行かないで -reminiscences-
背中が……熱い……
波動のように脈打つ自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。それだけしか聞こえない。・・・背中が・・・熱い・・・痛い・・・。夫は無事? あなた? 何かが頬に…この感触、あぁ、あなたの腕? そうよね、忘れるはずのない、あなたの腕の支え。大丈夫なの? 私はあなたより強くなんか・・・ないのよ。ただ、いつも通りを装っていないと、言葉に詰まると、涙が止まらなくなるの。。。あなたは不器用だけど、私なんかより、よっぽど。
(シエラ! シエラ!!)
なぁに? あなた……大丈夫よ。聞こえているわ。痛みも無くなって来たように感じるの。とっても穏やかな気持ちよ。ダメね、こんな時に。キトリを守らなくちゃいけない時に……
(シエラ、・・・・なら身動・・ず、私・・・・・・せ)
あなた、手が痛いわ。そんなに強く、握らなくても大丈夫よ、少し喉が熱くて声が詰まって出ないけど、大丈夫、大丈夫よ。
『…うぅっ』
ダメね。出ないわ……ごめんなさい、ごめんなさいね。意識を……意識を……あなたの声が。聞きたいの。
(シエラ)
はい、あなた。
(お前に『令』を言う)
……れい? 何も無いわ。お礼を言われる事なんて……
(何があ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるまで、動い・も、喋っ・・いけない。息・・・・・こえたか。動いても、喋っても、、目も開けるな。死んだフリをするのだ。いいな。この方法しか無いのだ。いいな。シエラ。私は・キトリと・・・・・・・・・・・・・・る事にす・。)
あなた……何? あなた? ……あなた?! 一体……何?! 待って、待って、待って! 何を?! 待って、待ってお願い待って!!!
シエラは高鳴った心臓の揺れが傷口まで響き、激痛で朦朧とした浮遊感から抜け出した。相変わらず声の出なかったシエラは、持てる力一杯に夫の手を握り返した。だがそれは、儚いまでの弱々しさだった。ダメ、あなた。それだけは絶対にダ……
『反逆者!? 構うか!! 我が子を守らずして何が親だ!!!!』
乾いた破裂音と共にびくん! びくん! とソルマの体が大きく二度跳ねた。
『ぐぶっ!!』
シエラはそのうめきに目を見開いた。その先は鉄屑の散らばる地面だった。夫がされた仕打ちをシエラは耳で悟った。。。撃たれた。撃たれた!!
『ぁ……!』
出もしない声を必死に上げようとした。二度と声が出なくても構わない。今呼ばなくては、今叫ばなくては、私は(動いても、喋っても、、)一生……(目もあけるな)、嫌よそんな(死んだフリを)、ねぇ、いいでしょ。私も(この方法しか無)、一緒に、、あなたと、(いいな。シエラ)嫌よ、嫌。嫌――
(私は、キトリというゼロ・レイスを信じてみる事にする)
――行かないで……お願い、行かないで……
――お願い……
それでもシエラは、目を閉じ、呼吸を止め、夫の最期を見る事はしなかった。眼球も、肺も、手も足もこの心臓でさえも硬直させる事だけに専念した。これは『令』。私が。私がキトリにずっと命じていた事。どんなに守りたくなくても、こんなに辛い思いの中でも、絶対に守れとキトリに言い続けてきた事を、あの子にさせて私が出来ないなんて、そんな事……あってはならない。……ただそんな思いだけで、夫を、体を折り合わせている目の前の人の死を、見てやる事が出来ない悲しみが、シエラの『生』として兵達にばれないように全ての感情を堪えた。
ごめんねあなた。ごめんねキトリ。
こんな辛い思いをさせてしまった私を、許して……
駆け巡る感情を代弁するかのように、廃物置き場のシャッターがガラスのように割れて飛び散った。同時に巻き起こる爆風が、今度は紙切れのようにその破片を宙に吹き飛ばしていく。ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!!! 鋭い鉛色の剣先が床を削り、それに絡みつく炎竜が如く火花を散らしながら、廃物置き場へと歩を進めていた兵達に向かって竜巻のように迸っていった。
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