第41話



『オル』


 開拓村の家の一室でベッドに腰掛けながら詩の暗誦をしていると、《ピュート》が話しかけて来た。


「なんだ?」


 ガイウスもいないし最近はニックも余計に忙しそうにしているから僕の昼間の話し相手は《蛇》になることが多かった。

 相変わらず答えて欲しい質問には沈黙を守っているし、人族同士の戦争について役立つような知識も持っていないようなので雑談が多いけど。


 ちなみに《蛇》はアンリオスや《人馬ケンタウルス》の傍にいるときにも沈黙を守っていることが多い。

 特に因縁があるというわけではなさそうだけど、《獣人セリアントロープ》は第六感に優れるというから存在が露見することを警戒しているのかもしれない。

 その配慮は僕としてもありがたかった。


『どうしてあのガキに教えてやった?』

「どうして、って……あのまま放っておけば死んでいたかもしれない。放置というわけにもいかないだろ」


 《蛇》には僕の思考がわかるらしいから、別に声を出す必要はない。

 けれど、ひとりでいるときは声に出して応えることにしている。

 誰かに聞かれれば少々危ない人だろうけど、一方的に考えを読まれて思考を進められるのもなんとなくイヤだ。


『アークリーとかいう名だったな? 危険ならば殺すべきだと《蛇》は思うがね』


 どうやら、《蛇》はアークリーに僕が秘密を打ち明けたことについて不満があるらしい。

 それにしても不穏当なことを言うものだ。

 いや、モンスターらしいと言えばらしいのだろうけど。


「彼は裏表の無い善良な人だ。それに将来、もしかしたら僕と一緒に所領を経営することになるかもしれない。……いつまでも隠しておくことはできないだろ?」


 少なくとも、アークリーが熱心な《アルヴァナ教徒》ではないことはわかっている。

 実際に全裸だった理由をなんとなくぼかして説明しても、そんなに忌避反応はなかったし。

 アンリオスに対しても、もの凄く怯えるということはなかった。


 最悪、アンリオスにちょっと脅かしてもらおうなんて考えていた自分が恥ずかしい。


『善良、……へ。あまり笑わせてくれるな、オルレイウス。裏表が無いというなら、《蛇》のほうがよほど無い。今は影だしな。……影に裏も表もあるわけない』


 自虐ネタなのだろうか。


「別に、裏表が無いから善良だと言っているわけじゃない。アークリーは周囲にも気を遣える。その上、裏表が無いから他人の悪口らしい陰口も言わない。だから、善良なんだ」


 この開拓村に来た貴族の子弟中最古参のアークリーは、ほかの子弟からやっかまれていたようだった。

 僕も後から来た人たちから彼に対する悪口や面と向かった罵倒を聞かされたものだ。


 でも、今はそんなことも減っている。

 アークリーは鼻息の荒い貴族の子弟たちの中を、ひょうひょうと動き回っている。

 寒村に慣れない彼らに対して気怠そうに世話を焼いてすらいる。

 彼自身に全然やる気がないから、ほかのみんなの警戒心も次第に薄れているようだ。


『なるほど、あのガキはたぶんほかの麦を枯らすたぐいの種じゃない。だが、いい麦に育つとも限らないだろう? ……むしろ、悪い麦を蒔く者かもしれないぞ、オル』


 なんだろう、その比喩は。


「アークリーは、無気力だといっても正しいことをしっかりと判断してる。悪徳を助長するようなこともしていない」


 どうもウォード伯は、かなりアークリーを放任していたらしい。

 アークリー自身の話によれば、彼は好き勝手に街の南や北の夜の繁華街をうろうろしていたそうだ。

 仮にも貴族が危険ではないのかと問うと、二度ほど身代金目当てで拉致されたこともあると答えられた。


 だけど、父親のウォード伯は絶対、金を払わない。そう神に誓ったら解放されたそうだ。


……貴族の末子にはそんなに価値が無いのかと思わせる切ないエピソード。

 けれども、アークリーは笑ってそれを僕に報告するぐらいこだわりがない。


 そういう事件をきっかけに、いくらか素行の悪い人々と付き合っていたようだけど悪事に手を染めたこともないそうだ。

 盗みや暴行、殺人はもちろん、密輸や密造・偽造なんかの犯罪に手を貸したことは無いと言っていた。

 抑制もしなかったみたいだけど。


『ありゃ、二三本抜けてるんだよ、オルレイウス。それに、言うだけなら易いもんさ、オル。お前さんが信じるのは勝手だが、そりゃ、安易ってものだ。あのガキを見知ってからどれほどの時が経った? ひと月ほどじゃあないか。《蛇》から見れば一瞬だがな』


 確かに。《蛇》の言うことも一理ある。

 アークリーと知り合ったのは先月の終わりだ。

 《ギレヌミア人》の宣戦布告から緒戦を終えて帰還するまで十日以上の時間がかかったから、実際に交流した時間はもっと少ない。


 だけど、彼の気さくな性格とどこか気怠い雰囲気に妙に安心感を覚えさせられる。

 なんだか前世で言う布団付き電化製品っぽい感じがアークリーからは漂っている。言うなれば、こたつ感。


 微妙な適温で遠赤外線を送って来るように、ゆるい口調で話しかけてくるからだろう。


「……まあ、アークリーは信じてもいいと思うさ」


 人間関係の基礎は信頼。

 それはどこの国でも民族でも種族でも、あるいは世界でも正しいことだと思う。


 現状、僕には多角的に情報を検証する手段は限られているけれど、ニックとマルクス伯父から聴いた話でも僕が実際に彼と話した限りでも、アークリーに大きな問題があるようには思えない。

 肉親からの能力面での評価は高くないけれど、人柄は問題なさそうだ。

 そこに重点を置くあたり、僕は和を以て貴しとなす日本人らしい異世界人だなあ、と改めて実感する。


 その振る舞いが正しいかどうかはわからないけれど。


「ちょっと、外でも歩くかな……」


 呟いてベッドから立ち上がった。




 僕とニックが引っ越してきた開拓村の様子も、このひと月あまりでだいぶ変わっていた。そこら中に建物が増えている。

 まず、第一に人口が増えたのが大きな理由。工兵部隊や民兵、開拓村の住人達によって兵舎という名の掘っ立て小屋の建設が進んでいるんだ。


 急遽、開戦したこともあって開墾はほぼ停止。ここの元からの住人もいくらか減った。

 ただし、木材の確保のためにそのままここで予備兵扱いで働いている人も多いし、実家に帰ったものの二次召集によって舞い戻って来た人もいる。

 加えて、すでに民兵のみんなは交代制で陣地建設と野営に入っているので城の家から毎日ここまで往復するというわけにもいかない。


 結果として、いくつか点在していた開拓村の間が掘っ立て小屋で埋められて、小川のこちら側は大規模なひとつの集落のようになっている。


 逆にこちらにやって来ていた貴族の子弟たちはだいぶ減っていた。

 実際に戦闘が行われたことで彼らの多くが従士扱いで参戦するために実家に戻ったんだ。


 武器、特に弓の扱いに習熟している人間は貴重だ。

 いちおう、民兵たちの投擲訓練も進められているけれど、この世界での主要な長距離兵器といっていい弓の訓練までには手が回らない。

 白兵戦に長けた《ギレヌミア人》に対して、弓はもっとも有効な戦闘手段のひとつ。


 古参で彼らの事情を大まかに把握しているアークリーに相談したニックの意向で、少数の連絡役だけが残り、ある者は喜び勇んで、ある者は渋々開拓村を離れた。


 妙な話だけど、戦争によって兄姉が死ねば彼らにも跡目が回って来るかもしれないし、実際に決して少ないとはいえない人数の《騎士》が死亡している。


 なにより、緒戦での勝利によって《ギレヌミア人》が勝てない相手ではないということが証明された。

 ここで北の《ギレヌミア人》の脅威を払拭することができれば、北の森の向こう側が見えてくる。

 今まで宮廷貴族に甘んじていただけの彼らの親たちの鼻息も荒いみたいだ。


 今までは完全に冷や飯食いだった彼らも、実家に所領が与えられればおこぼれに与れる可能性は高い。

 著しい戦功を上げれば、一息に叙爵。……そんな、ゴールド・ラッシュにも似た打算と野望が働いているらしい。


 浮かない顔をしている者がいたのは、単に戦闘が怖いかららしい。

 実家の軍勢に加わったり、あるいは従士が中心の弓兵部隊に編入されるとはいえ、彼らのそこでの重要度は限りなく低い。

 大勢の部下が与えられて戦局を左右することができるなんてことは、絶対に無い。

 あっという間に戦死。……そんな、想像が頭をよぎった人も少なくないだろう。


 ここに残って、アガルディ侯爵代理麾下として参戦することを望んだ人もいたみたい。

 だけど、ニックは幕僚というより参謀に近い役割を担っているし、僕は表向きはニックの補佐役で裏向きにはアンリオスとの折衝役だ。

 イルマがいればアガルディ侯爵麾下も編成されただろうけど、数えで十で虚弱体質の僕に指揮を任せるような余裕はこの国には無い。


 ということで、現在、開拓村に残っている貴族の子弟は十名強。たまーに、思い出したように送られてくる人もいるけど。


 彼らの主な仕事は実家への伝令役で、その仕事すらないときは開拓村で思い思いに過ごしている。

 僕の取り巻きを執拗に続けようとする人もいるにはいるけど、最近はちゃんと断るようにしている。

 ニックがいるときはニックが適当にさばいてくれるからいいけれど、それ以外のときは自分でやるようにしている。


 当初は彼らのガツガツ感にかなり引いていたうえ、僕が下手に口を出すと炎上しそうだからニックに頼っていた。

 それに僕の虚弱体質は周知の事実で、こっちにやって来た貴族の子弟は無駄に鍛えている人が多い。

 正直、万が一暴力にでも訴えられたら勝ち目なんかない。ここは《ザントクリフ王国》の僻地だ。妙なことを考える若者がいてもおかしくなさそう。

 かといって変に全裸になって力を示せば、いろいろと面倒なことになるのは目に見えていた。


 幸いと言うべきか残念ながらと言うべきか、《ギレヌミア人》の宣戦布告から十数日は彼らと距離を置くことができたし、戻って来てからこの十日弱で彼らの数も減った。

 さらに、アークリーが僕と彼らの橋渡しをしてくれて穏便に話す機会もそれなり得られた。

 結果として、いくらか貴族の子弟の内情というものもわかった。


 開拓村に来た彼らの大半は貴族子弟の多くが通う教育施設に通っていたらしい。

 しかし、落ちこぼれた者が多い。


 この国唯一の教育施設は、どうも貴族の跡継ぎに対して尊王教育を施すことに主眼が置かれているみたい。

 もしくは、太子で僕の従兄のルキウスや、大身貴族のための側近養成所に近いようだ。

 当然のごとく派閥があってちょっとした闘争まであるそうだ。そして、派閥争いに敗れた者やそこから弾かれた者、そもそも参加できなかった者やしていなかった者がここにやって来たらしい。

 落ちこぼれたということはそういうことだ。


 彼らの鼻息が異様に荒かったのは、少ないチャンスを勝ち取ろうという熱意からだったというわけで。

 おおよそみんな十代半ば。こんなに若いのに彼らの未来はそんなに明るくない。


 このまま行けば、実家で飼い殺しか親のコネでどこかの貴族の側用人か従士がいいところ。

 商人や工夫、農夫になることもある。貴族出身の彼らにそれはなかなか耐えがたいものらしい。

 それでも彼らにはそれなりの野望があり、親や実家や派閥や、ときに太子のルキウスやマルクス伯父への反骨とまではいかない反発心もある。

 もしくは両親から脅迫さえされている者もいた。


 現状を変えたいなら、影響力のある地位に接近しなければならない。でも、この国の体構造は百年余りの泰平で硬化ぎみ。

 側近養成所でもある学校からこぼれてしまった彼らに、次のチャンスは多くないだろう。

 ということで、いちおう王族、それに大身貴族の仲間入りを果たしたばかりのアガルディ侯爵家は、彼らにとっては魅力的で最後に近い希望の地だったわけだ。


……まさか、若い彼らがそれほど追い詰められているとはつゆ知らず、僕はとんでもない塩対応をしてしまっていたことになる。

 てっきり甘やかされて育った若者にありがちな傲慢を隠さない傍若無人さから来るものだと思っていたけど、全然違ったわけだ。

 滅茶苦茶反省した。


 ということで、この戦争が大過なく終結してお互いに生きていたら、彼らを改めて迎えに行こうと思う。

 北の森の開発がうまくいけば、彼らの二十人や三十人を養うことはできなくはないはず。たぶん。

 そのあたりの計算ができて、僕にも教えてくれる人がまず欲しいといえば欲しい。長年レイア家の家令を勤めていたガイウスならできるだろうけど、後継者が欲しい。



 そういう事情もろもろも、アークリーを介して彼らから話を聞く機会があって初めて知れたことだ。


 アークリー・ウォード・アドミニウス・ガステール。

 彼は地味に重要な役割を担ってくれている。貴族の中流から下流の事情を僕やニックにも媒介してくれる。

 それ以上に、彼の語り口は悪く言えば馴れ馴れしいけど、よく言えば親しみがこもっている。

 こちらの世界での僕の初めての同年代の友人。そう言ってもいいかもしれない。


 だって、友人といってまず頭に浮かぶのがガイウスやアンリオスだというのだから、客観的に考えればヤバい。

 アークリー自身の能力はともかくとして、彼は僕にとっては重要な人間だ。



「オルちん、オルちん」


 聞き慣れたおかしな呼ばれ方。開拓村を小さく一回りして帰宅した僕は、家の玄関の前で扉を開けたまま振り返る。

 若々しい笑顔を振りまいて、長身の癖の強い蓬髪の青年が駆け寄って来た。


「元気そうですね、アークリーさん?」


 片手に持った剣を空へと向けて振りながら近寄って来たアークリーは、イルマよりも大人しめの色のオレンジというよりは黄色に近い瞳で僕の顔を見ていよいよ破顔した。


「さん付けはやめねえ? オルちん」

「……ちん付けをやめてくれたら、考えます」

「もう慣れちまったからなぁ。……それよりも、ちゃんとあったわ、オレの剣。やぁ、一昨日失くしちまったんじゃねえかって」

「アークリーさん」


 僕は後ろ手に扉を閉めると、彼の顔を見上げた。

 垂れ目で人懐っこい笑顔。黒に近い暗い茶髪を掻き上げる彼は僕の顔を覗き込む。


「どったの? 今日も行くんだろ? 《人馬ケンタウルス》のだんなんとこ?」


 慌てて彼の腕を掴んで、さっき閉めたばかりの扉を開けて中に入る。

 扉を閉めて彼の腹に向かってパンチを繰り出したけど、彼が装備している皮鎧のせいでむしろ僕の拳が痛んだ。


「大丈夫? オルちん」

「アークリーさん? 大声で言われると困るのですけど?」


 アークリーは空いた手で後頭部をぼりぼり掻きながら、また笑った。


「なんでだっけ?」


 思わず天井を仰いでしまう。


 ダメだ。

 失敗だったかもしれない。

 彼、アークリー・ウォード・アドミニウス・ガステールには、僕の秘密を打ち明けるべきではなかった。


「オルちん、わかってるって。あれだろ、全裸になるとめっちゃ元気になるってやつのことだろ? それさえ、言わなきゃいいんでね」


 そういう曖昧な言い方をされると、なんだか微妙に誤解が生まれそう。


「違いますよ! なんか……そういうの、もろもろ全部ですよ!」


 ダメだ。なにがダメかって、こっちまでアークリーのペースに巻き込まれてしまう。

 なにをどう言ったら彼に伝わるのか、わからなくなって混乱してしまう。


「オルちん、怒んな。オレ、あんまちゃんと授業とか聞いてなかったから、わかんねえもんはわかんねえさ」


 軽い。

 今までも薄々思っていたけど、なんなのだろうこの軽さは?


 ニックの前ではそれなりにしゃんとしてるのに、ふたりになると異様に軽い。

 重大な秘密に対してはそれなりの対応をしてくれるものだと期待していたのだけど。


「それよりも、今夜はオレも連れてってよ、《人馬》のだんなんとこ」

「一昨日から思っていたのですけど、アークリーさんはアンリオスが怖くないのですか?」

「え? ふつうに話せんのに、こわいことあんの?」

「いえ、無いですけど。……僕の家庭教師が、一般的な《グリア人》は《獣人セリアントロープ》を敵視するものだと……」

「ああ、らしいね」


 らしい、ってなんだ。

 アークリーはまた人懐っこい笑顔を見せる。


「でも、それ、うちのひいひい祖父さんのころの話でね?」


 言い切った。


「そんなことよりさ、オルちん、オレに剣教えてくんね。イルマ先生いねえから、なんかいまいち上達してるかわかんねえんだよな」

「……すごいですね」


 素直に感心してしまう。

 一昨日、半ば拉致するような形でアンリオスに会わせて僕の秘密を打ち明けたわけだけど。


 なんなのだろうか、彼のこの順応性は?


「で、いつ頃行く? ニコラウス閣下には秘密だったよね?」

「ニッ……父は、奇襲の決行日ですから、もう森に入っていると思いますけど」

「そうか、奇襲ね。じゃ、ぼちぼち行っとく?」

「……陽が落ちてからにしましょう」


 アークリーは、また笑う。


「そか。じゃ、暇だし見回りしてるわ」

「……くれぐれも、なにか……こう……もろもろ言わないでくださいね?」

「任せろ任せろ」


 なんだ、任せろって。

 そのまま扉を開けて出て行くアークリー。


「待ち合わせは日没ころ、壁の東側の終わりでお願いします」

「はいよ」


 そのゆるりと気の抜けた後ろ姿に、僕は一抹の不安を覚えた。


『な、オル。ありゃだめだ』


 《蛇》が嘲るようにそう言った。



 夕暮れの中、僕はウォード伯とイルマの所領の境になる木の柵に作られた門を通る。

 ほかの貴族子弟の数人が付いて来ようとしたけど、今夜の奇襲作戦のことで極秘なんだとでたらめを言ったら聴き分けてくれた。


 もうすぐ壁の東側に着く。

 日没まではまだ少しだけ時間があるし、アークリーもまだ来てはいないだろう。


 少し息を切らしながら、閑散とした木立を抜ける。このあたりも少々様子が変わっていた。

 夕暮れということもあって作業をしている人はいないけれど、壁が延長されたことで防衛設備が整いつつある。

 数十メートルごとに配置されたやぐら。それらを建てるために木が伐り倒されたらしく伐り株が点在している。


 ただ、森の広場のように天幕を張れるほどのスペースはない。

 壁のこちら側にちょっとした木製の足場が組まれてるだけだ。ここらへんに配置される部隊はちょっと大変だろう。


 ただ、僕にはそんな周囲の様子に目を配っている余裕はない。

 どうも、服を着ていると裾が気になって足許ばかり見てしまうんだ。

 剣を片手で引きずり、空いた片手で裾をちょっと持ち上げて蹴り出しながら進んでいく。

 冬場は足が冷えるからしょうがない。


 緒戦からもう十日以上経ち、あの日以来、一度だけ雪が降り積もっていた。

 梢に遮られた森の中には雪が多く溶け残っていて足が冷える。ローブの裾を踏んでなければまともに歩けない。

 このあたりは作業のために人が出入りするからまだましだけど。



「オルちん、歩いてきたのか」


 足許に気を取られていたらそんな声がかけられた。

 アークリーの声。もう来ていたのか、そう思って顔を上げると予想外の光景に思わず躓いて転んだ。


「大丈夫ですか?! オルレイウスどの!」


 アークリーではないひとりの青年が駆け寄って来て助け起こされる。


「点数を稼ぐために必死か! アウルス・レント・マヌス・ネイウス!」


 さらに別の三人目の女性の声。


「大身貴族の出だからとふんぞり返って動くべきときに動けない貴女なんかと、この身は違うだけだ!」


 アウルス。レント伯の四男の彼が僕を助け起こしながら言い返す。

 言い合いをしている相手は、確か最近合流した……。


「コルネリア・ガルバ・ケレブルーム・ネーヴス。ガルバ候の三女だよ」


 そう言って、アークリーがちょっと涼し気な目元の女性を紹介する。

 ごく自然に。それが当然だとでも言うように。


 三人は木綿の服に皮鎧姿。

 アークリーを初め、三人とも剣を腰に下げている。三頭の馬の手綱をアークリーが引いていた。


 僕は絶句した。


「こいつら癖強いけど、きっとオルちんの役に立つよ」


 開いた口が塞がらない。


『……オル、訂正するよ! 《ピュート》が間違ってた……あいつは使えるかもしれない!』


 《蛇》が僕の影の中で爆笑した。

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