第94話
《カンビローナム》から《アブノバ鉱山》までの道のりは、それなりに整備されたものではあるようだった。
きちんと轍が刻まれた石畳の道で、時折、《アブノバ鉱山》までの距離を示す道標も置かれている。
しかしながら、当然と言うべきか《オバル街道》とは比ぶべくもない。
その道は細く、おおよそ馬車がすれ違えるような道幅もなければ、手入れもそれほど行き届いているわけでもないらしく、落ち葉や砂が轍をところどころ埋めている。
加えて、緩やかながら上り傾斜があり、目的地へと向かうほどにそれは険しさを増していく。
道の左右には低木が生い茂ってはいるが、森というよりは手のまったく入っていないらしい雑木林と呼ぶべきもので見通しが悪い。
いくぶんか進んで視界が開け始めたと思えば、そこにはぽつぽつと背の低い樹木があるのみで砂礫ばかりが転がっている血色の悪い景色となる。
下生えもない景色が続いたかと思えば、今度は低木すらもなくなって、だだっ広い痩せた土地が拡がっていく。
どうやら、そのような荒野と呼ぶべき赤土と砂礫ばかりの大地と、人に用立てられることもなさそうな低木の雑木林が《アブノバ鉱山》周辺でよく見かけられる眺めのようだ。
皮膚病の犬の毛並みのごとく、それらが二色のまだら模様を描いているようで、同じような景色が入れ代わり立ち代わりオルレイウスの前に現れた。
ちなみに、夕刻に近づいた今現在の一行は、道から少し離れてその赤土と砂礫の上に立っている。
いや、正確には立っているのはハガルとルダニスのみであり、オルを含めたほかの四人は寝転がっている。
「……どうして、てめえらが今、そんなザマぁなってンのか、わかるやつはいるか?」
オルらを見下ろしたハガルの言葉。
それに、真っ先に応じたのは彼の足許に転がったルクレシアの悪態だった。
「おまえがオレらを、こんな皮かぶった×××みてえな格好にしたんだろッ?!」
ルクレシアの形容はどこか的から外れていると、オルレイウスは考えた。
しかしながら、確かにオルたち若年組の四名は今、縄が全身に巻きついて身動きも取れずにまるで芋虫のように地面に転がっている。
それは、ルクレシアの言うように間違いなくハガルの仕業ではあった。
「そーゆーことじゃなくてよォ、……第一、こりゃあ実戦だと思えって、俺ぁ言っただろうが」
「どこの《
ハガルは縛られたままのたうつルクレシアの頭を覗き込むようにしゃがみ込む。
「どこぞにゃあ、絡みついてくるヤツも、いるかもしれねえだろうが?」
「いるかッ! そんなもんッ!」
ハガルとルクレシアの会話を聞きながら、オルはそんなものが存在したならば天敵と言えるだろうと考えていた。
オルは今、彼の愛用のローブの上に巻きついた縄のせいでぐったりとしていた。
《
全裸であれば、縄に捕まるような下手は打たないだろうが、今の彼に俊敏な動作は期待できない。
ごろごろと転がっている四人を眺めてから、ハガルは立ち上がり、傍から見ていたルダニスを振り返る。
「ルディ、どうだ?」
その問いかけにルダニスは、四人をそれぞれに指さしては、一本、二本と指を立てる。
どうやら立てられた指の数がそれぞれの点数らしい。
オルが三本、リザルが二本、リシルが三本で、ルクレシアは一本。
「そんなモンか? 俺ぁ、オルはもう少し早いと見るね。逆に、そこの狂犬はそこまで早くねえ」
「おい、早い早くねえってのは、なんだ? 早漏野郎ってことか?」
首を伸ばしてハガルを見上げるルクレシアに対して、彼は淡々と宣告する。
「ま、死ぬまでにかかる時間だな」
「はあッ? オレがそんな簡単に死ぬかッ!」
ハガルは肩の上で両掌を返して、「さあ?」という身振りをする。
「まあ、ちっとそのまんまで、なにが悪かったか全員で
「おい、待てよッ! ほどけよッ! それに、オレらの飯はッ?!」
「さあな」
そう言ってハガルとルダニスは道のほうへと戻っていく。
どうやら、砂っぽい荒野よりも、まだましと言える道の上で食事にするつもりらしい。
「ありえねえ!」
ルクレシアの叫び声を聞きながら、オルはハガルが仕掛けた戦闘演習について思い返す。
同時に、自分がまだハガル――《
先刻、彼が「てめえら四人で、俺にかかって来い」と言ったとき、オルは、いくらなんでも勝負にならないだろうと考えた。
ハギルの専門が、《
強いて言えば、キルス・ヒュセイノフと対峙したときぐらい。
それに、あのときはルドニスの援護があった。
ハギルは決して力が強いほうではないし、まともに武器を扱っている姿も見たことがない。
敏捷性は脅威的だが、オルの目が完全に姿を見失うほどではない。
慎重を期して隙を衝かれさえしなければ、四対一で負ける要素など無いと、オルは考えた。
ハギルが出発前から言っていた「やっておきたいこと」が
転がっている四人を見ればわかる通り、甘かったのはオルのほうだったわけだが。
戦闘の合図などというものは、無かった。
まず、オルの後ろから短槍を二本携えたルクレシアが飛び出した。
彼女は左手に持った短槍をハギルへと投げつけ、もう一本を両手で構え直して突っかかっていった。
ハギルの不意を衝く作戦だったのだろうが、慌てたのはオルのほうだった。
オルが考えていたことは、ハギルの出方を見て最前線の自分が攻撃を受け止めるというもの。
それが、二列目のルクレシアが飛び出したことで、オルも数歩遅れて彼女に続くことになってしまった。
出遅れたことで、オルの視界はルクレシアの背に塞がれて、小柄なハギルを見失った。
次の瞬間、彼女の陰から先端に錘の付いた縄が伸びて、オルの足に巻きついた。
オルが縄を剣で断ち斬る前に、その縄が引かれる。
転びながらオルが足に絡まった縄の先を見ると、ルクレシアの手許の槍に絡みついていた。
オルが縄を斬る間に、一筋の細い影が上から降って来て、オルの後ろのほうから「かぁんっ」と金物が鳴る音が響いた。
上を見れば、いつの間にやらもう一本の縄がハギルの手許と、後方のリシルの体とリザルの首を結ぶように張られている。
オルがその縄を斬ろうと立ち上がれば、また足首に縄が絡んで転ばされる。
結局、気づいてみれば四人全員があやとりをする指のように引っ張り合い、それぞれの動きを邪魔して転び、ハギルの思うさまに勝手に縄に絡んでいった。
特に、ルクレシアの絡まり方はひどいもので、右足首と右手首が結ばれて、短槍は左腕に巻き付けられ、その上から四肢をまとめるように縄で縛られる結果になった。
彼女は、捕らえられて四足を結び合された獣とも、四足を要にした扇のようだともいえる格好で転がされている。
オルはオルで両足首をまとめられ、胴体と両腕をまとめられている。
オルからは見えないが、リザルとリシルは一緒に縄に絡まって転がっているらしい。
実戦だったならば、ハガルは四人を料理したい放題だろう。
「おい、おまえ。…………オル」
ルクレシアが転がったままの格好でオルに声を掛ける。
オルはいつもより数段冴えない頭で、彼女に名を呼ばれたのは初めてではないか、と考えた。
「なんで、オレの邪魔しやがったッ?」
ルクレシアの険のある声に、オルも少しばかり気分を害した。
「……邪魔? その言い方は無いのではないでしょうか?」
「おまえがトロいから、オレの槍捌きが台無しになったんだろ? まったく、つかえねえッ!」
オルが反論しようと口に入った砂を唾ごと吐き出すと、離れたところから声が上がる。
「あの、申し上げにくいのですが、ルクレシアさんが無暗に突出されたことが、わたくしたちがこうなってしまった原因ではございませんの?」
「黙ってろ、おまえは! トーシロがッ!」
「トーシロ?」
「クソ素人ってことだ! バーカッ!」
リシルが転がっている方向から「ぷちっ」となにかが切れる音が聞こえた気がした。
「前から思っておりましたが、ルクレシアさんは皆さんに対して、少々横柄なのではないかと思いますわ。それが、親しみゆえの態度だとしても、そのような仲にも礼儀は必要だと、わたくしは」
「はぁッ? 礼儀だぁ? そんなもんで飯が食えるかよッ?」
「るるルーシー。そういう言い方は良くないと、僕は思うのだけれど……」
小声でどこか上ずったようなリザルの声が、地面の上を這いずる。
どうやら、リザルはうつ伏せに、リシルはリザルと背中合わせに仰向けになって転がっているようだ。
「おい、リズ! おまえ、今ちょっと喜んでるだろッ?! ふざけんじゃねえぞッ!」
「よよ、喜んでなんか」
「とにかく!」
珍しくリシルが強い語気を放つ。
「わたくしはルクレシアさんとも、御仲間として親しくなりたいと思っておりますわ。……でも、ルクレシアさんは、わたくしだけでなく、リザルさんやオルレイウスも不当に
「『ですわ、ですわ』うるせえんだよ、この『デスワ』!」
「今! わたくしは! 『ですわ』とは! 言っておりませんわ!」
リシルは明らかに怒っていた。
彼女が怒り始めたことによって、オルは逆に平静さを取り戻す。
そう、オルからすれば彼女たちは年端もいかない少女なのだ。
そんな彼女たちに腹を立てるなどもってのほかで、仲を取り持つことこそ、自分の仕事に違いないとオルは考えた。
「ふたりとも落ち着いてください。少し大人になりましょう」
「おまえは、『デスワ』の次にガキだろうがッ!」
確かに年齢的にはそうなると、ルクレシアの言うことにオルも納得せざるを得ない。
「しかしですね、ルクレシア。年齢よりも、僕たちが抱える問題は、単独では解決できないものです。ハガル独りに、いいようにあしらわれている現状では、探索などままならないでしょう?」
「だからッ! おまえがオレに合わせりゃいいじゃねえかッ!」
「それも、ひとつの手ではあるでしょうが。しかしですね」
オルの語尾を奪うように、またリシルが。
「ルクレシアさんは、少々、自分本位過ぎますわ! なぜ、オルレイウスがあなたに従わねばなりませんの?!」
「引っ込んでろッ! 乳も張ってねえクソガキがッ! 《ロクトノ平原》並みに一面まっ平らのくせしやがって!」
「――胸は関係ありませんわ! それに、《ロクトノ平原》よりは、もう少しあります!」
胸の大きさは関係無いが、確かにリシルは無い。
……そんな、どうでもいい言い争いが続く中、転がされたオルたちをハガルが回収に戻ったのは陽がとっぷり暮れてからだった。
「オレはイヤだからなッ! そんな薄っぺらい体のヤツと同じとこで寝るのはよッ! こっちまで薄ら寒くなる!」
「――わたくしは健全な肉体を持っておりますわ! ……それほど、同じ場所で眠るのが御嫌ならば、ルクレシアさんはお外でお眠りになればよろしいのですわ」
「荒れ野と変わらねえ体なんだから、おまえが外で寝ればいいだろッ?!」
「わたくしの体と、あの土地に、どのような共通点があるというのです?!」
「やらけえとこが、いっっこもねえだろ!」
「や、柔らかい場所ぐらい、ありますわ! それに胸だって! いずれ、お母さまやお姉さまのように、わたくしも女性らしい体つきになるのです!」
「知らねえんだよ、おまえのとこのアバズレ共のことなんかよッ! さっさとあの景色と同化して来いッ!」
「同化できる道理などありませんわ!」
ふたりの言い争いは、荒野の真ん中に宿営地が決まってもとどまる見込みが無かった。
近くでそれを聞かされ続けているオルはげんなりしていて、顔は見えないがリザルもまた同じ思いだったろう。
焚火に照らされながら、
「うるせぇっンだよ! 小娘どもがッ! きゃんきゃん、きゃんきゃん喚きやがってよォ! もっぺん、ふんじばって放り出すぞッ?!」
「ふざけんなッ! おまえ、どうせ、オレらのこと忘れてたんだろがッ!」
「忘れてたンじゃねえ! ……てめえらぁ、ちぃッとは俺の言ったことを噛みしめろッ!」
苛立ちを隠さないハガルは、ルクレシアを睨み据える。
夕方に見事に彼に捕らえられたルクレシアが少しだけ身構えた。
「ここだけだッつって思ってりゃあ、反りの合わねえ野郎とも、なんとかやるモンなんだよ!」
「んだよッ、説教かよッ!」
「あぁん?」
吐き捨てるルクレシアに、ハガルが一歩詰め寄った。
彼女は近くに突っ立っていたリザルの背中へと素早く隠れる。
ハガルに対しての恐怖が拭いきれないらしいリザルの鎧が、かたかたと鳴った。
その姿を見て、ハガルも馬鹿々々しくなったらしい。
「ちっ。……いいか、ガキども? 辛抱と協力だ。そいつを覚えろ」
「なんで、オレが貴族の小娘なんかのために、ガマンしてやらなけりゃならねえ……」
ルクレシアのぼやきに、ハガルは大げさにため息をつくと、宣言する。
「《アブノバ鉱山》に着くまで、これからぁ、毎日、てめえらぁ四人で俺と立ち合え。……明日から、俺に一撃も入れられねえようなら、マジで一晩ふんじばって放っとくからな?」
「ハガル、それはあんまりというものです。探索目標を前にしているのに、無茶というものでは?」
「オル、いいか? できねえモンを、やれっつってンじゃねえんだよ、俺ぁ。ちぃっとばかし、がんばりゃできることだろうが?」
「そうかもしれませんが、しかしですね」
言い訳無用とでもいうように、ハガルはオルの顔の前に掌を突き出す。
そして、リシルとリザル、そして、その背中から顔を覗かせて「あんだよ?」と言っているルクレシアを見た。
「
「オレは、意地でも独りで寝るからな! 男臭えのもまっぴらだッ!」
「好きにしやぁがれッ! ……そういや、言い忘れてたがなぁ」
そこで、文句を垂れ流すルクレシアへ、ハガルはにやりと笑みを送る。
「ここいらぁ、もう《ロクトノ平原》に近ぇ。その上、境を見張ってる
「……ハガル、まさか?」
その先を察したオルの言葉に、ハガルはさも当然だと言わんばかりに頷いた。
「ふつーに《
「ふっざけんなッ!」
「それがイヤならぁ、辛抱するンだなッ。……さっさと寝ねえと、今夜から放り出すぜ?」
ルクレシアとリシルの愕然とした顔が焚火に赤々と照らされていた。
「オル。てめえはぁ、立ち会ってみてどう思った?」
ハガル――湿らせた布で顔を拭いながらハギルは、オルにそう問いかけた。
ルクレシアもリシルもリザルもルダニスも天幕の中へと引っ込んで、外にはオルとカツラを取ったハギルだけだ。
「どう思った、というのは?」
「へっ、わかってンだろうが? てめえの思い通りにいってねえことぐれえ」
顔を拭き終った布をぽんと放ってハギルは笑う。
そうして彼は脇に置いていた木の枝の山からひとつ拾って、焚火にくべた。
「てめえら全員転がすのなんざぁ、十数える間がありゃぁ十分なのさ」
「……実際、そんなつもりはありませんでしたけど。僕もハギルを安く見ていたのだということを、思い知らされた気分です」
「そうじゃねえさ」
ぱちっと、くべたばかりの乾き切らない枝が音を立て、火の粉が散った。
踊る火の粉の向こう側に、オルはハギルの顔を窺う。
「そうじゃない? どういうことでしょうか?」
「俺の手前なんかより、もっと前のお話だっつーことだよ。てめえらは、まともに戦えるとこまでいってねえ。
オルもその通りだと思った。
オルたちは、ハギルを前にしてバラバラだったのだ。
これが、強力な《魔獣》や《
「……もう少し、事前に打ち合わせなどを……いえ、もっと三人の人となりを良く知っておくべきだったと思います」
反省しながらそう言ったオルの顔を、ハギルはまじまじと見つめる。
そして、「ぎゃはは」と笑った。
「? ……なにが可笑しいのでしょうか?」
「……あぁ、別に大したことじゃあねえ。ズレてんな、と思っただけだ」
「ズレている……?」
怪訝そうなオルの顔を見て、口元に笑みを残したままハギルは頷いた。
「そうさ、てめえはやっぱどっかズレてやがる」
「それは、既に致命的な問題でしょうか? それとも、まだ修正の効く問題でしょうか?」
「問題なんかじゃねえさ」
ハギルはそう言うと、また、枝を一本、二本と続けざまに焚火の中へと投じる。
「ただ、オル。てめえ迷ったな? 小娘が飛び出したとき、てめえも続くか、下がるか迷っただろ?」
「…………」
そう、オルはあのとき僅かながら逡巡した。
ルクレシアは前に出たが、リシルとリザルが数歩を置いて後方にいたことを承知していたからだ。
陣形が延びて、どちらか片方を集中して狙われれば、虚弱化したオルの体では、前後どちらかしか守れない。
結果、オルは出遅れた。どっちつかずの行動になった。
「てめえがルディを見たのを、俺も見たのさ。……簡単に足を盗れると思ったぜ?」
オルはハギルの言葉を聞いて、自分の頭を見透かされていたことを理解した。
オルは、ルドニスが横撃してくる可能性を思い描いてしまった。
ありえないことではない、そう考えたのだ。
「そして、実際に僕の足にはハギルの縄が巻きついた」
「俺ぁ、いつもなら、先っぽに短刀を結わえてる。……その意味がわかるな?」
オルはハギルの瞳を見て頷いた。
笑み細められた目蓋の奥の瞳は、少しも笑っていなかった。
ハギルがいつも通りの装備だったなら、オルは足に重症を負っていただろう。
それは全裸にでもならない限り、ひとつの戦闘中においては致命的な失着だ。
「……いいか、オル。俺がてめえだったなら、ヤツらのことなンか知りてえとも思わねえ。必要なことだけで十分だからだ」
「必要なこと、ですか?」
オルの問いにハギルは頷いた。
「雁首並べた野郎どもが、戦闘中になにをしたがるか、だ。……クセだな」
「クセですか」
「そうだ。……てめえが気づいたかは知らねえが
オルは少なからず驚いた。
皆が配置につく前に、ルクレシアはハギルへ短槍を投げつけた。
つまり、ハギルに油断は無かった上に、おそらくリザルはルクレシアが不意を打とうとすることを知っていたのだ。
「気づかなかったのは、僕だけ……ですか」
「ま、嬢ちゃんも気づいちゃいねえだろう。……だが、問題なのぁ、鎧ガキが小娘が前に出ると察しながら、退いたっつーことだなぁ」
「……隊列が長くなり、援護が届かなくなるし、守護することもできなくなる」
頷くハギルを見ながらオルは沈思した。
リザルとルクレシアには、あとで話をしなければならない。
もしかするとリザルにも、なにか戦略があったのかもしれない、と。
そして、あのとき、即座にどのような判断を下せば良かったのか。
そう、オルは考える。
ルクレシアは前に出て、リザルは下がった。
状況が動いてしまえば、オルがそれを知ったとしてもできることは進むか下がるか動かないかぐらいだ。
「……僕はどうするべきだったのでしょう?」
「わからねえな。……小娘を避けて前に出るのも一興だったろうが、定石なら、下がって援護に回る。幸いてめえにゃあ、《魔法》があるからなぁ」
「なるほど。……しかし、ルクレシアには盾がありません。軽装ですし、彼女の防御力では、独りで戦闘を継続するのは危険では?」
「そりゃあ、そうだろ。だけどなぁ、正味な話、小娘がおっ死んでも、残りふたりとてめえがいりゃあ、なんとでもなるだろうが?」
オルは思わず焚火の向こうのハギルの顔を凝視した。
「それは、ルクレシアを見捨てる、ということですか?」
「小娘を削り役に使って、トドメをてめえが差す。それだけの話だ。運が良けりゃ、小娘も死なねえ」
「それは、あまりにも……」
ハギルは真面目な顔をして、首を横に振った。
「オル、いいか? パーティーってのぁ生き物なンだよ。全員無傷で生き残りゃあ、上の上。生き残っても稼ぎがなけりゃ、ま、あんま意味がねえ。ンなもん中の下さ。ひとりおっ死んでも稼ぎがありゃあ、中の上さ。全滅さえしなけりゃ、パーティーは死なねえ。生き残るための選択を、党首はパーティーから迫られてると思いねえ」
「……そんな……」
「昔よりだいぶ死なねえようにゃあなったが、《冒険者》なんつーのぁ、死にかけてなんぼだ。死ぬ思いすりゃあ、嫌でも少しゃあ鍛えられるしな」
相変わらずあっけらかんとそう言ってのけるハギルを、信じられない思いと共にオルは見つめた。
ハギルの言うことが正しいということは、オルとて理解している。
なぜなら、この世界には《
そして、《技能》の向上が父の言葉通りに
だが、それでもオルは仲間を見捨てることに納得できない。
それはパーティー名の由来となったあの《
しかしながら、オル当人にもその理由は判然としないようだった。
ふと、そんなオルの思考をよぎったのは、師のクァルカス・カイト・レインフォートのことだった。
「……クァルカスは、仲間を死なせたことが無いのですよね?」
「ああ、《優良者》――クァルカス・カイト・レインフォートは、パーティーメンバーを死なせたことがねえ」
「ならば、僕がそう成れる可能性もありますよね?」
「……そうだな」
ぽつりとそう言うと、ハギルは珍しく渇いた笑みを浮かべた。
そして、焚火に目を落とす。
「だが……クァルカス・カイト・レインフォートと、ただの
その言葉を、オルは前にも聞いた。
かなり以前、クァルカスとハギルが言い争いをしていたときだ。
それはオルが《妖鳥王》に出遭う直前。
「俺も、クァルカスも、完璧じゃあねえ。特に、ガキの時分はそんなモンだ」
ふだん、クァルカスを
それを耳にするのは、オルにとっては初めての経験に近い。
「ハギル?」
名を呼ばれたハギルはゆっくりと目を上げた。
その眼は焚火の炎を映していて、瞳は橙の炎に炙られているようにオルには見えた。
「あんまり欲張るな、オル。……背伸びが悪ぃたぁ言わねえが、無理にも限度があるモンだ」
「どういう意味でしょうか?」
「そのまんまだ。……強いて言やあ、無理に背伸びをしてると、見えなくなンのさ」
「なにが、でしょうか?」
ハギルは自嘲に近い笑みを見せる。
「凝り固まった欲ってぇのぁ、てめえの中で出来上がる。そいつがてめえの頭蓋の外側に出て行かねえのぁ、至極もっともな話だろうが? そうして、眼の前にぶら下がってるモンも見えなくなる」
「……自分の想像を越えない、ということでしょうか? ……ハギルにも、そんな経験が?」
「そらぁ、あるな。腐るほどある。……誰かの
だが、と付言して、ハギルはにやりとらしい笑みを浮かべた。
「詮索家は嫌われるぜ?」
「僕も、ハギルに嫌われたくはありませんが。……だけど、それ以上にハギルのことを知りたいとも思うのです」
「……呆れたガキだ」
そう言って笑ったハギルは、空を見上げた。
どうやら星の動きを見ているようだ。
「たぶん、明日は雨だな」
「晴れているように見えますが?」
「もう、いい時間だ。……ちょっとルディ起こして来い。交代だ」
ハギルはそれっきり、その晩はもう話をしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます