第82話



「死んでくれるなよ! オイ・インモウヤロウくん!!」


 黄金に輝く鞘から、さらに輝きを放つ刀身が引き抜かれていく。

 まるで昇る朝陽を眼の前にしているかのように、オルレイウスの瞳の中に光の残像が残る。


 オルは踵を返し、シクストゥス・ラインバッグに背を向けた。

 これ以上直視することが危険だと考えたからではない。


「ハァッ?! なにやってんだよォ!!」

「……臆するもまた無理はないが……落胆、落胆したぞ! それでは好敵手失格だ!!」


 今はひとり残った観客のルクレシアと、シクストゥスが口々にそんなことを言う。


――だが、オルは応えずに両手首の内側を合わせる。



 オルは反省していた。

 話題に上らないように? 全力を尽くさない?


 ルクレシアはシクストゥスが約束を破ったと言って批判していたが、オルに彼を責めるつもりはない。

 これは決闘なのだ。

 どうしても勝ちたければ、手段を選ぶべきではない。


 他方、オルは尽くせる力があるのに、それを隠そうとしていた。

 それは、およそシクストゥスの真摯さに対する冒涜だろう。



 オルの体を巡る《呪文》。

 それが、込められて循環する《魔力》にうち震えているのがよくわかる。

 眼の前には起点となるべき地面。


 そして、《呪文》の空白に挿入する言葉を。


「『一条、二条、三条と。連なり重ね、ふたとなる。我が眼前より、興り建ち。空に架かるは虹のよう。背後の敵へは、水簾すいれんの。頭上を襲う、《戦神》の。堅き拳は、鉄槌よ』……」


 背中をく光が勢いを増す中、オルの足許の《ピュート》は笑った。


『ああ、読めたよ、オルレイウス。《蛇》にも、読めた』


 繋がり完成した《呪文》を伴って、オルは視線を巡らせる。

 一本、二本、三本、四本……オルの視線に合わせて陶製板タイルを弾き飛ばしながら巨大な土壁が隆起していく。


 それは陽光を遮りオルの頭上を跨ぎ越え、空中で帯をなし、そして彼の背後のシクストゥス・ラインバッグへと降り注ぐ。


「……ありえねえ……」


 呆けたようなルクレシアの呟き。

 彼女の眼前には、今まさに弓型に上部へとせりあがった巨大な構造物が出現しようとしていた。


「――なるほど! 素晴らしいぞ、オイ・インモウヤロウくん!! これほどの《大魔法》は目にしたことがない!!」


 光が閃いて、オルの影が長くなる。

 シクストゥスが《黄金刀》を構えて迎え打つつもりなのだと、オルは悟る。


 大質量が降り注ぐ轟音。立ち込める土埃。

 光が途切れたり、また現れたりする中、オルは自分のローブに手をかけながら振り返る――



――シクストゥス・ラインバッグは狂喜していた。

 彼の師であるキルス・ヒュセイノフに抜くことを禁じられていた《黄金刀》を構えながら。


 シクストゥスの眼前には半円を描きながら、己を頭から飲み込もうとする土壁が降ってくる。

 《黄金刀》を抜き放った判断は間違っていなかったのだと彼は確信していた。

 そして、手にした《神器》の力を遺憾なく発揮できる好敵手の出現に笑みを禁じえない。


 彼の手にある《黄金刀》が一撃のもとに輝いて、土を吹き飛ばす。

 一閃、二閃、三閃……まるで土中を掘り進むように刺突を連ねる。


 彼の一撃は単なる鉄剣を振るっていたときよりも鋭さを増し、白熱する刀身は一撃ごとに過熱していく。

 それは、触れた土砂を熔かすほど。

 その刃からは《鍛冶神ヘイズ》の力が発散し、シクストゥスの技を超越した連撃を可能にする。


 《黄金刀》とそれが選んだ使い手を阻むすべてのものを、灼き、融かし、吹き飛ばす《神器》。

 その刀身が閃くたびに彼の視界を覆う降り注ぐ大地に、大穴が穿たれる。


 シクストゥス・ラインバッグは確信する。

 今の彼ならば、《壊剣》と呼ばれる師に追いすがることができるはずだ、と。


 だが――


 刹那、彼の視界を覆う黒と白の土の中に肌色が跳び込んだ。

 そして、彼は後方へと弾かれる衝撃と共にその胸を守る白銀鉱が砕け散る音を聴いた。

 しかし、それらを理解する前にシクストゥス・ラインバッグの意識は途切れる…………



…………《大地魔法》で造り出した土の天蓋が崩れ落ちる前に、オルレイウスは左手に掴んでいたローブをふたたびその身にまとった。

 間違いなく神罰ものの行為だったが、《天上レヌス》に存在するという神々の眼は、天蓋によって覆われていたはずだ。

 そして、崩れ落ちる土砂を避けながら陶製板の地面へと転がり出る。


 オルは、朦々と土煙が立ち込める中、己が蹴りを見舞ったシクストゥス・ラインバッグの姿を探した。

 少々、足応えがあり過ぎたのだ。


「――嗚呼ァ、嫌だ」


 突然、すぐそばからかけられたその声に、オルは振り返る。

 眼の前に長い黒髪と、その旋毛つむじが見えた。

 その美髪が、さきほど蹴り飛ばしたはずのシクストゥス・ラインバッグのものだと認識するまでわずかな時を要する。


「なあ、つまらねえと思うだろう?」


 シクストゥスの旋毛の斜め上からふたたびかけられる声。

 オルは思わず距離をとって警戒の構えを見せる。


 声の主――シクストゥスを肩に担ぎ上げたその男は、異様な格好をしていた。


 男の体を守る装備にはほとんど不自然なところは無い。

 平均的な《冒険者》が使用するような軽装の皮鎧に、申訳程度の手甲に脛当。

 鎧の下に身に着けている真っ黒な服は、異様と言えば異様だったが、問題はそこではなかった。


 肩に繋がれた皮紐が彼の全身を廻っている。

 そこに大小問わず刀剣の類いが幾つもぶら下がっているのだ。

 ダガーからそれよりも長いグラディウスに、長剣や湾刀、片刃の直剣に、三叉刀まで。

 鞘に収められているものはともかく、抜き身のものまである。


 彼の頭から生えているように見えるのは、背中に背負った剣の柄だろう。

 中肉中背で、背丈に関していえばむしろ担がれたシクストゥスのほうが高いように見受けられる。

 その男が少しオルに向かって身を乗り出すと、ぶら下がった刃物が打ち鳴らされて鈍い音を鳴らす。


「おらァ、言ったのだぜ。そいつァ抜くなとな」

「……はあ……」


 オルには彼の言っていることがまったくわからなかった。

 だが、男はまったく無表情のままため息をつき疲れたのか、シクストゥスを担いだまましゃがみ込む。

 刀剣たちが触れあって鈍い音を立て、そして。


 ごん。


 そんな音が響いて、担がれたシクストゥスの頭部が地面の陶製板を割った。

 うめき声を上げるシクストゥスの生存を知って、オルは少し胸を撫で下ろす。


 一方、うめくシクストゥスにまったく関心を払わない男は、光の点らない瞳でオルを眺める。

 見れば見るほど年齢がわからなくなる顔だとオルは考えた。

 童顔というほどでもないが、皺がほとんどないのっぺりとした顔だ。


「言いつけを守らねえ徒弟に、価値があると思うか?」

「……はあ……」

「そもそも、おらァ師匠になった覚えが無い。なれるわけがねえからだ。師匠というのは、徒弟を一人前に育てることが出来るやつがなるべきだ。人格者というヤツか。どことなく清廉潔白で、少なくとも徒弟が手本にしたいと思うやつじゃねえといけねえ。そうだろう?」


 オルは曖昧に頷きながら距離を取る。

 彼の眼前の男が動いたときには、身に着けた刀剣が打ち鳴らされて音がした。


――だが、オルはこの男の接近に気がつかなかった。


「だがな、芯から清廉潔白な、そのようなやつがいるわけがねえ。他人を自分に出来るわけもねえ。神々になら出来るのかもしれねえが、絶望的なことにおれは人族だ。なら、おれが出来ることはなんだと思う?」


 オルは首を横に振った。そんなもの、わかるわけがない。

 男は落胆したとでもいうように、無表情のまままたため息をひとつ。


「人族というのは、がっかりするほど不完全だ。いや、完全な存在者なんてものはどこにもいねえのかもしれねえ。だが、おれがそれを語ることは今のところできねえ。おれは世界どころか《大陸》のすべてを見たわけでもねえからだ」


 男の顔にはまるで表情が見えない。

 どこか、人間離れした印象すらオルは覚えていた。


「さっき、おれは価値があるか、と言ったな。だが、価値というのは所詮互換性を担保するものだ。……おれがこれ・・をおれ自身に出来ないように、誰も自分と同じものを創れないとすれば、それは互換性が無いということになる」


 全裸になった姿を、この得体の知れない男に見られたか――

 オルはそれを考えながら、男の言葉に耳を傾ける。


「同じように、ありふれたものに値がつくこともねえ。その辺りの石ころには誰ひとり銅貨一枚払わねえ。ほかにも、公道の地面とか言葉とか恵みとか愛とか命とか。……労働力とか《魔材》にゃあ価値はあっても人族の命とか《魔獣モンストゥルム》の息の根に値はつかねえだろう? それは互換性を与えるまでもねえということだろうな」


 男はよっこらせ、と言いながら大儀そうな身振りで立ち上がる。


「……なあ、どちらだと思う? 無価値なものは尊いか? それとも卑しいか? おれやこれ・・には価値があるか?」

「僕の答えを聞いて、どうしようというのです?」


 男は初めて表情を変えた。

 不思議そうに片眉を上げて見せる。


「だって、お前、これからおれに殺されてしまうだろう? 死んでしまったら喋れねえ」


 男がそう言うと同時に、オルはさらに後へと跳躍する。

 男から目を離さずに、正面を向いたまま。


 しかし、気づけば男の姿が消え、オルの眼の前にその暗い瞳が現れていた。

 服を脱ぐ暇も、《呪文》を完成させる暇さえない。

 そして、オルは着地したばかりの脚を払われて転がされる。いとも容易く。


 男はオルの右腕を片足で踏みつけながら、どっかとオルの腹の上に腰を下ろした。

 オルは痛みに顔をしかめながら、男を睨み上げる。


「わかっている。嗚呼ァ、わかっていらぁ。おれは破綻している・・・・・・。年端もいかねえ坊主に諭されるまでもねえ。師匠にゃなれねえと言いながら徒弟を採ったり、絶望的なほど人族だと、のたまいながら自死もしねえ。《大陸》を見てねえと歌いながら、最近は引きこもりがちだ」


 だが。男はオルの手首を踏みつけながら、そう呟いた。


「《優良者》もイっちまっていると思っていたのだよ、おらァ。ヤツは一本筋がぶち切れたイカれ野郎で、どこまでも真っ当な正直ものだ、と。おれと同類だと思っていたのに」

「降りて、もらえませんか?」


 男はまた不思議そうに片眉を上げると、なんでもなさそうにオルを殴る。

 口中が切れ、首の筋がみちみちと音を立てた。


「言葉にはァ」


 男はオルを殴る。


「表とォ」


 またオルを殴る。


「裏がァ」


 オルを殴る。


「ある」


 殴る。

 そして、オルの顔を覗き込むようにして、顔を近づける。


「ふつうのヤツぁ、羨ましいことに表と裏を使い分けたり勝手に入り交じってしまったりするものだ。おれみてえな正直ものは生きにくい。だが、」


 男は切なそうにまた片眉を上げた。


「《優良者》の言葉の裏側がおれには少しもわからなかった。……そのような野郎が、どうして徒弟を採るのだろう? 育てられるわきゃァねえのに」

「……クァルカスに聞けば、いい」


 また、一発殴られる。

 そして、男は無表情に腹のあたりにぶら下がっていたダガーを抜いた。


 オルは、男の暴力性や語る言葉よりもなによりも、その平静さと手際に恐怖していた。

 攻撃の気配が読めない。今のオルにできることが一切ない。

 完全に封じられている。


「内省家とガキはどうにも嫌いでねえ。……どちらも芯が脆いし、思い込みが激しいからなァ」

「……さぞ、僕のことがキラいでしょう、ね」

「どうだろう? よくわからねえ。お前がこれで何回か刺したあとに生きていたら、もの凄く好きになれる気はする」


 それは、男のさじ加減だろう。

 オルがそう考えたとき、男の頭部に向かって槍が飛んできた。

 男は難なくそれを打ち払う。


 隙。オルは体を起こそうともがくが、シクストゥスを捨てた男の左手に首を押さえられる。

 万力のような握力で絞めつけられる。


「こっち見ろやァ! 《壊剣》!!」


 晴れ始めた土煙の奥からルクレシアの吼える声。

 だが、男はもう一瞥もしない。しないまま、男のダガーを持った片腕が見えなくなる。

 気づけば、男の腕は伸ばされて、その手からダガーが消えている。


 ルクレシアがいた方向から、ざくっ、というイヤな音。

 オルの全身から冷たい汗が噴き出した。 


「うがぁっ! 足ぃ!! 痛ッえッ!! ふざけんなぁ!」


 ルクレシアの悪態と「足」という言葉にオルは安堵する。

 そして、その前の彼女の言葉を反芻していた。


――《壊剣》。

 つまり、この男がキルス・ヒュセイノフ。


 そのキルスは、新たに腰の辺りにぶら下がっていたダガーを抜いた。


「往生際が悪いということはぁいいことだ。他人様は悪い悪いと、のたまうがな。おれはそうは思わねえ。足掻くことを忘れたら、そらぁ死人と同じだ」

「しには、かちがない、と?」


 オルがやっとの思いで首を絞められながら放った言葉。

 キルスは少し眉を上げ、そして初めて興味深そうにオルを眺めて、手を緩める。


「命の無価値を担保しているもの――ありふれていて、互換性の無いものの見本がそいつだろう」

「げほっ。……では、あなたは死と連接的なのですね? キルス・ヒュセイノフ」

「連接的? 違うと思う。おらァ、どうしようもなく……」


 言いかけたキルスの視線が空へと向かう。

 遠くから中空を切り裂く風鳴り。


 そして、一本の矢がキルスの手の中に収まった。

 ほぼ同時に、二本目が彼の前腕を貫通し、三本目が二本目の上から彼の腕を貫く。

 一本目に隠れるようにすべての矢が同じ軌道を通っていた。


 血がぱっと舞い、じわりと染みるように鏃を伝ってぽたりとオルの上に落ちる。

 自分の腕に突き立てられた矢を顔色も変えずにまじまじと眺めるキルスは、ため息をついた。


「嗚呼ァ……お喋りもほどほどにしておかねえといけねえ」

「……おいおいおいおい、てめえ、なにしてやがンだよ、ヒュセイノフ!!」


 オルの耳に聞き慣れた声が届く。

 オルは首を押さえられてそちらを向けないが、キルスは声の主へと顔を向け片眉を上げた。


「嗚呼ァ、嫌だ。《無音だんまり》のアーナに、《小鬼しょうき》のハギルだ」

「俺ァ、そう呼ばれるのが、大嫌でぇっきらいだッ!!」


 ハギルの怒声に、キルスは無表情のまま肩をすくめて見せる。


「大層なご挨拶だ、そうだろう? 他人様の腕に風穴開けておいて怒鳴りつけるというのは、おらァどういう了見かと思うがねえ、《小鬼》の……」


――キルスは言い終える前に、傍らに落ちていたシクストゥスごとオルの体の上から消えた。

 ほぼ同時にオルの体の真上を捉えきれないほどの速度でなにかが行き来する。

 オルは慌ててハギルの声のほうへ向かって転がり、体勢を立て直す。


 オルがハギルに背を向けて顔を上げると、そこにはシクストゥスをまた元通り肩に担ぎ上げたキルスがいた。

 視界の隅っこのほうに、足の甲に短剣を突き立てられてしゃがんでいるルクレシアの姿。

 背後ではハギルの敵意が痛いほどに発露していた。


「相変わらずお話しトークのできねえ、イカれ野郎だッ!」


 ハギルの怒鳴り声に、キルスは不思議そうに片眉を上げる。


「嗚呼ァ、すぐに怒ることができるやつは羨ましくて妬ましい。妬ましいのにどうしてこれほどつまらねえのだろう?」

「知らねェよッ! さっさと消えろ!」


 キルスは無表情のまま首を横に振った。


「それはお前の決めることではねえだろう? おらァ、師匠であるつもりはねえがこれ・・はどうやらおれの徒弟らしい。これ・・はそこの坊主に喧嘩を売ったはずだというのに、敗れて恥を負わされた。恥は負債だ。どうして売った側が負債を負わなければならねえ?」

「……てめえの語りを聞いてると、ロっさんの長ェ話を聞いてるときよか、頭が痛くなりやがる」


 キルスはダガーを逆手に握った手でこつこつと側頭部を叩いて示す。


「相変わらず頭の良くねえ野郎だ。そこの坊主の払いが多過ぎたのだろう? それともこれ・・の揃えた矜持が安過ぎたというべきだろうか? ……だというのに、これはどうだ? 嗚呼ァ、嫌だ。おらァ別段、お前と《無音だんまり》には、なにを売っているわけでもねえというのに」

「おいおい、わかってねえな、キルス・ヒュセイノフ。そりゃァ、おんなじことなンだよ。だいたい、ガキの喧嘩に首ィ突っ込むのァ、大人げねえってモンだろうがよォ!」


 ハギルの言葉にキルスは肩をすくめる。


「わかっている。嗚呼ァ、わかっていらぁ。姿を見せない《無音だんまり》がおれの頭に狙いをつけているのだろう? 坊主ひとりを守るために大の大人がふたりがかりだ。どの口が大人げねえなどとのたまう」

「《壊剣》! てめえが、相手なンだ。卑怯も、くそも、ねえだろうがッ!」

「見解の相違というやつだ。……おらァ、いつでもどこでもそれに躓いてしまう。どうしてだろう?」


 そう言うと、キルス・ヒュセイノフは踵を返して水路のほうへと歩き出す。


「……坊主の業は、おれが思っていたより高値だということだ。嗚呼ァ、嫌だ。どうしておれはこうも見事に読み違えるのかねえ」


 オルとハギル、そして、少し離れたところで縫い付けられているルクレシアは、キルス・ヒュセイノフが水路を跳び越え、街の中に消えてもしばらくは動かなかった。

 オルとルクレシアが動こうとすると、ハギルが「まだだ」と呟いて制した。


 やがて、風鳴りと伴に一本の矢がハギルの足許に突き立つ段となって、ようやくハギルは警戒を解いた。

 オルが振り返ってハギルの顔を窺うと、そこには珍しく憔悴したハギルの顔があった。


 ハギルは冴えない顔色でオルを見返し、面倒くさそうに後頭部を掻いた。


「あれが俺らと同じく《最上位冒険者トップ・アルゴノーツ》――《タブラ・ラサ》のリーダー、《壊剣》キルス・ヒュセイノフだ」


 そして、殴られたオルの顔をまじまじと見てから、ほっとひと息ついた。


「そンぐれえで済んだなら、まぁ、上等だ」

「口の内側が、ぐちゃぐちゃなのですが?」

「オル、てめえもわかったろうが、ありゃあイカれてんだよ。その上、腕がありやがるから始末に終えねえ。ひとりでブラついてる野郎にゃあ、近寄るな」


 ハギルは縄を輪っか状に巻き込みながら、腰に戻して次のように付け加える。


「……たぶん、俺が今まで見た中で、独りっきりで一番強ェのァ、あのイカれ野郎だ」

「イイからよォ!! 短剣これ抜けよォっ!!」


 ルクレシアの悲鳴が暮れかけた空に響いた。

 三々五々、遠巻きに様子を窺っていたらしい《冒険者》たちが広場へと戻って来て、淡々と賭け金の分配を始める。


 オルはなんとなく、キルス・ヒュセイノフのことを考えていた。

 《ルエルヴァ》に来て初めて、いや、故郷を出てから初めて見る、母親イルマと比較し得る人間について――


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