第31話④ むか~しむかし。

【引越し】

 三年生ももうすぐ終わり。

 春休みを意識し始める三月初旬。

 桃代は今までで一番ショックなことを母親から言い渡される。


「異動が決まった。引越しせないかん。」


 意味が分からなかった。

 どういうことか詳しく聞いてみると、それは…。

 仕事で遠いところに行くことになり、引越しすることが決まった。つまり転校しなくてはならなくなった、という話だった。


 母親の仕事は環境調査。

 様々な現場に分析試料をサンプリングしにいく。

 今までは単発で日帰りの業務のみだったが、この度大規模な工事による長期モニタリングのスタッフとして、関東への異動となったのだ。


 二月の半ば。

 プロジェクトに組み込まれたことが言い渡される。

 四月から関東だ。

 桃代を祖父母に預け単身赴任も考えたが、親一人子一人の家族。

 大切な時期だ。

 親として一緒にいたかった。だから桃代に無理を言うことを決めた。

 好きな人がいることも分かっていた。隣に住んでいるユキだ。

 桃代は分かりやすいから、見ていてすぐに誰が好きか分かってしまう。引き離してしまうのは可愛そうだがいずれ帰ってこれる。我慢を強いることは心苦しいが、社会人である以上、従わなくてはならない。

 ましてや信用されて決まった異動。

 断れるわけがない。

 時間がかかってでも桃代を説得することにした。


 泣いていた。

 それほどまでに好きだったんだ。

 心が痛む。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、一生懸命お願いする。

 いい顔はしなかったものの、最終的には帰れることを条件に頷いてくれた。

 そして、


「ユキくんち行ってくる。」


「うん。行っておいで。」


 関東に転校することをユキにおしえることにした桃代。

 勝手口をノック。


「あら、桃代ちゃん。どげしたんね?」


「ん?ユキくんに用事。」


 目が赤い。泣いたことが一目でわかる。なんか様子がおかしいと思うユキ母。


「ちょっと待ってね。ユキ~、桃ちゃん来たよ。」


「は~い。」


 奥から声がし、すぐに出てくる。


「どげしたん?」


 今、泣き止んだばかりのような目を見て若干焦る。


「話し…ある。」


 何かを察したユキ。


「部屋行こ。」


「ん。」


 部屋に入るなり、


「ユキくん!」


 抱きつかれた。


 グスッ…グスッ…


 再び泣き出してしまう桃代。

 恐る恐る抱きしめ返す。

 滅多に泣くことなんかないのに…こんな桃代は珍しい。


「桃代ちゃん?何があったん?」


 優しく尋ねる。


「…あんね…ウチ…引っ越さなっち…遠くに行かないかんっち。」


「え?」


 一瞬、何を言われたか分からなかった。

 が、数瞬の後意味を理解したとき茫然となった。


「マ、マジで?」


 声が震えている。


「うん。帰ってこれるみたいやけど…いつになるか分からん。」


「そーなん…」


 それ以上言葉が出てこない。


 桃代がいなくなる。


 いつもいるものだと思っていた。

 ずっと一緒だと思っていた。

 それが当たり前だと思っていた。

 だから、いなくなるなんてこと考えてもみなかった。


 辛く悲しい現実。

 酷くショックだった。


 二人してベッドに座る。

 そして、ポツリポツリと喋る。


「だき…お別れ言いにきた。」


「いつ引っ越すん?」


「春休み。」


「もうすぐやん!」


「うん…あ~あ…行きたくないなぁ。」


 そして俯き、また涙。

 頭をゆっくりと撫でる。

 しばらく泣いた後、立ち上がり、


「じゃ、帰るね。」


「ん。分かった。」


 互いに我慢することを決意した。


 終業式の日。

 体育館での式も終わり、教室にて。

 担任が、


「みなさんにお知らせがあります。狭間さんはお母さんの都合で、四年生からは関東の学校に行くことになります。それでは一言。狭間さん、どうぞ。」


 前に出て挨拶。


「皆さん今までありがとうございました。忘れないでくださいね。」


 礼をして自分の席に着く。

 教室での挨拶が終わった後、桃代は友達から囲まれ寄せ書きを貰っていた。


 引越しの前日。

 桃代の家でお別れ会。

 いることが当たり前だった人がいなくなる。

 そのことがみんな寂しいから、誕生会やクリスマスのようには盛り上がれない。


 お別れ会も終わり、別れ際。


「気ぃつけて行ってきぃね。」


 寂しそうなユキの言葉。


「うん。」


 泣きながらうなずいた。


 桃代の筑豊での生活が一旦幕を閉じた。


 移動日。

 飛行機で関東に向かう。

 初めて乗る飛行機。

 耳が痛い。

 一時間半ほどで羽田に付き、そこからモノレールに乗り、電車に乗って引越し先へ向かう。


 これから住む家。

 五階建てのアパートの二階だ。

 庭が無い。

 いきなり元の暮らしが懐かしくなってくる。

 早く帰りたい。

 部屋に入る。

 狭い。

 引っ越し荷物が結構ある。

 お母さんと二人で片付けた。

 ボーっとしていると、


 ガタガタガタ…


 揺れた!何?


 テレビをつけて数分。

 テロップが流れる。

 地震だった。

 いきなし関東生活の洗礼を受けた。

 筑豊では味わったことがない恐怖。

 ますます帰りたくなってきた。


 後に友達に聞いてみると、月一以上の頻度で揺れるといっていた。



 新学期。

 こっちの小学校はクラスが多い。

 5クラスもあり、少しビビる。

 そしてまた、顔の傷のことで一からやり直し。

 挨拶するのが億劫だ。


 どうするかな。挨拶の時にバラすかな?それとも後にするかな?決めた!今バラす。


 朝のホームルームで自己紹介。


「狭間さん、こちらへどうぞ。」


 今は髪をおろし、ピンで留め、捲れないようにしている。

 あまりの可愛さに、教室内がざわめく。


「狭間さんは、お母さんの都合で福岡からこちらへ来ました。みなさん仲良くしてくださいね!それじゃ狭間さん、自己紹介をよろしくお願いします。」


「狭間桃代です。私は顔に火傷の痕があり、こんなふうになっています。こんな私ですが、どうぞよろしくお願いします。」


 そういってピンを外し、髪を上げた。

 全員、あまりの凄惨さに絶句。

 大体予想通りの反応。

 これからが友達作りの本番。

 頑張りどころだ。


 ホームルームが終わる。


 さて、みんなの反応は?話しかけてきてくれるかな?


 ドン引かせ過ぎたかな、と思っていると、


「狭間さん、顔どーしたの?」


 恐る恐るしゃべりかけてくれた子がいた。


 お~。意外に早く喋りかけて来てくれたやん!っち、何この子?でったん可愛いし!


 思わず身構えてしまう。

 そしていつもの説明。


「これね、赤ちゃんの時、クルマの事故で燃えたらしい。そのせいでお父さん焼け死んで、おらんっちゃ。」


 壮絶な過去に言葉を失う女の子。

 すぐさま


「ごめん!聞いちゃいけないこと聞いた!」


 謝った。


「ううん。顔にこげな傷あったら流石に気になるやろ?それよりも、仲良くしてもらえたら嬉しい。」


 あえて方言は隠さない。

 そして、できるだけ無愛想にならないように、精一杯明るく会話する。


「うん。わかった!その方言、可愛いね。テレビで聞く福岡の言葉と違う。」


 ケガのことで一瞬暗くなりかかったが、なんとか持ち直した。


「うん。全然違うよ。あれは博多の方の言葉。ウチは筑豊。」


「聞いたことないね。福岡と北九州くらいしかわかんない。」


「その二つはおっきい町やきね。筑豊は地区の名前。その中に色々町がある。さびれちょーき、有名なモン…炭鉱の跡とトヨタぐらいしかない。あと、ひよこ饅頭。」


「ふーん。そーなんだ。ひよこ饅頭は分かるよ。あれって九州だったんだ。」


 少しずつ人が集まりだし、徐々に喋りかけてくれるようになる。

 そして、


「顔、こっち側めっちゃ可愛いね!」


 気付かれる。


 マジで?可愛いげな初めて言われたき!

 

 自分だけは一生言ってもらえないと思っていた言葉だけに、嬉しさがハンパない。


「うん!私も最初教室入ってきた時思った。」


「火傷の方、最初ピンで留めて隠してたでしょ?傷見えなかったらすごく可愛いよ!」


 今はピンを外しているから、頷いたりして動くたび傷痕が見え隠れするのだ。


「え?そーなん?ウチ、今まで一回もそげなことゆわれたことないよ?」


「そーなの?みんな見る目がないだけだよ!絶対可愛いって!」


 集まった子達が口をそろえて同じことを言う。

 嬉しい。

 そして恥かしい。

 照れまくり真っ赤になっている。


 放課後。

 ランドセルを背負って帰ろうとしたとき。


「ねぇ。家どこ?」


 最初に話しかけてくれた可愛い子だ。


「おっきい学校があって、その近くに水門とかあるところ。」


「マジ?それって私の家のすぐ近所だよ!一緒帰ろ?」


「うん。そういえば名前聞いちょらんやった。おしえて?」


「私、磯村美咲。」


 そしてその友達も、


「私、桜井澪。ヨロシク!私んちも近所だよ。」


 いきなり一緒に帰る友達ができた。

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