第56話 もっと近づけたなら。

 季節は春。

 私は、頭の上で満開に咲き誇る桜の花に見とれていた。

「千草。もう掲示板見た?」

「うん!4組。左京くんは?」

「俺は1組」

 3年のクラス替え。

 私たちの学校は毎年クラス替えがあるが、3年になると、1~3組までの理数系と4~7組までの文系に完全に分かれてのクラス替えだから、最初から、理数系の彼と文系の私が同じクラスになることはないとわかっていた。

 ……わかっていたけれど、いざ現実になると、やっぱり寂しい気持ちが膨らんだ。


「寂しい?」


 彼は私に向かってイタズラな顔をする。

 その顔は、彼の背景に広がったピンク色が霞んでしまうほど可愛かった。


 お昼休み、お花見もかねて中庭に集まった6人。

 私と左京くん。

 未央と右京くん。

 そして――晃ちゃんと翔くんだ。


 クリスマスの夜、なかなか来ない二人が心配になって玄関の扉を開けた。

 真っ白に衣替えした街の景色。

 その中に、二人の姿があった。

 晃ちゃんを抱き上げ微笑む彼の横顔と、翔くんの頬を包みこみ微笑む彼女の横顔を見て、私たちも嬉しさでいっぱいになった。


「右京は3組。左京くんが1組で、翔くんと晃が2組。千草は4組かぁ。……私だけ遠いー!!」


 7組になった未央がそう項垂れた。


「まさか右京が理数系だったとは!」


 驚く翔くん。


「そっくりそのまま返すって」


 ニヤリと笑い言い返した右京くん。


「ケンカしないの」


 二人の間に入る晃ちゃん。


 そんなごくごく普通の時間が、とてつもなく幸せだと思える。

 ひらひらと舞い落ちる花びらが、私たちを祝福しているみたいに思えてならなかった。

「千草、髪に付いてる」

 私の前髪に触れた左京くんは、その、小さな花びらをそっと摘まみ、目元に近付け微笑む。

「ハート型」

 またまた可愛い彼に、私の心が舞い上がった。


 彼と出会った去年の夏。

 彼と近付いた去年の秋。

 一緒に過ごした冬。

 そして、初めて迎えたこの春。


 雪の下から草が芽吹くように、私の中である気持ちが芽吹いていくことに、少しずつ気がついていた。


『千草……』

 彼が私の名前を呼ぶ度。

 彼が私の髪に触れる度。

 彼の唇が離れる度。


 知らない私が生まれてくる。


 ――もっと近くなりたい。

 ――もっともっと、彼に近付きたい。

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