軍がご存知ないとは思われません」

 そう言うと、謝晦ァ寄奴のほうを見る。

「ときに、劉将軍。お伺いしたいのです。実際のところ、五斗米道ごとべいどう軍とは、どのような者たちなのですか?」

 兄貴たァまるで違い、そこに憎しみの色ァまるでねェ。ただただ興味本位、って感じだ。

「軍、だな。衆じゃねえ。どうやりゃ相手をより殺せるか、そいつをきっちり考えてやがる。それでいて、手前らが殺されんのをこれっぽっちも恐れやしねえ。だから、どいつもが槍の穂先にもなるし、こっちを釣る餌にもなる」

 ここでもう寄奴ァ、鮑嗣之なんざどうでも良くなってた。目にすべきは、ちんまりと席についたまんまの、ガキ。

 兄貴に守られてたときの、あの魂抜けてた感じは何だったんだ。

「そうですか。なら、この辺りをたむろする賊徒にも、似た動きが考えられそうですね?」

「ああ」

 堪んねェんなァ、いきなりシカトされまくる鮑嗣之と、そのおやじ殿だ。

「き、貴様ら! 事もあろうに、城主をないがしろとするか!」

 あぁ、謝晦が思い出したみてェに、にこやかに頭を垂れた。

「失礼いたしました、お許しください、将を見抜けぬ小わっぱの不明でございますゆえ」

「……!」

 あとで聞いた話だが、鮑陋と鮑嗣之ァ、謝晦たちに聞こえてねェつもりで陰口叩いてたらしい。あんな小わっぱでも、取り入っときゃ今後の出世がうんぬんかんぬん、ってな。まァ、呆れたね。言うな、たァ思わねェさ。っが、もうちょい注意深くしててもよかろうに。

 鮑陋の顔色が、みるみる間に青くなる。

 謝晦がやったんなァ、早々とした手切りみてェなもんだ。もうちょいバラさず、しばらく抱え込んどきゃ面白かったろうに、たァ思ったが、さしものアイツもまだガキだった、ってこったろうな。

「晦!」

 謝晦の後ろ、謝混が乱暴に盃を床に置く。びくり、謝晦が身をすくめた。

「それが寄宿させていただいている方々への振る舞いか! 報いるまで、恩は恩と知れ!」

 謝混は謝混で、えげつねェ。

 いま謝混に謝晦ァ、たしかに一宿一飯の恩を受けてる。そいつはそいつで、きちんと返せ。返したあとにならどう扱っても構わねェ――名族さまァ、一体どんな教育受けりゃそんな割り切りまくった考え方にたどり着くんかね?

 もっともこいつも、その後の鮑氏の扱いを知ってっから言えることだ。こん時のあの親子ときたら、「言ってくれ、もっと言ってくれ」みてェなツラでいたな。

 おずおずと兄貴の方を見たあと、謝晦ァ「ご無礼を、申し訳ございません」って鮑陋たちに頭を垂れた。

 ふん、と鼻を鳴らすと、謝混が席を立つ。「戻るぞ、晦」って促し、あてがわれた部屋に引っ込もうとする。

 謝晦もそいつに続こうとしたが、その前に、寄奴をみた。

 駆け寄り、耳打ち。

「将軍のお話を、いま少しお伺いしたく思います。後ほど、城の屋上までお越し頂けませんでしょうか?」


 夜も更けりゃ、見張りを除いて、どいつもが寝静まる。

 海塩城の屋上。高さは城壁と同じくれェだ。あちこちに篝火が置かれ、その周りに寝ずの番たちの姿がある。

「夜風が心地よいですね、宣威将軍殿」

 中庭で雑魚寝する寄奴の手下共を眺めながら、謝晦ァ言う。

「要件は手短にしてくれよ、己だって明日にゃ駆けずり回んなきゃいけねえ身の上だ」

 謝晦の背中を見ながら、寄奴ァ腕組みして、立つ。

 謝晦が振り返った。

 そんで、拱手する。

「先ごろは私達をお助けくださいましたにもかかわらず、満足にお礼も申せておりませんでした。改めて母、兄ともどもお助け下さり、ありがとうございます。お陰で、死の恐怖を学ぶことができました」

「そいつは己が教えたこっちゃねえな」

「確かに。なれど、お救いいただかねば、語ることも、記すことも叶いませんでした」

 寄奴ァ口元を歪める。

 思ったんなァ、ただ一つ。

 すぐに、この話をしまいにしてェ。

「礼ってだけで呼び出したんなら、もういいな? 戻らせてもらうぞ」

 すっと、その柔和な面持ちが消える。

「無論、こちらは挨拶です。お伺いしたかったのは、明日以降の方針について、です」

「あ?」

 いちいち、癇に触る。

 寄奴ァ大股で謝晦の前に詰め寄る。腰にゃ銅環が、剣が下がったまま。ガキを脅かすにゃ、十分すぎる装いだ。

「何言おうが構やしねえがな。戦いにまで口出ししようってのか?」

 わざと、近付き過ぎる。寄奴のへそ辺りに謝晦の鼻、そんくれェだ。

 っが。

 謝晦ァ寄奴を見上げ、に、って笑う。

「宣威将軍殿。やめておきましょう。あなたが私を殺せるとは思えません。と言うより、今のあなたから、五斗米道によって覚えさせられた恐怖は感じない」

 はったり、ってわけでもねェらしい。

 本気でそう見立ててんのか、あるいは単に寄奴を舐めてんのか。どっちかなんざわからねェ。っが、このクソガキを殺すわけにゃいかねェのァ確かだ。

 立場がどう、とかじゃねェ。単に、うまみがねェ。

 しばらく上下で見合ったあと、寄奴ァ一歩離れる。どっちがガキなんだか、そう思いながら。

 そんな寄奴に、謝晦ァ言う。

「仰る通り、もとより戦を知らぬ身。建言など思い立つはずもありません。あるのはただ、父祖を殺した者への報復の思いです」

「なるほどな。それなら分かりやすい」

「恐れ入ります」

 演技ばった拱手のあと、だが、謝晦が浮かべたんなァ、しかめっ面、だった。

「此度の逃走劇で、嫌というほど痛感したのです。謝、と言う家門は、それがあったとて、民よりの尊崇を受けておるわけではありませんでした。むしろ、憎まれている、とすら言って良いでしょう」

 淡々と言い放つが、そいつァガキが悟るにゃ、ずいぶん重めェんじゃねェか、って思う。

「方針をお伺いした理由は、ただ一つです。五斗米道を、圧倒的に、完膚なきまでに踏み潰していただきたい」

 何言ってやがる、寄奴ァ笑い飛ばそうとした――が、そいつァ飲み込む。

 兄貴のそれたァ違う、強い目つき。

 暗さがねェ、わけじゃねェ。ただ、手前ェすら焼き尽くそうかっていう、あの危うさァ、ねェ。

 寄奴ァ、だしぬけに剣を抜く。さしもの謝晦も、そいつにゃびくり、って肩を震わせた。

 そりゃそうだ。いくらなんでも説明が足りなさすぎだ。

 に、って寄奴ァ笑うと、刃のほうを掴む。で、柄のほうを、謝晦に突きつける。

「持て」

 有無を言わさず、握らせる。

 寄奴向けにあつらえてある剣だ。お貴族さま、ましてろくに身体も出来上がっちゃねェようなガキに持てるシロモンじゃねェ。だから謝晦ァ、その重さにつんのめり、倒れかけた。

「助けが要るか?」

 よく言うよな。分かってるくせによ。

 謝晦ァ額に汗しながらも、寄奴を見上げ、に、って笑い返してみせた。大きく踏み出し、あわせて刃の下に片手を伸ばし、下からそいつを支える。

「重い、ですね」

「ああ」

 どだい、謝晦が持つんにゃ過ぎたシロモンだ。だから謝晦ァ持ち直す。手前ェに対して、横向きに。そうすりゃ片方の手で柄を握り、もう片方の手で刃を支えられる。それでも重めェだろうが、落っことすよりゃ、よっぽどマシだ。

 謝晦が落ち着くまで待ってから、寄奴ァ言う。

「殺せ、ってんなら殺すさ。だが分かってるよな? 言っとくが、重めえぞ。そんなんより、よっぽどな」

 わかっています、謝晦ァ額に汗しながら、言う。

「謝、の名がなければ、私ひとりがあったところで何もできません。ならば、今から背負いたく思うのです」

「そうか」

 言うと、寄奴ァ謝晦から剣を取り上げた。

 片手で真上に掲げ持つと、もう片方の手を、そこに重ねる。

 剣を持ったまま、拱手する形だ。

「その覚悟、彭城ほうじょうの劉裕。確かに受け取った」

 ひととき、謝晦の顔が輝いた。

 っが、すぐに引き締める。

「お頼み申し上げます、宣威将軍殿」

 謝晦も、寄奴に拱手した。

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