第90話



 車輪は回り、旅は続く。


 一行が《ルエルヴァ》を出発してから、既に十日が過ぎていた。

 進んでいた《オバル街道》からも昨日逸れて、支道とも呼ぶべき別の街道に《一角獣ユニコーン》は乗り入れた。


 道が変わっても大きな変化はなく、少々揺れが激しくなった程度。

 進む一行を阻むものなど、ひとつたりとも無く、ただひたすら単調な道のりだ。

 だが、それも見る者によっては無益なものではないらしい。


 大きな谷合を抜けてから、また延々と拡がる青々と生い茂る畑ばかりの風景に、オルレイウスは目を注いでいた。

 どこか故郷を思い出させるような風景に彼の友への想いは募り、行く手に待ち受けるはずの未だ見ぬ《アブノバ鉱山》にわだかまる問題に思考は傾く。


 リザルによれば、《アブノバ鉱山》の周辺にはいくつもの町があり、都市とも呼べるほどの人口を抱えているらしい。

 大勢の人がいれば、多くの食料が必要となる。

 つまり、食料などの準備は《アブノバ鉱山》付近でも可能なのだろう。


 ちなみに、人口の大多数がオルと同じ奴隷だそうだ。


「こ、坑道を掘るのも、西へ流した土砂の中から、金なんかを探すのも、奴隷の仕事みたいだよ」


 揺れる車中でリザルは語り続ける。


 オルは外を眺めながら、その話を聞くともなしに聞いていた。

 彼の頭の中は、どのような事態があり得るかという疑問で満たされていた。


 オルのおもな武装とも言える植物の種は、休憩中などの合間合間に比較的簡単に蒐集できた。

 狭いという坑道内部では、背の高い木々よりも、比較的に背の低い植物のほうが利用頻度が高くなるだろう。

 そう考えたオルは、いわゆる雑草の蒐集に勤めた。


 今の時期に種をつけていない一年生の草でも、《魔法》によって生長を促せば簡単に種子を収穫できる。

 現在、オルのローブのポケットはそのような雑草の種穂で満杯になっている。

 株立ちで、根元から幾本も茎と葉を繁らすもので、ちょっと足を取るのに適した植物だ。


 あとは、ポケットの底に光るコケを一握り。

 実際は光っているわけではなく、微かな光を反射しているだけのようだが、坑道の入口から次第に繁茂させていけばそれなりの灯りとなるはず。


 オルに可能な準備もまた順調に進んでいて、それらに特に問題はない。

 問題はその先。


――湖だ――


 父の書き記した言葉が、オルの頭の内側で巡る。

 だが、ただ巡るだけで答えの無い問いだ。


 湖などというものは、道中でも時折見かけたほどありふれたものだ。

 それにアマリアの言葉によれば、水道管理官なる者が採鉱用水の管理を行っているらしく、それらが行方不明者を出すために一役買っているとは思えない。


 だいたい、過去、数十人単位で人が消えたという事例と同じものが原因ならば、今回消えた者たちはどこに行ったのだろう。

 坑道の闇が暗く、いくら深かろうとも、人の痕跡は消えないはずだ。

 すでに死亡しているとしても、骨すら回収されていないのは、どのような理由なのか。


 それらの問いがオルを日々悩ませる。

 そして、オルが頭を悩ませるべき問題はそれだけではなかった。


 オルは外を眺めることを中止して、ちょっと車中を見た。


「ぼ、僕らが目指している《カンビローナム》自体は、割合、新しい都市なんです。百年ぐらい前の《魔族戦争デモニマキア》の時に、軍の駐屯地や城塞として利用されたらしいけれど、本格的に都市化が進んだのは、《共和国》による《アブノバ鉱山》の採掘が始まってからだから」

「そうなのですか。……つまり、《カンビローナム》という都市は、《アブノバ鉱山》の採掘事業と共に造られた都市なのですわね?」

「そ、そうなんです。採掘された金や銀は、《カンビローナム》に集められてから《ルエルヴァ》に運ばれるんです。そ、それに魔物の領域にも近いから、軍団も駐屯しているし、《冒険者ギルド》の支部も、あるんです」


 リシルの問いに、リザルがどもりながら答えた。


「おい、リズ。支部もあるし、軍団もいるんなら、流れ間違えたクソじゃあるめえし、なんでオレらに依頼が来るんだ?」

「たぶん、単純に人手の問題だと思うよ。《カンビローナム》の支部は大きくないはずだし、軍団も今は西よりも東に人員を割いているはずだから」


 今度は、ルクレシアの疑問にリザルは答えた。


「なるほど」

「ふーん?」


 リシルとルクレシアがそれぞれに頷いて、黙る。

 リザルが助けを求めるようにオルを見る。

 オルは力なく首を横に振った。


 最近はこのような状態が続いている。



――旅に出てから四日目の夜。

 ルクレシアを連れ戻すことに成功し、心配そうに待っていたリザルとリシルを喜ばせたオルだったが、そう簡単に問題は解決しなかった。


 ルクレシアとリザルは即座に関係を修復したようだったが、ルクレシアのリシルに対する応対は少し塩が利き過ぎた塩漬け肉のようだった。

 リシルが話しかけても、気の無い返事で彼女の顔を見ようともしない。

 にもかかわらず、リシルがほかの者と話しているときには上目遣いで凝視している。


 リシルも頑張ったとオルは思う。

 ただ、彼女のルクレシアに対する質問はことごとく、どこか外れていた。


「ルクレシアさんは、どのような書物を読まれますの?」

「……字なんて読めねえ」

「どのような詩がお好みでしょう?」

「……詩なんかいちいち憶えてねえ」

「あ、編み物などはいかがかしら? わたくしは先日、久しぶりに靴下を」

「……編み物なんてできねえ」

「お、お好きな飲み物は? わたくし、蜂蜜の入った牛乳などが」

「……うちでは出たこともねえ」


……といったような具合だった。


 ルクレシア逃亡の一件があって以来、根気強く自分から彼女に話しかけていたリシルも、たった一夜で会話の端緒を見失い、ルクレシアの視線に怯えだした。

 オルが傍から見ていてもわかるぐらいに、リシルを見つめるルクレシアの瞳には不信感が表れているのだから仕方がない。


 オルも何度か彼女たちの間を取り持とうと試みた。

 彼ら一行の共通の課題である探索についての話題ならば、ふたりとも遺憾なく論を交わすことができるだろうと考えたのだ。

 しかしながら、リシルは根本的な《冒険者》に対する知識がなく、その説明をしている間中ずっとルクレシアの視線に晒されることとなった。


 それとは逆に、ルクレシアとオルのふたりでの会話も増えた。

 あの山中での夜以来、ルクレシアのオルに対する態度は硬さが取れ、上せる話題も私事に及んだ。

 オルは捜索している故郷の友人たちのことを話し、ルクレシアは自らの家族たちのことを語った。


 だが、ふたりが話せば話すほど、今度はリシルの態度が硬化した。

 それもルクレシアに対する頑なさというよりは、オルに対する頑なさが顕著になる。

 つまり、リシルもまたルクレシアに対してわだかまりを感じているのだと、オルは考えた。


 仲の良くない者と友人が交流を持つことが我慢できない。

 そういった感情は、幼い少年少女にはありがちなものだ、とオルは考えたのだ。


 そうした諸々のことが繰り返された結果、ルクレシアとリシルには会話はなく、ただふたりがそれぞれに誰かに当たり障りのないことを話しかけては沈黙する、という状況が続いている。

 その微妙な距離感は、オルとリザルを窒息させるに十分だった。


 問題は、彼女たちにまったく共通点が無いことだとオルは分析する。

 彼女たちの間に共感は皆無で、興味の対象はことごとくすれ違った。


 休憩時、リシルが野に咲く花に目を留めている時、ルクレシアは木に登り枝に腰掛けてぼうっと遠くを眺めていた。

 食事時、リシルが少し甘めの少量の麦粥を美味しそうに食べている時、ルクレシアは塩味の濃い腿肉に豪快にかぶりついていた。

 就寝前、リシルがほかの者との会話を楽しんでいる時、ルクレシアはその彼女を静かに見つめていた。

 就寝中、物音ひとつ立てずに死んだように眠るリシルに対して、ルクレシアのいびきと寝相は人災一歩手前だった。


 つまりは、単純に、彼女たちは合わないのだ――



「ガキども! じきに、《カンビローナム》だッ!!」


 風に負けないように張り上げられたハガルの威勢のいい声が車内にまで響いた。

 この旅の間、彼とルダニスだけは常に普段と変わらない振る舞いをしていた。

 日々、カツラがずれたり、時に顔の煤が落ちたりしてはいたが。


「《カンビローナム》に着いたら、《冒険者ギルド館》で《一角獣コイツら》を車ごと預けっかんな! 俺とルディで宿取っとっから、てめえら、支部長に顔ぉ売って来いッ!」

「ハガルとルダニスは、支部長には合わないということですかぁ?!」


 オルもほろの隙間から顔を出して、御者台のハガルに向けて声を張り上げた。


「ハギルはなぁ、支部長――クレメンスの父っつぁんと、顔見知りだッ!」

「……なるほど」


 オルは少しだけハガルを見直した。

 その無様な変装が、どこまでも通用すると考えていたわけではないらしい、と。


「クレメンス・ダキアはぁ、立派に隠居ジジイだがぁ、元・《最上位冒険者トップ》だぁッ! その名も、《蹴り殺し》のダキアッ!!」


 なにそれコワい、とオルは思った。


「足癖ぇと口がワリぃからぁ、気いつけろッ!!」

「なにを、どう気をつければ良いのでしょうか?」

「見えて来たぞぉッ!」


 ハガルが前方を指さす。

 指し示された方向、道の先には小さく壁のようなものが見えていた。

 かなり距離があるはずなのに視認できるということが、その大きさを物語っていた。


「あれが、属領都市、《カンビローナム》だぁッ!!」


 なぜか得意げなハガルの声に、オルだけではなく、ほかの面々もまた幌から顔を覗かせる。



〈――《ルエルヴァ共和国》、属領都市、《カンビローナム》。

 当地は、《ロクトノ平原》の南南西に位置し、元々は《魔族戦争》の中期から終期にわたり、人族陣営の前線基地のひとつであったに過ぎない。


 《魔族戦争》最終期には兵站基地としての役割を担い、終結後、一時的に放棄されさえした。

 当地を含む周辺の広大な地域に、統率を失った《魔獣種モンストゥルム》が出没するようになったためである。

 その数年後、《デモニアクス》とその一党による《アブノバ鉱山》探索と鉱脈の再発見に端を発して、《鉱山》の再発掘と当地における都市建設が《元老院》によって決定される。


 当時の《ルエルヴァ共和国》においては、拡大する領土と生産体制の拡充に向けて、鉱物資源の需要が増大していた。

 《アブノバ鉱山》の再発見は、当然、《元老院》と《共和国》が歓迎するところのものであり、《デモニアクス》と彼の推進した《冒険者》という新しい民階級の評価へとつながった。

 以来、当地とすべての《冒険者》は、その恩恵に与っていると述べるべきであろう。


 しかしながら、なぜ《デモニアクス》が数ある遺棄地のうち、《アブノバ鉱山》の探索を優先したのかは定かではない。

 《アブノバ鉱山》が、《魔族》陣営における有数の採掘場であったという事実は、《デモニアクス》の探索ののちに回収された資料によって明らかになった事実であり、それを事前に知る術は無かったと思われる。


 あるいは、《義侠の神》が彼の頭脳に直接、閃きを与えたのかもしれない――



――当地における《冒険者ギルド》の設立を記念して。《カンビローナム》支部、初代支部長、エーダ・ドライヤー――〉


……という石碑が、《カンビローナム》の《冒険者ギルド館》支部の門の内側に建てられていた。

 それをリザルが一同を代表して、読み上げたところだ。


「ふーん?」

「興味深いですわ。わたくしの祖先には、《神官》としての素養まであったのでしょうか?」

「……おそらく、また、違ったひとが教えたのでしょう……」


 オルは小さな呟きを漏らして、周囲を見回した。


 実際、《カンビローナム》という街は《ルエルヴァ》には及ばないが大きな街だった。

 だが、よほど急いで造られたのか、景観は極めていびつだった。


 古い城塞の名残なのか、崩れかけたような、あるいは損なわれていない石積みの壁が、街のあちこちに用いられることもないままに残されているのだ。

 それらは、《ルエルヴァ》式の背の高い集合住宅のただ中に、ぽつりぽつりと存在している。

 新しい建造物が区画ごとに整然と並んでいる中に建つ、無用の古びた石壁はひどく悪目立ちしていた。


 しかも、旧城壁の建ち方には法則性が見られない。

 通常ならば、遺跡のような欠片から、かつての完全な城壁がどのように建てられていたのかを想像できそうなものだ。


 だが、左手に見える古い壁と右手に見える古い壁を、頭の中で修復して繋げてみても、垂直に交差してしまう。

 方形の城だったのかと思えば、それらの奥には斜めに街を横切る壁が見え、振り返れば曲線を描く壁がある。


 加えて、オルの眼前にそびえる石造りの《冒険者ギルド》支部も奇妙なことになっている。

 左半分ほどが古いほうの壁と同じ色合いで、右半分ほどはなんだか新しいように見えるのだ。


 そして、《ルエルヴァ》の市内とも比較できそうな、人、ひと、ヒト。

 街に入ったときはそうでも無かったのが、《冒険者ギルド》に目前に異様な賑わいを見せた。

 そのため《一角獣》の馬車はちっとも進まず、オルたち若年組だけが人混みに揉まれながら徒歩でここまでやって来たのだ。

 オルはひとりで前世の繁華街の光景を思い出していた。


「オルくん」


 きょろきょろしているオルの名を、リザルが呼んだ。


「壁のことだよね?」

「ええ、見れば見るほど不自然です」


 リザルはオルの言葉に頷いた。


「僕が聞いた話だと、《カンビローナム》は《魔族戦争》期に、何度も人族陣営になったり、《魔族》陣営になったりしたみたいで、そのせいらしいよ」

「というと?」

「城を壊したり、建て直したりが、あんまりに頻繁過ぎて、壁の土台がずれたんだって。《魔族》と人族じゃ、建築様式も違ったみたいだし。この《ギルド》支部も古い城壁の一部を利用しているみたいだね」

「新しく都市を造り直すときに、もう少しなんとかならなかったのでしょうか?」

「そうだよねぇ。……たぶん、ここを建設したときの属領提督と下級監督官が、ずぼらだったんじゃないかなぁ。……それにしても、」


 リザルも《ギルド》の敷地の外を、振り返る。


「この混雑は、いったい、どうしたんだろうね?」


 リザルにも混雑の原因はわからないらしい。

 ざっと見たところ三百人からの人が、オルらの背後に集まっているようだった。


 一方向に向かって歩けばいいのに、この人混みは、所々で流れたり流れなかったりしている。

 特に、オルたちの背後の門の辺りで足を止めている人が多い。

 鉄柵で仕切られている《ギルド》の敷地内にまで入って来ないのは、《重装歩兵ホプライト》が二十人ほど、門扉の内外にいるからだろう。


 《ギルド》支部に来るまでは、ほんとうに酷かったとオルは思う。

 はぐれないように四人で手を繋いだほどで、《ギルド》の門を通るときが最悪だった。

 沢山の肉体に圧し合されながら、身分証を示さなければならなかったからだ。


「祭りでもあるのでしょうか?」

「この時期に、大きなお祭りなんかないと思うよ?」

「でも、汚れた服装の人も多いですし、巡礼者かもしれませんよ?」


 さらに言えば、この人混みを形成している者たちは《ルエルヴァ人》だけではない。

 オルと同じような《グリア人》、オルが見慣れた《ギレヌミア人》、そして、大多数はオルが今まで目にしたことのない肌の黒い者だ。

 もちろん、《ルエルヴァ》にも多くの異郷人たちが居たが、今、オルが目にしている数はその比ではなかった。


 リザルとオルが意見を出し合っていると、リシルも参加する。


「《カンビローナム》には、それほど大きな神殿はありませんわ。巡礼の方々ではないでしょう」

「こいつが言うことが正解だろうな。歩いてるやからの半分ぐれえは、下を我慢でもしてるみてえな顔色だし、微妙にゴツい。鉱山奴隷じゃねえか?」


 珍しくルクレシアがリシルに賛同している。

 オルとリザルは思わず、ふたりのほうを見た。


「……いつまで、手を繋いでいるのですか?」


 オルの問いかけに、リシルとルクレシアは同時に握り合わされた手を見る。

 慌てたようにルクレシアが手を引っこ抜いた。

 リシルはちょっと、意外そうな顔をし、ルクレシアへ微笑みかける。


 ルクレシアはそれには応えずに、さっさと先へと歩き出した。


「まあ、行こうよ?」


 リザルもそう言って、ルクレシアの背を追った。

 そうして、オルたち四人は《カンビローナム》の《冒険者ギルド》本館の入口へと歩き出す。


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