第91話



 オルレイウスの倍ほども背の高い入口の扉を開くと、すぐに広い玄関広間が彼らを出迎えた。

 丸い卓と椅子のまとまりがいくつか並べられていて、その奥、入口の正面には木製の長い作業台に囲われた受付がある。

 受付の左右の壁際には、下へ降りる石階段と上へ昇る石階段がそれぞれ造られている。


 外観もそうだったが、本館の内部もどこか古めかしい印象だ。

 壁際や受付内の調度品のたぐいは比較的に新しいように見えるが、空気は少しかび臭い。

 《ルエルヴァ》の本部よりも、かつて訪れた《オクトダラス》支部本館に似ているとオルは思った。


 そんな薄暗く埃っぽい《冒険者ギルド》の建物内側は、明らかにざわついていた。

 と言っても、《冒険者》らしい者の姿はほとんど無く、盛大に並べられた卓も椅子もふたつみっつ埋まっている程度で、ほかは空っぽだ。

 閑散とした建物の中、少数の《ギルド》職員たちがせかせかと動き回っている。


「これってまずいんじゃない?」

「早く出てってくれないかしらね」

「俺、そろそろ帰りたいのですけれど」

「私だって帰りたいわ……」


 受付の向こう側ではひとかたまりになった若い職員が、愚痴のようなことを言い合っていた。


 誰もオルたちが入って来たことを気にも留めない。

 《オクトダラス》の《冒険者ギルド》支部本館は、このようではなかったとオルは思い返す。


 対照的な外の喧騒と考えあわせて、オルの背筋をちょっとした悪寒が撫でる。

 ふいに足を止めたオルを、ルクレシアが振り返る。


「おい、早く行こうぜ」

「……今、気づいたのですが。ルクレシアの言うように、外にいたのが鉱山奴隷の人たちならば、ここでなにをしているのでしょうか?」

「あん? ……あ」


 ルクレシアも、またなにかに気づいたようで大きく顔をしかめた。


「え? 《アブノバ鉱山》が休鉱だから、《カンビローナム》にいるんでしょ?」

「お休み中なので、お買い物をされているということでは、ございませんの?」


 リザルとリシルの問いに、オルもルクレシアも無言を返して、とりあえず受付に向かうことにする。


 ひとかたまりになっていた職員のひとりが、どこか憂鬱そうに行進するオルたちに気がついて声をかける。


「今日は、帰ったほうがいいと思うわよ。《見習い》でしょ? それとも《初級》? どちらにしても」


 オルは首を横に振って、袖の中から受付の作業台の上に身分証と依頼書を置いた。


「《アブノバ鉱山》第二十七坑道探索を受領した《中級冒険者》パーティーの、〈人馬ケンタウルスのアンリオス〉です。ダキア支部長に御目通り願いたいのですが」

「は?」


 眼の前の女の反応を見て、オルは失礼な人だ、と思った。

 だが、ほかの《ギルド》職員たちまでも、オルに返事もせずに我も我もと木製の板の上に置かれた依頼書と身分証を覗き込む。


「まだ、二月と経っていないぞ?」

「いえ、でも間違いなく本物だわ」

「急いで、支部長へ」


 男性職員のひとりが受付から駆け出して、二段飛ばしで壁際の石段を駆け上がっていく。


「……少々、お待ちください」


 最初にオルを応対した女性が「えへん」と小さく咳払いをしてから、そう言った。


 オルは後ろに立っているほかの三人を振り返る。

 リシルはよくわからないとでもいうようにオルに微笑み返し、リザルは「あの人、スゴい慌ててるね」と囁く。

 ただひとり、ルクレシアのみが事態を察知しているようで、眉間に極めて深い溝を刻んでいる。


 オルは彼女の腕を掴んで、受付に背を向けた。

 少しだけ受付から離れると、手振りでルクレシアに少し屈むように要請する。


「……どう思いますか?」

「……きなくせえなんてもんじゃねえ。たぶん、この建物なかに誰かいる」

「誰か? どういうことですか?」

「外の《重装歩兵ホプライト》を見たな? あれは、格好からして正規兵だ。《冒険者》じゃねえ」

「正規兵?」


 ルクレシアが腰を屈ませながら頷き返す。


「たぶん、ここに駐屯してる軍団の兵隊だ」

「それが、どうして《冒険者ギルド》なんかに? 《冒険者ギルド》と《兵員会》は基本的に無関係のはずですよね?」

「だから、さっきの駆けっぷりから見ても、たぶん関係のあるやつが今、上の階にいるんだろ?」

「……つまり、その誰かの護衛に、兵士を?」


 ルクレシアは両掌を上へ向けて、首を傾げる。


「さあな。……だけど、リズも言ってただろ? 仕事がありゃ、報酬はらいがあるって。……休鉱になったら、外のやつら、どうなんだろうな?」

「…………僕らは、火事場に来ているわけですか」


 ルクレシアの瞳の底に、オルはひとつの言葉を見た気がした。

――暴動。

 だが、それにしては大人しい。

 それに、なぜ今さら、とオルは考える。


「――彼らを上に連れて来るようにと、提督閣下が!」


 石段を転がり落ちるようにして、戻って来た職員がそう言った。

 オルとルクレシアがそちらを振り返ると、ふたりをじっと見ていたリシルが別の方向へと視線を逸らした。



 階を上へと上がって行くと、幾人かが言葉を交わしている声が聞こえて来た。

 話し合っていることは間違いないが、音を弾く石壁の廊下に響く声色から参加者の少なくともひとりが非常に激していることをオルは悟った。


「こちらです」


 《カンビローナム》の《冒険者ギルド》本館の三階。

 《ギルド》の職員が、オルたちに足を止めるように手振りで示し、扉を軽く叩く。

 どうやら、口論真っ最中の部屋の中へと導かれるようだ。


「なんだね?」


 口論が已み、扉の内側から男性の疲れたような声がかかった。


「第二十七坑道探索の担当パーティーが来」

「来たのかっ?!」


 がたっと室内から音がして、続いて足早に扉に駆け寄る物音。

 その声は、やはり男性のものだったが先程の声とは別で、どうやら怒鳴り声の主のようだとオルは察した。

 ばんっ、と扉が勢いよく開け放たれて、顔を期待で膨らませたような丸顔の男が姿を現した。


「――待ちかね……」


 オルたちの姿を見て、男の丸顔が急速に曇る。

 男は、「どういうことだ?」と、目で《ギルド》職員に訴えかけた。


「マルケルス様。こちらが、本部より派遣された《冒険者》パーティー、〈人馬のアンリオス〉の方々」

「子どもばかり……《グリア人》までいるじゃないかッ!!」


 男は既に、オルも職員も見ていなかった。

 部屋の中を振り返り、誰かに向かってそう怒鳴るように叫ぶ。

 その声に応じるのは、さきほどの疲れたような声の主だ。


「さて、《冒険者》には年若い者も相応におります。また、奴隷も珍しくはございませんな。特に、妥当な等級が決定できぬ場合には奴隷が優先的に」

「――なんの冗談だッ! ご老人!!」

「さて、わしがなにか冗談を申しましたかな?」


 明らかに激している丸顔の男の言葉に対して答える、疲れたような、どこかとぼけたような老齢の男の声。


「こんな、子どもを寄越すなんて、《冒険者ギルド》はなにを考えているんだッ!」

「さて? せいぜい、探索等級を判定するために十分なだけの実力を有した《冒険者》の派遣、といったところではございませんかのう?」

「なぜ、問題の解決を目指さんのだッ!」

「さて、なぜでしょうな。ま、どちらにせよ、この依頼は一時無効となるでしょう」

「それでは困るんだッ!」


 オルたちを外に立たせっぱなしのまま、ふたりは論を交わしている。

 それにしても、依頼が無効とは。


 オルの背後のルクレシアが小さな舌打ちをこぼした。

 そこに、静かな女性の声が響く。


「エリオ・シキニウス・マルケルスさん。席にお戻りなさい。……私たちにも、齢若い《冒険者》たちの顔を見せて下さらない?」

「左様ですな、提督閣下! 落胆されぬことをッ!」


 丸顔の男――エリオ・シキニウス・マルケルスは、ずんずんと足音を鳴らすようにして、彼が元々座っていたらしい入口と反対側の席へと戻っていく。

 オルたちは職員の女性に促されて、マルケルスに続いて部屋の中へと入った。


 部屋の中は、目立った調度品などもなく、実に簡素なものだった。

 強いて言えば、とても大きな三十人ぐらいが同時に席に着けそうな長方形の長机が、部屋の中央の大部分を占有していて、たった五人の者たちがそれを半端に囲んでいた。


「《カンビローナム》へようこそ。〈人馬のアンリオス〉さんと仰るのね? これほど、早く来てもらえるとは思っていなかったわ。……どうぞ、そちらへ」


 扉から一番離れた長方形の短い一辺に座っている中年の女が、そう言いながら自分の対面にあたる扉から一番近い席をオルたちに勧める。

 四人並んで座れるほど、机の幅も広くない。


「お気遣いありがとうございます。僕たちは、ダキア支部長様にご挨拶に来ただけですので、どうぞ、このままで」


 オルは疑問を飲み込んで言葉を選びながら、机を囲んでいる面子をざっと観察した。


 机の右手側の長い一辺には、さきほどのマルケルスという男が手前に、その奥に若い女が座っている。

 左手側の長い一辺には、手前にひとりだけ鎧を着て腕組みをした男と、奥にシャツのみのくつろいだ服装の老齢の男が座っている。

 そして、机の一番奥に座っているのが、さきほどオルに話しかけた中年の女。


 鎧の男と老人以外は、一枚布の上衣を体に巻きつけている。

 ただの井戸端会議をやっているわけではないことくらい、オルにも飲み込めた。


「そう? それでも、あなたたちに関係することをちょうど話し合っていたところだから、少し聞いていかれるとよろしいでしょう」


 明るい茶色から白いものが混じり始めた髪を結って巻き上げた中年の女が、そうオルに微笑みかける。

 どことなく上品な女性だな、とオルは思った。


「パルティモア閣下! このような子どもに聞かせることなど、ないでしょうッ! さっさと帰らせればいいのですッ!」


 丸顔で少しだけ贅肉ぜいにくを体に蓄えたマルケルスが、そう言ってオルたちを睨む。

 短い頭髪を丁寧に頭皮に撫でつけて潰しているような髪型のために、顔の丸さが異様に際立っている。


「マルケルスどの。パルティモア提督閣下は、彼らが同席されることをお望みです」


 マルケルスの隣に座る二十代であろう女が、年齢とは不釣り合いな皺を眉間に刻んで非難した。

 明るい茶色の若々しい髪を持つ女は、目鼻立ちは整っているようだが、顎や鼻がやや細く、その口調も相まって尖った印象をオルに与えた。


「……まあ、いいでしょう! どちらにせよ、こんな子どもでは期待もできんッ! そうでしょう、ご老人?!」

「さて? わしは目も耄碌もうろくしておりますゆえ、わかりかねますな」


 マルケルスに話を振られた老人は、「へっ」とでも言いたそうな表情だ。

 だが、マルケルス本人はまったく意に介さずに話を進めようとする。


「ここ《カンビローナム》にも、《上位冒険者シニア》とやらはいるのだろう?! そやつらを《アブノバ鉱山》へ向かわせるべきだッ!」

「さて、そう致したいところではございますが。問題というものは尽きませぬな。まず、依頼料は誰がお支払いくださるのかな?」


 肩ほどまで伸びた、少し癖がついて波打っている白髪をぼりぼり掻きながら老人は問う。


「最前も申し上げたように、《冒険者ギルド》とは厳密には《共和国》の官僚機構ではございません。報酬がなければ、《初級冒険者ビギナー》といえども動かせませぬ。どなたがお支払いくださるのでしょうか?」

「既に、《カンビローナム》提督名義で依頼は出しているだろうッ!」

「それを受けて、そこの者たちが来たのでしょう?」

「こんな子どもに、なにが出来るッ?! さっさと《上位冒険者》を動かすんだッ!」

「非常に残念ではございますが、現在、ここに所属する《上位冒険者》は出払っております」

「――きみには、愛国心というものが無いのかッ?!」


 老人は首を横に振り、オルたちを指さして、がなり立てるマルケルスを無視する。


「《アブノバ鉱山》から採掘される鉱物――特に金によって、《共和国》は回っていると言っても過言ではないッ! 休鉱になってもう二月を越えているのだッ! これは多大な損失なのだぞッ!!」


 両者のやり取りを、腕組みをして仏頂面で眺めていた鎧の男が、耐えかねたとでもいうように口を開く。


「新しい鉱山監督官どのは、冷静ではない」

「どういう意味かねッ?! ヘルダールどの?!」


 角刈り頭の鎧の男――ヘルダールはぎろっとマルケルスを睨む。

 マルケルスの丸顔に瞬時に脂汗が滲んだ。


「我が軍団も《カンビローナム》出身者が多い。ダキア支部長どののお考えはわかるつもりだ」

「な、なんだというのだッ?」

「《アブノバ鉱山》で人が消えたとなれば、誰もが連想するのだ。十六年前のことを」

「だから、それが、なんだというのだッ?」

「たとえ、相応の額で《冒険者》を釣ろうとしても、進んで死にたがる者などいない」

「それでは、《冒険者》の意味など無いではないかッ!」


 マルケルスの言葉に対して、どんっ、とヘルダールが机を叩いた。

 重そうな机が揺れ、彼の拳が机にめり込んでいる。


「慎重に事を運べば、十分に、最少の犠牲で、解決可能だった・・・のだ!」

「だ、だから、そ、それは、わ、わたしの責任ではない、と……」


 ぱんっ、と、ひとつ乾いた音がした。

 中年の女――パルティモア提督とやらが、手を打ち鳴らしていた。


「リキニウス・ロンド・ヘルダール第十二軍団団長さん。怒りをお鎮めください」


 腰を浮かせかけていたヘルダールは、マルケルスを睨みつけながらゆっくりと元の姿勢に戻った。


「ヘルダール軍団長には、私からも謝罪を致しましょう」


 パルティモアの言葉に、ヘルダールの怒りを灯した瞳が動く。


「お言葉だが、謝罪を頂けば、我が部下たちは《冥府の女王》に迎え入れられるのだろうか?」

「軍団長どの。それは無礼という」


 若い女が口吻を飛ばすが、それをパルティモアは手を伸ばして抑えた。


「無理でしょうね。……しかしながら、これは、私の心からの言葉だということはご理解頂きたいと思います」

「…………」


 ヘルダールは「ぶふーー」と長い息を吐き出すと、また腕を組み直した。


「ヘルダール軍団長。もう一度、私から確認させて頂きたいのですが、第十二軍団の《アブノバ鉱山》への出動は難しいということですね?」

「……提督閣下もご存知のように、我が軍団の最重要任務は、属領及び《共和国》内部への《魔獣モンストゥルム》の侵入を阻むこと。また、我々は大兵力を以っての決戦においてはおくれを取らないが、坑道探索などという任にまともに耐える者はいないだろう」


 しかし、とヘルダールは付言する。


「兵権は本来、提督あなたが握るものだ。かの《鉱山》に、どれほどの人数が飲み込まれ得るか確かめたいというならば、次は私から参りましょう」


 ぎろりと目を剥くヘルダールに対して、パルティモアはゆっくりと首を横に振った。


「もちろんのこと、そのようなお願いをするつもりなどありません。ヘルダールさんはもとより、軍団のみなさんも私たちと同じ《共和国》の民なのですから」


 そこでなぜかパルティモアはマルケルスへと視線を送る。

 彼は彼女の静かな瞳から目を逸らした。


「そうなると、私が採れる対策はやはりひとつでしょうね、ダキアさん?」

「……さて? ……常識的に考えるのであれば探索等級の修正を行い依頼の撤回と再発行を、というところなのですがのう……」


 パルティモアとクレメンス・ダキアの間に微妙な空気が流れる。

 静かな微笑を湛える彼女の目を、老年のダキアは鋭い眼差しで受け止めている。


「――ご老人、それでは、いかにも遅いのだッ」


 喘ぐように、あるいは懇願するようにマルケルスが言う。


「本来ならば既に、貯水池が満ちているはずの時に、必要なだけの坑道の深さもないッ! これ以上の放水計画の遅れは看過できないッ! それに、外の奴隷どもとて……」

「自業自得というものだろう」


 ヘルダールが吐き捨てるように言った。


「わ、私は、別に命じたわけではないッ!」

「お言葉ですが、『坑道に入らねば、食事の量を半分にする』という趣旨のあなたの発言を幾人もが聞いておりますが?」


 若い女にも鋭く追及され、マルケルスは怯んだが、それでも彼女に向けて懇願するように食い下がる。


「アヴィリア財務官どのッ。あなたならばご存知のはずだ。……二月も採掘が停止すれば、どれほどの損失かということはッ!」

「マルケルス鉱山監督官どの。あなたが無暗に坑道に送り込んだ奴隷たちも、《カンビローナム》、ひいては《共和国》の財産なのですが?」


 ふたたび、手が打ち鳴らされる音が響いた。


「もう、いいわ。私たちは、必要な程度には過ぎたことを把握できているはずです。……そうでしょう、アヴィリア下級財務官?」

「……十分ではありませんが……」


 鋭利な印象の女――アヴィリアは、マルケルスを睨みつつも頷いた。


「ダキアさん」

「……なんでしょうかな、提督閣下?」

「ちなみに、依頼書の再発行をして適当な《冒険者》が派遣されるのはいつごろになるでしょう?」

「……さて、順調に行っても、夏といったところでしょうかな」


 ダキアの回答に、マルケルスがなにかを言おうと口を開いたが、彼の顔をなめる脂汗ばかりが流れ、言葉は出て来なかった。

 そんな彼の様子を眺め、パルティモアは少し困ったような顔をする。


「マルケルスさんの言うことも一理あると思うのです、ダキア老」

「……遅い、と仰せられるか?」


 パルティモアが頷いた。


「《アブノバ鉱山》には総勢三千に上る鉱山奴隷がいます。そして、彼らの一部は今、不満を露わにしている」

「……外には鉱山監督官どのの部下の自由民までいるようですがのう?」

「ふふ、意地悪はやめましょう、ダキアさん」


 ぱくぱくと喘ぐマルケルスの様子を見て、パルティモアが微笑みをこぼす。

 そして、彼女はようやくずっとやり取りを見せつけられていたオルたちへと視線を移した。


「そこであなたたちの出番というわけよ」

「――提督閣下!」


 ダキアの表情が一変する。

 それまで、気怠げで疲れた顔さえ見せていた老人が、途端に険しい顔になる。

 だが、パルティモアは彼の変化をそよ風でも送られたというように受け流す。


「依頼の再発行となれば、あなたたちへの依頼は失効するわ。そうすると、あなたたちは遥々と《カンビローナム》までやって来たというのに、手ぶらで帰還することになるでしょう」

「ユリア・メトクロイス・パルティモア閣下!」


 言い募るダキアの隣。

 ヘルダールが彼に対して警戒感を露わにする。


 同時に、オルの隣のリザルが「あ」という呟きを漏らしていた。

 どうやら、ユリア・メトクロイス・パルティモアの名に反応したようだ。


 そして、パルティモア提督は彼女の傍らで醸される剣呑な空気をまったく無かったことのようにオルたちを笑み細められた目で見つめる。


「――改めて私個人があなたたちに《アブノバ鉱山》の脅威の排除を依頼しましょう。この依頼を遂行してくれるのならば、私の財布てもちから五万ウォルをあなたたちに進呈します。《アルヴァナ神》の御名に誓いましょう」

「――その依頼受けたッ!!」


 オルは後ろを振り返った。

 ルクレシアが天上に向けてぴんっと真っ直ぐに手を伸ばしている。


「交渉成立ね」


 ユリア・メトクロイス・パルティモアは、朗らかな微笑を浮かべる。

 他方、ルクレシアもなぜかにやりと笑うのだった。


「……それでは、私は駄目なのだッ……」


 そんなマルケルスの絶望的な囁きが、笑うふたりの陰で彷徨っていた。


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