十八番目のゼロ・レイス
『おい、私の声が聞こえるか?』
耳元で誰かの声がする。若い男の人の声だ。お父さんでも、お母さんでも無い……。
『不意に殴ってしまって申し訳なかった。然るべき対応だったのだ。治療は済ませた。もう痛みも残ってはいない筈だ。君の意識が戻ったのも解っている』
さっき殴られたこの頭が、もう痛くないだなんてそんなの嘘だ。だって、こうやって今も……
「……あれ、痛くない……?」
ゆっくりとキトリは目を開いた。真っ白な壁に規則的な穴の空いた天井。右側に見覚えのある鎧の兵士。
『話は出来るか? 君の左手に緊急レベルの異変が起こったため強制停止を優先させ頭部に若干のダメージを与えた、という報告が入っているが………大丈夫そうだな』
あれほど恐ろしい存在だと言われていた深緑の鎧と仮面の兵士が、事もあろうにキトリに向かって頭を下げた。頭から鼻頭までを覆うフェイスメットで表情までは見えないが、口調に似合わずとても若い人である事はわかった。この人が僕の頭を殴った人だったのか? いや、そんな事よりも、これが本当に僕のお父さんとお母さんを傷つけたバドラル兵なんだろうか?
『ここは、バドラル国の医療室だ』
目を丸くして辺りを見回すキトリに兵士は言った。
ランプというより、壁そのものが光っているような白色に包まれた部屋の柔らかいベッドの上にキトリは寝ていた。もし僕が敵だったら、こんなベッドに寝かされる事なんてあるのだろうか。
『一つ、質問をしてもいいかな』
「……」
『君の名前は?』
キトリは黙っていた。やはりどんな悪意の無い者であれ、この甲冑の兵士は、この鎧を来た誰かがお父さんを殺したんだ。こいつらには、何も言っちゃいけないはずだ。
『……答えたくないのならいいんだ』
兵士は少しうつむく。フェイスメットが鈍く光った。
『君はゼロ・レイスの十八番目の因子にあたるため、そのラファベットを取って、ゼロ・ルーという名前でこれから呼ばれる事になる。これから長い付き合いになるだろうから、覚えておいてくれ』
「……」
『ん? ラファベットを知らないか。アンチ、ベーテ、セッロ…』
「……知っています」
『あぁ、そうか。それならいい』
機械のノイズのような音が響く部屋だった。大きく透明なガラスの向こうでは白衣を来た老人が何やら慌しくあちこちに設置された画面を見て回っていた。
『もう一つ、良いかな』
「……」
『ゼロ・レイスであるという事と、ここに来た時期から、君が今までどんな人生を歩んできたか大体の想像は付いている。私は軍に入ってまだ間もない者だが、その時に比べてゼロ・レイスの数は急激に増えた』
少し落ち着いた口調で兵士は話し始めた。
相変わらず口元だけしか見えない格好から、その面持ちは解らなかった。
『いくらとてつもない力を秘めているからとはいえ子供は子供。私はゼロ・レイスを戦わせる事には賛成出来ないのだ』
キトリは初めて兵士を真っ直ぐ見た。兵士もまた、キトリをじっと見つめていた。
『こんな事、誰かに知られたら私は処罰ものだ。だがどうしても一つ聞きたい事がある』
ごくり、と唾を飲む。
『君は、いや、ゼロ・レイスは───』
カシュ!
突如左のドアが開き、同じ格好の兵士が立っていた。
『動けるか?』
『あぁ、問題なさそうだ』
兵士はさっきまでの口調とはまるで異なり、厳しい声でキトリに言った。
『意識確認は終わりだ、ゼロ・ルー。付いて来なさい』
ドアから入ってきた兵士の後ろに、もう一人、白衣を来た人間がいた。
白衣の男は、じっとキトリの左手を見ていた。
キトリも思わず左手を見る。そこには読めない文字が一直線に書かれた黒い帯でぐるぐる巻きにされたキトリの剣があった。雑に巻かれた帯の先端が無造作にぶら下がっていた。
『宜しく頼む』
ドアを開けた兵士はそう言って白衣の男に敬礼し、左の通路へ消えていった。
白衣の男が、キトリの方に手をかけ、誘導した。
キトリは二人に連れられ、右の通路へと歩き出した。
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