発動

 大きく唸りを上げた鉄の塊は、吹き飛んだシャッターに向かって歩いていた兵の一人の前で大きくしなった。舞い上がった火花は次の瞬間にはその軌道を変え、大きく真逆の弧を描いて一人の兵を鈍い音で弾き飛ばした。その光景をやっと視界の端で捉え、首を動かして見やろうとしたもう一人の兵が彼の眼球を動かす前に、更に直角に曲がるようにして突っ込んできた火花の竜に喰われて呆気無く吹き飛び、壁にめり込んだ。

 銃を構えていた兵は二人の兵がまるで大砲のように撃ち放たれる様をしっかりと見た。……な!? 何が。目の前の状況を把握しようとやっと動き始めた彼の目の前には、既に自分より一回りも二回りも小さい少年がその左腕を振り被り、その鉄の塊を斬るというよりは無造作に叩き付けていた。……よせ、やめろ……!! ……そんな悲痛な兵の思いが彼の脳に巡ったのは、製鉄機械、そのパイプ、鉄の壁にと叩き付けられ、骨という骨を砕かれたような全身が地に落ちてからだった。


 それは一瞬の事だったのか。

 シエラが突風と異常を体で感じ、開けようにも開けられない目蓋をやっとの思いで開いた時には、製鉄場の鉄壁が大きく3箇所くぼみ、その下に一人ずつ、バドラル兵が崩れ落ちていた。じゅううぅ、という地面の溶ける音が、廃物置き場からそこに向かっていた兵から兵へ、そして拳銃を構えていた兵へと、稲妻のような軌道を描いて焦げ臭い煙と共に立ち込めていた。軌道の先に立っていたのは、その左手を刃渡り七十センチほどの大剣に変えた少年だった。

 

『ギ……ゴホッ! ……キ……キ、トリ?』

 シエラは恐る恐る声をかけた。そこに立っていた少年をキトリと呼ぶには、あまりにも勇気が必要だった。巨大化した剣もそうだが、何よりその周りで鉛色のケーブルやゼンマイのような形の鉄が、まるで生きているかのように動き、形を変えては、少年の体と同化するように溶け込んでいき、また滲み出るように現れた。剣を振り切った状態で固まっていた鉄の少年は、今度は先刻までとは信じられないくらいゆっくりとした動きで視線をシエラに向けた。ギ、ギギギ、と慌しく鉄の生物が蠢く。左手の大剣はくねるように揺らめき、その刃先をシエラに向けた。少年の眼、それは本当に我が息子の眼か。快楽に満ちたような、憎悪に満ちたような鈍色の眼……。

 

『キトリ……』

 呼吸をするだけでも気管が焼けるように熱かったが、それでもシエラは少年の名を呼んだ。真っ直ぐ視線を合わせた少年を、瞬きせずシエラは見つめた。剣先はシエラの体に照準があったまま、暫く『次の獲物』の様子を伺っていたが、突如暴れ苦しむように蠢き出した鉄の生物は、左肘に幾本も群がった細長いパイプをガチンガチンと衝突させ合いながら少年の体内に消えていった。音も無く彼の左手が小さくなって行き、元の大きさに戻った頃には、キトリの瞳から鉛色の淀みが消えた。

 

「……お母さん……?」

 つい先程まで情など何処かに忘れてきたような顔をしていたキトリが、辛そうな、悲しそうな表情へとみるみる変わっていく。触手のような鉄のパイプは彼の体にはもう何処にも見当たらなかった。シエラは駆け寄ってきた我が子に支えられ、痛む背中を振り払うかのように笑って見せた。出血は止まりかけていたが、それでも予断を許す傷ではなかった。

 

「薬と包帯を、取ってくるね……」

 シエラを再び横たわらせたキトリは、傍に倒れるソルマを見た。声をかけようとして思いとどまる。今そんな事をしたら、また僕が僕デなくナりそうな気がする。。。キッ、と台所に続く扉を見つめ、未だ心中狂い叫んだ状態のまま、全力で走った。シエラは、目の前に横たわる夫の額に懸命に震える左手を伸ばし、彼の目蓋を閉ざした。


 ソルマの賭けは成就されたと言えるのだろう。だがその代償は、あまりに大きすぎるものだった。それでも、シエラがもう涙を零す事は無かった。今はただ、夫の望んだ最後の願いを叶える事だけを、気を緩めると消し飛んでしまいそうな意識の中で考え続けていた。

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