風斬りの奇音
「……ん、……むぅ……」
眩しい陽光が僕の目を掠めては消え、また掠めては消えていった。周囲はとても静かで、逆にそれが違和感だった。いつもなら製鉄の機械的な音が耳を打ち付けるようにして覆い被さってきていたはずなのにな。今日はそれが無いどころか、何の音も聞こえない。
太陽の光がまたキトリの目蓋で踊り、すうっと陰っていった。
陽光が目を攫う感覚など、キトリにとっては生まれて初めての事だった。
静寂。暖かい。このまま目を覚ましたって、もうお父さんは……お母さんはいないんだ。それならいっそ、このまま誰にも見つからないように眠っていられたらそれでいいじゃないか。キトリは目を閉じたままおぼろげな意識で小さく伸びをした。
ヒュッ、ヒュッ。
小さな風切り音が二回。頭の上で鳴った。始めは寝返りの布ズレの音だと思った。しかし、何か違う。確かにそれは、頭の上で鳴った。
キトリに妙な緊張が走る。虫の羽音も歩く音も、動物の気配も息づかいも、ここにはまるで無いのに、確かに頭上の何かはこの大気を二度斬った。さっきから太陽の光が目蓋を行ったり来たりしている。キトリが眠った時、月明かりの優しさがずっと頬にあった。太陽というのは、そんなに慌しいものだったのかな?
少し肌寒いな。キトリはグズッと鼻をすすった。
……ヒュッ。
全身に鳥肌がたった。キトリは滲み出る汗を隠すことは出来なかった。
キトリの動きに反応するかのように、頭上の大気が何者かに歪まされる。
絶対に、何かが、居る……!
思いっきりキトリはその目を開いた。眼前に何があるかも確認する前に、キトリは壊れかけたドアを叩き壊して表へ……表……?
その場で身を翻し、狼のような前傾体勢になったキトリの見たものは、夥しい数の丸い鉄筒の先端だった。壊れかけたドアなどとうになく、そこには深い深い緑色の防護服を身に纏った兵士で埋め尽くされていた。その誰もが一触即発の構えで、赤子でさえ『動けばとんでもない事が起こる』と察知出来そうな雰囲気の真ん中にキトリは構えていた。一番前に構えていた兵士の胸に見覚えのある紋章、昨日キトリの家に入り込み、家族を滅茶苦茶に壊したあの兵士の着ていた服の模様と同じ……
あの兵士と、同じ……バドラ……ルの……
ゾワッ。身震いにも似た感覚がキトリを襲った。今や手首周りだけになってしまった左手の包帯がギチギチッ! と悲鳴をあげた。ダメだ、それは、僕が、僕じャなくな……
ゴズッッ!!
鈍い音に混ざってキトリのくぐもった悲鳴が飛んだ。最左に構えていた兵士が、銃の柄でキトリの後頭部を思い切り殴った。一斉にキトリは兵達に押さえつけられ、その左手には黒い帯のようなものが巻かれた。抵抗する間も無かった、というより、キトリの左手の異変を偶然見てしまった一兵士の機転だったのだろう。ヒュヒュッと慌しく指でサインを送り合った兵士の一人が急いで立ち上がった。
『緊急事態により頭部にダメージを与えましたが、ターゲット捕獲しました!』
『連れて行け』
『はっっ!!』
捕獲……確かに今そう言った。砕けるような頭の痛みを耐えながら奥の人間の会話を聞いていたキトリだったが、抱え持ち上げられた反動でとうとう意識が途切れた。
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