選ばれた戦士
『ようこそ……と、言うのも可笑しな話じゃな』
そこには白いローブに身を包んだ白髪の老人、手にもった杖には妙な機械が所々に取り付けられていた。彼を取り囲むようにキトリと同じ年恰好の少年少女達が立っていた。5人…いや、もっと多い。クスッと笑う声がかすかに聞こえたが、すっと掲げられた老人の古ぼけた杖の指す先に消えていった。
『皆には申し訳無いが、この子のために今一度君たちがいかに優れた者であるか、この国に必要な存在かを聞いて頂くとしよう。君、ご苦労だったな』
そう言われた兵士は一礼し、足早にホールの隅まで行き、壁際で腕を組んで止まった。
ピ……ンと張り詰めた空気が周囲を包んだ。キトリは同年代であるはずの回りの人間に違和感と恐さを覚えた。うすぼんやりと開いた目で、実態が解らない白い固体を見るような目で老人を見ていた。その左手にはキトリと同じ黒い帯が巻かれていた。違っていたのは、彼らの左手の大きさは大小様々で、大きいものだと体半分ぐらいの者もいた。
『ゼロ・ルー。こちらへ来なさい』
さっきから頭がぼーっとする。抵抗も反抗もする気が湧かず、ゆらゆらと揺れるようにキトリは指された杖の方へと歩いていった。僕はそんな名前じゃない。そう思っていても、ただそう思っているだけ、だった。
『……君は、その左手を不幸に思っておるだろうか』
老人はコツッと地面をついた杖の音と同時に妙なことを言い出した。
『物心ついた時から此処に居た者、親の愛を覚えている者。様々ではあるが、家族と離れ、孤独を強いられ、戦争へと駆り出されるだけの存在……君もそう思ってはいないだろうか』
戦争。その言葉にキトリの胸がギリッと痛んだ。
やはり、僕は戦争をするの……? 嫌だよ、どうして。怖いよ。戦い方も知らないし、知りたくも……
『ゼロ・ルーや』
キトリは目を見開いて老人を見た。突然自分が呼ばれて驚いた。同時に、その名前で『自分が呼ばれた』と思った自分にも驚いていた。
ぐるぐると感情が変わり続けるようで、次第に吐き気がしてきた。そんな中に響くゆったりとした老人の言葉が胸を癒してくれる気がして、耳を傾けた。老人が続けた言葉ではなく、その声を聞いて落ち着きたいがためだった。
『君は、このゼロ・レイス達の中で最も遅く発見され、保護された一人だ。その手では、君の両親が外界へと君を連れ出す事も無く、孤独な日々を送っていた事だろう。その分受けてきた親の寵愛が杭となり、今の君は我々を憎んでいるだろう。』
更に老人は、眉をひそめ、悲しげな口調で言った
『君の親御さんには……本当に申し訳無い事をした』
ギヂッ。
心臓の奥のほうが鈍く鳴った。電雷を放ったように痺れた左手は、巻かれた帯に締め付けてられるように痛かった。
『私は、君を保護しに行った男のやり方を聞いて愕然とした。そんな卑劣な手段を使う必要など全く無かったはずだ。あの男には妻も子供もおらん。だから、その愛がさせる罪を解らぬのだ。許して欲しい。君の家族のためにも、1日でも早くこの世界を平和にするために、この無益な戦いに我々が幕を引いてやらねばならないのだ。多少は手荒な真似をしてでも、君を、君たちを保護する必要が我々にはあった。ゼロ・ルーや、君が親御さんを亡くした根源が、この戦いが生んだ人の狂気である事を解って欲しいのだ……何を言っても許されないのは承知だ、我々を恨むのは仕方が無い。だが、そうさせたのはバドラルを狙う侵略者達の悪気なのだ。責任を押し付けて逃れる気は無いのだが、事実を語るとこういった表現しか出来ぬのだ。』
本当に申し訳ない。おじいさんは最後にこう呟いて頭を下げた。
キトリの痛んでいた胸が少しずつ治まった。体は未だに震えていたが、恐さや怒りから来るものではない、初めての感情だった。カチカチと金属がぶつかるような音で、キトリの歯が鳴った。
『君たちを悪魔と呼ぶ者がいる。異質の体を持った兵器であり、我々軍にとってのただの道具である、と。だが、それは違う。各々の能力を活かし、子供である君たちを戦いの業火に放り込む痛みを我々は常に抱いている。偶然が君たちを変異させ、それに頼らざるを得ない我々の非力さを嘆いている。だが、、、圧倒的なのだ。君たちの安全をどう守るか。そんな会議が数え切れぬほど繰り返された。あらゆる防御方法を考えた。しかしどうだ、我々の心配など、君たちの能力の前には宇宙の塵程に無意味な事であった』
……どういう事??
キトリのそんな表情を察してか、老人は一息ついてから更に続けた。
『ゼロ・レイス達よ。君たちの誰かが怪我に苦しみ、ましてその命を終えた者は一人もいない。世界最高レベルとも言われる医療機関を携えた軍医がするのは、戦闘から帰ってきた君たちの頬傷に消毒液を塗り、疲れを癒すマッサージを施すだけだ。我々は確信した。君たちの安全は守るものではなく、君たちに与えたその左手の代償に、戦いの神に守られているのだと』
確かに、老人の声を黙って聞く皆に、戦争で負ったと思うような怪我は無い。異種様々形の黒い帯に巻かれた異物が無ければ、同年代の子供が一箇所に集まって話を聞いているごく普通の光景にすら見えてくる。キトリは、この老人が嘘をついているわけではない事はすぐに解ったが、どうしても思い出されてしまうのはこの軍がもたらした父の最期だった。
『君たちの力を借りるしか無い我が国の非力さを許して欲しい。この国で君たちの帰りを待っている者達のために、この大戦を終わらせて欲しい。。。我々の国の、そして此処で生きる全ての者たちの未来の掛け橋となって欲しいのだ。君たちがこの戦いを終わらせられる、唯一の希望なのだ……』
下を向いていた子供達が次々と顔を上げて老人を見つめた。生気の無かった瞳にみるみる光が宿り、右手の握り拳は強く何か意志を固めたように握られていた。
老人は一段高い壇上をゆっくりと降り、子供達に近づいてきた。一人、また一人と彼らの左手に触れて行く。怪我をした手を優しくさするような穏やかな手つきだった。老人は最後に少し離れた位置に立っていたキトリの前に立ち、愛情に満ちた笑顔でキトリの黒い手を撫でた。
『一度に沢山の事が起こり過ぎて、相当疲れているだろう。私達に出来る事と言ったらベッドと食事を用意するくらいだが……今日はゆっくりと休んでおくれ』
そう言って、壇上に戻り、幾枚もの紙を整頓し始めた。それに合わせて子供達はキトリが歩いてきた通路へと移動していく。誰彼と言葉を交わすことも無く、その目に灯ったはずの光はとうに消えてしまっていた。
やがて全員がホールから姿を消し、部屋にはキトリと老人、腕組みをして俯いたままの兵士だけが残った。よっこらしょ、と壁から背を離し、兵士が歩み寄ってきた。
『部屋に、案内しよう』
僕たちがこの戦いを終わらせられる唯一の希望……
戦う事への恐怖、父の最期、終わりという希望。錯乱するほどの悲しみを抱えていながら、妙に落ち着いている自分をキトリは恨んだ。悲しくないのか? 悔しくないのか? どうしてこんな所にじっとしているんだ。僕に力があるなら、こんな所今すぐにでも………
『こっちだ、ゼロ・ルー』
キトリは言われるがままに、ホールを後にした。
『ラゴン』
『は、ははっ!?』
突然声がして驚いたにしては異常なまでの飛び上がり方をして目を見開き、ラゴンと呼ばれた老人は曲がった背を痛そうに、しかし目一杯伸ばして素っ頓狂な声で答えた。
『よい。背を崩せ』
『は……、申し訳ありません』
『どうだ。アイツは』
『は……。やはり十一歳という年齢での保護のために自我の構築がかなり進んでしまっております。ゼロ分子から放出される精神波にも今までに無いかなりの変動が見られております。幼少期からの教育とは比べ物にならない程の訓練が必要となりますが、彼は保護に向かった軍曹に親を殺されております……これによる影響が最も危険視され、今後の経過を見る以外には判断が難しくあります』
壇上に置かれた台には、相対する者には見えないように何十台ものモニターが埋め込まれていた。それぞれに様々な波形が映し出されている。
その一台を指差して、ラゴンは慌しく返答した。
『親を……?』
『ははっ! 私もここへ来る途中耳にしたばかりでしてっ!』
『あの阿呆が……解った。突然の報告要請、非礼を詫びる』
『は、ははぁっ!! ととととんでもござひませんっっ!』
軍服に身を包んだ金髪の男は、コツコツと足音を響かせてホールを出て行った。
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