(10) 精霊召喚・上


(唄、やっぱきげん悪い。学校休んだくせに、オレが来たからか?)


 恐る恐る唄を見るが、彼女は琥珀に目を向けている。その隣にいる風羽と目が合ったが、すぐに逸らされた。


(俺があんなこと言ったから、怒ってるのか)


 本心じゃなかったといえば、それは嘘だ。確かに風羽の「仲間」という言葉の響きと、自分の考える「仲間」という言葉の意味は少し違っている。それは彼が本心を見せないように、常に無表情で取り繕っているからなのかもしれないし。それとも風羽のパートナーとしての優秀さに対する、ただの自分の嫉妬心が混じっているのかもしれない。

 いくら自分の気持ちだといっても、混同する思いが多すぎて、自分では判別できない。


 それでもいえることがある。

 ヒカリ自身が風羽を「仲間」だと思っている、ということだ。

 いくら風羽のことをいけ好かないと思っても、彼は自分の友人で、仲間だ。


 ああ、もしかすると。あの時自分が怒ったのは、彼がヒカリのことを仲間だと思ってくれてないように、感じたからなのかもしれない。


 迷いながら、ヒカリはそっと入り口から離れようとした。その前に、琥珀が陽性を押しのけるように飛び出してくる。




 風羽は、唄を守るようにもう一歩踏み出すと、琥珀の挙動を見逃さないように、能力をいつでも解放できるようにと構えた。

 叫んだ琥珀は、唄と風羽が眼中に入っていないのが、ただ激しく殺気を込めた眼差しを水鶏に向けていた。今のところこちらに害はなさそうだが、陰陽師の力をいつ使うかもわからない。下手に手出しができないでいる。


「琥珀」


 陽性の呼び声に反応した琥珀が、今度は陽性を睨みつける。


「陽性ッ。どうして、お前らは、僕に隠し事をしているんだ?」

「それは」

「あの人は、どうして怪盗なんて。今の話は本当かッ。水鶏、どうして、あの人は怪盗なんて犯罪をしてたんだよッ。白亜様は、神だと崇められるべき存在なんだろ! だからあれからボクの前に姿を見せられなくなったって納得してたのにッ」

「琥珀、まだ起きてたんだ」


 やれやれと、水鶏が笑みを浮かべる。


「もうすぐ九時だろ。アンタは寝る時間じゃないの?」

「そんなこと、今は関係ない! 貴様らは、何をボクに隠してるんだ! 白亜様はッ」


 くっと、琥珀は歯をくいしばる。


「礼亜は……」

「琥珀には、教えてあげないのかい?」


 風羽が静かに張りのある声を上げた。


「きっと琥珀は、僕たちと同じことを知りたいと思っているよ」

「アンタ、もしかして」


 水鶏が風羽に視線を向ける。

 その紫色の瞳を見返しながら、風羽は言った。


「僕は、ヒナさんから訊いてきたんだ」

「え、姉貴から。そういや、家を出てくる前に、姉貴が白銀礼亜と瓦解陽性とは同級生だったって、うおっ」


 礼亜と名前に反応した琥珀に睨まれて、ヒカリが大げさに仰け反る。


 その間に、風羽は呪文を唱えていた。


 まずは、を繋ぐための呪文を。


「風よ、僕に力を貸してくれたまえ。我は風の精霊の守護者、喜多野風羽なり――」


 それから、実態を与えるための呪文を。


「いでよ、シルフ。僕は、君と一緒だよ」


 の手を取るように、身近に感じるに身を寄せる。


 静かなそよ風が過ぎるように、時は一瞬で過ぎて行く。

 渦巻く風が空間を切り裂くように現れる。

 別の世界からこの世界の歪みを通じてやってきたが顕現した。


 少女の実体を得たは優雅に微笑んだ。

 白い肌は自然の緑のように黄緑で、薄い水色の所々混じった緑の髪の毛は地面につくほど長い。額にあるひし形からは触角のようなものが二本生えており、ぴょこんっと楽しそうに静かに吹く風に揺れている。真っ白のワンピースからすらりと伸びる細い脚は、素足のまま少し宙に浮いていた。


 四大精霊エレメントがひとつ、風の精霊シルフは、周囲にいる面々に目を向けると、面白そうに口元をほころばせた。

 幻想のまま、彼女はころころと笑う。


『これはこれは、同族が二人も。うふふっ』


 やはりと、風羽は内心納得する。前の相対で水鶏が精霊遣いだということはわかっていたが、陽性のことはわからないままだった。いくら彼の素性を調べても、能力の詳細までは調べようがないと、兄が嘆いていたことを思いだす。

 能力の多くは秘されている。能力を知らせるということは、自分の弱点を知らせることと同意だからだ。よっぽど親しく信頼できる相手以外に話すものはいない。


 遠隔で炎を軽減できる陽性が、ただの炎遣いではないと風羽は考えていた。思った通り、陽性は炎の精霊遣いだったらしい。


(ますますこれは大変だね)


 今日の月が満月に近くて良かった。月の満ちる夜であれば、ヒカリの精霊も役に立つ。風羽一人では、四大精霊エレメントと陰陽師の三人も相手するのはさすがに無理がある。


 いきなり精霊を召喚した風羽に、視線が集まった。


『わたくしは、どうすればよろしいのかしら』

「そうですね。とりあえず、この屋敷の中にいる儚い魂を探してはいただけませんか? 精霊のあなたなら、彼女の居場所がわかるはずです」

『儚い魂……? ああ、これですわね。かしこまりましたわ』


 くすっと笑い、シルフがふんわりと浮かんだ。実体を消し風になると、陽性と琥珀の隙間を一瞬で通り過ぎて行く。


 はっと陽性が動いた。口で呪文を唱えている。

 やはり早い。風羽に比べると、呪文を紡ぐ速度は、あちらの方が上回っていた。先手を打ってよかったと、安堵する。


「炎を司る赤き精霊サラマンダー、ワタシに力を貸してください。今、ここにあなたの実体を映し出します。おいで」


 陽性の囁きに誘われるように、ぼうっと炎が灯った。

 掌サイズほどの炎が徐々に大きくなり、人形を映し出す。


 火の粉が舞った。炎の中から、赤き少女が姿を顕現させる。


 燃えさかる赤髪のの少女が、赤いビキニ姿の胸を張り、茶色い瞳で陽性を睨みつけた。


『きゃはははははっ! 久しぶりだなぁ、陽性! 臆病風は治ったのかぁ?』

「……これだから精霊を召喚するのは疲れるのです」


 それは精神的な意味でということだろうか。確かに攻撃的なサラマンダーの相手は、シルフに比べると大変に思える。


「サラマンダー」

『ん? アタイは何を燃やせばいい?』

「燃やす必要はありません。アナタはシルフを追ってください」

『はんっ、あのヤロウも来てんのかよ。面白くなってきたじゃねぇか!』


 火の粉が舞うと共に、サラマンダーがシルフの後を追いかけていく。

 その後姿を見送った陽性が、水鶏に目を向けた。


「琥珀をお願いします」

「なんでアタシが」


 ブツブツと文句を言いながらも、水鶏は反論しなかった。

 サラマンダーに続き、陽性も部屋を出て行く。


 風羽はそっと唄の傍を離れると、陽性たちのあと追うために入り口までやってきた。傍にいるヒカリに一言だけ囁き、風羽もまた部屋から出て行く。


「ヒカリ。唄のこと、頼んだよ」

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