第57話 月に願いを。

「あれ?お前、バイトすんの?」


 またいつものようにノックもせず入ってきた右京は、ベッドの上のアルバイト情報誌を手に取ってからかった。


「3年のくせに余裕だな!」

「お前よりはな」

「はっ!……それを言うなよ」


 やけに素直に落ち込んだ右京があぐらをかいて下に座り、ぺらぺらとそれを捲った。


「でも、お前ほんとにバイトすんの?」

「うーん。夏までの短期な」

「なんで。欲しいものでもあんのか?」


 不思議そうなこいつに、一旦は濁そうかと思ったけれど、きっと分かるまでしつこく聞いてくるだろうと思った俺は正直に打ち明けた。


「……夏休み、千草とどっか行こうかと思って」

「はっ?!どっかってどこだよ?!」

「場所はまだ決めてないけど……旅行」

「と、と、泊まりか?!」


 そう聞いて固まった右京の顔はバカみたいに赤くなる。

 こいつの考えていることなんて、俺には筒抜けだったけど、それはあながち間違いじゃなかったから、敢えて返事はしなかった。


「……お、俺も行く!!」

「は?」

「俺もバイトして、未央誘うわ!あいつ7月31日が誕生日だし!」

「…お、おう。」


 急に盛り上がった右京は、さっきよりも真剣に情報誌を捲り始める。

「翔にも声かけてやるか!!」

 話はどんどん進みそうだった。


 まぁ、いいか。

 彼女も、俺と二人でってよりは来やすいかもしれないし。


 今日、桜に見とれていた彼女の姿を思い出す。淡いピンク色を纏った彼女の横顔に、思わず息を飲んだ。

 少し伸びた彼女の髪の毛が風に揺れて香るたび、俺の心はくすぐられる。

 そんな俺に、あの子は気付いているんだろうか。


 彼女と言葉を交わす度。

 彼女の髪に触れる度。

 彼女が俺を見つめる度。

 抑えられなくなってきたその気持ち。


 彼女は嫌がるだろうか。

 俺を避けるだろうか。

『こういうのは……まだ……』もしそう言われたら、俺はちゃんと我慢できるんだろうか。


 考えても答えがさっぱり見つからない。

 触れたい。

 触れてみたい。

 もっと近くに感じてみたい。

 もっと……

 ……俺だけのものになって欲しい。


 膨らむ願望は、ちっともスマートじゃない。

 ガツガツしていてみっともないかもしれない。

 けれど……格好悪くてもダサくても……。


 ……そんだけ好きなんだよなぁ。


 窓の外には丸い月。

 吸い込まれそうなくらい眩しいイエロー。

 迷ってばかりの狼は、今夜も月を見ながら深い溜め息をついた。

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