第96話



 オルレイウスは転がりながら考えていた。

 彼の体には、雨の滴が絶え間なく落ち続け、身動きを取れない彼にはそれを防ぐ術さえもない。


 いつの間にか近づいて来たハガルが、立ったままオルの顔を覗き込む。


「敗因は?」


 ハガルの質問。

 オルは何とも言えない気持ちでいっぱいだった。


「わかってねえンならぁ、もういい」


 そう言うと、ハガルはオルを置いて音もなく視界から消える。

 取り残されたオルは、考える。


 どうしてこうなった、と――



――時は少し前に遡る。


 低木の雑木林の中に、少しばかり背が高く枝葉を多く茂らせた一本を見つけた若年組の一行は、その葉叢の陰に寄り添っていた。


 リシルが特別な《神官》らしいと判明したわけだが、オルには今ひとつ彼女の《祈り》が、有用なものかどうか判別がつかなかった。

 もっとも、リザルによれば、ふつうの《神官》や《僧侶》は、ひとり一柱の神に仕えるものらしく、稀に現れる複数の神々に愛される者、なかでも《三重恩寵トリプル・グレース》を賜る者は、それだけでも十分にかけがえないものだそうだ。


 それらを踏まえてオルは濡れた裾を絞っていたリシルに、直接尋ねてみることにしたのだった。


「あなたが授かれるという恩寵ですが、僕にはどのようなものなのかが想像できません。戦闘に使用できそうなもの、仲間の支援ができるものを拾って、説明してもらえませんか?」

「わかりましたわ」


 リシルの説明によれば、それらはどれも一時的に対象者の能力を強化するものが多いようだった。

 ちなみに、彼女の《祈り》に応える神々は《純潔神アルヴァナ》、《冥府の女王ディース》、《熱誠神ヘイズ》だということだ。

 リシルがオルに説明している間、ルクレシアが興奮しているリザルの兜を滅多打ちにしていた。


 神々から彼女に下される恩寵に対して、オルが考えたことは、それら《祈り》の実用性についてだった。


 《魔法》にも、上昇系バフ低下系デバフと呼ばれる種類の《魔法》は存在する。

 オルはそれらの存在は理解していても、実際に習熟しているわけではないし、それらの効力についての知識も十分ではない。

 加えて、リシルの《祈り》がそれら《魔法》と比較可能なものかどうか、オルには判断がつかなかった。


「《鎧の強化》や《盾の強化》、そして《筋力の強化》などの《祈り》の効力は、どれほどのものなのでしょうか?」

「と、申しますと?」

「例えば、耐久性や筋力量が通常時の倍になる、とか。曖昧でもいいので、目安になるような事実はありませんか?」


 リシルはオルの問いに考えるようにして俯いた。


「わたくしには、今ひとつわかりかねますわ。お姉さまに幾度か、お尋ねしたこともありますが、『さすが、私の妹』としかお答えを頂けませんの」

「それらの《祈り》を、レシル以外の誰かのために捧げたことはないのですか?」


 リシルはそれに対して、首を横に振った。


「……《テオ・フラーテル》の皆様にも、《祈り》を捧げましょうかと申し出たのですが、勝手が異なるので控えてくれ、と……」

「なるほど。ちなみに、複数の人間に同時に使用することは可能でしょうか?」

「未経験ではありますが、おそらく」


 オルは思案する。

 実際に、リシルの《祈り》の性能如何によっては、オルたちのハガルに対する勝ち目は大きく上昇するように彼には思えた。

 例えば、筋力が強化されれば、それは瞬発力の向上をも意味しているはずだ、と。


 それが高い水準で実現されるならば、オルやルクレシアが、ハガルに近接戦闘を挑む際に有利になる公算は立つ。


 オルがリシルの《祈り》のうちで特に注目したものは、ふたつ。

 十数える間だけすべての《技能スキル》の性能を上昇させるという、《技能の性能上昇》という《祈り》。

 そして、七十数える間だけ対象者の力を増大させるという、《筋力の強化》という《祈り》だ。


 効力時間は決して長いとは言えないが、例えば、ルクレシアの短槍投擲直前などに使用すれば、その威力も精度も上がることになるはず。

 それは、一度彼女の投擲を避けているハガルの不意を衝くには十分だろう。


「ちなみに、それらの《祈り》は同時に発動することは可能でしょうか? それから、効力が切れたあとで、すぐに発動することは?」


 矢継ぎ早やの質問に、リシルは少し考えるようにしてから答えた。


「異なる神様からの御加護ならば、同時にできると思いますわ。お姉さまには、幾つか同時に《祈り》を捧げていましたから。……ただ、間断なく、というわけには参りませんわ」

「制限があるのですか?」


 リシルは曖昧に頷く。


「制限、というよりは。……わたくしに御加護を下される神々は、争いを好まれないのです。……もう少し、わかり易く申しますと、例えば、少しぐらいならばともかく、小さな子どもがお母さまに四六時中甘えていれば、お母さまのほうもイヤになってしまうでしょう? それと似たような感覚、ですわね……」

「リシルには、神々の機嫌がわかるのですか?」

「いえ、そういうわけではありませんの。……ただ、なんとなく、続けて同じ《祈り》を捧げることは難しいのです。治癒や鎮魂の《祈り》などは、問題ないのですけれど」

「微妙ですね……」


 《祈り》というものは、《魔法》よりも遥かに曖昧なものなのだとオルは悟る。

 それも当然のことではある。

 《魔法》が己を介して《魔力》を使用するのに比して、《祈り》は言わば神々の顔色を窺いながら力を借りるのだ。


 そこでオルは、もうひとつ把握しておくべきことを思い出した。

 彼は、ルクレシアに叩かれているリザルへと視線を移す。


「リザル、あなたの《祈り》はどのようなものなのですか? アマリアさんは、あなたの《祈り》は守護などには向かないと言っていたと思いますが?」

「ぼ、僕のは、ミアドール様と比べられるようなものじゃないから……」


 急に意気を喪失したようなリザルの兜をまた、ルクレシアがひとつ叩いた。


「リズの《祈り》は、敵の脳みそを掻き回す。決まれば、まともに戦えるヤツなんて、いねえッ」


 代わりに答えたルクレシアの顔を、オルは凝視した。


「敵対者を錯乱させる、ということですか?」

「そうだな」


 ルクレシアは当然のようにそう言う。


 それが事実ならば、《幻惑魔法》に近い効力を持った《祈り》ということになるだろう。

 オルが考えたことは、効果が継続する時間と強靭な肉体を持つ者にも効力を発揮するのか、どうかということ。

 《幻惑魔法》は、《戦士》などには通り難いからだ。


「それは、長い時間保つものでしょうか? それから、誰にでも通用するものなのですか? 例えば、堅い肉体を持つ《戦士》などにも?」

「できるよな、リズ?」

「ゆっくり十数える間ぐらいなら。……でも、そもそも当てにされても、困るよ……」


 できないわけではないらしい。

 そう、オルは結論づけ、ハガルにも通る可能性が十分にあるとみなす。


 オルの戦略はこのときに決定した。


 具体的に言えば、リシルの《祈り》によって味方を強化し、リザルの《祈り》によってハガルを弱体化させる。

 それらが機能すれば、様子見は必要ない。

 強化されたオルとルクレシアで、錯乱させられたハガルを攻め立て、力押しで勝てるはずだ。


 その場合、リシルの《祈り》のうちで重要なものは、《筋力の強化》になるとオルは考えた。

 その《祈り》が継続するという七十数える間。

 それは、強化されたオルとルクレシアのふたりで、錯乱しているハガルを無力化するには十分の時間。


 ハガルの仕掛けが早い場合を考慮に入れ、最初の隊列は崩さずに《祈り》が効力を発揮するまでは、防御に徹する。

 《祈り》の発動を合図に、オルとルクレシアのふたりでハガルを抑えに行くのだ。

 万が一、ふたりでもハガルを取り押さえられない場合は、リザルも参加し、同時にリシルに《技能の性能上昇》の《祈り》を捧げてもらう。


 思わぬ事態が発生した場合は、互いに助け合って密集隊形に戻り、立て直しを図る。

 あるいは、その場の状況に応じてオルが《魔法》を使用し、状況の打開を図る。


……それが、その場でオルが提案した作戦のすべてだった……



……雨宿りを兼ねた情報の共有と作戦会議に時間を割いたため、オルたちがハガルに追いついたのは、昨日よりも大きく陽が傾いて空が紫色に染まるほどの頃合いだった。

 曇った空のせいで、辺りは真っ暗に近い。

 天幕テントの設営を終えたハガルは、そこから離れて雨の中にひとり佇んでいて、さらに彼から離れたところからルダニスが眺めていた。


「ずいぶんと、遅かったじゃねえか?」

「お待たせしましたっ」


 昨日と同じような街道からそれほど離れていない荒野の真ん中に立つハガル。

 彼から声をかけられたオルは大きな声で返答した。


 雨に煙る荒野は、固い地盤の上に、幾らかの水溜りと肌理の細かい泥の流れができている。

 ハガルの機動力を削いでくれる、援軍だとオルは考えながら、ゆっくりとハガルまで歩み寄る。


 ハガルまで歩数にして十五歩ほどの距離。

 そこでオルは立ち止まり、先頭を行く彼に倣って若者たちも止まった。

 最前線にオル、半歩下がって並ぶようにルクレシア、その背後にリザル、そして、最後尾にリシル。


 四人はここに来るまでも、その隊列のまま歩いて来た。


 ハガルは片手に雨を吸って重そうな縄を弄び、もう片方の手は腰に丸くまとめてある縄に添えていた。

 彼の準備は完了しているようだ。


「なンか、考えて来たんだろッ? 待っててやるからよォ、好きなときに来い」


 そう言うと、ハガルはのんびりとした口調とは裏腹に、目から殺気を放つ。

 いきり立つルクレシアを抑えるように、オルは手を伸ばし、軽く後ろを振り返ってリザルとリシルを確認した。


「……ふたりとも、お願いします」


 それに頷き返すふたりの姿を見る前に、オルはハガルへ向かって一歩を踏み出した。

 そして、二歩目を地面に降ろす前に、彼の肉体に変化が訪れたことを感じる。


 それは全裸になったときよりも遥かに弱々しい力。

 だが、確かな力が漲る感覚。


 地面を踏みしめると同時に、駆け出そうとしたオルは――転んだ。


「なにやってやがるッ!」


 泥に顔を突っ込んだオルの隣を短槍を構えたルクレシアが駆け抜けていく。


 一方、起き上がろうとしてオルは困惑する。

 彼が転んだ理由は、泥や水溜りに足を取られたことが理由ではなかった。

 彼の目には微かに無数の光の球が自分の体を取り巻いているのが見え、肉体には力が充実している手応えがある。


 それはオルからすれば初めての感覚だ。

 《天真ボーン・トゥー爛漫・ビー・ワイルド》発動時とは比べものにならないほど弱く、衣服をまとった状態よりはかなり強い。

 しかしながら、強化された肉体に対して、オルが有している感覚は虚弱時のそれ。


 オルはそこで初めて一つ目の誤算に気づかされた。

 力加減がわからないという根本的なそれ。


 彼はその場で探り始める。

 強くなった肉体と変わらない感覚の妥協点を探し、同時に、駆け抜けていったルクレシアを見上げた。


 彼女は、まったく気にする様子もなく、普段と変わらない体のキレで、ハガルに向かって短槍を振るっている。

 それを受けるハガルの動きにも、変化はない。

 そこでオルは二つ目と三つ目の誤算に気がついた。


 ルクレシアの肉体を取り巻いているはずの神々の力の片鱗が皆無であること。

 同時に、錯乱させられているはずのハガルにも、まったく変わった様子がないということ。


 立ち上がることすら叶わないまま、オルは背後を振り返った。

 そこには、驚きに目を見開いたリシルと、虚ろな甲冑姿のリザルの姿。

 かたかたと震えるリザルの全身には、リシルの《祈り》の効果だと思われる、光の球が点っている。


 オルの頭を駆け巡ったのは、鋼の如き精神力を持つリシルと、敵対者の間合い内では《祈り》ができないと言っていたリザルの言葉。

 だが、ルクレシアにリシルの《祈り》が及ばない理由は不明。


――修正だ。修正しなければならない。


 そう考えたオルが、それだけのわずかな時間で、肉体と感覚の妥協点を見つけられた理由は、彼の有する《学術系技能》と、肉体の強靭さと性能が変化せざるを得ない彼の《福音ギフト》によって積み重ねられた経験によるものだろう。

 しかしながら、オルが現状を把握して立ち上がるまでに要した時間がいくら短いとはいっても、五体満足の《最上位冒険者》にとっては多くの行動が叶う時間だ。


 立ち上がったオルの首に絡みつく湿った縄。

 引き倒される直前にオルが見たものは、すでに昨日と同じような格好に仕立て上げられたルクレシアの姿。

 倒れながらオルは、両手首を合わせる。


「――『地を支えるは、《戦神》。その指以ちて』――がっ」


 オルの目と言わず鼻と言わず口と言わず、それらすべてに泥が叩き込まれる。

 ハガルが泥を蹴って、うつ伏せに倒れ込んだオルの顔に叩きつけていた。

 そして、今度は片腕を引っ張られて強引に立たされ、また脚を払われて転がされる。


 うつ伏せに転がされ、片腕だけ背中のほうで捕らえられ、肩関節を極められる。

 泥に横顔突っ込んで、後方を向かされた格好のオルに、背中の上に乗ったハガルが言った。


「見ねえ、オル」


 泥と雨の飛沫の中にオルが見たものは、彼とハガルに背を向けて泥の中を這いずるリザルと、呆けたように突っ立ったままのリシルだった。

 リザルもまた、力加減がわからずに転んでしまったようで、この場から逃れようと這っているようにしか見えない。


「てめえ、アレを守るンだろ?」


 オルは泥を吐き出した。

 体の上にハガルがいるなら、ポケットの中の種によって縛り上げることが可能だと判断する。


「『陽が無くとも、眷属たちは』――ぁう」


 今度はハガル手ずから泥を口に突っ込まれる。

 オルの口中に小石を含んだぬるりとした感触と土の味が広がる。

 彼の背中の上で、ハガルはがっかりしたと言わんばかりに、口を開く。


「おいおい、オルよォ。俺がどんだけ長ぇことロっさんとつるンでんのか、忘れてねえか?」


 そう言いながら、ハガルはオルの両肺裏の辺りに膝を押し付ける。

 オルの喉が詰まり、彼は肺の空気ごと泥を吐き出した。


「がふっ、げふっ」

「《魔法使いてめえら》の嫌がることなんざぁ、百も承知なンだよ」


 ハガルが《魔法使い》の弱点を熟知しているという事実をオルは認める。

 だから、オルの視線を避けるか、彼がハガルを見れないように引き回し、足音を殺し、《魔法使いオル》に感覚されないように努めている。

 《魔法使い》は行使対象を五官に伴う《魔導の素養》で感覚できなければ、《魔法》を行使できない。


 そして、そもそも舌を回すことができない《魔法使い》は、なによりも無力だ。


 同時に、オルは気づく。

 寝転んでいるだけなのに、オルの心拍数が落ちない。呼吸が鎮まらない。

 それは、心因性のものではなく、おそらくはリシルの《祈り》の反動。


 筋力が強化されても、それを支える循環器系は強化されないという事実。

 虚弱なオルのなけなしの体力が、雨の冷たさと《祈り》に奪われていく。


「俺も、嘗められたモンだ」


 その言葉と共にハガルの重さがオルの上から消えた。

 そして、オルの視界はふたたび泥で覆われる。


 雨がオルの視界を回復させるころには、リザルとリシルが泥の中に縛られて転がっていた。

 いくぶんか時が経って、オルとリザルの体から《祈り》の光が失われる――



「……とりあえず、ほかの三人は天幕に入れてください……」


 離れていくハガルの気配に向かってオルは、そう声をかけた。

 少し離れたところから、雨音に混じって呼気が漏れる音が聞こえた。


「ま、いいか。今日は、てめえが見せしめになれ。……雨もそろそろ上がるだろ。夜警はしてやる」


 そう言い残すと、オルの周囲でひとが動く気配がした。

 縛り上げられたほかの三人はルダニスとハガルに回収されたようだが、悪態を吐き続けるルクレシア以外は彼らもまた無言を貫いていた。


 暫く経ってただひとり縛られたまま雨に濡れるオルに、《ピュート》は話しかける。


『どうだい、オル? もう、気は済んだかい?』


 身の程知らずに突き進むことしか能のない槍使いと、口っぱしだけの中身の無い甲冑と、自分が貰えるものもわかっていない未熟な《神官》。

 そして、当ても出来ないそれらを頼って、《福音》を持ち腐れするオルレイウス。

 それが、《蛇》が見たこの一党のすべてだ。


「……まだだ」

『頑固者だな、オルレイウス? ここはもう、北との境にほど近い。ちょっくら全裸で跳んでけば、すぐにお前さんの……』


 言いかけて、《蛇》は止めた。

 オルが別のことを考えていたからだ。


「ハガルは《魔法使い》の弱点だけじゃなく、僕らの未熟さも知っている。そして、僕らはようやくそれを知り始めた」

『なあ、オル。もういいじゃないか? あれらだって、きっとお前に使う愛想は尽きたよ』

「それが事実なら問題だ。だけど、それが僕が考えることを止める理由には、ならない」

『……諦めの悪い』


 やはり、《蛇》の言葉にオルは耳を貸さない。

 彼の頭の中は、明日のことで満たされている。


 ルクレシアがひとりでも突進してしまう動因は、なんなのだろうか。

 リザルが意志を持って戦闘に参加するためには、どうすればいいのか。

 リシルの《祈り》の使いどころと、なぜルクレシアには《祈り》をかけなかったのか。


……いや、リシルの表情を見るに、あれはルクレシアに《祈り》の加護が及ばなかったことに驚いていたのではないか。

 などなど。

 オルは自身の言葉の通りに考えることをやめようとしない。


 ひとしきりそれらの考えに没頭していたオルの頭に、ふと別の考えが浮かび上がった。


「……なんだか、あまり強く勧めようとはしないんだな?」

『…………』


 オルの言葉に《蛇》は無言を返した。

 オルはなにを思ったか、《蛇》の心裡を推量し始める。


「……ルクレシアやリザルと出会ってから、そして、リシルと合流して旅に出てから、僕は反省してばかりだ」

『…………』

「《ピュート》だって、わかっているんだろう? それは、僕にとってはいいことで、僕らは、強くなれる可能性がある」


 彼は《蛇》が黙った理由を、彼の一党に希望があるからだと考え始めたようだった。


『お前さん、底抜けだな、オルレイウス。《蛇》が黙るのは別の理由さ』

「? ……じゃあ、なにを考えているんだ?」


 《蛇》は偽りを喋れないが、隠すことはできる。

 今の《蛇》は、オルが喉から手が出るほど欲しがる事実を知っている。

 そして、同時に、今の《蛇》が喉から手が出るほど欲しい事実が、オルの行く先に眠っている可能性がある。


「《ピュート》?」

『……少し、迷っているだけさ』


 そこから先、《蛇》はだんまりを決め込んだ。

 雨が弱まり、夜番にルダニスが現れるまで、オルは考えごとに没頭し続けた。


 現れたルダニスは、オルの冷えた頬を叩き、彼の意識を確認すると縄目を解く。


「……ルダニス?」


 オルを立たせたルダニスは、彼を手招きして天幕へと戻って行く。

 オルは招かれるままに、天幕の内側を覗き込む。

 天幕の内部には大部分を占める四肢を広げたルクレシアと、死体のように眠るリシルと、ふたりの間に鎧姿のままリザルが横たわっていた。


 ルダニスは天幕の隅に置いてあった乾いた石や枝などを指さす。

 どうやら焚火を興すために集めてあったものらしい。


「火を興すのですね?」


 小声でそう問うオルに、彼は笑顔で応える。

 どうやら冷えた体を温めろということらしい。


 オルは彼の好意に甘えることにした。



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