第27話



「やはり……」


 しわがれた声。

 静かに、その《人馬ケンタウルス》は月光の下、歩を進める。


 ニックもゆっくりと瞳を開いた。

 そして、その顔が驚きにゆがんだ。


「――まさか、アンリオスか?」

「……瞳と髪の色が違うが……やはり貴様だったか。……《叛逆公》」


 流暢な《グリア語》で《人馬》はニックに応じていた。

 知り合いなのか? それに《叛逆公》とは?


 《人馬》のひび割れて疲れ切った声。

 それでも、その声は旧懐に思いを馳せたようなものではなくて、むしろ刺々しい。


「……《夜の女神》の声が下ると聴いていたが? いや、それよりも。……生きていたのか。……《人馬》の中でも英傑の誉れ高いアンリオス」


 アンリオス――ニックにそう呼ばれた《人馬》は、陽に焼けた鼻を鳴らした。


「貴様などに《夜の女神》の神託は下らぬ。……察するに、貴様の目当ては我らだろう。……我らのために、彼女が骨を折ることもあるまい」

「……私がいると知っていたのか……?」


 アンリオスはふたたび鼻を鳴らす。


「貴様がこの地に在ろうことは、昨年の春より見取っておったわ。……遠目にもその形貌なりかたち、見誤るわけもない。……髪色や瞳はどうせ《魔法》によって変えておるのであろう? 相も変わらず、馬鹿げた《魔力オド》よ」


 呆然とするニック。

 ニックが座る倒木から人の脚で十歩ほど距離をあけて、その《人馬》は立ち止まった。


「……人に紛れて息をするとは堕ちたものだな、ニコラウス! ……それどころか……よもや人族のために神にまですがろうとは!」


 《人馬》の灰色の眼球から照射される人間離れした視線を受け止めて、ニックは軽くかぶりを振った。


「……きみたちには関わりのない……とも言い切れないな。……恨み言があるなら聴こう。ただし、この国に危害を――」

「笑かしよるわ、ニコラウス!」


 そう言うと、アンリオスは人の上半身をぐいっと前に突き出す。

 そんな体勢でも、倒木に腰掛けるニックは彼を見上げる形になる。


「恨みだと? 万言を尽くしたとて足りるものではない! …………されど、聞くがいい」


 顔を突き出して、ニックを威圧していたアンリオスが、すっと人間の背を馬体に対して直角に立てる。


「我らは誇り高き《人馬族》よ。貴様らよりも、なお高くから眺める者だ。……枝葉も末節も、疾うにふたつの胃を下っておる」

「……その誇り高い《人馬》が、《盗賊》の真似事か?」


 がちっ、……そんな音が《人馬》のアゴから聞こえた。

 ずいぶん豪快に歯を食いしばるものだ。

 それがニックにも聞こえたのか、口元に苦笑が浮かんだ。


「相変わらずは、きみのほうだろう。……まあいい。……良くはないけど、とりあえず先に聞かせてくれないか?」

「…………なにをだ?」


 拗ねたみたいなアンリオスの返事に、ニックの顔が少しだけ若返ったように僕には見えた。

 僕の前では見せたことのない、父親以外の顔。

 まるで、旧友との再会を純粋に喜んでいるような明るさ。


「どうやってあの戦争を生き抜いた? それに、どうして《大陸》から離れなかったんだ? きみたちならば……」


 だけど、ニックの顔に陰が差す。

 ニックの問いに、静かに耳を傾けていたはずのアンリオスの六肢に力がこもっているのがわかった。


「…………それを貴様が問うか、ニコラウス……裏切り者の貴様が」


 裏切り。

 その言葉にニックの肩がかすかに揺れた。


「我が胃も丈夫ではないのだぞ、《叛逆公》? いつ過去を吐き返すとも限らぬ。……忘れるな、貴様は既に友ではない」

「……そう、だったな」


 ニックが少し肩を落としたように見えた。

 そんな姿も僕の前では見せたことのないものだった。


「……それで、どうしてこの国に来た? わざわざ私を仕留めに来たのか?」


 自嘲するような、半ば自棄になったようなニックの声。


 ニックを仕留める――?

 剣の柄を握った手に力が入る。そんなことさせるわけがない。


 《人馬》は挑みかかるような視線と共に前足を踏み鳴らす。


「侮るな! ニコラウス・アガルディ・クルーティ!!」


 髪とたてがみを揺らして、怒りを表す半人半馬の男、アンリオス。

 彼は続ける。


「誇り高き《人馬族》が、貴様如き卑怯者を追うものか! 貴様に唆されて《海》を渡った臆病者どもとも、我らは違う!!」


 手に持ったバットを数本束ねたような太い棍棒で、彼はニックを指しながらそう喚く。

 彼の怒りに森の梢までもが揺れているようだ。


「……なにが違う、と?」

「意望においてだ……《叛逆公》! 我らは志した! 奪われた土地を、喪ったすべてを……取り戻すことをっ!」


 しわがれた声で、吼え続けるアンリオス。


「もう少し……もう少しだったのだっ!! 数十年を費やしたのにも関わらずっ!」

「なんのことだ?」


 とび色の瞳がニックを睨みつける。


「この百年というもの! 我らはこの《大陸》の古き種族と、《海》の果てに遣いを送った! ……人族の――《ルエルヴァ人》の暴虐を許すべきではないとっ!」

「……古い種族の力を集めて、《ルエルヴァ共和国》を打ち払おうと?」

「その通りよ!」


……アンリオスという《人馬》は、ふつうに人類、特に《ルエルヴァ人》の敵だったらしい。


 確かに、《魔族戦争デモニマキア》のときに人族陣営で中心になったのは《ルエルヴァ人》だったはずだ。

 かつての《三英雄》も全員が《ルエルヴァ人》だったと伝えられている。なぜか、《魔族戦争》期に現れた英雄の多くが《ルエルヴァ人》だった。

 実際に、今の《大陸》でもっとも大きくて圧倒的な軍事力を保有しているのは《ルエルヴァ人》の興した《ルエルヴァ共和国》だってガイウスが言ってたはず。

 人族の中で今もっとも繁栄している民族、それが《ルエルヴァ人》だ。


 アンリオスの動機もわからなくもないけれど……。


 それにしても、《獣人セリアントロープ》の中でも《人馬》はもの凄く知性的な生き物だって本に書いてあったはずだが。

 激昂するアンリオスを見てると、その話がウソなんじゃないかと思えてくる。



「そんな企み、今さら乗るようなものがあるとは思えないが?」

「嘗めるなよ、ニコラウス! ……いくつかの種族からは色よい返事があったのだ!」


 勝ち誇ったようにひげが茂った頬を持ち上げるアンリオス。彼は続ける。


「特に、形が曖昧な《精霊アニムス》や《女精霊ニンフ》。太古より生きる《妖獣種レムレース》。……それに《アルゲヌス山地》と《バキニスの森》からもよ!」

「……彼らがそう簡単になびくとは思えない。それに、それならどうして、きみはこんなところにいるんだ?」


 ニックの問いかけに、《人馬》はなにかが喉に詰まったような顔をした。

 そして、鬚に蔽われた読みにくい表情をあからさまなほどにゆがめた。


「…………《ギレヌミア人》だ。――あの蛮性に駆られた、呪われるべき人族めがっ!!」


 アンリオスはふたたび足を踏み鳴らしながら、歯噛みする。


――アンリオスの語るところによれば。




 彼ら《人馬》は広大な森と山中に隠れ潜みながら、様々な種族を糾合しようとしていた。

 しかし、どの種族もその数は多くない。

 《魔族戦争》が終結してから十数年。他種族の説得を続けている間にも、人族はさらにその数を増し、領域を拡大していた。


 人族――《ギレヌミア人》以外のそれらは弱い。

 その中でも《ルエルヴァ人》は特にこれと言った肉体的な強みを持たない民族。

 しかし、数が多い上に《技能スキル》と集団戦闘に特化し、多くの神々の恩寵を受けている。

 繁栄する《ルエルヴァ人》とふつうに戦闘をしても勝てないだろう。


 このままでは、先年の《魔族戦争》よりも分が悪くなる。

 そう考えたアンリオスは、《ギレヌミア人》にも助力を求めることにした。


 同じ人族ではあっても、ばらばらに生活していて連帯という意識が乏しい《ギレヌミア人》ならば与しやすいはず。

 《魔族戦争》のときも、《ギレヌミア人》は必ずしも人族陣営に属していたわけではなかった。


 それに、アンリオスは《ギレヌミア人》の戦闘能力は高く評価していたが、その知能を蔑んでいたようだ。

 命が短く馬鹿な人族の中でもさらに、知性に乏しい民族。そんな《ギレヌミア人》ならば飼い馴らすことも容易なはず。

 そんなアンリオスの差別意識が、言葉の端々から滲んでいた。


 そして、アンリオスは《ギレヌミア》の諸氏族に数十年に亘り書付を投げ入れ続けた。

 樹皮を削って、《ドルイド》の文字を刻んだ手紙を。


 これまでのように氏族ごとに別れていては、いずれ《ルエルヴァ人》に滅ぼされるだろう、と。

 むしろ、《ギレヌミア人》が集結すれば、この《大陸》を席巻することも夢ではない、と。

 《人馬》と志を共にするべきだ、と。

 同志たるを望むならば、満月の夜、《バキニスの森》の端へと来るがいい、と。


 だが、どの《ギレヌミア》からも遣いは来ないまま、数十年の歳月が流れた。

 何通も何通も。森の太い木々が裸になるまでアンリオスは檄文を送り続けた。


 その間にも、東の乾燥地帯では《アラシュヴァーナ人》が統一国家を創り出して、《ルエルヴァ人》に挑み。

 西の複雑な地形の中に割拠していた《グリア人》が《連合》とやらを創り出して、まとまり。

 北の深い森では《ギレヌミア人》が彷徨っては、森を焼いた。


 そして、南から中央。《ルエルヴァ人》の領域と影響力は、かつての《三英雄》の時代にすら劣らなくなっていた。


 《アラシュヴァーナ人》がいる《大陸》の東方と、北方から中央の間には、大きな大地の裂け目の間に海が流れ込んでいて影響はほぼ無い。

 《グリア人》は少しずつ土地を切り拓いていくが、居座って動かない。

 《ギレヌミア人》は森を焼くが、それは一時的な破壊をもたらすにすぎない。


 だが、《ルエルヴァ人》はまるで神々の手でも借りているかのように、その影響を拡げていった。

 山を削り、森を拓き、湿地を干して、道を通す。《魔獣モンストゥルム》さえものともせずに、《大陸》に人族の広大な領域を造り出す。


 アンリオスは憎しみを募らせた。

 元々は、すべての種族に与えられた大地を、我が物顔で跳梁ちょうりょうする《ルエルヴァ人》へ。


 だが、たかだか数千の《人馬》には成す術など無かった。

 糾合しようとしたほかの種族も、《大陸》中央に広がる魔の領域――《ロクトノ平原》を盾に静観を決め込んでいた。


 そのまま、数十年。



 だが、そのときは訪れた。

 一人の若い《ギレヌミア人》がアンリオスの前に現れたのだ。


 開口一番、その若者が口にしたことは「やはり、ほんとうに《人馬》がいた」という言葉。


 アンリオスがその《ギレヌミア人》から聴いたところでは、彼が心血を注いで書きなぐった檄文は、火にくべられていたらしい。

 ただの誇大妄想家のいたずらだと思われていたのだという。

 アンリオスが腹を立てたことは言うまでもない。

 しかし、ならばどうしてこの若者は来たというのか?


 たまさか手紙を拾い上げた若者も、《ドルイド》にいたずらだと言われたらしい。

 そのような木の皮が長年、多くの氏族の元に届いている、と。

 だが、それを聴いた若者はこう思った。


「数十年に及んで、多くの氏族に向けて同じ内容を綴る偏執的な悪ふざけなど、よほど暇な時間を持て余した長命の、脚の強い種族でなければ成し得ないはず。……そのような者を討てば、俺も氏族長へと一歩近づく」


 そうして若者はアンリオスに挑みかかった。

 アンリオスはその《ギレヌミア人》の若者を倒した。《人馬》において英傑と呼ばれるアンリオス。

 いかに《ギレヌミア人》とは言え、若年の《戦士》に負けることなどあり得なかった。

 だが、アンリオスは命を奪わなかった。


 その若者が使えると考えたからだ。


 若者は《ギレヌミア人》においても年齢の割りには強く、《技能》にも秀でているようだった。

 加えて、ここまで単身乗り込んで来たように好奇心も旺盛で気概もあり、《ギレヌミア人》にしては頭も使える。


 この若者を教導し、《ギレヌミア人》の王へと仕立て上げる。

 アンリオスは企んだ。


 そして、さらに十数年。

 アンリオスに鍛え上げられた男は彼の目論見通りに氏族長になった。《ギレヌミア》屈指の大氏族の長。男に与えられた天与と、アンリオスの指導の賜物。

 強者にこそ従う《ギレヌミア人》の若者だった男は既に壮年に達していたが、師たるアンリオスにはなお従順だった。


 アンリオスは強さだけではなく、知識もその男に仕込んだ。

 やがて男も自ら、《ギレヌミア》において初めての王となることを望むようになっていった。


 アンリオスと《人馬》の存在は、氏族長の胸の内にだけ仕舞われた。

 《獣人》への嫌悪は根深い。

 いくら実力者に服従する《ギレヌミア人》とは言えど、氏族長が《人馬》を師としていたと知れば、反感を覚えるはずだ。


 ただひとりの例外は、氏族長の愛息。

 弟子の息子もまた、アンリオスを師と仰いだ。

 その子はいずれ氏族長の跡目を継ぎ、アンリオスの野望を叶える。


 そのはずだった。



 氏族長になってからのさらに十年あまり。

 アンリオスの弟子は、ほかの《ギレヌミア諸族》と交流を持とうとしたが、甲斐は無かった。

 《ギレヌミア諸族》の危機感は薄く、アンリオスの弟子がいくら言葉を尽くしても聴く耳を持たなかった。


 ときに強引に従えることも試みたが、《ギレヌミア》同士の戦は予想以上の損耗を呼んだ。

 こんなことを繰り返しては、さらに強大になっている《ルエルヴァ人》との戦争の前に、《ギレヌミア》が疲弊してしまう。



「実際に、目の前に的を置くほか無いのでは?」


 弟子の息子――疾うに成年に達していた氏族長の子の言葉に、アンリオスは耳を傾けた。


「……たとえば、冬を目前に《人馬》に食料を奪われて逃げられれば、諸氏族といえどもその跡を追うだろう。彼らを誘導し、手近な国を襲わせる。父がそれを提案し、事が成れば各氏族長も一目置かざるを得ない。……王へと近づくに違いない」


 彼はそう言った――




――僕にもようやく、アンリオスの長い話の着地点が読めた。

 今の彼のあばらの浮いて痩せた馬体。疲れ果ててしわがれた声。


「…………きみは、背信されたのか……アンリオス」


 ニックの言葉に、灰色の眼球に血管が走る。

 その顔にほとばしっているのは、憤りというよりも悲哀だと、僕もようやく気がついた。


 アンリオスは瞑目し、自分を落ち着かせるようにひとつ大きな息を吐き出した。


「……我らはただちに各種族へと遣いを出した。……まずは《グリア人》の一国を、次いで《グリア諸国》を北から順繰りに血祭に上げていこう、と。……その様を見て決めるがいい。遣いにはそう言わせた。……数多の種族から、応答があった」

「その国とは《モリーナ王国》のことだな? ……あの強国をどうやって落とした?」

「……簡単なことだ。……弟子に率いられた《ギレヌミア》が軍を誘き出し、我らが手薄になった城に火矢を千と射込んだ。……家から火の手が上がれば、どのような《戦士》といえど心穏やかではおられまい」


 だが。

 そう前置きして、アンリオスは続ける。


「弟子の体を抱きしめるはずだったのだ。……我が名乗りあげ、弟子が我が名を呼ばう。それを受けて我は応じる。《人馬》は《ギレヌミア》に味方する、と。……大きな勝利をもたらした我ら《人馬族》を、弟子が、迎え入れると高らかに宣言する……そのはずだったのだっ!!」


 絞り出されたのは悲しみと怒り。


「きみの弟子は、どうなった?」

「……己が息子に討たれたのよ……呪われるべき所業だ! それも、戦の直前に! …………あの男は、我が目の届かぬ場所で、屍を晒していたのだ……」


 老いだ。アンリオスの悲痛な声。


「老いていたのだ、ニコラウス。……我が愛弟子は、思うていた以上に人族のその宿命に迫られていた。…………老いとは別にしても、人族とは、やはり神の似姿を与えられているだけのことはあるのだろう」


 そして、激情の果てに、アンリオスは溢す。


「……我らの意望は破れたのだ…………それ以上でも、以下でも無い」


 それまでとは打って変わって静かな声だった。

 アンリオスの百年の長きに亘る大計は、たったひとりの弟子の死によって破綻した。

 その事実を受け入れたような声だった。


「そして、きみたち《人馬》は、きみのもうひとりの弟子に追われたわけか?」

「…………そうだ」


 月明かりの中、沈黙が静かに下りた。

 ニックも険しい顔で、目を瞑る。

 そして、暫しの沈黙のあと。《人馬》は気怠そうに口を開いた。


「…………我らはもう、人族を信じない。……ましてや、貴様のような者を迎え入れた国なぞ……」


 足を引きずるようにして、アンリオスはニックに背を向けた。


「待て。……なぜ、この国の民を殺さなかった? どうして、略取を止めたんだ?」


 アンリオスは立ち止まる。

 だけど、振り返りもしない。


「……収奪を控えた理由は貴様の姿を見たからだ、《叛逆公》。……今や、我らに貴様の相手をする余力など無い」


 立ち去ろうとするアンリオスの尾に、ニックがふたたび声をかける。


「まだ、最初の問いの答えを聴いていないぞ? きみたちは最初の襲撃から民を殺さなかった。……私の存在にそのときから気づいていたわけではないだろう?」

「まさか! ……知っていたなら、このような土地、来ようなどとは思わなかった」


 力無く、それでも鼻を鳴らす彼。


「…………ただ、厭きたのだ。……血を見ることに……」


 そうして、やつれた《人馬》は森の奥へと消えていった。


 僕も静かにその場を離れた。

 ただひとり、ニックだけがまるで根でも下ろしたようにその場から動かなかった。



 〓〓〓



〈――ルエルヴァ共和新歴百九年、ザントクリフ王国歴千四百六十六年、ヴォルカリウスの月、十三夜


 《夜の女神》の声は下されず、代わりに現れた《人馬》、アンリオスとの会談は不首尾に終わった。


 アンリオスの考えは人族にとって危険極まりないものだ。

 それは間違いない。


 だが……既に彼の野望は砕かれたあとだった。


……私にできることはもう無いだろう。

 アンリオスの話が事実ならば――あそこまで話したのだ、大方事実だろうが――この国に《モリーナ王国》のときのような規模の《ギレヌミア》氏族が終結する可能性は低いだろう。


 あとは、マルクスの判断を仰ぐだけだ。


 いくつか気にかかることはある。

……アンリオスにはまだ口にしていない事がある。……なぜ、彼ら《人馬》は《ザントクリフ》の北の森から離れていないのか、ということ。


 おそらく、その事実こそが、私たちにとっての凶事を孕んでいるのだ〉

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