第89話



 旅そのものは順調に進んでいる。

 オルレイウスは馬車のほろの隙間から外の景色を眺めながらそう考えていた。

 オルの瞳に映るものは、ほとんどの場合、どこまでも長閑のどかな、ひなびた景色と、頻繁に現れる《オバル街道》を行き交う旅装の者らの姿だった。


 《ルエルヴァ》を出発してからしばらく、青々とした広大な畑や豊かな草地が続く。

 それらの間に点在する柵囲いの小集落と《街道》沿いの宿場町には、脅威の影など少したりともないようだった。

 それは、それぞれの集落を取り巻いているものが単なる木製の柵に過ぎず、いくつかの宿場町を囲う古びた石壁でさえ、あちこちが崩れて修復されていないことから、その必要が無いのであろうとオルにも推して知れた。


 遠くからは行く手に立ち塞がるように見えた長大な山影も、そこを抜ける谷合の整えられた《街道》と傾斜をものともせずに登る《一角獣ユニコーン》の前には無用の長物以下のもの。

 その山々が《ルエルヴァ》と《ロクトノ平原》の間を南西から北東へと切り裂く《セヴィーナ連山》であると、意気消沈中のリザルが説明した。

 鬱蒼とした森林に蔽われた《セヴィーナ連山》の山肌にも、朽ちかけたまま放置されたような砦の痕跡が見受けられる。


 死にそうな声のリザルによれば、この谷合が《ルエルヴァ》から《ロクトノ平原》までの道程のおおよそ三分の一にあたる。

 一行が谷を通る間にも、旅に出て四日目の空は赤を通り越して紫紺に暮れ始めた。


 馬車の速度が大きく下がり、御者台からハガルの大きな声が谷間に響く。


「おい、ガキども! 今夜の宿が見えて来たぜ!」


 オルが幌の隙間から頭を突き出すと、前方には宿場らしきものはなく、少しばかり視線を上に移すと《街道》を挟む山の中腹に小さな灯りがいくつも連なっているのが見えた。

 目を凝らしてようやく、それらが谷間にさしかかってから時折目にした崩れかけた砦のひとつにたかる燈火だということが知れた。


「ハガル? あの風化しつつある所に泊まるのですか?」

「ああ! 星々ゾディアックがばっちり見えるぜッ!」


 得意げにそう語るハガルの声に応じる者は、車上にはいなかった。


 昨夜以来、一行の若年構成員の関係性は壊滅的なところまで悪化し、快速を誇り続ける《一角獣》の健脚に比べなくとも、車上の空気がどんより曇っていることは明白だった。

 主因は不機嫌を通り越して沈黙し続けるルクレシアだったが、それを惹起じゃっきしたのは間違いなく、ほぼ精神的に死に体のリザルだった。



 旅が進むにつれリシルに慣れ始めたリザルは、オルだけではなくリシルも話し相手とするようになっていった。

 おもにリザルが一方的に蘊蓄うんちくを垂れるばかりではあったが、オルにとっても世間馴れしていないリシルにとっても、中々有益な話が多かった。


 問題はそこからだった。

 舌の滑りが良くなったリザルは、ルクレシアのことを語り始めたのだ。


「ルーシーはねえ、お師匠と出会ったときもまだ、おねしょ癖があって……」

「ルーシーは、乱暴に振る舞っているけど、おっちょこちょいで……」

「ルーシーは、小っちゃいころは、そりゃあ可愛くて、いつでも僕の後ろにくっついて……」


 リザルの、「ルーシー語り」は、そのほとんどが彼女の失敗談か幼児期にありがちな他愛ない話だった。

 しかしながら、リザルの語りがいつも「だから、ルーシーは良い子なんです」で終わったことから考えても、それが積極的に会話に加わろうとしない妹弟子への配慮から出た、言わば優しさだったということは推測に難くない。


 加えて、よりによってそのような内容を選んだ理由は、ルクレシアがこれまでの旅の間中どことなくリシルに威嚇的であり続けていたからだろう。

 つまり、「ルクレシアは怖くないよ」と、リザルはリシルに訴え続けていたわけだ。


 リザルも本人に聞かせまいと配慮していたようだが、たったの六人での集団行動中だ。

 自分を話題にした談話はルクレシアの耳に入ってしまった。


 それは、旅に出てから三日目の夜、つまりは昨夜。体を洗いに行ったはずのルクレシアが部屋に戻ってきたときだった――



――昨夜、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 輪になって座って「ルーシー語り」に耳を傾けていたオルたちを見下ろしてから、戸口に立ったルクレシアは口を開いた。


「……隠れて、オレをバカにしてたのか……?」


 誰もが突然の出来事に固まっていた。

 陽に焼けた彼女の肌に、さらに濃い朱がさしているのを見て、一部始終を彼女が立ち聞きしていたのだということをオルは悟った。

 同時に、リザルの配慮が裏目に出たのだということも。


「オレを、笑いものにして、愉しいのか?」


 正確には、誰も笑いものになどしていなかった。

 ほのぼのとした微笑を湛えて、オルもリシルも、リザルの言葉に耳を傾けていたのだ。

 だが、ルクレシアの立場になってみれば、好意的に受け取ることができないのも無理はないとオルは察した。


 彼は自分のためにも、リザルとリシルのためにも弁解しようと試みた。


「僕たちは、打ち解けていないルーシーの」

「おい。……いつから、おまえまでオレを陰でルーシーとそう呼んでんだ……?」


 オルは即座に己の失敗を悟った。

 直前までリザルが「ルーシー」という呼称を連呼していたので、釣られてしまったのだ。


オレかわいいルーシーを、ネタに、みんな仲良く睦まじく、ってか?」

「違うんだ、ルーシー、ちが……」


 リザルが言葉を飲み込んだのも無理がないことだと、オルは思った。

 ルクレシアの怒れる瞳に涙が滲んでいたからだ。

 そして、なぜか彼女の視線は固まり続けるリシルへと向かう。


「おい、気持ちいいか?」

「え?」

「おまえも、おんなじなんだろうが? ……ものも知らねえフリした、お貴族サマの小娘が、こいつらをけしかけてオレのことを使い潰そうってぇ魂胆だろう?」


 ルクレシアの言っていることが、言われたリシルにも傍で聞いていたオルにもわからなかった。

 ただひとり、リザルだけが「あっ」という顔をしていた。


「違う! ルーシー!」

「……リズ、おまえとも、しばらく口利かねえ……」


 そう言ってルクレシアは、部屋の真ん中のみなの間を突っ切ると、荷物を漁って忘れていった手拭いを引っ張り出し、扉を勢いよく閉めて出て行った。

 慌てて彼女の背を追ったリザルだったが、しばらくしてなぜかハガルと共に戻って来た。


「なんで、俺があのガキと部屋ぁ、代わってやらなけりゃならねえンだッ!」


 ハガルはそう言って、オルとリザルに説教を垂れた――



――いっそ、笑い話のたぐいとして当人を揶揄からかうなりしていたならば、これほど険悪な状況にはならなかっただろう。

 オルは崩れかけた砦から離れた山中をうろつき、夜空を見上げて、昨夜来の事態について考えを巡らせていた。


 砦と言うよりは、もう既に遺跡とでも形容すべき建築物の傍らでは、焚火がいくつか煙を上げていて、それらのひとつを囲む人影の中にはハガルの姿があった。

 この場所に集まっている人間は旅慣れた者が多く、《冒険者》も多いらしい。

 ハガルは、彼らとの情報交換の真っ最中だ。


 オルとしては、ハガルかルダニスのどちらかにルクレシアとオルたちの関係修復を頼みたかった。

 だが、ハガルとルクレシアは最初から険悪だし、ルダニスは喋らない。

 土台、無理な話だった。


『なんてばかばかしいんだ』


 延々と頭を悩ませ続けているオルに、呆れ果てた《ピュート》はそう言った。

 オルは相変わらず《蛇》を無視する。


『オル、《蛇》の言うこと聴くがいい。相手は、お前が全裸になるだけで、捻り潰せる小娘だろう? 殴って踏んづけ、従わせれば、終いじゃないか?』


 オルは信じられないことを聴いたという思いと伴に、遠くの焚火に照らされて薄く伸びた自分の《影》を凝視した。


『《蛇》は当然のことを言っただけ。ふつうはそうするものだろう?』

「きっと《蛇》には、わからない……」

『じゃあ、どうすると? 《蛇》は、お前のどうどう巡る考えに、目が回って吐き気まで覚えてる』


 オルは《蛇》の主張を鼻で笑う。

 この少年は、ルクレシアやそのほかの人族には不当なほどに気を遣うのに、《蛇》にはいささか気安すぎる。


『だいたい、お前は同胞を捜しているのだろう? こっちの小娘は、似ても似つかない血。あっちのやつらは、半分だけは同じ種類。……だからお前は、車輪の上から、人族どもを必死に見物しているのだろう?』


 《蛇》の述べたことは、種族と血族の論理の一里塚にほかならないし、実際、オルは旅の時間の多大な時間を、道行く者を観察することに費やしている。

 このような場所にいるはずもない三人の友人を、わずかな希望を視線に込めて捜しているからだ。

 加えて、彼は暮れかけた宿場町の散策も旅の間の日課としていた。


 それもこれも、友人と再会を喜び合って抱き合うという望みを託した行為にほかならない。


「僕は、《グリア人》だからアークリーたちを捜しているわけじゃない」

『やつらはきっと、お前の役に立つ。だからだろう? だけど、今、捜している小娘は役になんか立たちゃあしない! お前の手を煩わせてばっかりじゃないか!』

「それはそれ、これはこれ」


 オルは《蛇》にそう告げると、またルクレシアを捜して砦の周囲の森林をうろうろし始める。


 食事を終えたあとのルクレシアの動向は掴めていなかった。

 段々と焚火から遠のいて、いつのまにか消えてしまっていたのだ。

 追いかけようとするリザルとリシルを宥めて、オルは現在、彼女を捜して夜の山を散策中だ。


 リザルは連れてくるべきだったろうか、とオルはそんなことも考えている。

 ルクレシアと長い付き合いのリザルならば、彼女の行動に心当たりがあるのではないか、と。


『なんてことだ、オル。四日、たった四日だ。それだけの間に、お前さん、またぞろ余計な面倒ごとを抱え込んでいる』


 オルだって理解している。

 今のオルの目的地は《アブノバ鉱山》であり、大目的は同郷の友人たちを見つけ出すことなのだ。

 それなのに、その上に、ルクレシアまでを捜しているということなど。


『あの小娘は、枝葉じゃあないか? 別に、必要なんかじゃない』

「……今夜はやけに饒舌だ」

『リシルがいない! それにアマリアという乳の大きな女もだ!』

「アマリアさんが、なんだというんだ?」

『あれは、《陽神》臭いんだよ、オル。……ああ、言いたいことはいくらでもあるのさ、オルレイウス。お前の周りは、だんだんとおかしな方向へ転がっている』

「いったい、なにを言っている?」

『いいか、オル? お前は、《ルエルヴァあそこ》に帰るべきじゃあない。殺しておくべき者どもが多すぎる』

「殺す? どんな冗談だ? それに、《ルエルヴァ》から逃げるだって? そんなことをすれば、神罰が下る」

『さらに、北に行けばいい! 北は《義侠神》が強くて、《純潔神》はまだ弱い! もう、わかっているはずだ、オル。お前は《義侠神やつ》のお気に入り。お前が逃げても、せいぜいヤツら・・・は遠矢を放つぐらいしかできない!』

「ヤツら? ……《蛇》、お前は――」


 そのとき、オルは歩みを止めて空を見上げた。


「さっきから、なにブツくさ喋ってんだ……?」


 星空の中に伸ばされた木々の梢。

 そのうちの逞しい一本にひとりの人が器用に寝そべっていた。

 星影が逆光になって、その表情は読めなかったが、体の輪郭と声でオルはそれがルクレシアだと気づいた。


「……大したことではありません」


 オルの返事を聞き終る前に、ルクレシアは身軽に枝の上から彼の眼前へと飛び降りた。


「《ルエルヴァ》から逃げるってのは、なんの話だ?」


 オルは思わず体を強張らせた。


「うちの姐さんが、どうとかも言ってたよなあ? 誰かを殺すってのは、冗談なんだろうな?」

「ほんとうに、大したことではないのです」


 二度目の否定。

 それがオルの心臓を絞めつける。

 ウソではない、ウソではないが……と。


「小せえことだってのかッ? おまえがとんずらこきゃ、オレらだってどうなるかわかんねえッてのによ?」


 ルクレシアが一歩だけ、オルに詰め寄った。


『もう、殺そう、オル。その小娘は、面倒だ』


 《蛇》の進言をオルは、久しぶりにその戯言を聞かされたとばかりに、丁寧に無視した。

 そして、逆さまにひとつの決断をする。


「ルクレシア。……わかりました、僕は逃げるつもりはありません。……そのほかのことも、正直に話しましょう」

「はっ? なんのお話しだ? あの、ちんちくりんの話だってんなら勘弁願いてえな? それとも、そいつの下は素っ裸だっていう、おまえの変わったご趣味についてかぃ?」


 オルは首を横に振った。


『ばかやろうだな、オルレイウス! やめろ! くそ童貞めっ!』


 オルは《蛇》の言葉にも少しも表情を変えなかった。

 今度は以前のリシルのときのようには止まらない。

 揶揄やゆをものともしないほど、オルの肚は据わっていた。


「僕は、数日前に、ルクレシアのことをもっと知りたい、そう言いましたね?」

「ああ、そうだったな。……オレはてっきり、お前がオレに惚れてんじゃねえかと思った」

「それは、ありませ――うぐっ!」


 間髪入れずにルクレシアの拳が、オルの腹部にめり込んだ。


『オル! やっぱり、殺そう!!』


 オルはよろめきながらちょっと後ろを振り返り、自分の《影》を睨みつける。


「いいかッ! そういうのはなぁ、こっちに言わせるもんなんだよッ!! この童貞!」

「げほっ。……以後、気をつけ」

『そうだ、童貞! だから、お前はダメなんだ! 口を閉じて、さっさと戻って寝てしまえ!』


 オルは、やはり《蛇》だけを睨みつける。

 ルクレシアがふうっと大げさなため息をついた。


「わかってんだよ。おまえら男はいつだって、いい血統の、小奇麗な、あのちんちくりんみてえのが好みなんだろう?!」

「それも、ありません」

「…………同性愛か? 貴族の中にはたまに」

「極論ですね。違います。……続きを、よろしいでしょうか?」


 ルクレシアはちょっと首を傾げてから、頷いた。


「ルクレシアのことを知りたいと言った以上、……決して、恋愛感情はありませんが」

「そこはいいんだよ」

「失礼しました。……あなたのことを知りたいと言った以上、僕もあなたに僕の事情を打ち明けないわけには、いかないでしょう」


 《蛇》は己の宿主の、頭の中身を疑う。

 なぜ、弱々しい人族の小娘ルクレシアごときに、そのようなことを語って聴かせてやる必要があるのか、わからない。


「おまえの事情だぁ? ……はっ、どうせ、《グリア》の貴族の出だなんだ、って話だろうよ?」


 オルは思わず眼を見開いた。


「ほらなっ、当った」

「当りではありませんが近いです……なぜ?」

「おまえは、いつもどこか気が抜けていやがるのさ。不自然に余裕ぶっこいてる。なんにも知らねえ癖に、ちゃんと学がありやがる。……ちんちくりんにも、リズにだって気後れしねえ。イヤなやつだ。だいたい、そういうのは貴族だ」


 オルはその辺りの事情については話すつもりは無かったが、ルクレシアの思わぬ慧眼に感心する。

 いや、当然といえば当然のことなのだろうか。


「……わかってんのさ、オレだけ場違いだってんだろ? リズだって、いいやつだけど、お貴族さまだ。おまえら勝手に仲良くしてりゃあいい!」


 ずずっと鼻を鳴らして、顔を背けるルクレシア。

 彼女の頬に乾き切らない涙のあとがあったことぐらい、弱まっているオルの視力でも少し前からわかっていた。

 ルクレシアはオルに背を向けて、顔を掌で拭っている。


「先に、そちらの話をしておきましょうか。……リザルはこのパーティーと、あなたのために、あなたの愛嬌のある部分について」

「わかってるっつーの。リズはいいやつだ。お気楽で、頼りねえけどな。母ちゃんや姐さんのためなら、頑張れるやつだ。リズが陰口なんか言うわけねえ」


 今やルクレシアは、オルに背を向けたまま膝を抱えるようにしてしゃがみ込む。

 どう見ても拗ねているようにしか見えない。

 だが、ふいに彼女がドスの効いた声を出した。


「……貴族の女どもってのは、信用ならねえんだ。陰険なんだ。……いや、どいつもこいつも、信じちゃならねえ。……オレがしっかりしねえと、救貧院うちはダメなんだ」


 最後のほうは、とても小声で、どうも自分に言い聞かせているようだった。

 オルは少しだけルクレシアのことを理解したような気持ちになった。


 そして、一方的に自分だけが理解することを、平等ではないと考える。

 《蛇》はオルの思考を知って戦慄する。


「ルクレシア、僕は《福音持ちギフテッド》なのです」

『やめろ!』

「しかも、全裸になればもの凄く強くなり、」

『やめてくれ!』

「服を着込むほど、弱くなるという《福音ギフト》を与えられています」

『ああ!』


 《蛇》は慨嘆の声を漏らさざるを得ない。

 ハギルとルドニスの違法行為ひみつを隠そうとするオルレイウスが、なぜ、自分の《福音ひみつ》については口が軽いのか。


 いや、決して口が軽いわけではない。


 ニコラウスの手記を読んで以来、オルレイウスの心は揺れている。

 偽らねばならない、口にしてはならない理由が、より鮮明になったからだ。


 たったひとつの告白が、自分の首をじわりと絞める。

 それをオルだって理解している。


 だからこそ、今回の告白に、彼は勇気を振り絞っている。

 今までの投げやりな報告ではなく、ささいな、それでも確かな勇気を抱いている。


 その違いは、おそれだ。

 拒絶には慣れているのに、今さらそれを懼れる理由は、命を捨てられないからだ。

 この広大な国のどこに、彼を処刑台へと引っ張っていく耳目が生えているかわからないし、眼の前の少女がそれでないとは限らない。


 受け容れられずに逃げて、あるいは自ら拒絶して逃げて、半ば自棄になっていたときとは、異なっている。


 オルレイウスは選んだ。

 他者に用意される境遇すべてから逃げて来たオルは、小さな意気地によって選んだ。

 そして、自らを選んだ友を迎えに行くことも、また、選んだはずだ。


 なのに、なぜ、こんな無益な危険を冒そうというのだろう。


『ばかばかしい勇敢さだな、オル!! ――さあ、殺そう! オルレイウス!! 告解は済んだろう?! 娘を殺して口を封じろ!!』


 だが、オルは《蛇》の忠告を却下し、ルクレシアはオルの常軌を逸した告白を真には受けなかった。


「……ちっとも面白くねえ」


 オルはどこか安堵し、どこかやるせない気持ちで頷く。


「ええ、僕としても、まったく面白くはありません。しかしながら、事実です」


 二度目の告白。しかし、ルクレシアはやはり鼻水をすすっただけだった。


「……なんだ、元気づけてるつもりか?」

「違います。僕は……ルクレシア。……あなたに対して、真摯でありたいと考えているのです」

「真摯? ……意味わかんねえよ」


 オルは、しゃがみ込んでいるルクレシアの正面へとゆっくりと回り込み、片膝を地面へと下ろした。

 彼が視線を合わせようとすると、ルクレシアは顔を隠すように膝に埋める。


「つまり、僕とあなたは平等――対等ということです」


 ふん、とルクレシアが鼻をすする。


「なにが対等なもんか……おまえは奴隷じゃねえか? オレのほうが、まだマシだ……」


 ちっとも、そんなふうには考えていないことが、オルにも知れた。

 その言葉が、単なる強がりだということがわかったのだ。


「それでも、僕は勝手にあなたと、リザルやリシルと、そしてハギルやルドニスとも対等だと考えています。そして、全員が同じならば、それは平等ということでしょう?」

「全員が同じ? ……《重装僧侶》に《神官》に、《工兵》や《弓兵》も? 《民会》だって全員違うじゃねえか……」

「全員違うけれど、言いたいことを言い合って、同じように言葉に耳を傾けることができて、同じ場所で寝起きして、同じご飯を食べている。……対等です」


 ルクレシアが未だ濡れて乾かない目を腕の間から見せる。

 オルはその目を真っ直ぐに見つめて、言う。


「それが、《冒険者》というものなのでしょう?」


 《蛇》はただ、安堵している。

 オルの告白を、ルクレシアが真に受けなかったことに安堵している。


 オルもまた安堵していることは事実だ。

 しかし、彼はどこかでルクレシアに理解されたいと願っている。

 彼の捜している三人の友人たちと同じように、彼女がオルを受け容れてくれることを望んでいる。


 ルクレシアは同じぐらいの高さにあるオルの目を見返して、ぽつりと言う。


「おまえの言ってることは、よくわかんねえ。……あのちんちくりんとオレは対等なんかじゃねえし、リズとだって対等なんかじゃねえ……」


 だけど、とルクレシアは呟いた。


「……おまえは元貴族の奴隷で、オレはずっと貧民だ。考えてみれば、おんなじくらいなもんかもしれない……」


 オルは微笑を浮かべて手を差し出した。


「みんなの元に戻りましょう」

「…………待て。……その前に顔を洗いてぇ……」


 ルクレシアは長い沈黙のあとで、そう言ってからオルの手を握り返した。


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