(11) 精霊召喚・下

「え、おいっ!」


 呼び止める前に、風羽はいなくなっていた。

 ヒカリは部屋の中を見渡しながら、今やるべきことを考える。


(とりあえず、精霊を召喚しよう)


 よしっと決めると、ヒカリはまずはを繋ぐ呪文を唱える。


 精霊というのは、もともとこの世界――ヒカリたちのいる世界に存在する生き物ではない。また別の「幻想世界」と呼ばれる、精霊や幻獣などが多くすむ、この世には存在しない、異世界のな別次元に住む生き物たちだ。


 この世界の歪みを通じて、精霊遣いはそこから精霊を召喚することができる。ヒカリは頭が悪いので詳しいことは理解できていないが、それでも彼は生まれながらの先天的な能力者である。産まれたころから共に育ってきた光の精霊が傍にいることを感じ取り、に実体を与えるための呪文を紡ぐ。


「えーと、光の精霊ルナよ。少しでもいいので、俺の前に現れてください! ……これでいいか?」


 キンッ、と金属同士がぶつかり合うような耳障りな音と共に、音のない足音が響いた。


 粒子の集まった球状の塊が現れ、その中から眩いほどの輝きを放つ少女が羽化をする。光の精霊の顕現だ。


 光の精霊ルナは、寝ぼけ眼の瞳で欠伸をしながら、ヒカリに目を向けた。


『うーん、最後のひとことは余計かなぁ。まあ、別にいけどさー』


 間延びした口調に合わせるように、ルナは大きく伸びをした。


「とりあえず、唄を守って」

『はーい』


 ヒカリの眼前から、ルナは瞬きをする間もなく姿を消す。




 音もなく目の前に現れたルナに、唄は目を細めた。

 長い金髪が、白いワンピースが、光の粒子により輝いている。その中で唯一の黒い瞳が、じっと唄を見つめていた。

 ふっと、視線が逸らされた。


『なんだか今日は精霊が多いなぁ。しかも四大精霊エレメントばかり。ボクに一人で相手しろってことなのかなー』


 向かい側から水鶏の声が上がる。


「そっちが精霊を召喚するのなら、アタシだっていいよね。おいで、ノーム」


 を繋ぐ呪文はとうに唱え終えていたのか、水鶏は精霊に実体を与える呪文を紡いでいく。


 部屋が揺れたような気がした。地鳴りなんてしていないのに、重たく圧し掛かるような音が、響いた気がしたのだ。


 水鶏は持っている小瓶の水を一滴、床に垂らす。畳しかなかったはずの土の塊が起き上がった。

 人の形をと成った土の塊が、一枚一枚花弁が落ちるかのように剥がれていく。


 中から、褐色肌の少年が顕現した。

 褐色肌とは反対の短い白髪に手を置き、ゆったりとした動作で、少年はルナに目を向けた。


『うん、わかった』


 そう呟くと、土の精霊ノームは水鶏を振り返り、白い瞳を優しげに細める。


『オレに、任せて』



    ◇◆◇



 天井にある電球とパソコンの明かりしかない薄暗い部屋の中で、水練は静かに呪文を唱えていた。


 まずは、を繋ぐ呪文を。


「あたしに仕える水の精霊ウンディーネ。出てきて」


 それから、実態を与えるための呪文を紡ぐ。


 ぴちょん、と雫の落ちる音が響いた。


『お呼びでしょうか?』


 水練の背後に、人とは違う気配が降り立った。

 回転椅子をぐるりと回し、水練は振り返る。


 そこに立っていたのは青年だった。

 まるで侍のような藍色の袴姿に、ちょんまげの変わりに水色に輝く髪の毛を一つに結っている。きりっとした顔に、少年ぽさを残した笑みを浮かべたウンディーネが、透明な瞳を水練に向ける。


「別に、暇だからね」

『そうですか。それでは私を、しばらくの間お嬢様の話し相手としてお使いください』


 因みに精霊というのは、もともとこの世界に実体を持たない。同時に性別もなく、召喚主が最初にこれだと思った姿に、精霊は成ると言われている。


(だからといって、あたしは別に侍を望んだわけじゃないけど)


 二年前、自分に水の精霊を召喚できる素質があると知ったとき、傍にいてくれるのなら誰でもいいと思った。物心ついたときから、父に反抗するために部屋に引きこもってきた水練にとって、それはほんの些細な願いだったのだ。


 言葉を待つウンディーネに、水練はふと疑問に思ったことを尋ねる。


「そういや、あたしと契約する前に、あんたって、白銀礼亜とかいう人と契約していたんだっけ? 前の契約者の記憶って、まだ残ってたりするの?」

『……さあ、どうなのでしょうね』


 短い間が、答えなのだろう。


 水練は「ふーん」と何事もなく回転椅子をくるりと回すと、パソコンに向き直る。


「ウンディーネ」

『何でしょうか、お嬢様』


 ポツリとつぶやいた言葉に、ウンディーネがすぐさま反応する。


「あたしは弱いから。人の情報集めるのは好きだけど、肉体的には本当に弱いんや。だから、いつまでも守ってね」

『もちろんでございます、お嬢様』


 温か味のある言葉が、耳に心地よかった。

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