(9) 白銀礼亜という人・下

 連れて来られたのは和室だった。部屋の真ん中に机がある以外に物はなく、殺風景な部屋である。

 座布団を二枚渡された風羽が、無言で一つ渡してくる。


 水鶏はとっくに座布団に座っていた。机を挟んだその前に、唄と風羽はゆっくりと腰を降ろす。

 暫く無言が続くかと思われた間のあと、水鶏が桜色の唇を開いた。


「で、何から話そうか」

「……そうね。それなら、明日のことからで良いかしら。瓦解陽性から手紙を貰ったのだけど、そこにあなたたちが明日、『虹色のダイヤモンド』を盗むだなんてことが書いてあったわ。本当かしら」

「そうだよ」


 微笑む水鶏の一言に、風羽が眉を潜める。


「何のために?」

「アンタらの邪魔をするためさ」

「……そうか」


 風羽は静かに言葉を続ける。


「なら、どうして僕たちの邪魔をするんだい? 何か理由があるのだろ」

「あー、それ? うーん。どうしようかなー。教えないとこっかなー」


 唇に指を当てて、水鶏がおどけた態度をとる。

 唄は怒りが込み上げてきたが、隣にいる風羽が咳をしたことにより、すぐに冷静に戻った。


「教えてくれるために、僕たちを誘ったんじゃないのかい? どうやら君は、僕たちがくるのをあらかじめ知っていたみたいだし」

「確かに、中澤ヒカリには声をかけたけどねー。アンタら二人しか来ないなんて、予想外だよ」

「ヒカリがどうかしたの?」


 困惑する。どうして学校をずる休みしたヒカリの名前が出てくるのか。


「あれ? どうしてそんな顔をするの? アンタら、中澤ヒカリから聞いてきたんでしょ……って、ああ、そうか。さっき言ってたね。陽性の手紙で明日のことを知ったって……」


 はっと水鶏が一瞬笑顔を消す。口元に手を当てて考える素振りを見せたが、取り繕うように口角を上げた。


「そう。じゃあ、あいつはアンタらがここにきてること、知らないんだ」

「そうだと思うよ。ヒカリは、僕と話したくなかったみたいだから」

「アンタ、アイツに嫌われてるの?」

「そうかもね」


 眼鏡のブリッジに指を置き、風羽が答える。


「へー。てっきり『怪盗メロディー』には仲間意識が強いと思ったのだけど、違うんだ。バラバラじゃん」

「そうかもね」

「そんなことない」


 思わず口をついて出た言葉が、風羽の言葉を遮った。

 眼鏡から指を離した風羽が、驚いた顔で唄を見る。


 唄はそんな風羽を見返し、前で意地の悪い顔をしている水鶏を見据えた。


「少なくとも、私は皆を仲間だと思っているもの。ヒカリはもちろん、風羽も水練もね。最後の二人は隠し事が多すぎるけど、決して裏切ったりしないって、私はそう信じているわ」

「……唄」


 何やら風羽が言おうとしているが、その前に水鶏が声を上げた。


「隠し事してるやつを、仲間とか本当にそんなこと思ってるの? ばっかみたいッ。身内ですら平気で他人を裏切ったり、家族を捨てたりする世の中で、たった数年一緒だっただけのやつらを仲間だとか……。戯言を言ってんじゃないよッ」

「本当のことだから」


 真剣な顔で唄は言う。

 確かに、風羽は父が刑事だということを隠していたし、水練は仕事以外での付き合いがないから本当はどういう子なのかもわからないけど、二人とも『怪盗メロディー』の一員で、仲間だと唄は信じている。特にヒカリとは物心つく前から一緒にいる。いつもニコニコしている明るい少年で、頼りのならないところもあるけれど、唄は決して彼のことが嫌いじゃない。


 風羽が、ため息を吐いた。


「そうだね。僕も君たちを仲間だと思っているよ」

「ありがとう。仕事上の付き合いだけど、よろしくね」

「……そっちの仲間という意味だったんだ」

「何かしら?」

「いや、何でもないよ。唄、これからも怪盗としてよろしく」

「こちらこそ。頼りにしているわ、風羽。これからもよろしくね」


 くすっと、笑い声がした。

 その声の主は立ち上がると、信頼を再確認している唄と風羽を蔑むように、二人を見下ろすような形で声を張り上げた。


「アンタらはどうせ知らないんだ。どうして、アタシたちが『虹色のダイヤモンド』を盗んじゃいけないよって忠告しているのか。どうして、アンタらにちょっかいをかけているのか。それから、どうして二年前、アンタの両親が怪盗をやめたのか。それから、アンタの両親の仲間だった白銀礼亜のことですら、アンタは知らないんだよッ」


 水鶏が不機嫌な顔で言葉を続ける。その口調は、一変して穏やかなものだった。


「ねえ、野崎唄さん。アンタの両親は、どうして怪盗をやめたのか、教えてくれないんでしょ? その理由をアタシが教えてあげるよ」


 風羽がそっと立ち上がる。唄も引かれるように立ち上がると、微笑む水鶏と対面した。


「そうね。私は何も知らないわ。どうして父と母が怪盗をやめたのか。教えてくれないのだから、知っているわけがないじゃない。――それで、私は怪盗になったのだから」


 直後、部屋の扉がゆっくりと開く。

 そこに立っていたのは、長身の青年、瓦解陽性だった。


「水鶏。お話はそこまでです」

「陽性」


 来るとわかっていたのか、水鶏に驚いた様子はなかった。

 驚いたのは唄と風羽だ。陽性の背後には、困った顔をしたヒカリがいたのだから。


「やあ」


 ヒカリが手を上げる。唄はその手を黙殺した。


「……ヒカリ」


 風羽が噛み締めるように口を閉じる。


「えーっと」


 ヒカリが何かを言いかけたが、その前に割って入ってくる声があった。

 黄色い髪をおかっぱに切りそろえた、灰色の瞳の少年――琥珀が、部屋の中に入ってくると、口を開く。


「なんだよ、今の」

「琥珀」


 しまったというような顔で、水鶏が顔を逸らす。

 そんな彼女を睨みつけて、琥珀は叫び声を上げた。


「なんなんだよ、今のはッ。白銀礼亜って、白亜様の偽名だったよな! 白亜様が……あの人が、『怪盗メロディー』の元仲間なんて、ボクは知らないぞ!」

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